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開戦前夜

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第四章

「誰もが平等で貧富のない社会を目指すそうだな」
「はい、そうした考えの持ち主です」
「その共産主義者と接触したか」
「そして露西亜を中から霍乱するとのことです」
「わかった。ではそちらは明石君に任せよう」
「はい」
「そしてだが」
 伊藤は真剣な顔のまま小村に述べていく。白い髭の顔が険しい。
「勝っているうちに終わらせるやり方だが」
「亜米利加ですね」
「うむ」 
 その国だとだ。伊藤は小村の言葉に答えた。
「あの国しかない」
「英吉利は同盟国なので仲介はできません」
「仏蘭西は露西亜と同盟を結んでいる」
 つまり完全に露西亜支持だというのだ。
「そして独逸も露西亜寄りだしな」
「あの国は露西亜の興味が東に向かうことを願っています」
「バルカン半島でいがみ合っているからな」
 伊藤も小村もこの辺りの情勢を的確に把握していた。そのうえでの言葉だった。
「だからな」
「はい、独逸にしてみればこの戦争は好都合です」
「仲介に応じる筈もない」
「それに独逸皇帝ですが」
 小村は独逸を主導するヴィルヘルム二世の話もした。
「信用されぬ方がいいです」
「妙に野心があるな」
「はい、独逸を危険な方向に持って行きかねません」
「その独逸に仲介を依頼するのはやはりできないな」
「となるとです」
「亜米利加だ」 
 伊藤はまたこの国の名前を出した。
「あの国しかない」
「丁度露西亜の南下を苦々しく思っていますし」
「あの国は亜細亜に進出しようとしているからな」
「西班牙との戦争でカリブ海からパナマ、そしてフィリピンを手に入れました」
「羽合は既に持っている」
 つまり東海岸から亜細亜への航路を確保しているのだ。
「後は亜細亜だな」
「それだけに南下を続ける露西亜を疎ましく思っています」
「ならばだ」
「はい、あの国は露西亜を抑える為に戦争の仲介に乗ってくれます」
「ならあの国と交渉しよう」
「その任は金子堅太郎君がよいかと」
 小村は彼の名前を出して推挙した。
「彼に任せましょう」
「金子君か」
「彼は大学であちらの大統領と机を並べています」
 ルーズベルトだ。その彼とは親しい間柄でもあったのだ。
「さしで話もできますし」
「亜米利加の事情にも詳しいな」
「はい、資質としても問題はありません」
「わかった。では金子君だ」
 伊藤はここでも決断を下した。
「亜米利加は彼に任せよう」
「わかりました」
「生き残らねばならん」
 伊藤は今は鬼気迫る顔になっていた。
「何としてもな」
「はい、その為にですか」
「打つべき手は全て打つ」 
 そうするというのだ。
「日本はここで滅びる訳にはいかんのだ」
「その通りです。これまで何とか生き残ってきました」
 幕末から世界の荒波の中でこのことだけを考えてきた、何度も滅びることを危惧してもその中で何とか生きてきたのがこの頃の日本だ。
 だからこそだ、小村も言うのだ。
「これからもまた」
「生き残ることは難しい」
 伊藤の言葉にある沈痛さが増していた。
「実にな」
「今の我が国は」
「幕末から必死に生きてきたがな」
「この苦しみは続くのでしょうか」
「そうだろうな」
 伊藤は沈痛さをさらに深くさせていた。 
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