俺の四畳半が最近安らげない件
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なよ竹のランタン
今は昔。竹取の翁というものがありました。
野山に混じりて竹を取りつつ、よろづの事に使っておりました。
名を、讃岐の造と云いました。
その日も竹細工を作る為に野山に分け入っていくと、根本が光る不思議な竹を見つけました。
「ほう、なんと面妖な」
讃岐の造は、恐る恐る光を放つ竹に近づきました。…触れても熱くありません。危険はないと判断した讃岐の造は、光っている節の上下を慎重に切り取り、そのまま家に持って帰りました。
「まあ、なんて美しい!」
彼とその妻が棲む四畳半のあばら家は光で満たされました。電気が無かった平安時代、燭台に注ぐ油も高価で、遅くまで灯を点すことが出来るのはお金持ちの家だけ。無料で光る竹に、妻は大喜びです。
「手元が明るくて、細工の仕事もはかどるわい」
讃岐の造も、大喜び。彼らは四畳半の中央に、不思議な光る竹を据えて、毎日大事に磨きました。毎日遅くまで細工が出来るので、讃岐の造の家計は、少し潤いました。
そのまま数カ月が過ぎました。
根が親切な讃岐夫妻は、貧困にあえぐ近所の人々を呼び寄せて、光る竹の周りで一緒に細工の仕事をすることにしました。讃岐の村の竹細工出荷量は俄かに増え、しかも手元が明るいので品質も上がり、評判はうなぎ昇りです。
しかし元々が貧乏思考というか、応用が利かない讃岐の村の人々は、誰一人として『あの光る竹を売れば一攫千金なのでは』とか『あの竹の中はどうなっているのか』とか、そういった込み入った考えに至ることはありません。のちの世に『讃岐に大将なし』などという言葉が作られます。穏やかな気候と芳醇な水に恵まれたこの地の民は呑気というか、基本的にあまりガツガツしていないのです。
おまけに村の周りは竹林だらけ。遊びに来てもどうということのない村だったので、別に秘密にしていたわけではないのですが、光る竹の話が都まで伝わるようなことはありませんでした。
丁度、三月ばかり経った頃でしょうか。讃岐の妻は、竹が少し丸くなってきた事に気が付きました。光も強くなってきたような、大きくなってきたような。
「ほう、それならますます広く、光が届くというわけだな!」
讃岐の造はとうとう、村の寄合所に光る竹を持ち込みました。大人も子供も、寄合所に集まって竹細工や縫物、時にはおしゃべりに興じました。絆が深まった讃岐の村は、益々栄えゆくばかりです。
持ち運びも割と簡単に出来ることに気が付いた村の民は、祭の櫓にも抱え上げ、秋の収穫祭も大いに盛り上がりました。誰もが思っていました。光る竹は福の神だと。
それから何年経ったことでしょう。小さかった光る竹は丸々と膨らみ、益々大きくなりました。光も益々強くなり、大きさは讃岐の造と比べても大差ない程になっていました。今や竹の光は寄合所の隅々まで照らしあげ、村は夜でも真昼のようです。さすがにちょっと明る過ぎやしないか、という意見がようやく出始め、皆の仕事が終わって最後に寄合所を出る者が黒い布を掛けて帰るようになっていました。まだ少し明るいですが、全く問題はありません。
村は少しだけ豊かになりましたが、今までが貧乏過ぎただけで基本的にはごく普通の村です。娘たちの美しさも平凡で、まかり間違っても村の娘を見染めた都の貴族が押しかけたり、帝が通い詰めたりなどしません。讃岐の造もいつしか50歳を超え、老眼が進んできて手元が視えにくくなってきました。光る竹は相変わらず明るいですが、今まで通り竹細工を作り続けることが少ししんどくなってきたのです。幸い、その頃には竹細工の分業化が進んでいて、竹を取る人、細工をしやすいように竹を割る人、細工をする人に分かれていたので、讃岐の造は比較的フレキシブルに、竹を取ったり、竹を割ったりしていました。
それから少し経ったある冬の日、連日の乾燥のせいでしょうか。竹の表面にヒビが入ってしまいました。ヒビの奥から、まばゆい光が漏れ出てきています。
「まぁまぁ…休みなく毎日光っているから…」
気の毒に思った妻は、米を練ってノリを作り、ヒビを埋めました。他にもヒビが入りそうな場所は、丹念に補修しました。これで当分は大丈夫でしょう。妻は安心して、竹に布をかけて寝てしまいました。
ある満月の夜、久々に家に持ち帰った光る竹を磨きながら、讃岐の造は、妙なことに気が付きました。
竹の中から呪詛にも似た呻き声が聞こえてくるのです。縦に大きなヒビも入っています。呻き声らしきものはすぐに終わりました。最近耳も遠いので、婆さんの屁でも聞き間違えたのだな、と独り言を云って立ち去ろうとしたその瞬間です。
竹が雷のような音を立てて真っ二つに弾け飛び、中から光り輝くような美しい女が現れました。
「あ…あ…」
余りの事にどうしていいのか分からず、ただ尻もちをついて光る女を見上げて震える讃岐の造を物凄い形相で睨み、女は大音声で叫びました。
「開けろやぁああああ!!!!」
同時に縁側に光が差し込み、ひとかたならぬ美しい衣を纏ったみ使いが大勢現れ、何やら微妙な表情を浮かべて、光る女に羽衣を差し出しました。女は物凄い勢いで羽衣をひったくるとさっさと光る雲に乗って一切振り向くことなく月に吸い込まれるように立ち去ってしまいました。
事情が分からない讃岐の造は、一人もたもたしていたみ使いに『これはどういうことなのか』と尋ねました。聞く所によると、竹の中に入っていた女は月の都の者で、罪をおかして下界に降ろされていたとのことです。…つまり、女囚だったのです。
「あの女は、何をしたのですか?」
讃岐の造が訊きますが、み使いは微妙な表情を浮かべるばかりで語ってはくれません。ただ、光る女がこの地で暮らすこと自体が罪に対する罰だったらしいのです。…なんと失礼な話でしょうか。
「…まさか、開けないとは」
み使いは、ため息と共に首を振り、月に帰っていきました。失礼な男です。
ほんの少し、カチンと来ていた讃岐の造でしたが、これはこれで良かったのかもしれません。月の世界で何をしでかしたのかは知りませんが、身分は高そうなのに、流刑に処されるような重罪を犯す女囚がこんな素朴な村に解き放たれたら…。例えば、例えばですが、その美しさに惑わされた5人の貴公子などが、女囚の無茶振りに人生ごと振り回されて死者すら出たかもしれません。
「なよ竹の、かぐや姫…?」
讃岐の造は、せめて名前を付けようかと、月を見上げて思いついた名前を口にしてみましたが、もう手遅れでした。
後書き
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