| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

次元の果てのトランクルーム

今さっき、俺の『キン肉マン全巻』『スノーボード』『炬燵一式』等が、俺の目の前から消え失せた。俺の荷物を全て呑み込んだ4畳半のトランクルームには今、他の客の荷物が、何事もなかったように現れた。
それもあと1時間くらいで消える。…分かっている筈なのに、何故胸騒ぎが止まらないのだ。


安心・安全・低価格の四次元トランクルームの広告を頼りに事務所を訪れたのは、先週の事だった。


「まず、四次元トランクルームの仕組みですが」
事務的な口調の案内係は、書類を軽く示しながら説明を始めた。
「同じスペースではありますが、他のお客様と『時間』をシェアして頂きます」
「時間を」
「知っての通り、四次元とは『縦・横・奥行』の三次元、プラス『時間』で構成されております」
「そう…らしいですね」
四次元空間を使いこなす技術が開発されてから10年近く経つ。人類はそれを恐る恐る、しかし着実に実用化していった。一番期待されたのは、倉庫の省スペース化。実際にAmazonやブックオフの倉庫のような、広大なスペースを必要とする企業は真っ先に飛び付き、その開発に惜しげもなく投資した。
その技術が民間使用レベルまで下りて来たのはつい最近。基本的にアウトドア派の我が家は、テントやスノボなど、季節限定のかさばる荷物が多い。しかしマンション住まいで置き場はなく、トランクルームは欠かせないものだ。
「例えばスノーボード。シーズンオフなら例えば、この世界には存在しなくても構わないわけですよね」
「お、おう…極端な話をすれば」
「そこで…お客様には昼の14時から15時まで、このスペースをお貸しします。このトランクルームでは、お客様の荷物は14時から15時まで『存在』します。それ以外の時間帯は、お客様とこのスペースをシェアしている他のお客様の荷物が、シェアしている時間…一時間程度ですが…存在するのです」
「成程、時間を切って存在すると」
「その通りです。預けた荷物を出したい時は、事務所にお電話頂ければ、当社の四次元空間エキスパートが14時から15時の間にその荷物を取り出して一時的に保管・受け渡しをいたします。有料でよろしければ配送サービスも」
「面倒だなぁ…自分で取りに行っちゃダメなの?」
「正直な話、まだ分かっていない事も多い空間ですからね…それにプライベートの事情もありますし」
「どういうこと」
「14時から15時以外の時間帯は、他のお客様の荷物が存在するんですよ」
「なるほどね」
「それにもし作業が滞ってトランクルームから出るのが遅れると、お客様の荷物ごと次の日の14時に飛ばされてしまいます」
お仕事持っている方には大問題でしょう…と呟いて、案内係の男は顔を上げた。
「ここまでの話で、何かご質問は?」
あとは普通の不動産契約と同じだ。手続きの話が終わると俺はロクに質問はせず、契約書に判を押した。



トランクルームの操作は基本的には弊社で行いますが、荷物の搬入はお立会い願います。そう云われて、翌々日の14時にトランクルームを訪れ、荷物を詰めた。結構持ってきたつもりだったが、搬入してから眺めまわして見るとまだ余裕がありそうだ。考えてみればトランクルームで四畳半のスペースって結構贅沢だ。こりゃ、バイクもう一台増やせそうだな、とほくほくしながら傍らに居る息子の翔に「読まなくなった絵本も入りそうだぞ♪」と声をかけ


―――ん!?居ないぞ!?


「あ、あれ!?翔!?」
「どうしました!?」
少し離れたオペレーションルームとやらで初期設定をしていた担当者が、駆け寄って来た。
「……息子が」
「えっ…まさか…」


「息子が…翔がトランクルームに!?」


「まじか!!!」
担当者の叫び声を合図に、周辺はざわつき始めた。頭の芯がくらり、と揺れたかと思うと、そのあと額の辺りがサァ…と冷え始めた。。どうしようどうしよう、どうかトイレに居てくれ、その辺で隠れていてくれ…!!心臓をドクドクさせながら周辺を必死に探した。事情を話して開いていたトランクルームの中も見せてもらった。
だが翔は見つからなかった。
「ど、どうなっちゃうんですかコレ!?」
つい半キレ状態で担当者に詰め寄った。担当者…真面目そうな眼鏡の男は、唇と眼鏡を震わせながらも、つとめて冷静に答えた。
「だ、大丈夫です多分。こういう事は弊社内ではよくありまして…そう、翌日の14時にいらして頂けたら」
「だが!!…翔は丸一日、飲み食いが出来ないんだろう!?トイレだって…!!」
「それは大丈夫です。翔君の中では今日の14時と明日の14時は、連続した時間なのです。倉庫に存在しない時間帯は体感時間としても存在しないのですから」
「そ、そうか…」
少しだけホッとした。ならば翔は怖い思いはしていないんだな。
「と、とにかくこんな解決策しか提示できず申し訳ないのですが、翌日の14時にまた、こちらへお越し頂く…ということでよろしいでしょうか…」
「やむをえない」
ここでどれだけ騒いでも翔は戻らない。俺は大人しく帰ることにした。その日は妻と共に、眠れぬ夜を過ごした。



そして翌日の14時。
俺はシャッターが開くのもまどろっこしく、寝ていない瞳をカッと見開いてトランクルームに駆け込んだ。妻もしきりに気にしていたが、家にはまだ産まれたばかりの赤子がいる。無理はさせられない。
「翔―――!!」
と大声で呼ぶ。…返事は聞こえない。再び、さぁ…と血の気が引く。
四次元トランクルームという特殊な場所に来ていたから咄嗟に「すわ、トランクルーム!!」などとトランクルームを悪者にしてしまったが…


ひょっとして、翔は誘拐されたのでは……!!


手近にあったスノーボードを引っ掴み、なぎ倒した。
「翔、翔―――!!!」
漫画本も本棚も炬燵も、次々なぎ倒した。俺はどんな恐ろしい表情をしているのだろう。担当者が、俺を覗き込んで小さく悲鳴をあげた。
荷物という荷物はひっくり返したのだが結局、翔は出てこなかった。それでも諦めきれず、荷物を掻き分ける。
「どういうことだ!?翔は、翔をどこにやった!?」
担当者はヒィ、と息を呑み、ぐるぐると周囲を見渡した。そして何かに思い当たったかのように顎に手をあてる。


「大変申しあげにくいのですが……息子さんは、異次元獣に遭遇してしまったのかもしれません」


異次元獣だ!?
「な…何云ってんだ、異次元空間に危険はないと…!」
「契約の段階で申し上げた筈です!…まだ色々分からない空間だと。だから人間が故意に四次元を移動することは禁止されているのです!」
「そういうのは後で聞く!異次元獣ってのは何だ!!」
「…人が時間を移動する時、その人自身も、異次元に住まう生き物に認識される、云うなれば『異次元人』になります。ここで云う異次元獣というのは、異次元に住む生き物全般の事を指します」
「そいつらは危険なのか?」
「うぅむ…何と云えばいいのか…取りあえず分かっていることを云えば…今まで見つかった中で一番大きいものは、狸くらい」
「たぬき」
「攻撃を受けたという報告はありません。むしろ近寄るとふわふわ逃げます」
「ふわふわ逃げる」
「一番よく遭遇するのは、蛾に似た感じの3センチくらいの異次元獣ですね」
「蛾がいるのか!?」
「厳密には蛾じゃありませんよ。我々が知る生き物の中では蛾が一番近い、というだけで」
「蛾と何が違うんだ、具体的には」
「脚が17本あります」
「なにそれきもい」
「しかもこいつは刺すんですよ!刺されるともう、かゆくてかゆくて」
「そんなもんかよ」
「洒落にならないんですよ!!私、研修中に尻を刺されて酷い目にあったことが」
「だからそういう話は後で聞く!!…その蛾だか狸だかは狂暴な生き物じゃないんだろ!?ならばどうして息子は居ない!?」


―――私たちがまだ遭遇していない、未知の異次元獣と遭遇した、とは考えられませんか。


そう云って担当者は言葉を切った。心なしか顔が青ざめている。
「……どういうことだそりゃ」
喉が震えて大声が出ない。翔、俺が目を離したばっかりに…周りの景色がぐるぐる渦を巻くような錯覚に襲われた。
「先程も申し上げたのですが、まだよく分からない空間なんです。見つかっている異次元獣よりも、大型で、狂暴なものが存在してもおかしくありません」
「なっ……!!」
「いずれにせよこの問題は、四次元トランクサービス開始以来初めての『重大事故』です…異例ですが、捜索隊を結成して息子さんの捜索にあたります。今すぐにです」
担当者がスマホを取り出し、徐に耳にあてた。…気が遠くなりそうだ。今の俺に分かるのは、俺には何も出来ない…ということだけだ。
新しいタイプの事業には予測不可能な事故がつきもので、事故発生→原因究明→問題解決 それを繰り返してその事業は進化していくものなのだ。つまり事故ってのはある意味必要不可欠なもので…しかし。


―――まさか俺たちが、その事故の張本人になるなんて。


すまない翔、俺が目を離したばかりにお前を事故に
……パパ
お前にも、ママにもどう詫びればいいのか。ママはお前がひょっこり帰ってくると思っているのに
……ねぇパパ
夏休みは岐阜のばあばの家に行く約束だったのに…俺は
……パパったら
うるっさいな誰だ服の裾を引っ張るのは


………って、
「……翔いた――――――!!!」
俺の絶叫はトランクルーム中に轟きわたり、更にその瞬間、日付が切り替わっていた。
俺は仕事を一日、無断欠勤したことになった。



散っ々叱りまくった上で聞き出した内容だが。
最初はちょっとビックリさせてやろう!位の悪戯心で炬燵の裏側に隠れていたらしい。だが俺が探し始める気配はなく、あーあ、つまんないなーとか思っていたら突然俺が消え、また現れたと思ったら何故か服装が変わっているし、血走った眼で家具をなぎ倒しながら自分の名前を叫んでいるし『あ、コレめっちゃ怒られるやつだ』と思うと怖くて出られなかったらしい。
それでも出て来た理由は『おしっこしたくなったから』。
俺はのけ反った。


トランクルームの外で一日待機してた捜索隊も、のけ反った。



後で知ったのだがトランクルーム周辺を包囲していたマスコミ各社も、のけ反ったらしい。
契約時間帯が過ぎて俺たちが消えたあと、四次元トランクルーム初の重大事故は多くのマスコミを呼び寄せた。消えた翔の個人情報はあっという間に全国に知れ渡り、テレビではもう死んだかのような生い立ちを偲ぶ映像が何度も繰り返し流された。
慌てて家に帰って観たワイドショーで中年キャスターが『翔くん、無事に帰れて本当によかったです』と死んだ目で棒読みしていた。ゲストも『お、おお~』『めでたい、ですぅ~』とか棒読みで同調し始める、あのなんとも言えないスタジオの空気が個人的に忘れられない。
その後、この件によく似た事件が全国でちょいちょい発生するようになり、翔の件は『四次元トランクルームあるある』として永きに亘って語り継がれることになった。
 
 

 
後書き
現在不定期掲載中です。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧