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ママライブ!

作者:ゆいろう
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第十一話 決意


 時は流れて5月下旬のある日の放課後。
 アイドル研究同好会の部室に輝穂、飛鳥、瑞姫の3人は集まっていた。それぞれ手には1枚の紙を持っていて、神妙な顔つきでそれを見つめている。


「進路調査票……」


 紙に書かれたその文字を目にして、輝穂はため息をついた。

「飛鳥と瑞姫は進路、どうするの?」

「私は、まだ特に考えてないかな。とりあえず大学に進むって感じ」

「だよねー」

「でも、みんなで一緒の大学に行きたいかな」

「そうだよね! 大学でも3人でいられたら楽しそう! それで、大学でもこの3人でアイドル続けたい!」

 輝穂と飛鳥はそんなもしもを楽しげに話す。しかしそんな中、瑞姫は進路調査票をずっと睨むように見続けていた。


「瑞姫?」


 そんな瑞姫の様子を不思議に思って、飛鳥は声をかける。すると瑞姫は自分が呼ばれたことに気づきハッと顔を上げた。

「そ、そうね」

「だよね! ねえねえ、どこの大学にしよっか?」

「テルの頭の悪さを考慮すると、あんまり難しいところは無理だね」

「だよねー、あんまり難しいところはちょっと……」

 アハハと輝穂は頭に手をやりながら言った。だんだんと進路の話が進んでいく中、瑞姫はどこか焦るように話に入った。

「ね、ねえ。進路のことってやっぱり親とも相談したいから、今日は進路の話はひとまず置いといて、練習しましょう」

「あ、そうだ。言おうと思ってたんだけど忘れてた」

 瑞姫の言葉に、飛鳥がなにかを思い出した。


「おじいちゃんがね、私たちに今年も七夕祭りでライブしてほしいって」


「ほんと!? 私やりたい!!」
「そうね、私もやりたいわ」
「わかった。じゃあおじいちゃんに伝えとくね」



 彼女たちLyraは今年もまた七夕祭りでライブをすることになった。



 *



 その後屋上での練習を終えた輝穂たちは、3人そろって帰るために校門に向かって歩いていた。



「ねえ君たち、ちょっといいかな?」



 校門をでたところで輝穂たち3人は声をかけられた。その人は背の高いスーツ姿の男性で、輝穂たちの知らない人物だった。

「えっと、私たちですか?」

 知らない人に声をかけられて多少の戸惑いがあったが、輝穂はその男性に声に答えた。隣にいる飛鳥と瑞姫は、知らない男性に警戒心を強めている。

「うん。君たち、アイドルグループのLyraだよね?」

 男性は輝穂たちのことを知っていた。そのことに飛鳥と瑞姫の警戒はますます高まるが、輝穂はそんなこと全く気にしていなかった。

「私たちのこと、知ってるんですか!?」
「君たちはある意味有名だからね」

 男性は柔らかな笑みを浮かべながらそう答えた。

「ああ、そんなに怖がらなくても大丈夫。私はこういう者なんだ」

 そう言って男性は、スーツの胸ポケットから名刺を取り出して輝穂たちにそれぞれ渡した。

「芸能事務所の、社長さんですか」
「ほぇ~、すごいね」

「それで、芸能事務所の社長さんが、どうして私たちに?」

 飛鳥と輝穂が目の前の人物に関心している中、瑞姫は男性に尋ねた。


「単刀直入に言おう。私は君たちをスカウトしに来たんだ」


「スカウト!?」


 男性の思いもよらぬその発言に、輝穂たちは3人とも驚きの表情を浮かべた。

「ああ、そうだ。学校の部活でアイドル活動をしている君たちは、我々の業界で『スクールアイドル』と呼ばれ、注目されているんだ」


「スクールアイドル……」

 初めて耳にするその単語を飛鳥は確認するように小さく呟いた。


「そう、スクールアイドル。去年のクリスマスだったかな。君たちのライブを映像で見させてもらったよ。とてもいいライブだった。技術はまだまだ足りないがポテンシャルは素晴らしい」


「あ、ありがとうございます」

 目の前の芸能事務所の社長という人物に賞賛され、瑞姫は照れながら礼を述べた。



「我々の事務所に所属すれば、より良い環境でレッスンをすれば、君たちならいずれトップアイドルになれる。そうすればテレビにだって出られるし色んな芸能人に会える。お金だって普通の人の何倍も手に入れられる」



 男性は身振り手振りで芸能界に入ることの良さを輝穂たちに伝える。

「どうだろう。うちの事務所に入ってトップアイドルを目指してみないか?」

 最後にそう言って、男性は輝穂たちの答えを待った。輝穂たちの表情は一様に硬く、突然降ってわいた話に困惑していた。


「今すぐに入ってくれとは言わないよ、高校を卒業してからでも構わない。実を言うと、君たちのライブを見てから私はすっかり君たちのファンになってしまってね。本当は君たちのつくりだす奇跡をもっと近くで見ていたいだけなんだ」


 男性は優しさの篭った口調で輝穂たちに語った。突然自分たちの前に現れた社長を名乗る怪しい人物だったが、輝穂たちはその言葉に裏があるようには思えなかった。



 やがて、輝穂が重たい口を開いた。



「……考えさせてください」


「わかった。どうするか決まったら名刺の番号に連絡してほしい」


 そう言って、男性は輝穂たちの前から去って行った。



 *



 その後、輝穂たちは重たい足を動かして歩いた。
 道中、3人の間に会話はなく重たい空気が漂っていた。


 そして気がつけば3人は、いつも朝練をしている神田明神にたどり着いていた。


 神田明神に着いた頃には日が暮れていて、辺りはすっかり暗くなった。


 静寂が3人を包み込む。


 輝穂たちは男坂の石段に3人並んで座り込んだ。それぞれお互いの顔は見ずに、前を向いている。



「……ねえ、どうする?」



 お互いが何を言っていいのかわからない中、輝穂が意を決して問いかけた。何がとは言わずとも、飛鳥と瑞姫はそれが何なのか理解した。

 放課後に渡された進路調査票。それぞれ大学について話していたところに突然降ってわいた芸能界への道。彼女たちはいつになく困惑していた。

「私は……わからない」

 飛鳥が輝穂の言葉に答えるが、それは答えになっていなかった。

「そうだよね……」

 依然重たい空気が彼女たちを取り囲んでいる。そんな状況を打破しようと、輝穂は言った。


「私は、卒業した後もこの3人で一緒にいたい。まだアイドルを始めて1年ちょっとだけど、飛鳥と瑞姫と一緒にいる時間は今までで一番輝いていたんだ。だから私は、これからも3人一緒でいたい。3人一緒でいられるなら、大学でも芸能界でも構わない」


 力強い口調で、輝穂はそう言った。その言葉には確かな意思が宿っていて、飛鳥と瑞姫はその言葉を息を呑んで聞き入っていた。



 そんな輝穂の言葉に感化されて、瑞姫が意を決して言った。



「輝穂、飛鳥。私ね、小さい頃から将来はお医者さんになりたいって思ってたの」



「お医者さん?」

 瑞姫の突然の告白に、輝穂は不思議そうに言葉を繰り返した。


「修学旅行の夜、話したよね。小さい頃は病気がちだった私は、よくお医者さんの世話になったの。だから輝穂、飛鳥。私は医者になるために大学は医学部に行きたい」


「瑞姫……」


 瑞姫もまた、強い意志のもと力強くそう告白した。その姿に飛鳥が戸惑いを浮かべながら、彼女の名を小さく呟いた。



「私は、夢を叶えたいの。輝穂と飛鳥と3人でアイドルをやれて、私の高校生活はそれまでとは比べ物にならないぐらい色づいた。2人にはとても感謝しているわ。輝穂の言うように、これからも一緒にいられたら、とっても楽しいでしょうね」



 次第に瑞姫の声が震えてくる。そんな瑞姫の様子を、輝穂と飛鳥は固唾を呑んで見守った。


 瑞姫は立ち上がり石段をひとつ降りて、輝穂と飛鳥と向き合った。





「でもっ、それでも私は……っ、自分の夢に向かって、進みたいっ! 輝穂と飛鳥との未来より、夢を叶えたいの……っ!!」





 瑞姫は涙を流しながら、目の前の仲間に強く訴えた。それは今まで共に歩んできた仲間との決別の言葉。綺麗な瑞姫の顔が、今は涙でぐちゃぐちゃになっていた。



「瑞姫……っ!」

 たまらず、飛鳥が瑞姫に抱き着いた。飛鳥の温かさに包まれて、瑞姫はついに大声をあげて泣き出した。

「うぅっ……飛鳥、飛鳥ぁ」

 子供のように泣きじゃくる瑞姫。抱きしめる飛鳥の目にも涙が浮かんでいた。

「瑞姫っ、私はっ、瑞姫の夢を応援するっ! 瑞姫ならっ、きっといいお医者さんになれるよっ!」
「飛鳥ぁ……っ、飛鳥っ」



「……そっか」

 瑞姫と飛鳥の決意をしかりと受けとめたうえで、輝穂は小さく呟いた。


「ねえ、お参りして行かない?」


 輝穂の提案に、飛鳥と瑞姫は頷いた。彼女たちは神社の境内に歩いていく。
 賽銭を投げ入れて、2回の拍手ののちに深く一礼する。

 輝穂は横目でチラッと飛鳥と瑞姫の様子を窺った。2人とも目を閉じて手を合わせ、それぞれの願いを胸の中で紡いでいるようだ。



 飛鳥と瑞姫を見て、輝穂は願う。











 みんなの願いが、叶いますように。

 



  
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