魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第3章 『ネコにもなれば』
第40話 『知名度』
ヴィヴィオが隊舎に預けられてから査察が始まる前のとある朝。朝の訓練が終わりいつものように食事に向かう途中、
「エリオ、キャロ。どう言うことなのでしょう?」
むむむ。と口をへの字にしているスバルとそれをなだめながらも視線をきつくしているティアナがそこにいた。
不可解なことはひとつ。いつもなら新人たち4人はほぼ一緒に訓練所に向かうのだが、今日に限ってはエリオもキャロも先に行っているとのことだった。そこでコタロウは、
「エリオ、キャロ?」
と、呼び捨てにしていた。
さすがに隊長たちも驚いたが、リインに聞いてみようとその場ではなにも言わなかった。
「えーとですね、それは後でリイン曹長に許可を得てからでもいいですか?」
△▽△▽△▽△▽△▽
『……はい?』
「ですから、コタロウさんの寝てる横でお願いするとそうなるのです」
一瞬、言っていることがよくわからなかったが、リインが言うにはコタロウが寝てるときに耳元、いや彼の聞こえる声量でお願いをすると次の日言われた通りのことが起こるらしい。
現に、リインが静養のために早めに寝たコタロウの横で言ったことは、
「いつになったらリイン曹長と呼んでくれるですか? 早くそう呼んで欲しいです」
である。
「じゃあ、なにか? ネコと一緒に寝ないといつまでも言葉が固いままってことか?」
「みたいですぅ。あ、でも一緒に寝るというよりは寝てるときを狙って『名前を呼んで』もらうように言えばいいのです」
ヴィータやシグナム、そしてシャマルは愛称というものが無いので気にはならなかったが――実際はリインが愛称で呼ばれたためになにか感じたことの無い複雑な思いではあった。
『……一緒に寝る』
なのは、フェイト、はやては同時に一緒に寝ることを想像してしまい顔を赤らめた。特にその妄想はフェイトとはやてがなのはより深くはまり、取り払うのに時間を要した。
『……ぁぅ』
一方新人たちの間では、
「どうも寝てる間に言うと」
「その通りになるみたいです」
食堂では別の席でヴァイスと話をしているコタロウを遠目でみていた。
「なので昨日……」
『私と一緒に寝たいのですか、モンディアル三等陸士、ル・ルシエ三等陸士?』
『だめでしょうか?』
『構いません、そしたら就寝時に私の部屋に来てください』
「というわけでして……」
「え、じゃあコタロウさんに名前を呼んでもらうためには一緒に寝なきゃいけないってこと?」
「昼寝とかする人じゃないわね……あ」
ティアナは何かに気づいたようで二人のほうをみる。
「そしたら、私たちの名前も呼んでもらうようにアンタたちに言ってもらえばいいんじゃない?」
「なるほど」
スバルは頷くが、
「実は……」
「それは試してみたんです。もしかしたらと思いまして」
スバルとティアナは今日の朝の挨拶を思い出して、それが叶わぬものであると理解した。
『おはようございます。ナカジマ二等陸士、ランスター二等陸士』
「だめだった。と」
『はい』
本人で無い限りそのお願いは聞き入れられないもののようだ。
「でも、そっかー。ネコさんの寝ている隙に言わないとダメなのかー」
「仲良くなれば呼ぶようになるってネコさん言ってたけど、まさか寝
てるときに……まあ無防備という意味では」
ふと上を向くも思いつくのは相棒のことで、
「ちょっとスバル、アンタまさか――」
「――ネコさーん、今日い、モゴ!」
すぐに後ろから両手で口をふさいだ。
[ちょっとスバル、何言おうとしてるの!]
[今日一緒に寝ようかなって]
[アンタ馬鹿じゃないの! ネコさん男じゃない]
[うーん]
流石にティアナの言わんとしていることはわかる。
「でもやっぱり名前で呼んでほしくない? ティアも」
「そ、そりゃあそうだけど、さすがにマナー考えなさいよ」
狼狽するがこれは踏みとどまった。年齢を考えても仮にも男であるコタロウと夜を共にするのはさすがに気が引けた。エリオはこの状況を地球のスーバー銭湯で経験済みで彼女の気持ちがよくわかった。
「うーん。じゃあさ、とりあえず一緒に寝るっていうお話をして、それでネコさんがトラさんになるなら一撃やっちゃって、何もしなければそのまま先に寝るのを待って、そしてら『お願い』を言って自分たちの部屋に戻ろうよ。次の日ネコさんには3人でベッド1つはやっぱり狭そうなんで、自分の部屋にもどりましたー。って言えば大丈夫なんじゃないかな」
ティアナはそれでも、とは思う。やはり男女は一緒に寝るべきではない。
(私の知る限りスバルと私はずっとここまでわき目も振らず一直線で
ここまできた。異性は周りに多かったけど、そんな一緒に……)
実のところ局員を目指す道中では異性と同じ部屋に押し込められたことはある。いつもその部屋にはスバルもいた。そして、マナーを考えず室内で言い寄られ――襲うに近い――たときはときは鍛えた腕力と技術で取り押さえてきた。自分なりの手順を踏んでのお付き合いはしたことは無い。もちろん、言い寄られたときはスバルも一緒におり、異性と一緒に部屋にいるということがどれだけ危険をはらむか知っているはずである。たとえ腕力勝ちで取り押さえてきたとしてもそのような行為は恐怖にしか感じない。
(それをわかっててもスバルはネコさんと寝てもいいって気持ちがあるってことよね)
わからなくは無い。彼は頼りになる反面、どこか足りないところも持ち合わせていて、向こうから距離を縮めてくるわけでもないのに気づけば周りとともに親近感を得る。男としての魅力とは別の魅力を持ち合わせていた。ティアナはこの気持ちをどうにも判断できなかった。
なによりティアナがなのはに一度撃ち落とされて立ち上がったあの時、彼はこういっていた。
『ランスター二等陸士は、兄、ティーダ・ランスター一等空尉の妹であると先日知りました。――』
つまり、彼は以前から彼のことを知っていたということだ。自分の記憶の定かではない兄のデータではない何かを知っている。それもまたティアナの興味を得させていた。
「う、うーん。それなら……」
そこからの誘惑のせいか、気づけば頷いている自分がいた。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第40話 『知名度』
臨時査察が行われる内容は主に、六課の人事配置、勤務形態、財務管理体制、戦力バランス、車、ヘリを含めての備品状況等々多岐に渡り監査が入る。例えば、シャリオがオペレータもしながらデバイス整備をしたりするときちんとした理由付けがないと問われる可能性がある。
午後一時、時間丁度に隊舎のドアが開き背後に十数名の隊員を連れてオーリス・ゲイズが入ってきた。
「失礼いたします。オーリス・ゲイズです」
「八神はやて二等陸佐です」
「それではこれより査察を始めさせていただきます」
オーリスたちは挨拶を済ませるとすぐに部下に指令をだし査察作業に当たらせた。
査察官はすでに隊舎の内装を把握しているのか迷うことなく移動をしている。すでにわかっていることだが、はやてはもう一度六課局員に全力をもってサポートするよう周知させていた。
[査察って、すごいんだね]
スバルは朝のコタロウがいないという寂しい気持ちをなんとか振り払って優先度の高いこの査察に考えを移し――これはコタロウに関わる全員に言えた――敬礼をしながら隣にいるティアナに話をふると、いつもなら「当たり前でしょ」とたしなめる彼女も今回ばかりはその緊張感にたじろいでいるようである。
[他の課の同期から聞いたんだけど、地上本部の査察ってすごい厳しいみたいで査察官もフェイト隊長みたいな執務官クラスの人がなるみたいよ]
[つまり、これ全員フェイト隊長……]
[そう思うとすごいですね]
[うん]
査察官は調査能力、対人交渉に優れた人たちであり認定試験がないため執務官には劣るものの、地上の査察官は執務官ほどの優秀さを持ち合わせているようである。仕事にやりがいを感じてる人であれば就きたい職務であり、そうでない人からは最も避けたい部署であった。
[オーラ、感じますね]
[すごい圧迫感だよね]
[はい]
エリオとキャロは査察そのものの内容はわからずともその緊張感はスバルたち以上に敏感に感じ取っていた。
査察官は2、3人で団体を組み調査を行うらしく、ふとスバルは何気なしにあたりを見回すと、
[これが今日明日、つづ、くな、な、なん……]
[スバル……?]
とある部分で目がとまった。
[ティア、ティア! あれ! あれ!]
[バカ! 指差すんじゃないの! いったい何が……あ?]
出口付近でオーリスに敬礼をしている男に釘付けになった。
「コイツが今日から二日間だけ派遣されてきた……ほら挨拶!」
「はい」
「……」
はやては上官であろう男に連れられてきた男に息を呑んだ。
「臨時的任用として電磁算気器子部工機課より派遣されましたコタロウ・カギネ査察官です」
「あなたが中将が特別に呼んだ……」
「中将が……?」
そしてオーリスのつぶやきに反応する。
「その服装にその作業帽は似合わないと思いますが?」
「あ! ほら取れよ」
「申し訳ありません」
男に小突かれ帽子を落としたコタロウはそれを拾い上げ、懐にしまいこんだ。
「でも、コイツ本当に使えるんですか? 人は十分足りてるでしょう?」
オーリスは思案すると以前レジアスから言われたことを思い出しいらだたしさを覚えた。
『工機課……ですか?』
『あァそうだ。ドグハイク二佐という男に連絡をとり一人こっちに呼ぶように言え。それで査察の機械類あるいは書類の調査にあたらせろ。なんなら他の事をやらせても構わん』
彼女はその課をはじめて聞いたし、突然くる人間に任せる範囲を大いに超えていることに疑問を抱かずにはいられなかった。こちらの隊員にも十分対応可能であるしわざわざ知名度の低い別の課から派遣を要請するなんて理解できなかった。
『なぜ、そんな聞いたことの無い課から……』
ただ、そのときのレジアスの言葉が無性に腹立たしかったのを覚えている。
『お前が聞いたこと無いからだ。今の若くて頭のいいやつにそれはわからん』
「彼をあなたの下につかせなさい。扱いは任せます」
「え、俺、いえ私の下、ですか?」
「そうです」
「わ、わかりました。おい、行くぞ」
「はい」
男の呼びかけに従い、あとを追うコタロウはその男とともに六課内に消えていった。
「それでは隊長室へ案内をしていただいてもよろしいですか?」
「え、あ、わかりました」
先ほどの査察官を目で追うはやてが気にかかるも、オーリスは自分の仕事の前では些細なことでしかなかった。
フェイトはこのいかにも自分たちの粗探しをするような重箱のすみをつつく質問をするウラカン・ジュショーの挑戦的な目より、その横で報告をしようと微動だにせず立っているコタロウが気になって仕方が無かった。
そしてなにより、
「あー、はいはい。次これな」
「はい」
彼の報告をないがしろに生返事することが不快であった。
「それでですね、テスタロッサ・ハラオウン執務官?」
そして昨日まで呼ばれていたこの呼び方もまた不快感を得ずに入られなかった。
「それはですね……」
周りでそのやり取りを聞いている六課局員たちは彼女がいつもなら口少なくとも優しさを感じていた会話が今日はうってかわって厳しいことにすぐに気づいた。もちろん今日が査察日でいつもと違う対応をしているのだろうと思ったがそれを差し引いてもその言葉に乗る感情に不快が混じっていることは間違いようが無かった。おそらく、それに気づいていないのは今彼女に質問をしている男だけであろうこともわかっていた。
「ははぁ、なるほど。つまり……」
「ジュショー一等陸尉」
「なに」
「この書類も問題ありません」
「問題ないならいちいち報告するな。作業を続けろ」
「それでは、進行度を粒度を上げてご報告いたします」
「あァ」
彼は腹立たしげに部下を退かせ、またフェイトのほうへ目線を向けると顔をしかめているのがわかった。それを彼は今の質問がなにか虚を突いたのかと思い質問を再開しようとする。
「失礼しましたね、それで――」
「あのっ」
「なんです?」
「……いえ、なんでもありません。質問を、どうぞ」
フェイトはつま先を彼からいっそう離し、顎を落として疲れたようにため息を吐いて質問を受け付けた。応対にミスをしてはいけないのは当たり前で、緊張感を持って臨んでいてもこれほど仕事に身が入らないのは初めてかもしれないとフェイトは思った。
(……つまんないな)
△▽△▽△▽△▽△▽
「なァ、シグナム」
給湯室で壁に寄りかかりながら隣にいる女性に呼びかけると、彼女は隣を見るわけでなく、紙コップに注がれている熱い紅茶の水面に目を落としていた。
「なんだ、ヴィータ」
少しコップを回す。
「見たか?」
「……なにを」
ヴィータは肩を少し落としたあと両手を後ろに回す。
「ネコだよ」
「ああ、あいつか」
すこし紅茶の水面を揺らす。
「上司にすげェ注意されてやんの」
「……そうか」
シグナムはどこか所在がない。
「それでな『はい』とか『もうしわけありません』とか言っててさ、一蹴されてた」
「……そうか」
「不備が見つからないのに怒られてんだぜ? 変だよな」
「そうだな」
「多分アレだぜ? そろそろ見るもの無くなってまた怒られるんじゃなねェかな」
「かもな」
シグナムは別に生返事をしているわけではない。それ以外に返事のしようがないのだ。
今は少しの合間に休憩をと部下より促されとっているが特に二人は疲れなんてない。
『……』
しばしの無言のあと
「おかしくねェ??」
「なにがだ?」
「ネコさ、すごいできるじゃん! あいつ肩とか押されて突き飛ばされてたんだぜ!?」
「で、どうするんだ。その場で訴えるのか?」
「――そんなことしたら、アイツがもっと何かされる」
「わかってるのに部下に促されてここに来たな」
「……」
「それでそのお守りが私、と」
そこで一口紅茶を飲み、シグナムは大きく息をはいた。
「部署によってその空気が違うのはわかってただろう? ましてや査察だ」
「んなのわかってるよ! 自分がそんな場所に行ったことないし、今回だってそうだ。そういうところは恵まれてるなって思ってる……けどよ」
ヴィータはシグナムのほうを向き顔を上げて訴えた。
「知り合いがいると違うか?」
「……」
その言葉に顔をゆがめると目線を落としてふるふると頭を振る。
「最初はそう思ったけど、違うみたいだ」
「そこは同じだな」
「っ!?」
驚いてヴィータは目線をあげると紅茶を飲み干してぐしゃりとコップを握りつぶした。
「コタロウがあんな風に扱われると、腹は立つ」
「シグナム?」
「ただ、現状」
くずかごにそれを捨ててそこに目を落としながら彼女は口を開いた。
「コタロウは六課の局員ではないからどうすることもできない」
「そりゃ……そうだけどよ」
「主はやては今夜アポを取ってるそうだ」
「……アポ?」
シグナムは頷く。
「電磁算気器子部工機課に」
「え?」
「それでな」
ヴィータの髪をわしわししながら彼女は目を細めて、
「一人だと心細いから一緒に来てほしいらしい」
「……」
「どうする?」
「行く! 行くぞ!」
彼女の目に輝きを得始めたのをみてまた少し微笑んだ。
△▽△▽△▽△▽△▽
オーリス率いる査察官の有能さと厳しさは噂どおりで、数時間もすると状況を報告、質疑する上官やフェイト以外の六課局員はすることが無くなり時間をもてあまし始めていた。特に新人たちはそれが如実であった。
[なんか、あれだね。六課が丸裸にされてく感じ]
[あはは。そうだね~]
それはエリオたちも同じ気持ちであり、
[なんか自分たちの六課じゃないみたいです]
[うん]
スバルたち新人たちは見回りを含めてそれぞれ隊舎内を歩き回っている。エリオとキャロは行動をともにしている。
[でもさ、ネコさんて査察もできるんだねー]
[そうね]
[なんで三士だったんだろ]
[あ、それね。たまたま聞いたんだけど]
[ん?]
[ネコさん、行く先々で階級変わるんだってさ。特定の階級は持ってないみたい]
[え、そうなんですか?]
エリオは内心驚いた。
[らしいわよ?]
[でも、確かに歳を考えると三士って普通じゃないですよね]
[まぁねぇ、あの歳で三士って相当ダメな人よね、よく考えれば]
査察官に質問を受けているのかティアナは案内を促す。
[そんなわけないのにね]
あ、とスバルは何かを見た。
[どうしたんですかスバルさん?]
いち早くキャロは気づいたがスバルは頭を振った。
[いやね、私たちって恵まれてるなって]
[どうしたのよ突然]
普段言わないことにティアナも反応する。
[ほら、部署によって厳しい場所とかあるじゃん?]
[あー場所によっちゃあるわね、殴られたりもするみた……]
「あはは。ティアは気にしなくていいって」
スバルはシグナムに殴られたことのあるティアナをフォローするも真面目な顔になり、
[そうじゃなく、てさ……]
[わかってるわよ。アンタが言いたいのは過剰な暴力でしょ?]
それに頷く。
時空管理局は広範囲にわたりさまざまな部署が存在する。そのため年に何度か局員の教育の一環として、体罰や行き過ぎた指導をやめるよう研修を受けさせていて、間違いが起こらないよう努めているが完全には行き届いては折らず上層部はすくなからず頭を痛めていた。
そして管理する側はひとつ間違えれば冷酷な対応が発生し、これもまた防ぎたくてもどこかの部署で行われているのが現状である。そしてキャロはその一端を垣間見ている。
[そういう部署が減るといいね、エリオくん]
[そうだね]
スバルは二人の会話に頷くも晴れた気分ではなさそうであることにティアナは気がついた。
[どうしたのよ]
[ネコさん叩かれてた]
[『……え?』]
全員顔に出すわけにはいかず普段どおりの顔を努めた。
[どうして不備のひとつも見つけられないんだって]
[そんな……]
[もちろんそんな力任せじゃないよ? みんなのいる前じゃなくて人目のつかないところでパシッって程度だったけど]
[……ネコさんはなんて?]
[失礼いたしました。もう一度見直します。とだけ]
[よくスバル食ってかからなかったわね]
スバルは明るく笑ったあと、
[……大人になってるんだよ、私もー]
なにか含みのあるような言い方はエリオたちにはわからずともティアナにはよくわかった。あとで時間ができたら話してみようと心に決める。
そんなときなのはから通信が入った。
[ちょっとみんなブリーフィングルームまで来てくれる?]
△▽△▽△▽△▽△▽
時間にして本日の査察が終わりに近づいてきたときに査察官の誰もがこの六課がおかしいことに気がつき、オーリスに報告するために六課のはやて、なのは、フェイト、以下隊長陣およびレリック報告に関連するスバルたち新人を含めて六課ブリーフィングルームに集まった。
「それで報告は?」
オーリスは査察官のまとめ役に尋ねた。
「端的に言いますとどこも問題はありません」
「そう……それでおかしいところというのは?」
ほかのメンバーにも目を合わせ意見を聞こうとするもその査察官がそれをとめた。
「今の報告以上のことはありません」
「どういうことなのですか?」
「つまりおかしいというのはそこなのです」
オーリスはいまいちつかむことができずにいるとその査察官が口を開いた。
「全員、不備という不備がまったく見つからないのです」
「それは……?」
「査察は明日行なっても同じでしょう。すでに六課の確認するべきところはすべて目を通してしまったので」
「見直しはしたのですか?」
「はい。ダブルチェックまで済ませています」
さらに今度は周りの査察官も情報を追加させる。
「例えば、スバル・ナカジマ三等陸士のこの文面なのですが」
「――っ!」
自分の名前を呼ばれ驚き、オーリスたちの行なわれているやり取りを見守った。
「このような三士の文章はわずかに冗長さがあり作成慣れしていないのは明らかなのですが……」
「それで?」
「ですが、拙いながらも要点はすべて書き込まれており漏れや修正事項がないのです」
「その冗長さというのが不備とよべるのではないですか?」
いえ、と査察官は首を振る。
「冗長さ無くなれば確かに文章としては向上しますが、三士としては不釣合いな文章になりかえって問題視される内容として取り上げられます」
「……つまり、不備はないと」
「そうなります」
そのやり取りをスバルは見て、数日前のことを思い出した。
『ネコさん、この報告書なんですけど……』
『23行目の文章は書かれる内容が足りません。具体的に書いてください』
『わかりました』
そういってすぐに修正しもう一度コタロウに見せる。
『はい。問題ありません』
『やった。ありがとうございます!』
『いえ』
ただ気になるところもあった。
『でも、ネコさんこれでいいんですかね』
『はい。問題ありません』
『あ、いえそうじゃなくて……』
『どういうことでしょう?』
『私にもっと作成能力があればもっと簡潔に書けたのかなって』
そういうとコタロウは考える節も無く書類に目を落とした。
『その人その人の書き方というのがあります。内容は十分含まれてますし問題ありません。かえって誰かが書いたような文章にするとその人の統一感というものが無くなりますのでこの内容、書き方で十分なのです』
『なるほど~』
(あれってそういう意味だったんだ……)
査察官のやり取りがコタロウの予想したとおりでスバルは感嘆した。それは他の局員にも言えることで書類に落ち度は無く、本人なりの統一感のある文面にすべて修正されてあった。記憶の無いものはすべてコタロウによって修正が施されてあり、その人ならどういう書き筋なのかを完全に理解した上で直されていた。
「こちらは備品の購入に関するものなのですが」
「これが?」
「購入した部品、備品すべて型番を含む内容でまとめられており、そこがあまりにも細かく不自然だと思いサンプルとして実際にひとつ機器を開けて調べさせましたがすべて一致しています」
「……」
この場でその人物はここにいないが、調べた人物はアルト・クラエッタであり彼女は食堂でぐったりとうなだれていた。
「解体サンプル、コタロウさんの言ったやつが当たるなんて……暗記しておいてよかった……」
『書類は型番まで一致させてありますが、査察の際もしかしたら不可解に思いサンプルとして一台その場で検査が入るかもしれません』
コタロウは書類が不釣合いなほど細かくまで書いてしまったことに頭を下げた。アルトはその状態であることは感謝はあれど謝られることは無いと両手を振って遠慮すると、彼はこんなことを言っていた
『もしクラエッタ二等陸士が不要であれば消していただくか、あるいはこの型番をすべて覚えていたほうが賢明かと存じます』
さらにと別の査察官が伝える。
「人材配置は安易なものでなくより細かく標準化され細かくも簡略化され見やすく文章化されています」
「……他は?」
以降他の査察官も報告もすべてこれ以上精査する必要も無く情報は取り揃えられているし、その情報に何一つ不備なく、この場所なら埃は出てきてもおかしくないような箇所でも何も出てこなかった。
査察官たちが口をそろえて言うことはこの不備のなさがおかしいことなのだという。
「誰かに委託した可能性は?」
オーリスはその可能性は十分考えられるだろうとまとめ役にたずねるも、
「文面上なにか隊舎にいない人物が書いてあるのであればすぐに見抜けますのでそれは考えられません」
それはありえないと否定されオーリスは探す材料を他に見つけることができなかった。
『……』
そのようなやり取りをしている中、なのははぞくりと寒気を覚えた。一番コタロウに何かを依頼していたのはなのはであり、彼女はいちはやく何かに気づいた。
(この中にいない人物が書けば、わかる……? じゃあ、コタロウさん本人が書いたものはどうなってるの?)
まさか、と息を呑む。
[なのはちゃん]
[なのは]
そこでどうやらはやてもなのはも気づいたらしい。
[なのはちゃんが一番コタロウさんに書類とかデータ整理とかお願いしてたやんな]
[それって……]
[うん。これは予測なんだけど、多分コタロウさん私の文面で書いてるかもしれない。私、コタロウさんの書類読みやすいって言うか、なんか私の知りたいところを全部わかりやすくしている感じだったの]
オーリスたちはまだ話し合いをしているらしい。
[ということは、コタロウさんは……]
[出向といっても私たちというよりアイナさんみたいな職員に近いし書類上は局員メンバーとして扱われない――もちろんアイナも大事な職員として扱ってる――から表に出てこない。だから]
[コタロウさんがここにいたってことに気づく人は]
[『いない』]
確かに書類として派遣されてきた書面はあるが、この査察という場でこんなにも査察官の整理能力に見合う力を発揮しているのに日の当たらないことがあるのだろうかということに憤りを感じずに入られなかった。
しかも、対面して数メートル先に彼はいるのに、査察官として存在しているのに、こんなにもぞんざいな扱いをされているのだ。それはここにいる誰もがそれを感じていた。
(これが機械士の能力に気づいているか気づいていないかの差。なんやな……)
はやてたちは気づけばオーリスたちのやりとりよりも、そのウラカン査察官の後ろに立っている男に目がいった。
前線メンバーがスムーズに動くためにはそのサポーターが必要だ。そしてそのサポーターがそれに集中するためにはよりよい環境が必要だ。いままではやてたちはそのことは頭ではわかっていた。だから誰にでも感謝はしていたし、誰が欠けてもうまくは動かないと考えていた。しかし、実際体験すると考えていたものとは全然違った。誰にも気づかれず、ただ言われたことをこなす人が本当にいて、自分たちが気づかなければ感謝もされないだろう人がいる。そしてその人が今目の前でないがしろにされていることに心の整理が追いつかなかった。
悪いのはないがしろにする人なのか、それとも教育していた人なのか、それとも引き継がれてきた環境なのか、それともその環境を正そうとしない管理局なのかわからなかった。いま彼女たちがその答えを出すのにはまだ幼すぎたことだけが確かなわかることである。
「八神二佐」
「はい」
オーリスはいくつかの考えをまとめはやてを呼び出した。
「二日間行なわれるはずの査察ですが、進行がことのほか早く進み本日を持って終わりになりそうです」
「そうですか」
「ただ、いくつかの書類は持ち帰らせていただき、明日本局で検証を行ないます。疑義が生じたところでお呼び出しをいたします」
「わかりました」
「大変優秀な部下をお持ちですね」
人によっては嫌味に取れるであろう、この言葉は、
「ありがとうございます。ですが」
敬礼をするはやてたちにとっては気にもならず、むしろ、
「そちらの部下には足元にも及びません」
事実であるこの言葉がオーリスには響いた。
△▽△▽△▽△▽△▽
オーリスたちが引き上げたあとみんな胸を撫で下ろすも、はやてはこれからのことに緊張を覚えた。
「今日はみんなごめんな。査察と、コタロウさんの件!」
姿勢をただし深く頭を下げる。
「まだまだ私は半人前や。みんな今日はいろいろと思うところがあったと思う」
そして顔を上げてコタロウに関係のある面々を見渡し気合を入れると、
「コタロウさんを取り戻します!」
決意を新たに時空管理局陸上電磁算気器子部工機課に連絡をとるため隊長室へ向かった。
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