Sword Art Online-The:World
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#02 開始
前書き
ども、数週間ぶりの更新。
年末はやっぱり忙しい。睡眠時間も、遊ぶ時間も、執筆時間もどんどん減る減るwww
内容も飛び飛びで書きまくっているので、どうかそこらへんにはご容赦を。でも評価欲しいww
――――一瞬の無意識の後に、視界が明るくなる。
瞼を開ければ、全くの別世界。
そこには先ほどまで見ていた仮眠室の白い天井は無く、違う世界が広がっていた。
代わりでは済まないほどの、巨大な建造物があった。
石造りの、ギリシャやローマのそれとよく似た、石柱のある建物があった。
此処がホームタウン、最下層である第一層・始まりの街。この世界のビジュアルは、空中に浮かぶ巨大な空中都市。さながらバベルの塔のように天へと昇るこの世界は、外の世界と同じように時間が経過する。
ソード・アート・オンライン。
――――世界の名は、『浮遊城・アインクラッド』。一万人の人間の、新しい世界だ。かく言う彼らも、その一万人のうちの二人。初期装備である灰色の衣服と、キャラクター作成で設定した装備である短剣と長剣。青みがかった髪と、灰銀色の髪。視界の左上には自身のHPとネームが表示されている。
リアル年齢24歳と22歳、二人の男は最初にお互いの姿を確認した。
「キャラ作成、っつか……普通に素顔だよな」
「まぁそうだよね……僕らとそっくりの容姿があったから選んだけど、まぁ違和感ないよね」
服装は同一、装備が違うだけ。他はほとんどリアルと同じで、大きな違いは二人の身長が少し高い事と、二人の頬に紋様のような刺青がある事だ。
『The:World』と同じような、否、“全く同じ”と言えるほど酷似した紋様。ゲームマスターであり、SAOプログラマー・茅場晶彦はいつかの雑誌のコメントで、こう言っていた。
『私はかつて「The:World」をプレイした事がある。私はSAO制作に関して少なからず、あの世界観に影響されている。初期のキャラ作成や後のダンジョンなどでも、「The:World」に登場したクリーチャーや装備などがいくつか登場する。「The:World」をプレイした諸君らは、多少なり期待はしていてほしい』と。
情報としては確認していたが、まさかこうまで似ているとは思わなかった。完全に同一ではないが、酷似している。
お互い、自分の動きを確認しながら、周囲の人間を見回す。初期ログイン地点として用意された広場には、一万人のプレイヤーが集まっていた。その誰もが、歓喜の表情を浮かべている。そして少なからず、自分達も口元がにやけているのを自覚している。
「で。ネームも昔と同じ、って事か…………――――ハセヲ」
「アンタだってそうでしょーが。カイトさん」
“Hasewo”“Kaito”――――2人が『The:World』で使用していたネームだ。
もうどうしようもなく隠せないこの感覚を、二人は抑えられずにいた。頭の中には“仕事”という事が浮かんでいるのに、それ以上に“楽しみたい”“知りたい”という欲望と衝動が、胸の中に溢れていた。
兎にも角にも、市街区画に歩き出す事にした。アイテムショップの確認、武器の数値・性能の確認、宿屋の確認、ダンジョン探索、その他etcetc……基本的なプレイの為に必要な範囲を、すべて把握する事を第一目標とし、その後に攻りゃ――エンジニア兼デバッカーとしての職務を果たす事にしよう。そう決定した。
「取説、もとい佐伯の資料には、ソードスキルの説明もあったよな。モーショントレースみたいなモンで、その動作に合わせて攻撃力が上昇したり、バニッシュや速度上昇だの、武器の性質や相乗効果もあって効果が色々付くんだと。まぁ必殺技、俺達に言わせりゃスキルトリガーだ」
「ははっ、そのうち『虎輪刃』とか『疾空荒神剣』とか使えるようになったりとかね」
「俺で言うなら『滅双刃』とか『天下無双飯綱舞』とか、あとは『伏虎跳撃』とか『蒼天大車輪』とかだな。カイトさんは『R:1』で俺は『R:2』だから、使ってたスキルもだいぶ違うしな」
「SAOにも、何十人かは『The:World』上がりの人がいると思う。なにせかつては1200万人を内包したMMORPGだからね、一万人の中にいない筈はないよ。プレイ人口の割合的にも、ゲームの販売地域とかを考慮しても」
「なんか、モンノすげー知り合いに会いそうな気がするんだが………まぁいいか」
会話しているうちに、なんだか知らないがエリア門前まで来ていた。
第一層の草原、ここを道沿いに歩いていけば次の村までたどり着けるようだ。
一応程度に、メニュー画面からざっくばらんなフィールドマップを表示出来る。それを見ても、この第一層のエリアは非常にシンプルに出来ている。中央都市に、周辺の小さな村と集落、あとは草原と小さな荒野、といったところだ。
階層式の世界であるこのアインクラッドは、『The:World』のように一々エリアを選択したりキーワードを入力する必要もない。各階層の全てがシームレス、移動は基本的に徒歩でエリアを開拓し、一度通過したエリアにはアイテムを使用すれば一気に転移する事が出来るようになる。最も、そのアイテム自体が非常に高価なので使用は後半になるのだが。
ともあれ、初期エリアの概要は一通り把握したので、
「軽く戦闘、行っとく?」
「いや、それが普通だろ。ともかく、今のうちに基本動作覚えとかないと、後で痛い目見るからな。それと、出来る
ならまともな奴から聞くのがお勧めだ」
「経験者は語る、ってところかな?」
「…………行きますよ」
× ×
第一層、始まりの街・西フィールド。広大な草原と街道が特徴的な、“はじまり”の名に相応しいエリアだ。
周辺には特に問題視する事のない雑魚モンスターであるイノシシやオオカミが生息し、至って普通のフィールドとなっている。。各階層内で基本シームレスなこのゲームでは、街道をひたすらまっすぐ歩いていけば夕方から深夜の間までに隣の村に辿り着く事が出来る。
そんな“始まりの街”の門を出て少し離れた場所で、二人はお互いの得物を抜いてそれを振るっていた。
カイトが持つのは短刀。無骨な柄と片刃の、初期装備の物だ。ハセヲも同様の初期装備である諸刃の長剣を装備し、資料にあった『ソードスキル』の発動をその身を以て体験していた。
「なるほどね、様々なモーションから発動を認識させる事で、技が発動する、と」
「魔法で言うなら詠唱、RPGで言うなら必殺技の言い回し、ってか」
腰を低く落とし、右に持つ短刀を左の脇に隠すようにして持つ。
瞬間、短刀に仄かな光が灯り、ソードスキルの立ち上がりを知らせる。そしてそのまま前へと踏み込み、三歩目を踏み出したと同時に短刀を振り抜くと、光の軌跡を描いて腹に残る心地のいい音が響く。コレがソードスキルの発動。
右の長剣を右肩に担ぐように構えると、スキルが立ち上がる。
そして右の一歩を踏み出すと共に剣を垂直に一閃、カイトの時とは比べ物にならないくらいの重い音が響いた。武器でやはり発動のモーションやタイミングの違いはあるが、基本的な面ではどれも共通しているようだ。
長剣と短剣ではもちろん火力やリーチの違いもあるが、二人は以前『The:World』で使用していた武器と類似するものという事で、それらの武器を選んでいる。カイトは双剣、ハセヲは双剣・大剣・大鎌・双銃と、ハセヲは当時のゲームでも群を抜いて中々に画一した装備を使用していた。
しかしこのゲームには基本的に『二刀流』は存在しないらしい。だが、固有のスキルであり無限に存在すると言われるEXスキルに関しては、全くの別扱い。各個人のステータスや技術が、後にEXスキルとして判定される事もあり、それらの恩恵で『二刀流』を発現させる事も不可能ではない、という。
何度も何度も剣を振るい、スキルが立ちあがるモーションを一つ一つ確認していく。そんな中で、ハセヲは資料にあったこのゲームの特筆すべき点を口に出していく。他のRPGにはない点、それは、
「魔法なしのRPGってのもずいぶんと風変わりだな。代わりのソードスキルや武器の多さは確かにスゴイし、後半になると、ちゃんと大鎌や大剣みたいな上位装備もあるらしい。なんか、ますます懐古感を感じてきた……」
「だからこその『ソード・アート・オンライン』――剣の世界なんだ。というより、僕達も魔法系はあんまり習得してなかった口なんだから、ぶっちゃけ言えばこれで丁度いいけど」
「…………そうだな」
「剣さえあれば、この世界で出来ない事はない。この世界は、剣で出来ている……僕はそんな風に解釈してる」
かつて、自分達を支え、自分達が守り通した一人の女神がいた。
その女神はこう言っていた。『世界を変えるのは、強き想い』だと。ハセヲはカイトの言葉に納得しながらも、同時にそんな彼女の言葉を思い出し、小さな矛盾を感じていた。
剣が世界を構成するならば、その剣は一体誰が担うのか。つまるところ、重要なのは剣ではなく、それを担い繋ぐ人の意志ではないのか、と。そうして誤った力を手にした人間が堕ちて狂う様を、自分達は沢山見てきたではないか。
人に見せられない心の闇が、知らず知らずに膨れ上がり爆発した者達を、自分達は何度も救ってきたではないか。
だからこそ、そんな事彼には言うまでもないと、ハセヲは疑問と矛盾を胸の中にしまった。
そして、二人は願っていた。あんなことが、もう二度とは起こるべきではない、起こらないで欲しいと。
「それじゃハセヲ、軽く手合わせしてみない? セレモニーは夕方からみたいだから、それまで」
「こんな風な対人戦なんて、生まれて初めてだぜ……悪いけど、手加減しないぜ。カイトさん」
「ははっ、でも。先輩をあんまり嘗めないでくれよ? これでも剣技には自信あるんだから」
お互いがずっしりとした構えを取る。腰を落とし、眼前の友人をその双眸で捉える。
短刀による刺突の構え、右の脇に控えた剣が輝きを持つ。左足を前へ出し、そのまま前方へと飛び出して刺突による一撃を狙う。刀身自体が小さいため、薙いだりするよりも刺突による一撃を狙う方が効率が良いのだ。
頭を低く下げて、前方へ突撃するような体制を取り、右手の長剣をまるで尾羽のように背部の外へ構える。剣閃は極度に斜めの軌道を描いての袈裟斬り。リーチを生かした、重い一撃を狙う構えだ。
お互いに構えたまま数秒の硬直。そしてフィールドに自動配置される一匹のイノシシが現れ、大きな雄叫びを上げた。瞬間、二人は同時に駆けだし、二人は全力で剣を振るう。
世界を救った少年は、何故か久々の対人戦に、無邪気に心躍っていた――――
× ×
――――結局のところ、決闘は最終的にどっちつかずのままで終了した。
数十分間戦闘を続けてはいたのだが、双方の技術がほぼ互角であるという点で決着がつかず、今後装備を整えた後にもう一度決闘をするという事で終局を迎えた。ゲーム内でもすでに日が暮れ、外の時間も午後五時を過ぎている。
「そういえば、セレモニーっていつやるんだろ?」
「さぁ、おおよそキリの良い六時くらいじゃないか?」
「まぁそのくらいなだよね。でもさ」
「なんか気になる事でもアンのかよ」
「いや、別に大した事じゃないんだけどさ。僕らが言うセレモニーの話、街中であった何人かにも聞いてみたんだ。でも皆、“そんなモノはない”って言うんだよ」
ハセヲはカイトの言葉に理解を持てなかった。
“誰も知らない”“そんなモノはない”――――ならば、それは自分達が先に情報を仕入れていたという事なのか?
確か情報源はSAOの制作元である『アーガス』だった。調査依頼という名目でならば、ある程度の前情報は流れてくる事はあるだろう。しかし、そういった情報はどうやっても少なからず外部に漏れてしまうものだ。
そしてこの情報社会では、その伝播は非常に速い。そのうえ現在世界中で話題持ちきりのSAOのセレモニー、ユーザーの三分の一は知っていてもおかしくはない情報を、文字通り誰も知っていない。
「……これは、佐伯さんに直接聞いてみる方がよさそうだね」
「だな。なら俺が行ってくる。カイトさんは中の様子見といてくれないか?」
「了解。セレモニーが始まったら僕もログアウトして知らせるよ」
視界の右辺り、その周辺を右の指でなぞると、メニューが開かれる。
メインメニューのその一番下に、ログアウトボタンが存在する。だが、
「…………あぁ?」
ない。有る筈の、ログアウトボタンが、無い。
……んなバカな事があるかよ。
ハセヲは一度メインメニューを閉じ、再度メインメニューを開く。そして同じ動作を繰り返す。
しかし、やはり何度見てもそこには無い。他のメニューは装備やアイテム覧など、基本操作には全く関係のないものばかり。いいやおかしい。そんな馬鹿な事はない。ありえない、あってはならない。
ハセヲはメニュー内のあらゆる項目を開いては閉じてしてみるが、何処にもログアウトの項目が存在しない。
そんなもの、運営が気付かないわけがない。それどころか、ゲーム開始から数時間経たずして強制ログアウトの通達が入りそうなものなのに、それすらもない。こんな事態、あまりに異常過ぎる。しかし、ハセヲはこの状態を知っている。嫌というほど、よく知っている。
「……未帰還者」
「ハセヲ?」
忌わしい記憶が、自分の中に込み上げてくる。
脳髄の奥底にしまっていたあの頃の記憶が、舞い戻ってくる。そんな動揺を?き消すかのように、まるで小さな救いを求めるかのように、ハセヲはカイトに問いただす。
「――――カイトさん、ログアウトメニュー開いてみてくれるか……?」
「え、あ、うん。ちょっと待ってね」
カイトも、ハセヲと同じ動作でメニューを開く。
しかし、カイトも彼と同様にメニュー画面を見た瞬間、同じ表情を浮かべた。その表情は、まるで昔懐かしいものを発見した時の大人のような、自分の幼少の恥ずかしい記録を見た青年のような、過去への驚きと現在への疑念の表情。少し俯き気味な顔を上げると、二人の視線が自ずと重なる。
「…………どういう事かな」
「俺に聞くなよ……けど、俺の中じゃ今、三通りの想像が膨らんでる。ちなみに全部良くない事だ」
「……マシな奴から聞かせて」
「まぁ、どれも似たり寄ったりだけどな。俺が予想しているのは、」
①、俺達のメニューにだけバグが発生している。もともと管理者権限をインストールするという目的もあった為、アバター事態に初期から何らかのバグが生まれていたという可能性。
②、サーバー内に異常が発生し、現在方々が手段を講じている最中。数時間~数日後にはログアウトが可能となり、それまでは一万人が完全にリアルから孤立した状態に。ナーヴギアを外す、回線を切断する、電源が切れるまで待つ、といった手段でもログアウトが可能。
③、一万人全員が、何らかの方法によってゲーム内に完全に隔離・幽閉されている。脱出する手段が一つしかなく、それをクリアするまで一生出られない。
「個人的には、①がベストなんだけどなぁ。②はちょっと辛いかな、でも……」
「③、コイツが一番ヤバい。そして今、俺の中じゃこれが一番当たりって気がしてる」
完全隔離。それはつまり、リアルの自分の身体が完全に放置状態にあるという事になる。
栄養補給、生理現象、筋肉の退化、長期ダイブによる脳への支障。問題を数えればキリがない。
しかし『未帰還者事件』を知る二人にとっては、この事態はあまりにも危惧すべき事態だった。しかし心のどこかで“あんな事はもう二度とない”“起こる事は絶対にない”と、勝手に自分の中で決めつけていたのがショックをより大きくした。
『The:World』では、PKされたプレイヤーの意識がゲーム内に囚われ、リアルで意識不明になるという事件が発生していた。コレは後に“未帰還者事件”と呼ばれる世界最大規模の意識不明事件となり、ニュースにもなった。
しかし問題点はそこではなく、自分達はPKされてこのゲームに閉じ込められている訳ではない。ゲーム内にログインした後、完全にこのゲームに閉じ込められてしまっている。つまり、手順が“ひっくり返っている”のだ。
「こんな事が出来るのは、制作元の『アーガス』か、もしくは僕達みたいな――――」
続く言葉を口にしようとした時、突如として鐘が鳴り響いた。
音源は自分達が背にしている方向、はじまりの街の中央にある聖堂の鐘だ。鈍重な鐘の音は、まるでこの事態を把握している“誰かに鳴らされている”様な気がして。そして瞬間。視界の全てが強烈な光に包まれ、自分達は思わず目を覆った。
× ×
「なっ――――」
自分達は光に包まれ、一瞬のうちに違う場所へと転移させられていた。
強烈な光に目を覆った、ほんの1、2秒ほどの間。光が薄れると共に目を開くと、そこは先ほどの草原とはまったく関係のないエリア、はじまりの街のログインフィールドだった。背後に感じる鐘の音は、先ほどよりも大きく、より近くに感じられる。それがいい証拠だ。
転移させられて気づいたのは、そこに転移させられているのは自分達だけではなく、他のプレイヤーたちも含まれていた。総人口にして一万人、それだけの人間を強制的に招集して何を始めようというのか。しかし、ハセヲ達はこれから始まる事を知っていた。そう、これこそが、
「…………セレモニー」
「ユーザーの事情無視して、強制転移掛けて、やるのがセレモニーかよ……ンな訳ねーよ。これはたぶん――――」
プレイヤー達からの罵声や怒号が飛び交う中、その誰もが“ログアウトできない”“強制転移”に関してのクレームを、誰とも知れない空に向かって叫んでいた。それを聞き届けている運営、そしてGM(ゲームマスター)に対して。
数分後、それを聞き届けたかのように、突如として鐘の音が止んだ。
それを何かの合図と悟ったのか、プレイヤーたちも推して黙る。そして一人の青年が天を指し、
「アレは………」
大聖堂の上空に突如現れた、赤色の表示枠と『WARNING』の文字。
その一つの表示枠を基点に、それらはまるでエラー勧告のように空を覆った。かと思いきや、今度は大聖堂上空の表示枠の“すき間”から、まるで血のような赤い液体が染み出してきた。水と呼ぶには粘性の強い、だが血と呼ぶにはいささか鮮やか過ぎる、そんな液体。
それらは度々の発光を起こしながらも、一つの形状を形成していく。それは、人。
赤いコートとフードを眼深く被ったその姿は、間違いなくGMのそれだった。だがその姿は巨大、実に巨大すぎる。
100mはあろうかというその巨躯で、GMは両腕を掲げ、まるでプレイヤー達を煽るかのように口を開いた。
『プレイヤーの諸君、“私の世界”へようこそ………私の名は茅場晶彦。いまやこの世界を操作で
きる、唯一の人間だ』
たった数十の言葉の中に、二人は抑えきれぬほどの恐怖と、“狂気”を感じた。人を侵す“悪意”とは決定的に違う、異常を異常と認識できない人間だけが持つ、“狂気”を。
“私の世界”“操作できる唯一の”――――この二行で、二人は事の全てを把握した。あぁ、またか、とも思った。
『諸君らは、すでにメインメニューからログアウトボタンが消失している事に気付いていると思う。しかしこれは、決してシステムの不具合では無い。繰り返す、これは決して不具合では無い――――これは、SAO(ソード・アート・オンライン)本来の仕様である。
諸君は自発的にログアウトする事は出来ない。外部の人間による停止、あるいはナーヴギアの解除もあり得ない。もしそれらが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる。……残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人らが忠告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからず有り、その結果。213名のプレイヤーがアインクラッド、及び現実世界からも『永久退場』している』
「…………冗談キツイな、オイ」
つまり、ナーヴギアは今現在、電子レンジの要領でプレイヤー達の脳を焼く事が出来る、という事だ。
焼く、というよりは温める。卵を電子レンジで温めれば爆発するように、人間の脳もまた同様。人間とは非常にたやすく壊れれるが、非常にデリケートな生物でもある。まるでそれを象徴するかのような、あっさりとした殺人方法。
つまり、自分達がこの世界から脱出する方法は、ナーブギアを外す、システムの停止、それら以外の方法でという事になる。となれば、選択は自ずと一つに絞られる。
プレイヤー達の動揺が一気に高まる。恐怖、怒り、憎み、妬み、そういった負の感情が周囲一帯に立ち込める。
その中でも、数人は状況を冷静に把握し、今後の事を考える者もいる。ハセヲとカイトが、まさにそうだ。出来る事なら、この状況に絶望し、自殺する、という事は誰にもして欲しくはない。しかし、それは不可能だろう。
なぜなら、人間という生き物はそれほど強くは出来ていないからだ。肉体も然り、その中身、精神、人格すらも。
『ご覧のとおり、多数の死者が出た事を含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、ナーヴギアが強制的に解除される危険性は、低くなったと言ってよかろう。諸君らは、安心してゲーう攻略に励んでもらいたい。
しかし、十分に留意して貰いたい。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。HPがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久的に消滅し、同時に――――諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
……死。
ゲームの死。
即ち、リアルの死。
この世界での終りは、現実世界での終り――――誰も彼もが、“死ねば”死ぬ。
『諸君らが解放される方法は一つ、このゲームをクリアすれば良い。現在君達がいるのは、アインクラッドの最下層、第一層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば次の階層へと進める。第百層にいる最終ボスを倒せば、ゲームクリアだ。
………それでは最後に、諸君らのアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』
二人は、いち早く自分のアイテムを確認した。そこには、
「「…………『転移』?」」
二人は互いの顔を合わせ意を決し、それを押した。
同時に、二人はここへ飛ばされた時と同じ強烈な発光に包まれ、別の場所へと転移させられた。
× ×
「またかよ、クソッ………今度はどこだ、大聖堂………か?」
そこは、大聖堂の中。二人は、大聖堂の墓標の前に転移させられたのだ。外の九千人強の声が中にまで響いて来るから、位置の予測には事足りていた。
目の前の石碑には、一万人のプレイヤーの墓標が存在し、その幾つかには既に赤く二十線が引かれている。つまり、この赤の数だけ人が死んだという事実が、そこにはあった。
それを目の当たりにし、流石の二人も動揺を隠せない。自分達も、“死ねば”死ぬという事実を、心の何処かで否定していたのかもしれない。しかし、ようやく、といった感じに二人は決意出来た。自分達は、このゲームをクリアしなければならない、それも命懸けで。その決意が、やっと固まった。
だが腑に落ちないのは、
「俺達はなんでここに飛ばされてんだ……?」
「それもおそらく、“彼”が答えてくれるよ。そうだよね――――GM(ゲームマスター)、茅場晶彦さん?」
カイトは、まるで背後に誰かがいるかのような口ぶりでその名を呼んだ。
しかし振り返ってみると、そこには誰もいない。なにもない、大聖堂の広間があるだけ。しかし、
『…………よく、分りましたね。私が此処にいるという事が』
その上、天井。そこに、逆さになって立っていた。
、GM、SAOプログラマー、ナーヴギア開発者、茅場晶彦が。
赤いフードを翻し、茅場は堂内の床へと着地、コートを引き摺りながらこちらへと歩み寄って来る。それはまるで死者のような、不気味な雰囲気を強調しているような、そんな感じがした。
「セレモニーの情報を俺達に流したのも、テメェの仕業か。うちの会社に誤情報流すとか、ドンだけテクってんだよ………」
『ほぉ、流石に分かりますか。お褒めの言葉、感謝します』
コートの中から伸びた右手は白い手袋で覆われており、まるで潔癖症か何かと勘違いしてしまいそうなほどに、厳重な服装。その右手をそっと左の胸に添え、深く一礼を見せた。
『初めまして、私は茅場晶彦。このゲームのメインプログラマーであり、ナーヴギアの開発者でもあります。御二方は、かの『蒼炎のカイト』殿と『死の恐怖・ハセヲ』殿で相違ありませんね?』
「『昔は』、な。今はただの社会人で、ただのプレイヤーだ。あんまり過大評価されんのは好きじゃねぇ」
「ハセヲの言う通りだ。僕らはただ普通にこのゲームをプレイする一人の人間に過ぎない。『The:World』での僕達は、もういない。だから、僕達をそんな風には呼ばないでくれ。それに何より、英雄なのはあの世界だけの話で、現実の僕らはただの人間だ。仮想を現実に持ち込むなんて、マナー違反も甚だしいんじゃないのかな?」
『しかし、貴方がたが世界を救ったというのもまた事実。
第一次、第二次、そして第三次ネットワーククライシスを見事阻止。『碑文』『八相』『Aura』『黄昏の腕輪』『憑神』……ネットワーククライシスの原因である『クビア』の殲滅、バグシステム『AIDA(アイダ)』の駆除、そしてその犠牲者である幾人もの未帰還者の解放。
『R:1』『R:2』の世界、そして現実でその事実を知る者にとって、貴方がたは英雄なのですから』
「ッ、何処でその情報を……!?」
『反存在クビア』『AIDA(アイダ)』『碑文』『八相』『Aura(アウラ)』『黄昏の腕輪』『憑神』。
いずれも、ネットワーククライシスに関連する機密事項の筈。CC社が倒産する際に、それらのデータは完全に削除されたはずだ。現存するのは、『.hackers』社内の最上階、メインコンピュータールーム内のサーバーにのみ保管されている。火野と佐伯も、あの事件に関わった者はそう言っていた。
「まさか、CC社の人間が………情報を漏らしてた?」
『えぇ、そうです。知り合いにCC社の社員の人間が何人かいましてね、当時大学生だった私に、無暗あたらとシステム管理やデバッグの応援を要請されて、その際に本社のサーバーを覗かせてもらった事があるんですよ。『.hackers』の面々の本名に関しては、その際に覚えました。まさか、ゲーム内の呼称を現実で使うとは……なかなかユニークだとは思いますが。
――――それはそうとして、かくいう私も、何度かあのゲームをプレイしていてね……この世界にも少なからず、あの世界と似たデザインを織り込ませてもらった。その頬の文様も然り、モンスターも然り、そして』
スッと手を伸ばし、同時にパチンと指を鳴らす。
瞬間、また転移の時と同じ光が二人を包みこむ。流石に三度目となると、驚きも無くなっていた。ただ、次はどうなるのかという小さな期待も、胸の中にあった。その結果は、
『貴方がたの姿も、また然り』
少なくとも、今度は転移ではないようだ。だが、明確な変化があった。
自分達の“視点”が、低くなっている。というよりは、現実の状態に戻っている。それを確認させるかのように、茅場はストレージから大きな姿見を取り出した。二人がちょうど映るそれをクルリと反転させ二人の方へ向けると、二人は自分達に起こった変化の正体に気づいた。
「なっ………」
「んだよ、コレ……『The:World』と、まったく、同じ………?」
『それはささやかな贈り物です。お二人の姿は装備以外、完全にあの頃と同一にさせて頂きました。それとスキルをご覧ください。それは既に世界を救った経歴のある御二方への、アドバンテージです』
自分達の姿が、『The:World』のアバターと“全く同一の物”と化していた。
容姿はリアルとほぼ同一だったはずなのに、それらは完全に揉み消されていた。刺青、容姿、確かに装備以外完全に昔のアバターと酷似している。
そしてスキル欄を開くと、最初に確認した時にも無かったスキルがそれぞれ、一つずつあった。ハセヲのスキルには『錬装』、カイトのスキルには『双刃』、その名を冠するスキルを見て、二人は余計に苛立ちを募らせた。これではまるで、
「俺達に……また『The:World』をやれって言うのか!?」
『えぇ、概ねその通りです。御二方ならば、この塔の最上階まで辿り着く事が出来るでしょう。それを期待しての、それらの贈呈です。快くお受け取りください』
「……いいか、もっかいだけ言うぞ。これは『The:World』じゃねぇ、別のゲーム『ソード・アート・オンライン』だ! テメェは俺達を“今を生きる英雄”かなんかだと思ってる見てぇだがな、そんな事はねぇ! 勝手な誇大妄想も大概にしやがれ!」
「僕もちょっと限界かな。茅場さん、貴方の考えは十二分に危険すぎる。もう『現実』と『空想』の区別がつかなくなってる……それは、人格が破綻しているのか、それとも貴方の思考が破綻しているのか、どっちだい?」
『その解は私にも分りかねます。ですが、このゲームがクリアされた時、私はその解を得る事が出来ると思ってもいます。それではその時まで、失礼致します。カイト殿、ハセヲ殿、よい人生を――――』
「クソッ、待ちやがれッ!」
ハセヲは反射的に直剣を抜き、前方にいる茅場の元へと飛び込んだ。
ソードスキルが発動、そしてそのまま剣を振り下ろし、そのフードを文字通り一刀両断する。しかしその中身は既になく、切断されたコートは床に落ち、ガラスの砕けるような音とエフェクトともに消失した。
外では先ほどよりも大きな声が聞こえる。今度は悲鳴も混じっている。どうやらあの男の言う『セレモニー』は、完全に終了したようだ。ここから先はプレイヤー次第、という事だろう。
生きるも死ぬも、進むも留まるも。
二人も、例外ではない。たとえどんなに英雄視されようと、この世界では彼らはただの人。
この世界は、一万人に新たな人生を与えたのだ。
絶望と希望、その両方を兼ねた、文字通りのデスゲームを。
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