| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

至誠一貫

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一部
序章 ~桃園の誓い~
  序 ~死、そして新たなる生~

 
前書き
12/25 会話の中身で統一が取れていなかった箇所を修正しました。

2017/8/20 誤字修正と一部の記述変更、スタイル刷新。 

 
 未明に始まった海戦。
 亜米利加(あめりか)国旗を掲げた奇襲は見事に当たり、甲鉄に迫る事には成功。
 だが、その後の戦況は思わしくなかった。

「ギャッ!」
「ぐわっ!」

 甲鉄のガトリング砲が火を噴き、甲板上の味方が次々に倒れていく。

「うぐっ!」

 傍らにいた甲賀艦長が、呻き声を上げた。

「どうした?」
「い、いえ。何でもありません」

 そうは言うが、どこかを撃たれたのだろう。
 苦悶の表情を浮かべつつも、舵輪からは手を放そうともしない。
 ……このままでは、全員やられるのも時間の問題であろう。

「私が斬り込む。後は頼んだぞ」
「なりませぬ! 局長!」

 元新撰組の者が、慌てて私の袖を掴んだ。
 局長か……懐かしい呼称だ。
 近藤さんが降伏し、私が後を引き継ぐ形になってしまった新選組。
 人数も減り、もはやかつての面影はない。
 ……今では総司も左之助も身罷り、斉藤君とも離ればなれになってしまった。
 島田と中島だけは従ってくれているが……後は、僅かばかりの隊士が残るのみ。
 斃してきた攘夷浪士どもは、あの世で我らを嗤っているやも知れぬな。

「いや、やはり参ろう。榎本総裁に、よしなに伝えてくれ」
「局長!」
「土方様!」

 その時。
 耳を聾するような、大音響が響き渡った。
 周囲の敵艦が、漸く戦闘態勢に入ったようだ。
 この回天目がけて、一斉射撃を始めた。
 とは言えこちらも甲鉄に乗り上げている格好、無闇に撃てば巻き添えにしてしまう。
 そうそう当たらない筈だが、このまま座していては死あるのみ。

「作戦は失敗ですな。撤退するぞ!」

 司令官、荒井殿の号令がかかった。
 ……やはり、無謀であったか。
 本来三隻で実施する筈だった作戦が嵐や僚艦の故障により、この回天単独での決行となった。
 もともと、無理を承知で始めた作戦ではある。
 ……しかし、つくづく運がなかったとしか言えぬ。

 ん?
 その時、頭上から、嫌な音が聞こえた。
 振り仰いだ私の眼に、一発の砲弾が見える。

「局長! 待避を!」
「い、いかん! 回避だ回避!」

 周囲が騒いでいるが。
 ……これは、間に合わんな。
 ここで終わる、それも定めであろう。
 数秒後、炸裂音と共に、私の身体は宙を舞った。



「……ん……む……」

 意識を取り戻した私は、身体を起こす。
 ……はて、面妖な。
 海戦をしていた筈が、大地の上にいるとは。
 しかも、見渡す限りの荒野。
 懐を探る。
 巾着は無事だが、ニコールから貰ったピストルは、見当たらない。
 愛刀の和泉守兼定は、そばに転がっていた。
 堀川国広も……無事だな。
 後はロッシェから貰った万年筆に双眼鏡、懐紙……それから石田散薬、か。
 ……しかし、ここがどこだかわからん。
 荒野の向こうに、山は見える。
 ……だが、日本で見た事のある山ではない。
 屯所にあった水墨画のよう、そう清国の風景に近いような気がする。
 だが、私がいたのは宮古湾。
 流されたのだとしても、清はあり得ぬ。
 ただ一つ言える事、それはこうして五体満足で生きているという事実。
 生き永らえた以上、箱館に戻らねばならない。
 道を尋ねようにも、人影が……ん?
 遠くから、誰かがやって来るのが見えた。
 丁度良い。
 私は人影が近づいてくるのを、ジッと見続けた。

 そして、お互いに顔がわかるぐらいの距離に。
 人影は、いずれも人相の良くない男が三人。
 頭に巻いた黄色い布はお揃いで、腰には幅の広い刀を下げている。
 ずんずんと、私のそばへと近づいてくる。
 ……この際、人相は問うまい。
 私が知りたいのは、場所と道だけなのだからな。

「おい」

 先に、向こうから話しかけてきた。
 中央の首領らしき男が、私をジロジロと見る。

「オメエ、どっから来た?」
「どこから、とは? 気がついたらこの場所にいたのでな。むしろこちらが尋ねたいぐらいだが、ここはどこだ?」

 すると、男はギロリ、と私を睨みながら、

「ふざけてんのか、てめぇ! 俺達が誰だか、わかってんだろうな?」
「いや、貴殿らとは初対面の筈だがな」

 尊攘派の連中ならば、このような物言いはせぬだろう。
 むしろ、いきなり斬りかかって来ても不思議ではない。
 ……そのぐらい、私は恨みを買っているからな。

「あ、アニキ。こいつ、なかなかいい服着てるじゃありませんか。高く売れますぜ?」
「そ、それに、剣もなかなか見事なんだな」
「そうか。おい、その服と有り金全部、あと剣を置いていけ。そうすりゃ、助けてやる」

 山賊の類か。
 どうやら、情報を聞く前に一仕事必要なようだな。
 和泉守兼定を抜き、構える。

「お、やろうってのか。てめぇみたいな優男に俺様が斬れるとでも思ってんのか、ああ?」
「そんな細身の剣じゃ、虚仮威しにもならねぇぜ?」
「い、今ならまだ許すんだな」

 なるほど、相手の実力の程もわからぬ、か。
 いかにも切れ味の悪そうな大剣を抜く三人。
 面構えは凶悪だ、人も何人も殺しているのだろう。
 ……だが、腕はさほどではないな。
 ならば、先手必勝!
 首領らしき男に、真っ向から斬りつける。

「舐めるなっ!」

 私の兼定を、脅威と見ていないのだろう。
 だが、本命はそっちではない。
 すかさず柄から右手を放し、堀川国広を抜き放つ。
 そのまま、男の腹に突き刺す。

「ギャァァァァァッ!」

 国広を刺したまま、右手を再び兼定に添え、

「ハァッ!」

 眉間に叩き付ける。
 男はよろめき、そのまま倒れた。

「あ、アニキっ!」

 もう一人、背の高い男に、すかさず斬りかかる。
 そして、首筋を一閃。
 大量の血を流しながら、そいつも事切れた。

「あ、あわわわわ……」

 最後に残った、太った男は後退り。

「さて。どうするね?」
「ひ、ひぃぃぃぃ! く、来るな、なんだな!」

 無闇矢鱈に、剣を振りまくる。

「私の質問に答えて貰おう。ここは、どこなんだ?」
「来るな、来るな、なんだなぁ!」

 錯乱してしまっているな。
 これでは、何も聞き出せそうにない。
 私は男に駆け寄り、足払いをかけた。
 そして、男の背後に回り、首に手をかける。
 兼定は、地面に突き刺したまま。

「ぐ、ぐるじいんだな……」

 暴れる男だが、私は腕の力を緩めはしない。
 やがて、男の抵抗は弱まり……そして、止んだ。
 兼定と国広の血を拭い、鞘に戻した。
 この男達から、何か情報は得られるかも知れぬな。
 一人一人、懐を探ってみる。
 出てきたのは巾着と、竹で出来た書物。
 巾着には、見た事のない銭が。
 そして、竹簡を広げると。

「これは……漢文か」

 辛うじて『大賢良師』、という文字が読み取れた。
 ……墨が薄く、更に悪筆のせいでそれ以外は解読不能だった。
 大賢良師……ふむ、宗教の類か?
 しかし、これだけでは何が何やら、さっぱりだな。
 そう思っていると、ふと殺気を感じた。
 大きな薙刀を手にした女子(おなご)が、こちらへと向かってくる。
 やや吊り目ではあるが……なかなかの美形だな。
 長い黒髪を横に束ね、体躯もなかなかに立派だ。

「おい、貴様」
「私の事か?」
「他に誰がいる?」

 そう言いながら、女子(おなご)は薙刀を構える。

「何の真似だ?」
「その前に、質問に答えろ。貴様、その者達を手にかけたか?」
「ああ。襲ってきたので、返り討ちにした」
「ならばもう一つ。何故懐を探り、死者から盗みを働く?」

 どうやら、巾着と竹簡の事を言っているようだな。

「これか。ここがどこだか、情報を得たいまで。金が欲しいのならこのような物、呉れてやるぞ?」

 そう答えると、女子は憤怒を露わにする。

「貴様! 私を賊の輩と同じにするか!」
「賊かどうかは知らんが、いきなり刀を向ける奴に、私は礼儀を以て臨もうとは思わん」
「おのれ、侮辱するか! この関雲長、貴様ごときに愚弄される謂われはない!」

 ……関雲長、だと?
 蜀の義将にして、美髭公。
 近藤さんが敬愛して止まなかった、あの関羽だというのか?
 ただならぬ気迫は感じるが、それにしても違和感は払拭出来ぬ。

「貴殿、関羽と言ったな?」
「ああ。この青龍偃月刀の錆にしてくれる! だが、最後に名ぐらい、名乗らせてやるぞ」

 同姓同名なのかも知れぬが、紛れもなくこの女は関羽と言うらしい。

「どうした! 名乗れ!」
「よかろう。私は内藤隼人……いや、蝦夷共和国陸軍奉行並、土方歳三」

 素性の知れぬ相手に偽名と考えたが、意味があるとも思えず思い止まった。

「……何を言っているのだ、貴様は。蝦夷共和国、とは何だ?」
「知らぬ、と? では、ここは異国か」
「何をブツブツ言っているのだ! 言い残す事はそれだけか?」
「待て、まず刀を収められよ。私は礼を言われるならともかく、斬られる筋合いなどない」
「莫迦を申せ! 例え賊とは言え、それを手にかけ、あまつさえ盗みを働いたではないか!」
「人の話を聞かぬ御仁だな。もう用は済んだ、元に戻しても構わん」
「……それで逃れられる、とでも? 官吏に突き出してやる、不審な輩め!」

 そう言って、青龍偃月刀を向けてくる関羽。
 あれをまともに受けては、兼定といえども一溜まりもないな。
 ならば、まともに受けないだけの事だ。

「でぇぇぃ!」

 青龍偃月刀が、うなりを上げる。
 刃風は鋭く、重そうだ。
 受ける真似などせず、かわす。

「捕らえるつもりなのか、本当に?」
「何、生かしたまま捕らえる必要もないからな。手に余れば斬り捨てるだけの事!」
「やれやれ、それが天下の義士の言葉とはな」
「ぬかせ! 貴様如き卑劣な輩に、私を貶める資格などない!」



 対峙する事、四半刻。

「どうした、かわしてばかりか」
「ふっ。それはどうかな?」
「何だと?」

 私は躱しざま、足下の砂を掴む。
 そして、関羽に向かって投げつけた。

「な、何をする!」

 一瞬の隙。
 兼定を抜き、小手に、峰打ちを浴びせる。

「うぐっ!」

 いかに豪傑だろうが、真剣の峰打ちとあれば、痛みも相当なもの。
 そして関羽は、青龍偃月刀を取り落とす。
 首筋に、兼定を突き付ける。

「勝負あったな」
「おのれ! 貴様、それでも武人か!」

 鋭い目で、関羽は私を睨み付けてくる。

「実戦は、勝てば良いのだ。道場稽古とは訳が違う」
「殺せ! 貴様のような卑劣漢に討たれるのは無念だがな」
「臨み通りにしてやろう……と言いたいところだが」
「何だ! この上、辱めを与えるつもりか!」
「そうして欲しいのならそうするが、生憎とそれは私の好まぬところ。それより、質問に答えて貰おうか」
「…………」

 関羽は無言で、私を睨んだまま。

「まず、ここは何処なのだ?」
「……幽州の琢郡だ」

 幽州?
 琢郡?
 うむ、聞かぬ地名だ。

「では、ここは大陸か。何という国だ?」
「国、か。……漢王朝だ、衰退しているがな」

 漢王朝。
 そして、関羽。
 ……まさか、な。

「それから、関羽。貴殿は誰に仕えている?」
「主は未だにおらぬ。今は、我が武を鍛えながら、民を苦しめる賊どもを、討っているところだ」

 ふむ。
 関羽と言えば、劉備、張飛という義兄弟がいる筈。
 すると、まだ二人には出会う前……という事になるな。
 ……どうやら、事態が飲み込めてきた。
 何故、死んだはずの私がここにいるのかは、定かではない。
 ただ、一つ言える事。
 私は、書物で読んだ、三国志の世界にいる……その事実だ。
 と、その時。
 向こうから、砂煙が上がっている事に気づいた。
 そして、響き渡る馬蹄の音。
 ……皆、頭に黄色い布を巻いた集団が、こちらに向かってきた。

「関羽」
「何だ?」
「刀は持てそうか?」

 私は、兼定を引きながら尋ねる。

「どういう意味だ?」
「まずは、あれを何とかしなければならない。違うか?」
「……そのようだが。しかし、狙っているのは貴様だけであろう?」
「そうかな。さっき、賊相手に戦ってきたと言ったではないか。それに、貴殿程の器量良しが無抵抗、とあらば……。さて、賊はどうするかな?」

 私の言葉に、関羽はサッと頬を赤らめる。

「な、何だと!」
「それでも構わないというのなら、そこで大人しくしているがいい。私は、ここで野垂れ死にするつもりはないのでな」
「…………」

 関羽は立ち上がり、青龍偃月刀を拾い上げる。

「言っておくが、まだ貴様を許した訳ではないからな」
「やれやれ、強情だな。だが、まずは奴らを何とかしてからだ」

 兼定を、今一度握り直す。
 ……さて、私はここで死ぬか、それとも……?
 いや、喧嘩に負けて死ぬのは性分に合わぬ。
 ならば、やってやるだけの事だ。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧