フルメタル・アクションヒーローズ
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第3話 こんなボーイ・ミーツ・ガールは嫌だ
少年の名は、一煉寺龍太。
高校受験本番を来年に控えた、中学三年生である。真っ黒なツーブロックの髪に、中肉中背の体格。
そして、その荘厳な名前とは裏腹に、「ゴビ砂漠から砂金一粒を探し出す」より町の住民から見つけるのが難しいほどの「平凡」そのものな顔。
そんな彼が、自宅の隣にある一軒家のリビングで正座させられているのには、それなりの事情というものがあった。
二学期がもうすぐ終わる、という時期に隣に引っ越してきた救芽井家。その家から度々発せられる激しい光が眩しい余り、隣に住む彼は冬休みに入った今でも受験勉強に集中できない、という苦境に苛まれていたのだ。
龍太や救芽井家が暮らしている、この松霧町には密集した住宅地が多い。それだけに、救芽井家の出す光を迷惑がっている住民は決して少なくはないのである。特に、隣に住んでいる上に受験が懸かっている龍太のストレスは大きいだろう。
そんな彼が、苦情を訴えるべく救芽井家に足を運ぶことは不思議なことではないのかもしれない。
救芽井家もそういった反響は覚悟していたらしく、一家の長だという六十三歳の老人・救芽井稟吾郎丸は、何度も苦言を呈する龍太を懸命になだめていた。
彼の温和な人柄が功を奏してか、龍太も「近所のこともたまには考えてくださいよ!」と言う程度であり深くは追及してこなかった。しかし、それにも限界がある。
何度文句を言っても光の勢いは止まらず、そればかりか日を追うごとに光が出る回数が増えていく現状に、血気盛んな中学生はとうとう腹に据えかねたのだ。
怒り心頭の龍太は稟吾郎丸の制止を振り切り、光の出所である部屋――すなわち、稟吾郎丸の孫娘・救芽井樋稟の部屋に突撃したのだ。例の光を止めてほしいと、直訴するために。
そこで見てしまったのが、松霧町で噂のスーパーヒロイン――だった、全裸の少女。思春期の男には刺激的過ぎる出会い方をしてしまった龍太は、顔を真っ赤にして悲鳴を上げる樋稟に蹴り倒されてしまったのだ。しなやかな脚から繰り出す回し蹴りを顔面に喰らい、本番を控えた受験生は努力の成果(記憶)が飛びかねないほどの衝撃を受けることとなった。
事情はともあれ、人の家に押し入って少女の裸を見てしまったことは事実。その償いはあって然るべきという方針に従い、龍太は今、稟吾郎丸と樋稟の前で正座を強制されている……という次第であった。
◇
「そそ、そりゃあ受験なんだから大変だっていうのはわかるし、悪いとは思うけど……だからって手段は選ぶべきでしょ? 変態君!」
「ちょ、変態とはいくらなんでも失敬な! 俺には一煉寺龍太という名前がちゃんとあってだな! ――それに、俺だって予想外の展開だったんだぞ!」
「で、でも見たじゃない! エッチ! スケッチ! ワンダーランドっ!」
「なんだよその夢の国!? エッチなワンダーランドって――ちょっと行ってみたいんですけど!」
微妙に話が脱線しようとしていた。
「まぁしかし、こんな形で外部の人間に知られてしまうとはのぅ」
そんな二人の平行線(?)な会話を見兼ねてか、稟吾郎丸が口を挟む。ちなみに彼はその人柄と名前の長さから、龍太に「ゴロマルさん」の愛称で呼ばれている。
「そう、それ……。救芽井が変身してたあの姿。あれって、最近町で噂になってるスーパーヒロインだよな? まさか本物に出くわすことになるとは思わなかったよ」
「く、くうっ……。まさかよりによって、初対面で裸を覗くような変態君に正体を知られるなんてぇ……」
勝手に付けられた不名誉なあだ名に、龍太は思わず眉毛を吊り上げた。
「だから、その呼び方勘弁してくれよ! 事故なんだってば!」
「なにがどう事故なのよぉー! 思いっ切り私の身体見てたじゃないっ! まだ十五なのに、お嫁に行けなくなったらどう責任取るっていうのっ!?」
とうとう顔を両手で覆い、泣き崩れてしまう樋稟。女に泣かれてしまっては、龍太としては手も足もでない。
「うう……頼むよもう、堪忍してくれよ……」
助けを求める彼は、樋稟の横にいる稟吾郎丸に縋るような視線を送る。
しかし、龍太の腰程度の身長しかないほどの小柄で、サンタのようなボリュームたっぷりの白髭が特徴の老人は、無言で「お手上げ」を主張するだけだった。
「さっき話したとは思うが、わしらは着鎧甲冑の技術漏洩を防ぐためにこの町に来たのじゃ」
「あ、ああそう! それそれっ! あんた達が作ったメカを兵器にしようとする奴がいて、そいつがこの町にいるんだったっけ?」
せめてもの助け舟として、稟吾郎丸は別の話題を振る。これ幸いと話に乗っかる龍太は、彼らから素性を聞かされていた。あらゆるトラブルや火事に颯爽と駆け付け、人々を救う噂のスーパーヒロイン――その正体を見られた以上、ごまかすことはできないからだ。
◇
着鎧甲冑――それは、科学者の家系である救芽井家が開発した、最新鋭レスキュースーツの別称である。
かつて地震や火災に苦しめられた経験を持つ樋稟の両親が、「どんな危険な場所であっても、そこで助けを求める人々に手を伸ばせる存在を生み出したい」という願いを込めて、作り出したものなのだという。
着用すれば超人的な身体能力を発揮し、炎も瓦礫も突破してしまう。さらに、エメラルドに輝くブレスレット型ツール「腕輪型着鎧装置」を介して、粒子化されて収納されている着鎧甲冑を瞬間的に装着することもできる。
防火服の耐久力を超え、機動隊のシールドの硬度を凌ぐ。そして、あらゆる状況で迅速に装着できるこのボディスーツは、まさに人命救助という目的のために創出された存在だと言える。
そして、その第一号は「救済の先駆者」の名を与えられたのだった。
「はぁ……じゃあやっぱり、武器とか必殺技とかないんだな」
「あるわけないでしょ!」
「速射破壊銃とか」
「何に使うの!?」
「ロケットパンチとか」
「私の腕が吹っ飛ぶわよ!?」
「おっぱいミサイルとか!」
「――死にたいの?」
「――サーセン」
……しかし、その技術を救助活動のみに使うことを許さない者がいた。着鎧甲冑のテクノロジーの兵器転用を狙う者が現れたのだ。
その名は古我知剣一。かつて樋稟の両親と共に着鎧甲冑の開発に携わっていた青年科学者である。
彼は着鎧甲冑の技術を兵器として運用すれば、紛争が絶えない世界各地に救芽井家の技術力を知らしめることができると訴えた。
無論、着鎧甲冑の本来のコンセプトから外れたその意見は許されず、ほどなくして彼はクビになってしまった。
救芽井家の利益を視野に入れての発言であったにもかかわらず、開発計画から外されてしまった彼は「報復」を決意。
樋稟の両親を誘拐して松霧町に逃亡し、自らが開発した自律機動兵器を使っての「着鎧甲冑の技術奪取」を目論んだのだ。彼自身を司令塔とした、その機動兵器の集団は「技術の解放を望む者達」と樋稟達に呼ばれている。
その上、古我知は開発計画に参加していた頃から密かに入手していた、着鎧甲冑の設計図を元手に「呪詛の伝導者」を開発していた。「着鎧甲冑」の事実上の第二号にして、初の兵器転用を実現させた「凶器」である。
彼はそれを用いて、第一号の「救済の先駆者」を破壊して樋稟と稟吾郎丸を捕らえ、「『救芽井家』の生み出した『着鎧甲冑』の痕跡」を消し去り、自らが第一人者の座に取って代わるつもりなのだ。要するに、「『特許権』の奪取」である。
両親を誘拐された樋稟は稟吾郎丸と共に古我知を追い、住み慣れた研究所を離れて松霧町に身を置いた。かけがえのない家族を救い、守るべき人命を傷つけんとする「呪詛の伝導者」を処分するために。
◇
「……そのために、人命救助に勤しみつつ古我知って人を探してるってわけか。苦労してんなぁ」
「お、驚かないの? ていうか、あっさりと信じるのね……」
「まぁ、あんなものを直に見せられたら納得するしかないだろ。――それにさっきのアレで、もうビックリするのが飽きるくらいビックリしたしな」
敢えて目を逸らして、龍太はぽつりと呟く。その言葉の意味に感づいた樋稟はさらに顔を真っ赤に染めて、抱きしめるように両腕で発育のいい胸を隠した。
「や、や、やっぱり! 変態君はやっぱり変態君だったのね!」
「だーかーら! 事故だって言ってるだろう! 勘弁してちょーだいよ! ゴロマルさんからもなんとか言ってくんない!?」
「あいにくじゃが、専門外じゃ」
素っ気ない返答に、龍太は頭を抱えてツーブロックの黒髪を掻きむしる。世間一般の目で見れば「中の下」と判断されるであろう彼の顔は、困惑と焦燥の色に染まりきっていた。
しかし、焦っているのは樋稟も同じである。
彼女の両親は着鎧甲冑を造り出した天才中の天才であるが、彼女自身もまた、十二歳で海外の大学を卒業する程の才女なのだ。
故にその才能を評価されていた彼女は昨年から両親の助手を務め、着鎧甲冑の開発計画を手伝っていた。そんな人生だったからか、彼女には同世代の友人がいない。箱入り娘であったために、男の子など以っての外だった。
そんな樋稟としては初めての「『同世代の男の子』との出会い」……だったのだが。いかんせん運が悪すぎた。
面識のない赤の他人である少年にいきなり裸を見られた彼女は、ひどく動転してしまってすっかり彼を警戒してしまっている。
龍太としても容姿故に女の子と絡んだ経験がほとんどないために、樋稟との出会い方やその後の展開には動揺するしかない……のだが、彼女の場合はそれを大きく凌いでいた。
「とにかく! 口外は絶対にしないこと! いいわね、変態君!」
「わかってるよ。あと、変態じゃないって!」
「いいえ、お父様は言ってたわ! 『心を通わせずに裸を見ようとする男共はみな変態だ』って!」
「じゃあ心を通わせるためにも俺の言い分を聞いてくれー!」
いくら説得しても変態呼ばわりを止めない樋稟に、頭を悩ませる龍太。
――その時だった。
「まったく……ん?」
ふと、彼はリビングのカーテンに不自然な人影がゆらめいていることに気づく。
首や手足がぎこちなくうごめく、そのシルエットに龍太はえもいわれぬ不気味さを感じた。
「なんだ……? ゴロマルさんと救芽井の他に、誰かいるのか」
「なに言ってるの? この家には私とおじいちゃんしかいな――」
そこまで言いかけた彼女が龍太の見ている方向に視線を移した時。
絶世の美少女は、焦燥に顔を引き攣らせた。
それはシルエットに気づいた稟吾郎丸も同じであり、状況が飲み込めない龍太だけが首を傾げていた。
「な、なんと……! まさか、こんなところまで挑発に来るとは!」
「くっ!」
樋稟は驚愕の言葉を漏らす稟吾郎丸を一瞥すると、眉を潜めながらカーテンを開けてシルエットの正体を暴いてしまう。
「う、うおわあっ!?」
その正体の異様な風貌に、何事かと正座から立ち上がろうとしていた龍太は腰を抜かしてひっくり返ってしまった。
「ムンクの叫び」を思わせるような凄まじい形相――を象った鉄仮面に、黒い西洋甲冑で全身を固めたような格好の、人ならざる人。
すなわち、例の古我知剣一が擁する自律機動兵器「解放の先導者」が現れたのだ。
「『技術の解放を望む者達』……! いくら夜中だからって……こんな住宅地まで茶々を入れに来るなんて、いい度胸じゃないっ!」
「待つんじゃ樋稟! 今、存在が世間に知れたら困るのは向こうも同じじゃ! どうせ奴らは襲っては来れん!」
「このまま放ってなんかおけない! 私達の都合で誰かを巻き込まないうちに、早く決着を付けないとっ!」
そそくさと窓の向こうから立ち去っていく「解放の先導者」。樋稟はその機械人形を追って家を飛び出そうとするが、稟吾郎丸は必死に制止する。
というのも、あの逃げた機械人形を追っていけば「呪詛の伝導者」と遭遇する事態は、避けられないはずだからだ。現時点において、救芽井家は兵器としての戦闘能力を持った「呪詛の伝導者」に対抗する術を持っていない。
生身の人間に比べてパワーはあるものの、運動性で着鎧甲冑を使う人間に劣る「解放の先導者」はともかく、戦闘用に特化した「呪詛の伝導者」に接触すれば、たちまち「救済の先駆者」はスクラップにされてしまうだろう。
しかし、それ以上に彼女は自分達が造り出したテクノロジーを巡る抗争に、他人を巻き込む事態を避けたいという気持ちが強かったのだ。
樋稟は稟吾郎丸の小さな体を振り払い、ショートボブの茶髪を揺らしながら、自宅を飛び出していく。
そして、感覚的に関しても物理的に関しても置いてけぼりを喰らってしまった龍太は――
「た、頼む龍太君! 樋稟を……あの娘を助けてやってくれい!」
「あー……やっぱそういう展開?」
――わけがわからないまま、樋稟を追うように言われてしまっていた。
「……ああもう、なんなんだよ今夜は! こうなったらあの娘を助けて、変態のレッテルだけでも剥がしてやるっ!」
他所の難しい話は、知識を詰め込もうと必死な受験生にはよくわからない。
それでも、変態扱いされたまま別れることは、仲が悪いまま終わらせることを嫌う彼の性分に反することだった。
龍太は、カーテンが開けられた窓から樋稟が走って行った道を確認すると、愛用の赤いダウンジャケットと黒のフィンガーレスグローブを着用する。
「受験生に面倒事をあてがわないで欲しいね、まったくっ!」
そして両手で頬をパン! と叩いて気合いを入れ、一人の少女を追って救芽井家を出発していく。
――彼の冬休みの稀少な一時が今、始まろうとしていた。
「『一煉寺』……か。こりゃあ、期待してもいいかもしれんのぅ」
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