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フルメタル・アクションヒーローズ

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第32話 暴走、リニアストリーム

「こちら、中継の玄蕃です。いやぁ、やはり凄い人だかりですね! 夏休みの旅行を計画されている皆様も、このリニアストリームに大注目! 新時代のスーパーマシン誕生に、誰もが興奮を隠せないようですね!」

 七月も末――これから、夏本番という季節の只中。夏休みというタイミングに乗じて決行されたリニアストリームの初運行には、大勢のギャラリーが詰め掛けていた。
 白と青を基調にした流麗な車体が、眩いフラッシュが幾度となく晒される。多数のテレビ局も集まり、全国生中継の報道が行われていた。

「じゃあ、気をつけるのよ……。向こうに着いたら、ママに電話してね?」
「寂しかったら、いつでも連絡しなさい。あと、もし向こうであんたを苛める奴が出てきたら、あたしにすぐ知らせて。天下のフェアリー・ユイユイ様が直々にぶちのめしてあげるから」
「ちょっと結衣、声が大きいわよ。あなた一応お忍びで来てるんだから。……とにかく、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんによろしくね。私も何かあったら、すぐ駆け付けるから」
「――気をつけて行きなさい。大丈夫だ、休みが出来ればいつでも会いに行ける」

「うん……。お父さん。お母さん。結友お姉ちゃん。結衣お姉ちゃん。……行ってきます」

 ――そして。記念すべき初運行の乗客に選ばれた結花は。
 天坂一家の見送りを受け、キャリーバッグを手に松霧町へと旅立とうとしていた。家族の励ましを一通り受けた結花は、恥じらうように俯きながら、ちょこんと頷く。

 やがて顔を上げた彼女と――家族達の後ろでにへへと笑う幼馴染が、視線を交わした。

「じゃあ……えっと。その……陸も、あの、その……」
「おう! 元気でな結花! お前もたまにはこっちに来いよ? 大事な客なんだからさっ!」

 以前のメールを思い出してしまい、真っ赤になってしどろもどろになってしまう結花。指先を合わせて言葉を探す、そんな幼馴染を――陸は朗らかに笑いながらポンポンと撫でた。

「……うんっ……。絶対、絶対、帰ってくるから……! また、絶対、来るからっ……!」
「おう、よしよし。オレも暇できたら、そっち行くぜ。出前でも引っ提げてな」
「……あはは、ここから出前持ってきても、着く頃には冷めちゃうよ」
「おん? ……だっははは! 違いねぇや、じゃあ冷麺だな! いや流しそうめんか? レールに沿って運ばれてる的な意味で!」
「あはは……もう、陸ったら」

 その温もりに溺れるように、結花は陸の胸に顔を埋めて啜り泣く。そんな彼女の涙を吹き飛ばすようなジョークに、結花は事故以来、初めての笑顔を見せた。
 そんな二人の仲睦まじい姿に、天坂家は微笑ましい視線を向け――二人の世界になるように、誰とも言わず引き下がるのだった。

 やがて――出発の時。
 最後尾のエンジン音と共に、リニアストリームの車体が流れるように走り出して行く。大手を振り、その旅立ちを見送る人々の中には――天坂家と陸の姿もあった。
 長身を活かした大仰な身振り手振りで、幼馴染を見送る彼は太陽のような笑みを浮かべ、こちらを見つめる少女と視線を交わす。

(……行って、きます)
(おう! 行ってこーい!)

 僅か一瞬、にも満たないそのひと時の中で。陸と結花は、確かに通じ合っていた。

 ――刹那。猛烈な加速でレール上を疾走するリニアストリームは、瞬く間に人々の前から消え去って行く。
 その閃光の如き加速で姿を消した後も、陸は暫し結花が向かう先を見つめ続けていた。

 ……一方。

 薄暗い研究室に閉じこもったまま、和士は耳にヘッドホンを当て、ディスプレイにかじりついていた。

『――それでは皆様、快適な高速旅行をお楽しみ下さい』
「……」

 耳元に届くのは、乗員のアナウンス。それだけではなく、車内の乗客達が談笑している様子が、音声として響いている。
 平和そのものといった、その様子に聞き入る中で――和士は寸分の油断もなく、耳を澄ましている。

(機内情報にアクセスしてはみたが……やはり、これで異常が見つかるはずもないか。まぁ、何もないのならそれが一番なのだがな)

 とは言え、聞こえてくるのは人々の穏やかな語らいのみ。平和の福音たるそのせせらぎだけが、和士の聴覚に響いている。

 案じるだけ、無駄だっただろうか。
 そう判断した和士が、ヘッドホンを一度外そうと手を動かした――その時。

『――か――?』
『おい――速度――』
『とにかく――止め――』

「……?」

 ふと。

 談笑している乗客達の声の中に。
 言い争うような声が、僅かに混じる。

 和士はキーボードを叩き、即座に微かな「不協和音」にフォーカスを充てた。集音機能で音声を拡大し、微かな話し声を一つ残らずかき集めて行く。

 そして――「不協和音」の実態が、露わになる。

『だから! 早く減速しろと言ってるだろう!』
『やってます! でも――止まらないんですっ!』
『どうするんだ何とかしろ! カーブ地点まで、あと百三十キロ程度しかないんだぞ!』
『このスピードじゃ右折できない! 逆噴射機能はどうしたんだ!』
『だからさっきからやってます!』

 口論の発信源は、車両最先端部の運転席。そこで繰り広げられていた諍いが、平穏の裏側を物語っていた。
 楽しい未知の高速旅行の裏側では――惨劇の予兆が、その身を覗かせていたのだ。

「――くそッ!」

 ヘッドホンを叩きつけ、和士は一目散に「超飛龍の天馬」に飛び乗って行く。そして――地下から地上へ翔ぶため、登り坂のカタパルトを展開させて行った。

(やっぱり「黒」じゃないか! だいたい、フェザーシステムが発表されて一ヶ月足らずのうちに始まった企画が、まともなはずないんだよ!)

 憤怒の余り、操縦桿を握る手に力が篭る。震える義手は、操縦桿を握り潰さんと震えていた。

(そもそもフェザーシステムが正式にロールアウトされてから一年以内に、ジェット技術だけ丸々流用したリニアなんて、真っ当にテストしてる時間もなかったはずだ! 大方、救芽井エレクトロニクスの急成長にあやかりたくて、「着鎧甲冑の技術応用」って触れ込みを利用したかったんだろうが……企業利益のエゴのために人民の生命を危機に晒すとは!)

 気が狂うほどの怒りが、胸の内を支配して行く。「名声」目当てのエゴのために、雲無幾望という男が人生を懸けた結晶が、穢される。それだけは、絶対に許せないと――和士の眼に灼熱が燻った。

(……すでにリニアストリームは、最高速度に達しているはず。あの車体の最高速度は時速七百五十キロ。確か今の話では、カーブ地点まで百三十キロということだったか。……まずい、もう十分もないぞ!)

 リニアストリームのカーブ地点を越えたすぐ先には、松霧駅がある。世界最高速のリニアを間近で見ようと、大勢のギャラリーが集まっていることだろう。
 大事故が起きるタイミング次第では、二次災害の現場にも成りかねない地点だ。

(……クソッ、こんなことに巻き込むつもりはなかったが……!)

 和士は携帯を手に取ると、素早くとある連絡先にコンタクトを試みた。応答は――意外なほどに早かった。

『おん? 伊葉さんか? 何々、どったのさ』
「雨季か! お前今どこにいる!?」
『今? ストリームに乗った結花の見送りが終わったから、結花んちの皆とファミレスでお昼。……しかしどうしたんだよ一体。血相変えちゃって』

 電話の向こう側では、仲睦まじく語らう家族達の姿が窺える。どうやら、陸を含む天坂家御一行は今、近場のファミレスで息抜きをしていたようだ。

「なんだと!? 例の少女までリニアストリームに!?」
『お、おう。……なんかマズイことでもあった?』
「まずいなんてものではない! とにかく、東京駅の近くにいるなら丁度よかった。お前は直ちに『救済の超駆龍』に着鎧し、松霧駅に先回りして住民を非難させろ!」
『え? えっ? どういうこった?』

 突然の平静を欠いた和士の言い分に、陸は何事かと首を傾げた。だが――

「説明している時間はない、急げ! あと十分足らずで――あのリニアが脱線する!」
『……ッ!?』

 ――その理由を彼自身が思い知ったのは、その直後であった。
 
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