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赤き巨星のタイタノア

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最終話 「好きに生きる」

 ――翌日。
 平和を取り戻したこの星の人々は、救世主たる地球人の戦士達を見送るべく、飛行艇発着場に集まっていた。

 神官達の意向としては彼らを引き留め、英雄として讃える場を設けたかったのだが……その筆頭である威流は、故郷に「家族」を残している身。そんな彼の事情を汲んだルクレイテの采配により、直ちに地球へ帰還することになったのである。

 神官達を代表し、一歩前へと進み出る神代の巫女は――帰還の準備を終えた威流達の前で、深々と頭を下げた。その表情は、憑き物が落ちたように柔らかい。

「地球の皆様。そして……ヒュウガ・タケル様。貴方方のお力添えにより、この星の未来は救われました。民を代表し、厚く御礼申し上げます」

 救世主との別れを前に、名残惜しげな表情を浮かべる神官達。そんな彼女達の方を見遣りながら、ルクレイテは苦笑交じりに口を開く。

「出来れば……もう暫く、貴方方を歓迎したかったのですが」
「いいよ、もう。あいつを倒したことで、オレ達の地球も救われたんだしな」
「だな。それに、あんな女ばっかりのとこに囲まれっぱなしじゃあ、落ち着かなくってしょうがねぇ」
「失礼よ竜也。……でも、本当によかったです。誰1人犠牲になることなく、あの大怪獣を倒すことができて」
「えぇ。父――タイタノアの力を引き出して下さった、タケル様のおかげですわ」

 竜也と円華も、長い戦いからの解放を実感し、頬を緩めている。彼らの筆頭に立つ威流は、ルクレイテと暫し見つめ合った後……こちらを見下ろす真紅の巨神に視線を移した。

「オレじゃないって。大怪獣を倒したのは、あいつ自身の強ささ。タイタノアの『勇気』が『恐怖』に勝ったから、オレも全力で戦えたんだよ」
「けっ、相変わらずクセぇこと抜かしやがる」
「ふふ、でも威流らしいわ」
「タケル様……ありがとうございます。これで父も安心して眠りに――」

 そんな彼の言葉に、竜也は口角を吊り上げ憎まれ口を叩き、円華は穏やかな笑みを浮かべる。そして、ルクレイテは感謝の想いを伝えながら、父の巨体を見上げ――

『ふっはははー! ようやく余の素晴らしさが分かったかヒュウガ・タケルよ! ならば今こそ、崇高なる守護神であるこのタイタノアが、懺悔の機会を恵んでやろう!』

 ――相変わらずなその振る舞いに、冷ややかな眼差しを送ると。

『さぁ先日の非礼を詫び、余に跪――』
「タケル様、光線銃をお借りします」
「あ、ちょっ」
『――ひぎゃあぁ! 痛い痛い痛いごめんなさーい! もう言わぬ! もう何も言わぬから許してぇえ!』

 威流のホルスターから光線銃を引き抜き、まばらに閃光を撃ち放つのだった。全身に熱線を当てられ、タイタノアはせっかく積み上げた威厳を再び失ってしまう。
 頭を抱え蹲る、勇敢でありつつもどこか情けない主神を――信者達は、苦笑いを浮かべながら見守っていた。彼の情けなさなら、もうとっくにバレているのである。

「……全く、ちょっとはマシになったかと思えば……」
「マシにはなったさ。一度でも恐怖に打ち勝てたなら、その記憶は必ず自信に繋がる。いつかきっと、虚勢に頼らなくてもよくなるよ」
「……タケル様も、父には甘いんですから……全く」

 口ではきつく当たりながらも、ルクレイテは醜態を知られながらも神であり続けている父の人徳に、思うところがあったのだろう。光線銃を威流に返す瞬間、彼女は至福に満ちた笑みを浮かべていた。

「さて……じゃあ、オレ達はそろそろ行くよ。帰りを待ってる人達も、いることだしな」
「はい。それでは、タケル様……どうか、お元気で。許嫁の方と、お幸せに」
「ははっ、そうだな。それじゃあ……いつか、また会おうな」

 ――やがて、出発時刻が迫り。威流は竜也のコスモビートルに乗り込み、仲間と共にこの星から飛び去っていく。
 そんな彼らを、神官達が黄色い歓声で見送る中……巫女は、ただ1人。

「ええ。――いつか(・・・)、また」

 悪戯っぽく笑い、その白い口元を緩めていた。

 ◇

 ――見慣れた木造の天井。それを見上げながら目を覚ました威流は、祭壇で目覚めたあの日が嘘のような、穏やかな朝を迎えていた。
 身を起こした彼は、地球の空気を匂いで感じ取り、表情を緩める。

「ん……朝、か」

 小鳥の囀りや、葉が揺れる音ばかりが響く、静かな庭。獅乃咲家の屋敷内からそれを見つめる威流は、ようやく掴んだ「平和」を噛み締めるように天を仰ぐ。

(あれから1週間。やっと、日常が戻って来たって感じだな)

 ――地球に帰還した後、威流達は軍による身体検査や状況報告を命じられ、あるがままを話した。
 大抵の人間なら、彼らの話は絵空事だと一笑に付しただろうが……怪獣軍団から人類を救った英雄の言葉だと、説得力が違う。

 軍部はただちに件の惑星に向かい、正式な交流の場を設けようと動き出した。上手くすれば、人類の生態圏を拡大する好機である――と。
 だが、それは我欲のために星々を蹂躙してきた怪獣達と何も変わらない。それを指し示すように、惑星のバリアは地球守備軍の干渉の一切を、遮断していた。

 ――軍部はそれでも諦めきれず、今度は威流達を出汁に進入を試みるのだが。星の外にいる者の心すら見抜くルクレイテの超能力に、全てを読まれ。威流達ですら通さないほどの強固なバリアを展開してしまうのだった。
 結局、打つ手がなくなった軍部の判断により、この惑星の調査は再び保留となり。人類の新惑星への進出計画は、凍結となった。

(やっと帰ってこれたと思ったら、上層部からは質問責めだし体はイロイロ検査されるし、教官職からも外されるし。何から何まで散々なもんだが……それでもやっぱ、帰れる場所があるってのは嬉しいもんだな)

 ――それから1週間。威流は心身を休めるべく、この獅乃咲家で療養の日々を過ごしていた。
 この屋敷に帰ってきた途端、許嫁に散在泣かれたのは言うまでもない。

(……葵にも、随分心配掛けちまったみたいだしな。これからは、ちゃんとあいつのことを見てやらなきゃ――ん?)

 だからこそ、これからは彼女のために生きねば。そう決意を固めようとした、その時だった。
 ――布団の下に、何かがいる。それを感じ取った彼の眉が、何事かと吊り上がった。

「……葵?」

 寂しさゆえか、今まで会えなかったことの反動ゆえか。許嫁は度々、威流の布団に潜り込み、添い寝をせがむようになっていた。
 そんな彼女をいつも、威流は快く迎え入れていたのだが――昨夜は確か、彼女は来なかったはず。

 では、今朝になって入り込んできたのか……と、威流が判断したその時。

「――ではなくて、申し訳ございません」
「なぁっ!?」

 許嫁にはない、蒼い髪を靡かせて。あの日に別れたはずの神代の巫女が、顔を出してきたのだった。――それも、生まれたままの姿で。

 吐息が顔に掛かるほどに迫られ、威流は理解が追いつかず素っ頓狂な声を上げる。そんな彼の様子を、ルクレイテは悪戯が成功した子供のように笑っていた。

「な、なんで君がここに……!?」
「なぜも何も……以前、仰ったではありませんか。いつかまた会おう、と」
「そ、それはそうだが……!」
「それに、こうも仰った。私も、好きに生きて構わない――と」
「お、おい、ちょっとルクレイテさん!」
「ふふ、言質はすでに取ってあります。後悔しても――遅いですわ」

 彼女は威流の状況把握が追いつくよりも速く――逞しい彼の掌を、自分の胸に押し当てる。巫女ではなく、強い雄を求める女として。彼女は自身の色香を武器に、威流にその肢体を擦り付けていた。

 ――すると。喧騒を聞きつけたのか。ドタドタと荒々しい足音が、この部屋に近づいてくる。その展開に、威流が頬を引きつらせた瞬間。

「威流様! 一体どうされま……な、なんですか貴方!」
「貴方、どうして!?」
「あ、葵! 円華まで!」
「あら、こうしてお会いするのは初めてですわね。シノザキ・アオイ様。それに、お久し振りですわ。シバ・マドカ様」

 許嫁と、その従者がこの寝室に駆け込み――眼前で繰り広げられている事態に、目を剥いてしまった。円華と違い、ルクレイテとの面識がなかった葵は、彼女の暴挙に顔を赤らめ激怒する。

「な、なぜ私の名を……ま、まさか貴方が例の宇宙人!?」
「えぇ。ルクレイテ――と申します。何卒、お見知り置きを」
「あ、えぇと、こちらこそどうぞ……ではなくて! なぜ宇宙人の貴方が地球にいて! 威流様のお布団に忍び込んでいるのですか!」
「そ、そうです! 彼はお嬢様の許嫁! それを知りながら、なぜ貴方がこのようなことを!」
「なぜって……それは……」

 円華もそれに同調し、ルクレイテを非難するのだが――彼女は白々しく、困ったような声を漏らすと。

「――救世主たるタケル様の、御命令ですから」
「んなっ!?」
「御命令!?」
「ちょおっ!?」

 威流の腕に絡みつき、その唇に白い指先を当てて。全ての「責任」を、男に委ねてしまうのだった。
 その言葉を受け、全員が驚愕し――やがて、許嫁の全身から嫉妬の爆炎が噴き上がる。彼女の隣に立つ従者も、涙目になりながら威流を睨みつけていた。

「……た〜け〜る〜! さ〜ま〜!」
「威流、貴方! お嬢様という人がありながら、どういうつもりよ!」
「ちょっ……待って、葵! 円華! オレの話を聞けって!」
「ふふ……さぁ、タケル様。英雄色を好む、という言葉もあります。どうぞ3人纏めて、可愛がって下さいませ」
「さ、さんっ!?」

 そしてルクレイテの爆弾発言に、乙女2人はさらに真っ赤になると。

「……威流っ! お説教よ、そこに直りなさい!」
「威流様! 説明してくださいっ!」
「ふふ……賑やかになって参りましたわ。これから、楽しくなりそうですわね……タケル様?」
「楽しいのは多分君だけええぇ!」

 修羅の如き形相で、愛する男を追い回すのだった。顔面蒼白になりながら逃げ惑う救世主を、異星人の巫女は悪戯っぽく笑いながら見つめている。

「……あいつら朝っぱらから何はしゃいでんだ?」
「威流さんが戻られて、ようやく落ち着いて来た頃ですからね。2人とも、今まで失った時間を取り戻そうとしているのでしょう」
「そういうもんっすかね……?」

 ――そんな修羅場が繰り広げられているとも知らず。威流の様子を見にきていた竜也は、静かな茶の間で雅と共に、平和な青空を眺めていた。

 ◇

 一方。地球から遠く離れた、異星人の住まう惑星では。

『うおぉおーん! 余の可愛い可愛いルクレイテえぇぇえ! どこに行ってしまったのだあぁああ!』

 聖域である大森林の只中を、真紅の巨神が泣き叫びながら駆け回っていた。その後方を、無数の円盤が追尾している。

『我が主神タイタノア! 神殿にお戻りください!』
『どうされたのですか! 急に泣きながら飛び出されて!』
『追え! 神が動くほどの「何か」の前触れかも知れん!』
『了解!』

 自分達の主神がこれほどまでに取り乱している理由が、娘の色恋沙汰であるとは知らず。円盤を操る神官達は、真摯な面持ちで彼を追いかけていた。

 ――娘が巫女の役を後進に託し、地球に発ったという事実は、父にのみ知らされていなかったのである。知れば間違いなく、力ずくで阻止してくるだろう……という娘本人の判断によって。

 今になってそれが発覚し、主神タイタノアは――

『おのれヒュウガ・タケルぅうぅ! やっぱり貴様なんか大っ嫌いだ! バーカ!』

 ――元凶たる地球人に、呪詛の言葉を吐くように。平和な青空に、泣きながら吠えるのだった。
 
 

 
後書き
 どうも皆様、オリーブドラブです。
 本作「赤き巨星のタイタノア」の本編は、今回で完結となります! ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました!
 次回は番外編となる「青き恒星のヘラクロア」を更新して、本作を締めくくる予定です。お楽しみに!
 では、失礼しました!
 
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