魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第三十六話 決戦前夜
新しい服をもらった。
というのも、俺が最後に倒れた時は学生服だったのでいつまでもそれで生活と言うわけにもいかず、しかし休暇中なので管理局の制服を着るわけにも行かず、リンディさんからプレゼントとして新しい服をもらった。
黒のシャツに青の七分丈のパーカー。
下に黒のパンツと茶色のブーツを着て、俺はついに退院を果たした。
退院後、俺はすぐになのはたちと合流した。
今日まで会えなかったから心配したとか、何事もなくてよかったとか、みんな涙ながらに語ってくれた。
心配かけてごめん。
何回目か分からないその言葉を口にして、何とかみんなに許してもらった。
その後なのはたちとは一旦別れ、フェイトとアルフに会うために二人が泊まっている部屋に向かった。
泊まってると言ってはみたけど、室外に出られないし、部屋には監視カメラが数台設置されている。
フェイトたちは犯罪者でもあるし、今事件の重要参考人でもあるため、その管理は厳重になっている。
だから彼女の部屋に入れるのも限られた人だけで、リンディさん、ケイジさん、クロノくらいだ。
なのはたちも入ることはできず、俺がフェイトのもとに向かうと話した時は私たちの分もお願いと頼まれるほど心配していた。
そして俺がフェイトのいる部屋に向かうわけだが、要件はもちろんフェイトのこれまでとフェイトの母親のこととか全てだ。
すでにケイジさんたちが聞いていると思っていたが、どうやら俺以外には話したくないとフェイトが黙秘を続けていたらしい。
フェイトの部屋への入室許可が下りたのも、結局は事情聴取の担当になったことが名目として置かれている。
もちろん、俺自身それを聞くことが目的なのは間違いない。
ただそれだけで行くつもりもなく、できればフェイトやアルフと仲良くなりたい気持ちの方が強い。
そう改めて考えると、何から話すべきか悩む。
俺は娯楽が少ない。
というか魔法と剣技を磨くのが趣味のようなものなので、そっちの知識に偏ってる。
だけど相手は魔導師といえど普通の女の子だ。
しかも仲良くなろうって時に振った話題が魔法のことじゃ、流石に駄目だろうってことくらい俺でもわかる。
ホントはそういうことに強そうななのはか柚那を連れてきたかったのだが、そこまでの許可は降りなかった。
……雪鳴も俺に似たタイプだから候補に入らなかった。 決して悪意はない。
なんて考えているうちに俺は入口まで到着する。
「しょうがない、出たとこ勝負といきますか。 アマネ」
《了解。 認証開始》
アマネが自動ドアの認証システムにアクセスして部屋のロックを解除、そして入室した。
「失礼しま」
「「え?」」
ドアが開いた瞬間、視界には下着姿のフェイトとアルフがいて、呆気にとられた様子で目が合い、硬直した。
どうやら着替え途中のようで、フェイトは黒、アルフはオレンジの下着の上にシャツやスカートを履こうとしていたようだ。
「…………す」
そんな状況を理解した所で俺はようやく入室の挨拶を終え、
「キャーッ!!」
「入る時くらいノックしろぉ!!」
「し、失礼しました!!」
二人の悲鳴に俺は慌てながら退室の挨拶をしたのだった。
「アタシもフェイトも洗面所で着替えるべきだったのは確かだけど、ノックもしないアンタもアンタだよ」
「いやほんと、ごめんなさい」
1Kくらいの部屋の真ん中で俺は正座になって仁王立ちのアルフに謝罪していた。
フェイトは羞恥が抜け切れておらず、バスルーム前の浴室で引きこもっている。
そういえばフェイトの着替え途中を見てしまったのはこれで二度目になる。
あの時から同じことはするまいと誓ったはずが、結局同じことをしてしまった上にアルフまで見てしまった。
罪が重なるなか、アルフは説教しつつも本気で怒っている感じではないみたいで、その表情はすでに落ち着きを取り戻している。
「まぁアタシはもういいんだけど……」
「あぁ……」
アルフと一緒に視線を浴室のドアへ向けた。
檜を思わせるデザインながらその素材は鉄より硬く、密封性のある金属で作られたドア。
そこからは何とも言えない暗いオーラが隙間から漏れている……ように見える。
二度目とは言え、相当恥ずかしかったのだろう。
「話題探しがより難しくなったな」
困惑しながらも、まずは謝罪をしないことにはどうにもならないのでドアの前まで行き、軽くノックする。
「フェイト、聞こえるか?」
……。
返事はない。
寝てるんじゃないかっていうくらい内部からの物音が一切聞こえない。
一応、ドアに耳を当てれば内部の音を拾うくらい大したことないけど、流石に無礼に無礼を重ねるわけにもいかないのでそこは避け、きっと声は届いているだろうと信じて話す。
「フェイト、ごめん。 またおんなじことしちゃって、ホントにごめん」
ドアを前に深々と頭を下げる。
後ろから『また?』と言うアルフの疑問が聞こえた気がするが、そのことは今触れないでいただきたい。
「……黒鐘」
頭を下げてしばらく反応を待つと、ドアの先からフェイトの声が聞こえた。
取り敢えず無視されずに済んだことに安堵すると、フェイトから質問が来る。
「私の身体、覚えてる?」
「え……っと」
覚えてる。
と、流石に即答はできず、言葉に詰まる。
とはいえイエスかノーを返さないわけにはいかず、ここは素直に頷く。
「それじゃ、その……傷も、見たよね?」
「……ああ、見た」
それはしっかりと答えた。
フェイトの身体を見て、俺が驚いたのはその傷の多さだ。
剣技を磨いている身として、俺も身体に沢山の傷跡が残ってる。
それを見てリンシアさんが驚いたくらいには多い。
けど、その傷は努力していれば誰もが身につけるような傷で、見た人は驚いても痛々しいと思うことはない。
職人ともなればその職業特有の傷があるし、それはそれだと納得できる。
だけどフェイトの傷は、見るからに痛々しいと言う感想を抱くほど酷い。
何か細くてしなやかなもの……鞭のようなもので叩かれたような痕が至るところ。
特に背中に広がっていて、それは人間に向かってできる行為なのかと疑ってしまうほど、かなり乱暴に振るわれていた。
フェイトにそれを治す環境がないのか、身体の傷は深く残っていた。
先ほど、事故で二人の着替えを除いた時にもチラッと見えてしまった。
前に見たときにはなかったはずの種類の傷を。
つまり、俺と別れた後も彼女は暴力を振るわれていたってことになる。
「私、ずっと、母さんを困らせていて。 だからこの傷も、母さんを困らせた私への罰なんだ」
罰。
そう言ってきっと今まで、フェイトは耐えてきたのだろう。
悪いのは自分だ。
誰も悪くない。
悪いのはいつも自分だ。
誰も悪くない。
いつだって、どんな時だって、悪いのは自分だ。
そう思い続けて、他者が与える痛みに耐え続けてきたんだ。
長い間、ずっと独りで。
「フェイト……」
俺の後ろで、アルフが悔しそうに握りこぶしに力込めながら、主の名を発する。
使い魔とその主は、色んなものを共有すると言われてる。
魔力とか、感情とか、痛みとか。
以心伝心、一心同体の関係を結ぶのが契約。
だからアルフも、痛いのだろう。
主であるフェイトの抱えている痛みを感じて。
そして、そんな主の痛みを間近で見ても解決してあげられない、自分自身への怒りで痛いのだろう。
その気持ちは、なんとなくわかる気がする。
大切な人の側にいて、その人の痛みを和らげることも、解決させることもできない無力感。
俺も、分かる気がする。
「傷を見られるの、嫌だったよな」
「……うん」
俺の問いに、フェイトは素直に頷いた。
そうだよな。
抵抗できずにつけられた傷を、誰かに見せても大丈夫なんて、簡単には思えないよな。
だってそれを見せるということは、同時に心の傷を見せびらかすようなものなのだから。
身体と心。
表と裏。
それを全て見せる相手なんて、そうはいない。
フェイトがケイジさんたちに事の詳細を話さない理由は、これが大きいのかもしれない。
「でも」
不意に、俺とフェイトの間に立っていたドアが横にスライドして開いた。
それによって俺たちの間に壁は消え、俺はこちらに向かって立っていたフェイトを肉眼で捉えることができた。
……のだが。
「って、服着てないじゃん!?」
上下黒の下着姿で立っていたので流石に驚いた。
慌てて後ろを向こうとしたところが、俺の両腕を掴んでそれを制止させたのはフェイト本人だった。
俺は最後の抵抗として上を向くことしかできない。
「見て」
そんな俺にフェイトは短い口調でそう言って、余計に俺を慌てさせる。
「いや、でもっ!」
「お願い。 ちゃんと見て」
「ふぇ、フェイト……」
「黒鐘になら見せられる。 私の抱えてきた、全部」
「……」
そう言われ、ついに言葉を失った俺は何も言えず、その場で固まることしかできなくなった。
棒立ちとは今の事を言うのだろうか。
「私、全部話す。 全部見せる。 黒鐘に知って欲しい、見て欲しい。 私の全部を……お願い」
「……わ、分かった」
そこまで言われては、断れない。
フェイトがどれだけの覚悟と勇気を持って自分の全部を見せようとしたのか。
それを知ってもなお、拒絶し続けるわけにはいかない。
フェイトの覚悟と勇気に、今度は俺が応えなきゃいけない。
《監視カメラの接続をオフにしました。 今、この場はマスターたちしかいません》
「《ありがとう、アマネ》」
気が利く相棒に感謝しつつ、俺は深呼吸する。
そして俺は、ゆっくりと下を向く。
覚悟を決めたのなら一気にと思ってみたが、そこまで強い勇気がなかった俺は、フェイトの頭が視界に入ったところで緊張が増した。
けど、フェイトの顔を見て、
羞恥と恐怖で顔を赤くして、目に大粒の涙を溜めている彼女を見て、覚悟と勇気が決まった。
緊張は、気づけばどこかへ飛んでいた。
そうして俺はフェイトの身体を見た。
首から下は、赤く腫れ上がった部分が多く、しかも満足な食事をとっていなかったのかやせ細っていた。
痛々しい。
何度もそう思って、改めてそう思った。
顔を叩かなかったのがせめてもの救いと思ってしまうくらいに、目を背けたくなるような現実が広がっていた。
胸の中で湧き上がる、ドス黒い渦。
怒りという名の、殺意を持った強い感情の渦。
フェイトをこんなにも傷つけた相手への怒り。
それをすぐに気づいてやれなかった自分への怒り。
そして、こういう人が生まれてしまう、この世界の理不尽への怒り。
様々な怒りが渦巻いて、気が狂ってしまいそうになる。
だけど、目の前にいるフェイトと言う少女を見つめているうちに、怒りは収まっていく。
消えないけど、今は他所へ置いていけそうだ。
「フェイト」
「な、なに」
急に呼ばれて驚いたのか、彼女の身体がビクッと跳ねた。
「ありがとう。 もう、いいよ」
俺はフェイトに握られていた腕を解いて、自分の着ていた青のパーカーを脱いで、フェイトに着させる。
俺の身長に合わせたパーカーはワンピースみたいにフェイトの下着も、体も隠してくれた。
もう十分だ。
これ以上、彼女の姿を晒し続けるわけにはいかない。
例え俺とアルフしか見ていないとしても、もういいはずだ。
もう十分、フェイトは傷ついたはずだ。
だからこれ以上、
「もう、自分で自分を傷つけなくていいよ、フェイト」
「っ!」
我慢の限界だったのだろう。
フェイトは俺の胸に抱きつき、泣き出した。
胸のあたりに感じる熱。
涙の熱、吐息の熱、嗚咽の熱、そして、心の熱。
俺の胸をギュッと握りしめる彼女の手は、まるで救いを求めるように、縋り付くように、俺の服を力強く握り締める。
そんなフェイトの姿に俺の心も耐え切れず、彼女を両腕でギュッと抱きしめる。
そうしてフェイトの嗚咽は胸の中で潜篭って、部屋中に響き渡ることはなかった。
俺とアルフの間だけに、フェイトの悲しみは響き渡った。
俺はフェイトの背中を優しく撫でながら、心の底から願った。
早く、
一日でも早く、
一時間でも早く、
一分、一秒でも早く、
この子の抱えているものが、消えてくれますようにと。
それから俺は、泣き止んだフェイトとアルフと一緒に食事をとったあと、今回の事件までの経緯を聞いた。
フェイトが辛くなればアルフが代わりに話し、気づけばこの日は二人と一緒に最後まで過ごした。
そして過ごす中で俺は、一つの決意を抱いた。
明日、全てを終わらせよう。
アマネの中に保存されたジュエルシード。
それら全てをかけて、戦おう。
そう。
この事件を終わらせる、最後の戦いをしよう。
「待ってたぞ。 イル・スフォルトゥーナ」
「待たせたなぁ、小伊坂 黒鐘ぇ!」
早朝。
水平線の彼方から、朝日が登ろうとしていた。
未だ明けきらぬ空の彼方に、俺と奴は浮かんでいる。
俺はリンディさんたちに頼んで、この場所を用意してもらった。
下は海上。
大津波で沈んだ都市のように、いくつものビルがほんの僅かに頭を出して沈んでいるような場所。
街や村など、人がいる場所からは遠く離れたこの場所にて、俺は奴と戦う。
残り全てのジュエルシードをかけて。
今までの戦いの決着をつけるため。
そして、フェイトを――――この悲しき運命を、切り裂くために。
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