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和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する

作者:笠福京世
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
  第03話 中国語教師

H13年6月

 saiはAiとの対局の場に現れず、進藤ヒカルは対局を休んでいる。

 藤原佐為は物語の通り消えたのだろう。けど佐為が消えても僕の虚ろな日々は続く。

 saiに続いてtoya koyoとの対局の舞台を整えるため緒方先生にメールでコンタクトを取った。
 和-Ai-のホームページで公開されているメールアドレスには、それこそ連日メールが届いているが返信したことは今までは一度もなかった。

 緒方先生からは塔矢先生にAiとのネット碁対局を斡旋する代わりにAiとの持ち時間3時間の対局を望むという返事があり日程を調整しているところだ。

 いくつかの質問があったが華麗にスルーしてネット碁に勝てば正体も明かすとだけ答えた。

 このままいけば奈瀬が夏休みに入る前にAi vs toya koyoとの対局は実現できる。

 約束した旅行は何処に行こうか……。

 テレビや新聞で取り上げられた奈瀬が一般紙のインタビューでも尊敬する棋士として「ネット碁のAi」と公言したことで、正体不明のネット棋士Aiの名がより多くの一般の人に知られることとなった。

 和-Ai-のホームページも一部のメディアで紹介されアクセス数が急増し、いくつかのメディアから取材を希望するメールが届いたが当然ながら全て無視してる。

 ネット碁に復活しsaiを破ったAiの動向に世界中の囲碁のプロ棋士、ファン、関係者が注目していた。

 そんなとき僕の携帯にアキラくんから電話がかかってきた。

●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

 塔矢先生が経営する囲碁サロンの近くにある落ち着いた喫茶店で待ち合わせをする。

 もう囲碁サロンに足を運ぶことはなくなっていた。こうやって直に会うのはいつ以来だろうか?

 約束時間の五分ほど前にやってきたアキラくんに「ホントに久しぶり」と挨拶を交わす。

 「若獅子戦は残念だったね。」と告げると、苦笑して「不甲斐ない碁を打ってしまいました。」と返って来た。

 アキラくんからは「北島さんや広瀬さんが寂しがってましたよ。」と囲碁サロンの近況を教えて貰う。

 「え?市河さんは寂しがってくれてないの?」と僕が冗談を言うと困ったような笑みが返ってくる。

 僕としてもミーハーないちヒカ碁ファンなところもあるので、こうやって互いに気兼ねなく会話ができるアキラくんとの関係は好ましい。

 奈瀬とは共有する秘密が大きすぎて距離も近すぎるし、緒方先生には出会いがしらに桐嶋和という存在のことを知られてしまって気が抜けないところがある。

 他に気軽に喋れる人って中国棋院の語学友達の楊海くらいだろうか?

 どうしてもプライベートで関わってる人は少ない。

 そう考えると藤原佐為と少しでも話してみたかったな……。

 塔矢先生が突然引退して驚いたことを伝え、引退してからの塔矢先生の情報いくつか入手し本題に入る。

「それで中国語の家庭教師になって欲しいんだっけ? 北京語会話がメインでいいの?」

 確かに囲碁サロンに通ってたときはアキラくんには中国語も英語も得意だから「国際棋戦で海外に行くことになったら通訳やるよ!」とか「プロ棋士になったら雇ってね!」とか言って露骨なアピールしてた記憶がある。

 あくまで会話のネタのつもりだったから忘れてたよ。

 思い起こせばアキラくんは北斗杯編で中国語や韓国語の勉強してたけど、まだ中学を卒業してないし、どうやら塔矢先生が中国リーグに参戦するつもりだということも知らないみたいだ。

 ふと、アキラくんって以前から個人的に語学に興味があったのかと気になって聞いてみた。

 話を聞くとアキラくんが小学生のときに塔矢先生が参加した国際棋戦がテレビで中継されたときに、
ある中国の若手棋士が対局後に父と流暢な日本語で感想戦をしていたので強く印象に残ったらしい。

 その棋士は次に韓国の棋士と対局した後は韓国語で感想戦をしていて子供ながらに衝撃を受けて、その姿が子供心に純粋にバイリンガルってカッコいいなと感じたらしい。

 だから自分もプロ棋士になったら対局する相手の国の言葉でキチンと感想戦ができるようになりたいとのことだった。なるほど。昔からの憧れだったのか。

 正直なところ今回の件は断ろうと思ってた。

 Aiがtoya koyoと対局すれば僕は元の世界に帰れるかもしれないから。

 そして――ヒカ碁のキャラクターたちの個人的なことに深入りしすぎてしまうことに、恐れを抱いていたから。

 けど、僕は漫画を読んでとき以上に塔矢アキラに対して個人的に好ましい感情を抱いていることに今更ながら気づいた。

 たぶん彼女-桐嶋和-に似ているところがあるから――。真っ直ぐな努力家で漫画の主人公のような活躍をする天才。

 そんな人物は僕にとっては遠い世界にいる憧れの存在で、凡人の僕が力になれることなんて無いと思ってた。

 だけど、素直に頼られてしまった。お願いされてしまった。そのことが柄にもなく嬉しかった。

「その中国人棋士って楊海八段?」「ご存知なんですか?」

「あれ? 緒方先生からは聞いてない? 去年の夏に僕が中国棋院に行ってたこと」

 思ってた以上に緒方先生の口は堅かったらしい。というか僕がボケてて口を滑らせてしまった。

 そういえば緒方先生には僕と桐嶋和の関係については、他者に詮索されないよう注意して欲しいと強くお願いしてたんだ。

 僕の中では漫画のイメージで緒方先生とアキラくんはツーカーなイメージがあったからうっかりしていた。

 そこで桐嶋和や奈瀬のことは口に出さずに、去年の夏に北京に旅行に行ったこと。

 北京観光ついでに緒方先生の紹介で中国棋院に遊びに行ったこと。
 
 そこで楊海八段と出会って語学好き同士で意気投合して仲良くなったこと。

 楊海八段や王星九段と一緒に美味しい中華料理を食べたことなどを話した。

「楊海とは今も定期的にメールで連絡とってるよ」「ホントですか!?」

 椅子がガタッってなりそうな雰囲気で思いっきり話に食いついて来たアキラくん。
 気のせいかもしれないが目がキラキラしてような気がする。

 それにしても楊海がアキラくんの憧れの棋士だなんて意外だった。
 漫画でそんな描写なかったよね?
 北斗杯で楊海に中国語で挨拶してたけど、普通に憧れの棋士にあって実は緊張してたとか?

 アキラくんは楊海に憧れてることは今まで誰にも話ことがないらしい。
 揶揄われるのが嫌だから緒方先生や他の人には黙ってて下さいと念押しされた。
 まあ僕だって話を聞いて市河さんばりに「アキラくん、かわいー」とか素で思ったもん。
 普段のクールで大人っぽい姿を知ってるからこそのギャップ萌えか。

 もしかしたら海外に留学する可能性があることを伝えた上で家庭教師になることを引き受けた。

 別に対価なんていらなかったんだけど、事前にネットで語学教室のレッスン料などを調べていて、プロとして自分が稼いだお金でしっかりと対価を払って勉強したいと言われたら断ることはできなかった。

 この世界に来て岸本空という、いち個人が初めて誰かに頼られた気持ちになった。

 奈瀬の場合は力を貸しているのは僕ではなくノートパソコンの囲碁AIソフトの和-Ai-だし、心のどこかで元の世界に帰るために利用しているという後ろめたさがあった。

 塔矢アキラの中国語教師。

 この碁の神様のいる世界で僕が元の世界に帰るという目的とは別に初めて選んだ役割だった。 
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