逆さ男
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第一章
逆さ男
ニジェール川流域のジャングルの中にある小さな村においてこんな噂が流れていた。
「逆さ男になるのか?」
「手の位置と足の位置が入れ替わって」
「腹や胸が背中の場所と逆になって」
「頭が半分回転して目が口の位置になるのか」
「尻が前に来て」
「何もかもがあべこべになるのか」
「そうなるんだな」
そうした奇怪な姿になってしまうという噂が出ていた。しかもだ。
「何か急になるらしいぞ」
「隣の村のンガモがなったらしい」
「それでモケレもなったってな」
「何か隣村じゃとんどんなってるらしいぞ」
「そんな姿にな」
「それでその姿は元に戻るのか?」
このことも話される。
「元の身体に」
「そんな無茶苦茶な身体から戻られるのか?」
「それはどうなんだ?」
「ずっとそれだったらたまったものじゃないぞ」
「何もかもがさかさまなんだぞ」
手足も腹も背中もだ。挙句には頭もだ。
「そんなので生きられるのか」
「不便なんてものじゃないだろ」
「そんな身体でずっとだと思うぞ嫌になるぞ」
「全くだ」
こう言い合うのだった。しかしこのことについてはこう話された。
「いや、治るらしいぞ」
「あっ、そうなのか」
「だったらいいけれどな」
皆この話を聞いて一旦は安心した。
「三日経てば自然に治るらしい」
「何だ、三日か」
「たった三日で治るんならどうでもいいだろ」
「死なないし一生でもないしな」
「じゃあ別にな」
「特にいいな」
誰もがほっと胸を撫で下ろす。それなら怖くないと思ってだ。
それでこの村の者達はかなり落ち着いてその病気のことを言った。
「死なない病気ならいいさ」
「どんとこい、どんと」
「病気は他にも一杯あるんだ」
「身体がさかさまになる位何だっていうんだ」
確かにエボラやエイズといった病気よりもましに思えた。こうした病気は死ぬがその病気は死なないからだ。それなら怖くはないと思った。
それで病気のことは誰も怖く思わなくなった、それで来るべきものを待った。
まずは新婚のアンガとその女房だった。首が百八十度縦に回りしかも。
手足が逆になっていた、二人共手で立ち足が手の場所にある。しかも腹や胸の場所に背中がある、まさに何もかもがだった。
「逆さまだな」
「だから逆さ男か」
「噂通りの姿だな」
「というか女もそうなるんだな」
「逆さまになるんだな」
「おい、この病気三日で治るんだよな」
その何もかもが逆さまになったアンガが村の皆に問うた。喋る口調等は変わらない。
「そうなんだな」
「ああ、そうらしいからな」
「特に驚くこともないだろ」
「三日我慢すればいいらしいぞ」
「三日な」
「三日で自然に治るらしいからな」
「だといいけれどな」
アンガは話を聞いてまずは納得した。
だが、だった。
「しかしな」
「ああ、その姿だと便利だろ」
「何もかもな」
「どうして食えばいいんだ?」
アンガは真剣な顔でその逆さまになった顔で村人達に問うた。
「それで尻はどう拭けばいいんだ」
「どうするんだろうな」
村人達は真顔で彼の問いに問いで返した。
「そういえばそうだよな」
「手が足の場所にあるからな」
「しかも足が手の場所にあるからな」
「っていうか尻も前にあってな」
「頭も逆にあるからな」
「どうすればいいんだろうな」
皆言われて気付いた。そういえばそうなのだ。
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