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和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する

作者:笠福京世
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第一部 桐嶋和ENDルート
  第37話 桑原本因坊 vs 奈瀬明日美

H13年新春 新初段シリーズ

 棋院の中にある特別対局室「幽玄の間」には、ヒリヒリとした張り詰めた空気が漂っていた。

 静寂のなかパチッパチッとただ石を打つ音のみが響きわたる。

 バチンッ!

 対局の相手が石音高く盤上にたたきつけ、思わずビクッと身体が反応する。

 ノーベル賞作家が書いた掛け軸が震えたような気がした。

 緊張感に胸を震わせ汗がにじむ手で彼に贈ってもらった扇子をギュッと握る。

 目の前に座る鬼のような形相で睨みつける桑原本因坊に対して負けじと真正面から顔を見つめ返して手を放つ。

 新初段シリーズ、タイトルホルダーとの対局に奈瀬の心は高ぶっていた。

 対局前に話しかけて来たときの好々爺とした穏やかな態度とは真逆の近寄りがたいオーラをまとった桑原本因坊から感じるプレッシャーに。

 ああ。これがトッププロの放つ真剣勝負の威圧感。
 ああ。これが私の師匠-桐嶋和-がずっと戦ってきた舞台。

 この舞台で対局できる喜びに思わず笑みがこぼれる。

 少女の笑みに気づいた桑原が「ほほう」と喜びの声を洩らす。

 私がこれから目指すのは最高峰の頂き。

 ずっとずっと自分より格上の相手を倒していってこそ高みに手が届く。

 この対局で、私の碁が、和-Ai-の碁が、

 タイトルホルダーにだって通用すること証明するんだ!!

 逆コミのハンデとか関係ない互先のつもりで打つ。

 三々の地点に気迫を込めた勝負手を放つ。

●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

「いやぁ。緒方先生や一柳先生が注目するだけあって強いですね。カノジョ」

 観戦室でモニターを見つめる天野が声をあげる。

「去年の新初段シリーズで桑原先生と対局した真柴くんは、桑原先生が相手ということで緊張したのか。
 対局場の幽玄の間の空気に飲まれたのか。自滅しましたからね」

「桑原先生はマケマシタの声に『……あ、終わったの?』って、まるで寝ながら打っていたようなことを言われましてね――」

「いやはや、そりゃあその子もカワイソウに。
 新人にやさしいワタシなんかとは違って桑原先生はイジワルだからさあ」

 天野の話に饒舌な口調で答えた一柳が禿げた頭を落語家のように扇子で叩いて相槌を打つ。

「一般採用枠で入段した女流は彼女が5年ぶりの4人目ですから話題にはなってますけど、まさか新初段シリーズでこれほどの棋士に注目されているとは……たいしたもんだ。」

「ま、桑原先生が指名したのは勘が働いたからだそうだが……」

「はー。勘にしても凄い話ですよ。そういえば関西棋院の石橋先生も気にかけてましたよ」

「そりゃあ先週の週刊碁のインタビュー記事を見てから?」

「ええ。尊敬する棋士を尋ねられてネット碁の和-Ai-って公言しちゃうもんだから大変ですよ」

「はははは。天野さんところにまで『和-Ai-って誰だー!』って問い合わせが来るんでしょ?」

「――ッ、この奈瀬の手は」「奈瀬が攻めた!」

 緒方と一柳の二人に遠慮して部屋の隅で対局を見守っていた進藤と越智、院生の和谷と小宮もそれぞれが検討を始める。

「いやいや、Aiの棋譜で全く同じ布石を見たことがあるね。これから定石化するのかな?」

「ここ、本因坊は石を取らずに素直にケイマに受けたね。」

「取っても良くないと思ったのか……」

「攻めはケイマ。しっかりと教科書通りの手も打てる。強いねー」

「この左辺の石を封鎖してからの一直線の攻め」「この手は方向が逆じゃないの?」

「いやはや、こーいうところがAiっぽいというか何というかさ」

「相当にAiの碁を研究してますよ彼女は」

「本因坊の白は2線にツケ引いてほぼ生き形だよな」

「黒石は断点も残るし外側のケイマの囲いもなんだか薄い。
 もう攻めが続かない……さあどうする!?」

「――ここで三々の飛び込み!?」

「地としても大きいし白2子への攻めにもなる」

「いやはや桑原先生を相手に威勢のいい新人だね」「一柳先生、右辺が面白いことに……」

「わくわくするねー。こりゃ互いにただじゃあ済まない碁になってるねえ」「…ですね」

「いやー 見に来てよかった!もう逆コミのハンデとか関係ないガチンコの殴り合いですわ」

「まさか本因坊が新初段相手に中押負けとか?」「……このままだとありえますよ」

「ん? このタイミングでケイマ?」「うわー、これまたAiっぽい手だな! 気持ちが若返るよ」

「でも桑原先生ならチャンスを逃さずアテるはず……」

「慌てて今アテる。普通は手順が逆だよね。1手遅い!」

「でも彼女に慌てた様子はない」「本因坊も手を止めて考えてますね……」

「いやはや! なるほど! この方が右辺の白3子により迫ってるのか。緒方くんはどう?」

「右下黒2子を犠牲にして、わざと右辺の勢力範囲を小さくしたのか……」「……Aiみたいだ」

「こうなると右辺の白に総攻撃が開始ですか」「そうなると中央は黒が制圧」

「まさにAiの碁だねーこりゃあ」

「さすがに本因坊! 意地を見せて右辺の白は先手で生きましたか」「けど中央は……」

「これは黒の厚みというより大地だね」「こうなるとあとは形を作って投了か」

「いやー。すごい新人が出て来たねー。しかも女流! 天野さんも記事にし易いでしょ?」

「まさか……これほどの打ち手になってるとは……」

「いやいや。お二人とも記事にしますから彼女へのコメントいただけないですかっ!?」 
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