刎頸の交わり
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第二章
「若しご主人様が向かわれるなら我等も向かいます」
「ご主人様がどういった方なのか知ってお仕えしているつもりですから」
「だからこそ今のご主人様は残念でした」
「秦にも堂々と向かわれたではないですか」
「それで何故廉頗将軍を避けられます」
「向かって下さらないのですか」
こう言って主の弱気な態度に怒りを見せた、しかしだった。
藺相如は冷静にだった、彼等に問うた。
「では聞く」
「はい、何でしょうか」
「一体」
「廉頗将軍はこの趙の武の柱だな」
こう問うたのだった。
「そうだな」
「その通りです」
「あの方はまさに天下の名将です」
「武では秦も寄せ付けません」
「それも断じて」
「そうだな、そして私は文の柱だ」
今度は自分自身のことを言ったのだった。
「この趙の、ここで私が将軍に向かえばどうなる」
「趙の文の柱と武の柱が」
「そうなれば」
「そうだ、どうなる」
そうなってしまえばというのだ。
「趙はどちらの柱も傷付くかどちらかが倒れるかだ」
「最悪両方が倒れる」
「そうなってしまいますか」
「それで得をするのは秦だ」
他ならぬこの国だというのだ。
「だから私は将軍を避けているのだ」
「ご自身に向かわれようとする将軍を」
「そうでしたか」
「そうだ、我々は争ってはならない」
断じてというのだ。
「それがわかっているからこそなのだ、今のことも」
「左様でしたか」
「そこまでお考えだったとは」
供の者達は藺相如の深慮に感嘆した、それで以後このことで主に怒り責めることはしなくなった。だが話はこれで終わりではなかった。
この話から数日後のことだ、急にだった。
他ならぬ廉頗が藺相如の屋敷の前に一人馬で来た、それを見た者達は怪訝な顔になってそのうえでひそひそと話をした。
「廉頗将軍が宰相殿の御屋敷の前に来られたぞ」
「将軍は宰相殿を嫌っておられる」
「遂に何かされるか」
「大変なことになりそうだぞ」
怪訝な顔になって話す、だが。
廉頗は屋敷の前に来て馬から降りるとだった、自身の上着を脱いで上半身裸となった。そうして鞭を両手に持ち藺相如の屋敷に対してそれを掲げこうさ検んだ。
「宰相殿、まことに申し訳ありませんでした!」
「なっ、どういうことだ!?」
「将軍が宰相殿に謝罪されたぞ!」
「お嫌いではなかったのか!?」
「目にもの見せてくれるとか言っておられたぞ」
「その筈ではないのか!?」
それを見た誰もが驚いた。
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