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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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ふくろうとハムスター

暗がりに潜むその双眸が、窓から漏れる信号機の瞬きを照り返す。
くるり、と首を傾げるその動作を目の端に捉えながら、少し不安になる。幹線道路沿いの四畳半という、おおよそフクロウの飼育に向いているとは思えない環境で、こいつはストレスを感じてはいないだろうか。


変わり者の姉貴が交通事故で急死して、1週間になる。


身内の事故死に浮足立つ実家で、悄然と項垂れる俺に突然託されたのは、妙にでかく白いメンフクロウだった。…ここ暫く姉貴に会っていなかった俺はよく知らなかったのだが、2年ほど前から飼っていたらしい。急な不幸で頭が働かない隙を突くように、半ば強引にそのメンフクロウを押し付けられたのだ。
勿論、我に返ってから猛抗議して何とか実家に押し付けようとしたのだが、『怖い』『孫が怯えている』『鳥というより蛾っぽい』『呪われそう』『生理的に無理』『今さっきフクロウアレルギーを発症した』という実家住まいの親兄弟達のけんもほろろな一斉拒絶に遭い、なし崩しに俺が面倒をみることになった。
「一般的なフクロウだったら、まだ浮かぶ瀬もあっただろうに…」
行司が持ってるあの…軍配。軍配に目鼻が付いたような、不気味というか珍妙な顔をもう1週間見続けているわけだが、なんか全っ然愛着が湧かない。ていうかメンフクロウ飼う奴、何考えてんのか全然わかんない。普通に怖いだろこの鳥。
「―――何で、メンフクロウなんだ」
メンフクロウだぞ。フクロウってジャンルもペットとして割とハードモードなのに、メンフクロウの外見ってすごい好き嫌い分かれるだろうが。思えば姉貴は生前いつも『そっちは選ぶまい』という方向の選択肢に手を出していたな、後先も考えず。
姉貴の遺品を片付けに行った日、冷蔵庫を開けた瞬間、心底ぞっとした。冷蔵庫の中段には、タッパーに入れて解凍された白いネズミの死体。そして冷凍庫には大量の白ネズミとウズラがカチンコチンになってギッシリ詰まっていたのだ。その隣に冷凍ピラフがきちんと詰められていたのにもドン引きだ。俺はペットにハムスター飼ってるので捌かれて凍りついた白ネズミを見た時は過呼吸を起こしかけたものだ。…可愛い小さいジャンガリアンハムスターだ。名前はハムの助。メンフクロウを連れて来て以来、俺はハムの助を奴の目につかない押入れに大事に匿っていた。


だが最悪なことに、今日そのハムの助がケージから脱走した。


雑然とした部屋の中で本を崩さないよう、荷物で潰さないよう、慎重に探したのだが一向に見つからない。迫る日没、訪れるメンフクロウの活動時間。焦る俺。
脳裏をよぎるのは、数年前、自然ドキュメンタリー番組で観た光景だ。雪原に舞うメンフクロウ。放たれた矢のように空を奔り、雪に沈み込んだ奴の下には、オゴジョだかイタチだかが抑え込まれ、肉を食いちぎられていた。純白の雪原に獲物の血が染みていく様がもう…食事中に何を見せやがるんだこの野郎と思ったものだった。
で、今現在。俺の目の届かない所で、フクロウに手頃な獲物が狭い四畳半をノコノコ歩いている。
焦った俺は級友に応援をたのんだ。そしてそいつは今、俺の横で膝を抱えているわけだが。
「ハムさん、いねぇなぁ」
『ハムスター愛好会』などという謎のサークルに所属している級友・犬崎ならばハムスターの行動パターンにも詳しいだろうと踏んで呼んでみたのだが、ハムスターの知識は俺とそれほど変わらない。というか思ったより役に立たない。
「おぅ…ちょっと引く程良く見えるな、この暗視スコープ」
犬崎が調達してきた赤外線暗視スコープを嵌めたまま、俺達は互いに顔を見合わせた。…ハムスターは夜行性だから暗くなると活発に動く、という犬崎のなけなしのハム知識に頼り、部屋の電気は消してあるのだ。深い緑色を帯びたモノトーンの視界に、同じく暗視スコープを装着した犬崎の間抜けヅラとメンフクロウの軍配ヅラが浮かび上がる。
「よく持ってたな、こんなアイテム」
「ああ、知り合いのサークルでな」
「サバゲー同好会?」
「いや、公園散歩愛好会」
「……?」
「不忍池や日比谷公園を始めとした夕暮れの公園を散歩する、ちょっと不思議な同好会でな」
「……暗視スコープつけてか」
「……何でだろうな、そう云えば」
「……その知り合い、あまり深く付き合わない方がいいぞ」
がさり


俺と犬崎は弾かれたように、紙が擦れる音がした方を振り返った。
「いたか!?」
「分からん、ていうか見失った!!」
「なにぃ!?使えないな犬崎め」
「お前も見失ったじゃねぇか」
「…メンフクロウはどうだ、反応してないか!?」
「た、多分今のところ大丈夫……ひぃっ」
犬崎が小さく悲鳴を上げた。ま、まさか既にメンフクロウの餌食に!?メンフクロウの止まり木を仰いでその足元を…
「くっ首がっ首がめっちゃ回った!!ぐるんて!!」
「そうか、見るの初めてか」
俺も初めて目撃した時には思ったより怖くてちびりそうになった。奴らの首はとんでもない角度まで回る。しかも突然、ぐりん!!と回してくるのだ。横方向だけじゃない。時に縦方向にもギリッギリまで回るのだ。フクロウの首がよく回ること自体は知っていたが、本物を、しかもメンフクロウのを見た時の恐怖ときたらもう…翌日の悪夢の材料になった程だ。
「いやいやいや、そんなことはどうでもいいんだよ!そいつが俺のハムの助を視認したのかどうかだよ!!」
本題を見失うな、ハムの助をメンフクロウの魔の手から守る為に俺達はこんな馬鹿みたいな恰好で暗闇に蹲っているのだから。
「多分大丈夫とは思うんだが…うわっまた回った」
「慣れろ。きりがない」
俺は先ほど音がしたあたりをじっと伺った。ハムの助があの辺りで活動していることは確かで。…再び、がさりと音がした。
「ぬ!?」「ハム!?」
二人で一斉に身構えたその瞬間、視界の隅に変なものが映った。
「……おい」
つい、声を掛けてしまった。
「ハム見つけたか」
「細いぞ、メンフクロウが」
なんというかこう、暗闇の中で突然シュッと細くなったのだ。三分の二くらいに。
「うわ細っ!なにこれどうしたの!?」
犬崎が思わず、という感じでメンフクロウに手を伸ばす。いや、やめろ多分これ警戒した時にフクロウがやる擬態行為だぞ。多分俺達が急に動いたから警戒しているのかと………。
「ひっ!?」
犬崎の短い悲鳴が上がった。
メンフクロウが突如羽をぶわっと膨らませ、じり、じり…と羽を広げて揺れ始めたのだ。
「びびったぁ…何これ、何なのこの動き!!」
「分からん!…ハムの助がロックオンされたのでは!?」
「それに何だこの音…悪魔の吐息みたいな音がするんだが!?」
羽を広げ始めた辺りから、ふしゃぁあああああ…みたいな凄い悪いガスが漏れるような異音に、カチカチと硬い物を打ち合わせるような異音が混じり、狭い四畳半を満たす。暗闇でぐりぐりと揺れる、未開部族の仮面のようなハート形の顔面。互いを掴み合うようにして四畳半の中心で震える俺達。
「……多分、メンフクロウの警戒音だ。お前が急に近づいたから」
「なっ…何とかやめさせられないのかコレ」
「気が済むのを待つしか…わっ!!」
メンフクロウの全身が急激にしなり、一瞬視界から消えたかと思いきや、それは矢のように飛んだ。咄嗟に伏せたが後頭部を固くて鋭い何かが奔り抜ける感覚の後、強烈な痛みが襲ってきた。
「うわっ血だぁ!!」
犬崎が腰を抜かして叫んだ。痛い後頭部をさっと撫でると、まあまあの量の血が掌を濡らした。…漏らしかけた。
「あっ…ぶねぇ…鉤爪がかすめたのか…!!」
姉貴、殺す。死んでるが。


「じょあああああああ!!!」


部屋の隅から突如聞こえた奇声に、俺達は震え上がった。
「なっ何なの今度はなに!?」
犬崎は恐怖が極限まで達するとおネェ喋りになるのか…。
「…あー、メンフクロウの啼き声だな…」
俺も初めて聞いた時には本当にびびった。
「啼き声!?警戒音じゃなくて!?」
今にもちびりそうな顔で、犬崎がまた叫んだ。
「ホーホーじゃねぇのかよフクロウなのに!!もう何なのこの猛禽類!!可愛い♡とか飼いたい♡とかそういう要素が今んところまっっったく見つからないんだけど!?ただひたすら怖いんだけど!?」
犬崎のガチ切れに呼応するように、メンフクロウもじょああああ、じょあああを繰り返す。押入れの天袋の襖に鉤爪を引っ掛けて俺達を見下ろすその表情は、相変わらず何考えているのかさっぱり分からない。
「もう限界!!俺もう帰る!!」
無理もない。小動物をかばいつつ猛禽類の猛攻に震えるこの空間自体、もう恐怖でしかない。
「…で、でも駄目だ!今そこ開けたらハムが逃げるかも知れん!!あいつデブだから野生じゃ生きられん!!絶対に!!」
「そんなデブかよ!だからヒマワリの種は控えろと!!」
「その話、今しなきゃだめか!?こっちは後頭部から血とか出てんだが!?」
そこら辺に落ちていたくしゃくしゃのタオルをつまみあげ、血がしたたる後頭部に押し付け
――――居た。ハムの助。タオルの下に。
「……居たぞぉ!!」
タオルを放り出し、ハムに飛びかかる。胡麻団子のように肥えたデブハムは、わりとすんなり捕獲出来た。俺はそのままハムをタオルで包み込むと、メンフクロウから隠すようにハムスターのケージに駆け寄った。天袋の梁で翼を広げ、滑空の姿勢をとるメンフクロウ。なんという勘の鋭さか。俺はケージを抱えて叫んだ。
「撤退だ犬崎!!」
犬崎は弾かれたように裸足でドアを蹴り開けた。そして俺はハムの助のゲージを抱えたままドアの外に転び出る。ドアを閉める瞬間、白い悪魔の滑空が見えた気がした。
その後、暗視スコープ装備して恐怖に顔を引きつらせてハムスター小脇に抱えて走る俺達は、当然の事なのだが職務質問を受ける羽目になった。


―――あの恐怖の一夜は、おそらく俺にとって一生のトラウマになることだろう。


メンフクロウは結局、バードガーデンとか何とかいう野鳥のテーマパークに引き取ってもらえた。今にして思えばあれは、あの日の特殊な状況が生み出した俺達の異様なテンションにメンフクロウが反応しただけの『事故』みたいなものだったのだ。だがあの訳の分からん恐怖は理性で拭い切れるものじゃない。ていうか四畳半でメンフクロウと同居とか無理だ。フクロウのゲージの中で人間が生活するようなものだ。
ハムの助は今日も呑気に回し車をカラカラ回している。
「まったく…お前のせいでもあるんだぞ」
ため息と笑いが一緒に出る。…そうだ。四畳半で飼う動物なんて小鳥かハムスターで充分なのだ。

 
 

 
後書き
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