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夕刻の横顔

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第三章

「ちょっとね」
「ううん、画家の方だったとは」
「そうなんだ。意外だったかな」
「てっきり格闘家だと思いました」
 彼の大柄で筋肉質の身体とその髭だらけの顔を見ての言葉であるのは言うまでもない。
「ですが画家ですか」
「よく言われるよ。プロレスラーじゃないかってね」
「ですね。プロレスお好きですか?」
「嫌いじゃないよ。筋肉質の男は好きだよ」
 ここでは少し笑顔になる谷崎だった。タイプの話だからだ。
「とてもね。それでね」
「それで、ですか」
「うん、女の子を見ていくよ」
「わかりました。じゃあですね」
「それじゃあ?」
「そもそもベトナムは美人が多いです」
 ガイドは谷崎にお国自慢から話した。屈託のない明るい顔で。
「そしてこのホーチミンはその中でもとりわけです」
「可愛い娘が多いんだね」
「そうです。そして特にです」
 美人の多いベトナムでも特に美人の多いこのホーチミンでとりわけだというのだ。
「いい場所がありますよ」
「そこは何処かな」
「学校の前ですけれどね。行かれますか?」
「そうだね。けれどこのまま手ぶらで行っても怪しまれるね」
「その外見では。かなり」
 プロレスラーに見える外見だ。しかも服はアロハシャツに白いズボンだ。傍から見ればそちらの筋にも見える。ベトナムにもそうした人間はいるのだ。
 そうしたものも見てだ。ガイドは彼に言った。
「危ないですね」
「そう。やっぱりね」
「絵の道具持って行くべきです」
 具体的にだ。ガイドは谷崎にアドバイスした。
「さもないと警察が来ますよ」
「ベトナムの警察もやるんだね」
「ベトナム人を舐めてはいけません」
 真剣な顔でだ。ガイドはこのことも言う。
「伊達に今まで生き残ってきた訳ではないですから」
「生き残った、ですか」
「はい、植民地だったこともありますから」
 ベトナムの歴史だった。彼が谷崎に話すのは。
「そうしたことからです」
「生き残っただけはあるのですか」
「そういうことです。幾多の戦争もくぐり抜けてきました」
 これまでの歴史の中のだ。大国達との戦いをだというのだ。
「ですから凄いですよ、我が国の警察も」
「そうおかしな格好をしていては怪しまれますか」
「画家の方ならです」
 それならばだと。ガイドは谷崎に丁寧に話していく。
「キャンバスを持って行って下さい」
「わかりました。それでは」
 谷崎も彼の言葉に素直に頷く。そうしてあった。
 キャンバスを持ってガイドが紹介してくれたその学園前に来た。するとだ。
 アオザイ、ベトナムの民族衣装を着た女子学生達が笑顔で下校していた。時間はそうした時だった。その下校中の少女達を見ながらだ。彼は用意した席に座りながら共にいるガイドに言った。
「奇麗な娘達ですね」
「そう思われますか」
「趣味ではないですが」
 ここでもだ。彼の同性愛が出た。しかしだからこそだった。
「客観的に見られますね。私はどうしても筋骨隆々の男性が好きで」
「そちらの趣味の方なのですね」
「実はそうなのです」
 その通りだとだ。彼は少女達を見ながら答える。
「ですから目の前の彼女達もです」
「特に思われませんか」
「好意の対象としては。ですが」
「それでもですか」
「美の対象としては見られます」
 それならばだというのだ。こう話してだ。 
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