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Exhaustive justice

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四話

「ぐっ…!」
ドッと地面の衝撃を受け、身体に痛覚が走り抜け意識が戻る。
ゴホゴホと咳き込み、自らの身体に手を触れる。
ーー肋骨が何本か折れている。

周囲は煙が舞い、遅れてズシンと何かが二つ同時に地面へと衝突する音が響く。

帝はそれに目を向けると一瞬目を開いた。

それは、全体として亀裂が入っており、
片方は右端に、片方は左端に半円状の小さな穴が空いている、厚さ10cmはあるであろう長方形の鉄の塊、
即ち、盾である。

帝は先程の攻撃の直前、一瞬の判断で能力を行使して防いでいたのだ。

元々は四角形の盾だったハズだ、
それがたった一撃で中心に穴を開けられ、盾全体に衝撃が走り、中心から真っ二つにされたのだ。
あの一撃をまともに受けていたら、と帝の頬を冷や汗が伝う。

だが、戦いは終わっていない。
帝は腕に力を加えて立ち上がると、
「よう、気分はどうだよ」


瞬間、腹部に鋭い痛みが突き刺さる
嵐のような衝撃を受け、血反吐を吐き出して地を転がっていく。

「がっ…!?」
数メートル転がっていき、やがてその場に蹲る。
帝を蹴り上げた『彼』はゆっくりと帝を追いかけて語りかける。

「だらしねぇ、だらしねぇ。気合い入ってんのはカッコウだけかよ」

帝は再び咳き込み、頭から流れる血を拭おうともせずにゆっくりと頭を上げて睨みつける。
「…貴様、は、なにものだ」
ガラガラの声で血を吐き出しながら質問を投げかけた。

それを黒褐色肌の『零司』は光のないその目をニィと細ませて笑みを見せた。

「正義」

ーー

帝は痛みに身体を支配されながらもよろよろと立ち上がった。
そして、やはり雄々しく、視線だけで殺すかのように睨みつける。

「貴様、二度と。正義を…俺の前で語るな…!」

「ハッ!」
立ち上がった帝を、零司はまたも目で追えない速さで目の前に立ちはだかり、拳を振り上げる。
ーー地雷のレーダーが反応を起こせないほど無茶苦茶な速度。

瞬間、マントから下へ向かい、黒い筒のような物が現れて帝の身体が上へと押し上げられた。
零司の拳は止まらずに、そのまま黒い筒が破られると、中から黒の煙が立ち込める。
筒が折られ、帝の身体は力の加わった方へと傾き、反応した零司が砕いた右手を抜こうともせずに残った左拳を振るう。
しかし拳は空を切り、帝は跳躍して零司の後ろへと回り込んだ。

無論零司は即座に反応を起こし、右手を抜き肉体を翻すも一瞬呆気に取られる。


帝は未だ空中に滞在したまま零司を正面で捉え、靡くマントからは無数の銃頭が牙を向いている。
やはり鋭い睨みを効かせながら右腕を下ろして射撃の号令を出す。

「一斉射、開始」
全ての弾丸が轟音と共に撃ち放たれる。
黒煙の中心にいた零司は圧倒的な武力に捉えられても尚、少し、笑った気がした。

先ほどバラまいた黒煙が火炎弾から着火して盛大に爆撃を起こし、衝撃を受けた帝の肉体は後方へ押し出され、受け身も取れず無様に転がっていく

鉛玉に火炎弾、ミサイル弾に砲弾。果てには8.8cm重量弾。
そこまでの火力を発火しても尚も帝は立ち上がる。
「…貴様は、」
帝は再び目を開く、呪うように爆煙を睨みつけて叫ぶ。

「イカレだ!」
爆煙の内部から突風が吹き出す。
それに応じるように帝はマントから土台ごと連装機関銃を取り出して発破する。

中から現れた零司は瞳を紅く光らせ髪を左右へと揺らしながら弾丸に捉えられぬよう旋回して走り抜ける。
機関銃を揺らし弾丸をばらまきながら迎撃を続けるも一定の距離へ近づかれると即座に機関銃の舵を離れ後退する。

零司はそのまま拳を機関銃へと貫通させ、帝を睨みつけた。

「今のは中々いい攻撃だった、だが些か火力が弱いな」
帝と零司の距離、僅か2m。
「…貴様は悪だ、一ノ瀬零司」

「悪、ハハハ。違うな、俺は正義さ」

血を流し苦しく睨みつける帝に対し、零司は長い髪を風に靡かせて笑う。

暫しの硬直、そして合図のように突風が一吹きする。

帝がマントから武器を出した瞬間、零司は跳躍、その距離を一気に詰める、
帝が出すは.50口径回転式拳銃。
零司の神速とも呼べる拳を紙一重で躱して後退する。
既に発射準備(コッキング)は完了しているようで、ギリリと銀の弾倉が回転し太腿へ狙いを定め弾丸が撃ち出される、零司は既に第二波へと移行しており、左の太腿へ弾丸が貫通しても尚、拳の勢いを緩めずに胸囲を殴打する。

「…ッ!」
今度は嬌声を、叫び声を上げずに血を吐き出して肉体を血に引きずりながら第二校舎へと直撃する。
パラパラと瓦礫が崩れ、煙があがる。

零司は痛がる素振りもなく、帝に近づくと『それ』を見て幻滅の表情を見せる。

血に濡れ、力なく校舎にもたれかかり座っている月雲帝。
明らかに異常な出血量、目は開いているが虚ろ。首を上げる力もない。
「もう終わりか、つまらんな」

ーー

「いいか、正義とは勝者の事だ。貴様は弱者、負けたものは所詮悪に過ぎないんだよ」

ーー違う

「首を撥ねる、悪には死を、だ」

「違う」
零司の後方で爆撃が起こる。
零司は突然の爆発に咄嗟に振り替えると、長方形の鋼が吹き飛んできた。

「ああ!?」
苦もなく拳で叩き割る、しかし。
パシッと軽快な音を立てて浅く鋭利な槍のような弾、それを軸に位置する三本の爪が肩に喰いこむ。
それには鎖がついており、鎖は形の歪な短銃へと繋がっている。
言わいるフックショット。
撃ち出しているのは再び立ち上がった月雲帝。

「違う?」
零司は帝へと向き返る。

帝は震える手で銃の側面を支えながら言葉を紡ぐ。
「終わりだ、終わりにしよう、一ノ瀬零司」

「終わり?へっ、命乞いかそりゃあ?」

「それも違う、貴様を罰し終わらせるだけだ」

零司は鎖を掴み嘲笑う
「これは悪手だぜ、『自称正義』」

「悪手だと?では試してみるがいい、『自称正義』」

「ハッ!」
零司は思い切り鎖を引っ張る、無論そのまま銃を離さなければ身体ごと引っ張られ拳が決まる、無論銃を離せばその時点で近距離攻撃に移行、動ける筈もない帝を一方的に嬲り殺す。
零司は右腕に力を込めた。

帝は、銃を捨てた。

零司は笑い、跳躍しよう、
もその場に崩れ落ちた。

「ああ?」
何故か、力が上手く入らない。

「てめぇ、俺に何をしやがった!!」

「ふん、知性があった時の方がまだマシだったな」

スっ、と帝はマントから先程の拳銃の弾を取り出す。
「…『麻酔弾』。貴様の動きを抑えるために使用したものだ」
本来麻酔で身体が動かせなくなるなど、全身麻酔だけだろう。
しかし局所麻酔でも濃度によっては痺れによる、痛み、違和感を覚えることが多くなる。
その結果零司は太腿から薬が溶けて片足を動かせなくされてしまった。

引っ張られた鎖は銃を超え、帝のマントに続いており、
ジャラジャラと鎖が交差する音を立て、物理法則など完全に無視。現れたのは巨大な棘鉄球であった。
(モーニング)けの明星(スター)、フレイル型と分類されるものだ。
本来ならば持ち手の柄から打撃部分を鎖で繋ぎ、重力と遠心力を利用して扱うという武器であるが、帝の扱うこの武器はフェイク。
帝は先ほどと同じようにマントの中でフックショットを放ち、標的を掴むと、マントの中でフックショットの鎖とフレイルの鎖を繋げ、繋げた鎖は決して零司には見えないように側面をもう片方の手で隠し、そのまま鎖はマントへと繋がっている状態に。

本来ならばフックショットという物は『巻き直し』をし、引き寄せる物と錯覚するだろう
しかし撃ち出されたフックショットは実のところ無意味、例え人や壁に爪が引っかかったとしても、人を引き寄せるには多大な力を必要とし、映画のように壁に貼り付くのは、よほど特殊な壁でない限り、人が掴まれる程の重量は耐えられないであろう。
しかし、相手はその多大な力を持った敵である。

わざわざ利き手の肩に爪を引っ掛け、相手に『どちらか』という選択肢を投げかけさせる。
ボロボロの足、立つのがやっとという自分を見て相手は『自分が選択肢を投げかける側』だと思い込む。
それは即ち、『銃を離さずに引き上げられる』か『銃を離し立ったままで出来る他の行動に移行する』か。
先程も言った通り、『そのまま銃を離さなければ身体ごと引っ張られ拳が決まる、銃を離せばその時点で近距離攻撃に移行、動ける筈もない帝を一方的に嬲り殺す』
しかしその選択肢を投げかけるには零司は絶対に行動を一つ起こす必要がある。
それは、『鎖を引っ張る行為』である。
選択肢を投げかけさせる側はまんまと気づかなかった、凶暴化し理性が飛んでいる零司なら尚更だろう。
『自身は操作されていたのだと』

「お前は、自分自身の力で裁かれる」

ーー機関銃の弾薬の雨から逃れられる程の速度、しかし足は封じられている。
ーー爆発の折へ捕えられ平気で復帰する耐久力、しかし回転式拳銃は貫通した。
ーー鉄の盾を空中で貫通させ真っ二つにする程の手腕、しかし棘鉄球の質量は先ほどの数十倍。
ーー剛力とも呼べるその破壊力は全て、帝の攻撃に利用されている。

零司は笑みを殺す。
豪速球で迫り来る棘鉄球を睨みつけて、ゆっくりと呟いた。

「では、貴様の正義とはなんだ」


ーー
頭が真っ白になる。

ーー正義だと?
そんなものは、決まっている

棘鉄球が地面に衝突する音が鳴り響く、しかし帝はその音が聞こえていないかのようにその場に立ち尽くす。

「俺は、」

「その正義は、俺が言ったものと何か違うか?」


血塗れの零司の拳が帝の腹部を貫通する。
「ぁッ…が…!」

「強きは『正義』と名乗る資格がある、弱きは『悪』と判を推される」
「何が違う?何も違わないだろう」

零司は拳を腹部から抜く、すると帝は何も言わなければ睨み返しもせずに無造作にその場に崩れる。


「テメェ、俺を殺す気だっただろ」
零司は浅く息を漏らし、頭から、穴だらけの身体から血を流しながら膝をついた。
「クソが、こんな屈辱は初めてだ…!」

零司は倒れた帝に手を伸ばし笑みを浮かべて短く言葉を放つ。
「必ず、殺して、やる」

やがて、零司も意識を手放した。

ーーーーーーーーーーー
軍司玲央はその光景を見て、絶句を漏らす。

「同時討ち…?」

腹部に穴を空け、校舎に寄りかかって顔を俯け、起き上がる気配がない月雲帝
身体中に穴が開き、帝に手を伸ばしながら倒れている一ノ瀬零司
零司の髪は短く、肌は血色が良い肌色に戻っていた。

校舎には小さなクレーター、零司の後ろにはありえない大きさの鎖がついた棘鉄球が転がっている。

「おい零司!」
零司に駆け寄り、手首に手を添える。

脈拍は正常。
ホッと息を漏らし、横目で帝を見る。

呼吸の音が聞こえなければ起き上がる気配もない、
恐る恐る帝に近づくと突然、帝の身体が痙攣を起こす。
「なッ!?」

数回痙攣した後、顔を上げないまま帝の手のみが動き、胸に手を当てて服を握りしめる。
するとブチブチ、と何かが剥がれる音と共に帝が顔を上げる。

荒く吐息を吐き出し、咳き込んで血を流すと一度零司に視線を向けてよろよろと立ち上がる。
玲央は驚愕の表情を見せながらも倒れた零司を庇うように手を広げ、威嚇するように帝を睨む

「…軍司玲央…、か」
再び咳き込むと零司を他所によろよろと反対方向へ歩いていく。

「待て」
帝は足を止めずに歩き続ける。

「待ってくれ!」
ーー
ようやく帝は視線は向けずも足を止める。
「…なんだ」

「俺は事情を知らない。だがこいつは綾野という女生徒の噂を聞いた途端、血相を変えて教室を飛び出した」

「…」

「零司の代わりに聴かせてくれ、あの女生徒はどうなったんだ?」


沈黙。帝の言葉を待つ玲央は冷や汗を流す。
「…」
ハァ、とため息を漏らしてようやく玲央の方へと向き変える

「そいつに伝えろ、…貴様の勝ちだ」

「…は?」
玲央は意味がわからないと言うように疑問符を浮かべるも帝は構わず話を続ける。

「彼女は停学だ、まだ罰も執行していなければこの学園から追放されたわけでもない」
「だが、俺は彼女を裁かない」

再び帝は向き変えり、玲央に背を向ける。
「…勘違いするなよ。ただ、罪として処理するには曖昧だった、それだけだ」

マントを翻し、よろよろと重い足取りで歩き去る

玲央はただ傍観し、帝の姿が見えなくなるまで立ち尽くすだけだった。 
 

 
後書き
アハトアハト
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