| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

Lv50 隠された道標

   [Ⅰ]


 俺達が休憩を始めて30分くらい経過した。
 ラティはまだ姿を見せない。未だに戻らないところを見ると、この先は長く険しい道となっているか、もしくは、途中で何かがあったのかもしれない。
(遅いな、ラティの奴……奥でトラブルでもあったのか……まぁいい、もう少し待とう……)
 ふとそんな事を考えていると、またアヴェル王子が質問してきた。
「コータローさん、質問ばかりで悪いですが……あの魔物は戦いの最中『俺の事をどうするか?』と、謎の声に問いかけてました。これについて、貴方の意見が聞きたい」
「それなんですが……実を言うと、俺も引っ掛かっているんです。しかも、謎の声はその後、『代わりは他にもいる』と答えてましたからね」
 あの会話の流れからすると、考えられる可能性としては……デインを使える者か、王位継承候補者としてか、はたまた直系の王族の1人としてか……ま、大体こんなところだろう。
 その中でも可能性が高いのは、言わずもがなだ。
「……となると、代わりというのはやはり……デインを使える者の事を指しているのでしょうか?」
「断言はできませんが……その可能性は十分あると思います」
「やはり、そうですよね……」
 アヴェル王子は神妙な面持ちになり、口を真一文字に結んだ。
 と、ここで、ウォーレンさんが話に入ってきた。
「それはそうとコータロー、あの声の主もそうだが、今回の一連の出来事について、お前はどう考えている? 俺は漠然とだが、非常に嫌な予感がしてならないんだが……」
「ウォーレンさんの言う通り、嫌な予感はしますね。そして……得体の知れない何かが裏で蠢いているのは、まず間違いないでしょう。ですが、釈然としない部分も多すぎますから、今はまだ、安易に結論を出すのは避けたほうがいいと思います」
「確かに……我々は、まだまだ知らないことが多すぎる。冒険者の中に魔物が紛れているという事も、昨夜、知ったばかりだし……。これは、相当気を引き締めてかからないといけないぞ、ウォーレン」
「ええ、仰る通りです。この分ですと、冒険者のみならず、王城内の者や、イシュラナ神殿の神官の中にも、魔物が紛れている可能性が否定できません」
 2人は険しい表情になり、互いに顔を見合わせた。
「ウォーレン……ここから生還した暁には、早急に、ヴァリアス将軍に知らせねばな」
「ええ、勿論です。事は、イシュマリア国の存亡に関わります……」
「ああ……」
 ウォーレンさんはそこで俺に視線を向ける。
「ところで、コータロー……あの謎の声、確かアシュレイアとかいう名前だったか……この魔物について、お前はどう思う? この近くにいると思うか?」
「それは流石にわかりませんね……近くにいるのかもしれませんし、いないのかもしれません。ですが、結構時間が経っているにもかかわらず、何も起きないところを見ると、今すぐ俺達に手出しは出来ないのかもしれませんね……」
 アヴェル王子はそう言って、洞窟内をチラリと見回した。
「言われてみると、確かに何の変化もないな……とはいえ、これから先、どうなるかはわからないが……」
「ええ。ですから、楽観はしないでおきましょう。この先、時間が経過すればどうなるかはわかりません。魔物達も手出しせずに静観しているとは考えにくいですからね。それに……あのアシュレイアとかいう魔物が、ヴィゴールを倒した俺達の事をこのままにしておくなんてことは考えにくいですし」
「コータロー……単刀直入に聞く。今回の件の黒幕は、このアシュレイアとかいう魔物だと思うか?」
 俺はゆっくりと首を縦に振った。
「恐らくは……。ですが、このアシュレイアが親玉と決めるのは早計かもしれません。他にも同じような存在がいるとも限りませんので」
「他にも、か……確かにな……」
 ウォーレンさんは険しい表情で溜息を吐いた。
 アヴェル王子も肩を落とす。
 まぁこうなるのは無理ないだろう。
(ちょっと現実的な話をし過ぎたか……でも、現実逃避したところで、何も解決せんからなぁ。2人には、この深刻な状況を受け止めてもらわないと。それに……ヴィゴールが正体を現した時に言っていた内容も気になる。奴はあの時、こんなことを言っていた……『我が名はヴィゴール。アヴェラスコウの片腕たる我が力を見せてやろうぞ』と……。このアヴェラスコウとやらが、アシュレイアの事なのかはわからないが、何れにせよ、奴が仕えている主とみて良さそうだ。そして、もしかすると……このアヴェラスコウとやらよりも、更に強大な力を持つ存在がいるのかもしれない。あぁ……やだなぁもう……勘弁してよ。打倒、大魔王! なんていう冒険ファンタジーは、ゲームで十分だよ。リアルでは遠慮したいわ……)
 俺が脳内でナーバスになっていると、ミロン君が訊いてきた。
「あの、コータローさん……さっき、アシュレイアという魔物が見ていると仰いましたが、どうやって見ているんでしょうか? この洞窟にはそれらしきモノが何も見当たらないのですが……」
「どういう手段で見ているのかは、流石に俺もわからないよ。でも、俺達の少し後ろの方から、あの声が聞こえてきたから、その辺りに秘密があるかもしれないな……ついでだし、ちょっと調べてみるか」
 俺はそこで重い腰を上げた。
 続いてアヴェル王子も立ち上がる。
「コータローさん、俺も行きますよ。ウォーレン、我々も調べてみよう」
「ええ」
 ウォーレンさんとミロン君も立ち上がる。
 と、ここで、ラッセルさんの声が聞こえてきた。
「ン? もう出発しますか?」
「いや、まだです。この先をちょっと調べてくるだけですから、皆はまだ休んでいてください」
「わかりました。では、そうさせてもらいます」
 俺は3人に言った。
「では行きましょうか」
「ええ」――


   [Ⅱ]


 俺はアヴェル王子達3人と共に、周囲を警戒しながら空洞の奥へと歩を進める。
 洞窟内は壁に設けられた松明のお陰で、視界は良好であった。この松明は恐らく、魔物達が設置したモノだろう。
 ユラユラと不規則に揺れる明かりが、周囲の鍾乳石を怪しく照らし出す。
 それはあたかも、この洞窟そのものがモゾモゾと動いてるようであった。ハッキリ言って不気味である。
 そんな光景を眺めながら、俺は謎の声の主・アシュレイアについて考えていた。
(……アシュレイアとやらが、どうやって俺達を見ていたのか知らないが、仮に全てを見通せていたのなら、俺がデインの魔法剣を使ったところも見られていた筈だ。という事は……多分、俺はロックオンされたとみて間違いないだろう。王族にしか使えないデインを俺が使ったのだから……)
 デインが使えるのはバレたと見て良さそうだ。
 まぁ致し方ないところである。
(とはいえ、あれで結果的に命拾いしたわけだから、今は良しとするしかないか……。それよりも……あの謎の声だ。なんとなくだが、あの時聞こえた声の響き具合を考えると、この付近から発せられた様な気がする……とりあえず、この辺を調べてみよう)
 というわけで、俺はそこで立ち止まった。
 ざっと見て、休憩していたところから30m程離れた所だ。
 アヴェル王子が訊いてくる。
「どうしました、コータローさん。何か見つけましたか?」
「いや、あの声の響きを考えたら、この辺りから発せられたモノのような気がしたので……」
「そうか。なら、とりあえず、この辺りを調べてみるか?」と、ウォーレンさん。
「ええ。まずはこの辺を少し調べてみましょう。ですが、罠が仕掛けられているかもしれませんので、慎重にですよ……」
「それは勿論です。では、ウォーレン、我々も少し調べてみよう」
「ええ」――

 俺はまず外壁を調べることにした。
 視界に入ってくるのは、壁面に設けられた松明によって怪しく照らす出される鍾乳石の壁面であった。
 周囲を見渡すと、どれも同じように、横に幾重にも波打つ鍾乳石の壁だが、少し気になる事があった。
 なぜなら、握り拳大の黒く丸い物体が、松明のある付近の壁面上部に埋め込まれていたからである。
 それは、壁面の天井付近にあるため、結構高い。高さにして7mから8mくらいの位置だろうか。
 ユラユラと揺らめく松明の明かりの影響で、最初は鍾乳石の影か何かだと思ったが、確かに黒い球状の物体が埋め込まれているのだ。
(なんだありゃ……丸い黒石? ここからじゃよくわからんな。もう少し近づいて見てみるか)
 と、そこで、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「コータローさん、ちょっとこれを見てもらえますか?」
 声を発したのはミロン君だった。
 ちなみに、ミロン君は地面に這いつくばって、何かを眺めているところだ。
 つーわけで、とりあえず、俺はミロン君の所へと向かった。
 他の2人もミロン君の所にやってくる。
「ミロン君、何か見つけたの?」
「ミロン、何か見つけたのか?」
「はい。これなんですけど……一体、何なのでしょうか?」
 ミロン君は四つん這いで、地面にある黒い物体を指さした。
 そこには、砕けた黒い破片のような物が散らばっていた。
 砕けている為、歪な形になっているが、所々面取りされ、艶のある部分も確認できる。
 面取りされた部分は、球のように滑らかにカーブしていた。
 この破片の感じから察するに、砕ける前は球状の何かだったのだろう。
 俺はそこで壁面の黒い物体に目を向けた。
(この砕けた物体は、もしや……)
 目の前の砕けた黒い物体と壁面の黒い物体は、どうやら同じ物のようであった。
「なんだ、この黒い破片は……どことなく、砕けたような感じだが……」
「見たところ、丸い何かが割れたような感じだな……なんだこれは」
 アヴェル王子とウォーレンさんは、怪訝な表情で首を傾げていた。まぁこの反応は当然だろう。
 と、そこで、ミロン君は割れた小さな破片を人差し指と親指で摘み、それを不思議そうに眺めたのである。
「こんなの……初めて見ます。何なのでしょうか……コータローさんはどう思いますか?」
 ミロン君はそう言って、破片を俺に差し出した。
 俺はその黒い破片を掌にのせ、暫し眺めた。
(……まさか……この破片が意味するモノとは……)
 と、その時であった。
 パタパタという羽音と共に、聞きなれた声が洞窟の奥から聞こえてきたのである。

【お~い、そこにいるのは誰や? コータローか?】

 ようやく帰ってきたようだ。
 俺は道具入れに黒い破片を幾つか仕舞い、奥へと視線を向けた。
 すると、ラティの元気な姿が視界に入ってきた。どうやら、無事なようだ。
「やっと帰って来たか。待ってたぞ、ラティ」
「まいど~。ただいま到着や」
 ラティはそう言ってニカッと笑った。
 相変わらず、人懐っこい笑顔である。
「えらい時間かかったな、ラティ。どこかでサボってたんじゃないだろうな」
「まぁそう言わんといてや、コータロー。この奥、結構、長くて歪んでるさかい、ワイも苦労したんやって。あッ! そんな事より、あのヤバい魔物はどうなったんやッ! あのヴィゴールとかいうごっついのッ!」
「何とか倒したよ。かなり苦労したけどな」
 ラティは目を大きく見開いた。
「ホンマかいな! すごいやんかッ! よう倒せたな、あんなのッ!」
「コータローさんが奴の弱点を見抜いてくれたお陰で、何とかね……」と、アヴェル王子。
「やるなぁ~、コータロー。流石やわぁ~」
「褒めても何も出んぞ」
「そんなんやないって、ワイの素直な気持ちや」
 と、ここで、ウォーレンさんがラティに話しかけた。
「ラティもご苦労さんだったな。それはそうと、この奥はどんな感じだった? 抜け道みたいなのはありそうだったか?」
 するとラティは目尻を下げ、少し元気なく口を開いたのであった。
「実は……それなんやけどな……この奥、魔物とかはおらへんのやけど、あのヴィゴールとかいう魔物が言ってた通り、行き止まりなんや……。ワイもどこかに出口ないかと思うて、隈なく調べたんやけど、何もないんやわ……。鼠が出入りするような穴すらないんや……」
「行き止まり……」
 その報告を聞き、俺以外の3人は肩を落とし溜息を吐いた。
 どんよりとした空気である。まぁこうなるのも無理ないだろう。だが、諦めるのはまだ早い。
 少し気になることもあるので、俺はそれを皆に告げることにした。
「まぁまぁまぁ、そう気を落とさないでください。それに、まだ脱出できないと決まったわけじゃないですよ」
「しかしですね……出口がなければ、我々はここから出られないという事になりますよ」
「そうだぞ、コータロー。今朝も言ったが、この洞窟は2か所しか出入り口がないんだ。そこに行けないなら、俺達は洞窟から出られないんだよ」
「そうですよ、コータローさん」
 ラティが訊いてくる。
「で、どうするつもりなん、コータロー。ワイが今言ったのは嘘やないで」
 俺はそこで右手の人差し指を立て、唾を付けた。
「皆、洞窟内の空気の流れに意識を向けてもらえますか?」
「空気の流れ?」
 3人と1匹は首を傾げた。
「この奥からわずかですが、空気が流れているんですよ。風とは言えないほどの流れですがね」
 アヴェル王子はハッとした表情になり、奥に視線を向けた。
「本当だ……かなり緩やかですが、確かに、空気の流れを感じる……」
 続いてウォーレンさんも。
「コータローの言う通りだ……という事は……」
「ご想像の通りですよ。この流れは奥から来ています。という事は、この流れの元が必ずあるはずです。なので、ここはとりあえず、奥に進んでみましょう。そこが外と通じているのならば、もしかすると、道が開けるかもしれませんからね」
 3人と1匹は顔を見合わせた。
「そうですね……コータローさんの言う通り、ここは前に進んでみましょう。ここでジッとしていても仕方がないですからね。魔物達も、このまま俺達を放っておくなんて保障はどこにもないですから……」
「そうしましょう、王子」
「では、一旦、皆の所に戻りましょうか。善は急げです」――


   [Ⅲ]


 休憩場所に戻った俺達は、先程のやりとりを一通り皆に説明し、洞窟の奥へと移動を開始した。
 ちなみにだが、本調子ではないバルジさんはボルズが背負うという形になった。
 その時、ボルズが勢いよく「兄貴は俺が背負うから心配すんなよ」と告げた為、バルジさんは少し驚いていたが、まぁとりあえず、ボルズの中で兄に対する見方が変わったのだろう。ヴィゴールではないが、美しき兄弟愛というやつである。
 それはさておき、俺達は周囲を警戒しながら、ゆっくりと前に進んで行く。
 洞窟内はラティの報告通り、魔物の気配というのは皆無であった為、それに対する懸念はなかったが、閉じ込められているという閉塞感がある所為もあってか、全員が暗い表情であった。
 まぁこればかりは仕方がない。今は一縷の望みをかけて行軍しているに等しいからである。
 だがとはいうものの、進むにつれ、はっきりと空気の流れが感じられるようになってきてはいるので、心なしか、皆の表情は少し和らいでいる風であった。
(今はとりあえず、この流れの元に向かうしかないだろう。もしかすると新しい道が見つかるかもしれない……ン?)
 と、そこで、ラティが耳元で囁いてきた。
「なぁコータロー……さっきは空気の流れの話で希望が湧いてたさかい、ワイは言わんかったけど……この奥に出口なんてないと思うで。ワイは隈なく調べたんやから」
「かもな……でも、何か別の方法が見つかるかもしれない。とりあえず、行ってみなきゃわからんよ」
「でも……何も見つからんかったら、どうするんや?」
「ま、それはその時に考えるしかないだろ。ン?」
 俺達がそんなやり取りをする中、先頭を進むアヴェル王子が立ち止まった。
 そして、俺に視線を向け、とある壁面を指さしたのである。
「コータローさん……流れの元に着きました。ココです」
 俺はアヴェル王子の所へ行き、その指先を追った。
 するとそこは、これまでと同様、鍾乳石が一面に広がる壁面であった。が、一つだけ周囲の壁と違うところがあったのである。
 なぜならそこには、奇妙な一筋の亀裂があったからだ。
 奇妙なと表現したのには理由がある。それは、稲妻が走ったかのような歪な亀裂ではなく、縦に真っ直ぐスジを引いたような亀裂だったからだ。
 亀裂は長さ3mくらいで、幅は広いところで4cmくらいであった。まぁまぁの大きさの亀裂である。
 アヴェル王子はそこで、亀裂に手をかざした。
「間違いなく、この亀裂が流れの元です。残念ですが……この程度の亀裂では外に出れそうにはありませんね」
「そのようですね……ですが、ちょっと待ってもらえますか。少し気になる事がありますんで」
「気になる事? なんだ一体?」と、ウォーレンさん。
「ちょっと調べさせてください」
 俺は亀裂の前に行き、その近辺を見回した。
(この亀裂はもしかすると、ヴィゴールの破壊行動によって、二次的に起こったものかもしれない。しかし……妙だ。普通、こんな風に真っ直ぐに亀裂はいるだろうか……。壁の鍾乳石自体が横に波打つ表面だから、こんな綺麗に縦に亀裂はいらんと思うが……ン? これは……)
 俺はそこで奇妙な事に気が付いた。
 なぜなら、亀裂の入った個所を境に、鍾乳石の色が微妙に違っていたからである。
(どういうことだ、一体……よく見ると亀裂の右側部分の色が少しおかしい……じっくり見ないとわからないが、この亀裂から右に2m程だけ微妙に色が違っている……これは自然に出来たものではないな……恐らく、何者かが手を加えたモノだろう。こうやって眺めていても仕方ない。とりあえず、直に触れて確認してみるしかないか。はぁ……何も起きませんように……)
 俺は壁に近寄り、恐る恐る亀裂部分に手を触れた。
 触れた瞬間、ヒヤッとした冷たさが指先に伝わってくる。
 とはいえ、触った感じは普通の鍾乳石という感じであった。
(とりあえず、変化なしだ。触っても大丈夫そうだな)
 俺は亀裂部分へと手を伸ばし、その割れた面を指先でなぞってゆく。
 すると、亀裂の一部分が剥がれ落ち、ポロリと地面に転がったのである。剥がれ落ちたのは、色の違う箇所の物であった。意外と脆そうな壁である。
 俺はそれを手に取り、周囲の鍾乳石と見比べた。
(やはりそうだ……。この破片と周囲の鍾乳石は違うモノだ……)
 と、ここで、アヴェル王子が訊いてくる。
「コータローさん……何かわかりましたか?」
 俺は色の違う箇所を指さした。
「ココなんですけど、この亀裂を境に色が微妙に違うと思いませんか。じっくり見ないとわからないほどの違いですが……」
「え?」
 俺の言葉を聞き、この場にいる全員が壁に目を向けた。
「本当だ……この部分だけ色が違う」
「言われないとわからないくらいだが、コータローの言う通り、この部分だけ、微妙に色が違うな……」
 そう言って、アヴェル王子とウォーレンさんはマジマジと壁を凝視した。
 他の皆も同様であった。
「本当だわ……」
「あ、ホンマや」
「コータローさんの言う通りね……色が違うわ」
「本当ですね……確かに色が違う。コータローさん、これは一体……」
「パッと見だと見分けがつかないくらいですが、これは自然に出来たものではないと思います。恐らく、何者かが手を加えたのでしょう……」
「という事は……魔物達が?」と、アヴェル王子。
 俺は頭を振る。
「それは流石にわかりません。ですが……なんとなく、魔物ではないような気がします」
「じゃあ、なんなんだ一体?」
 ボルズはそう言って、首を傾げた。
「さあね……だが、これは多分、何かを隠しているんだと思う。これを施したのが、魔物か人かはわからないけどね」
 俺はそこでアヴェル王子に進言した。
「アヴェル王子……とりあえず、今触った感じだと危険はなさそうです。それに、少し脆い感じでしたので、この色の違う壁の部分を剥がしてみましょう。何かが出てくるかもしれませんよ」
「そうですね……よし、皆、その辺の石や武器を使って、この壁を剥がしてみよう」
 というわけで、俺達は壁の掘削作業に取り掛かったのである――

 それから30分程で、俺達は作業を終えた。
 壁は意外にも分厚かったが、思った通り脆かったので、30分程度で、あるモノを掘り当てることができたのだ。めでたしめでたしである。
 で、掘り当てたあるモノだが……それはなんと、1枚の扉であった。無骨な木製の古い扉で、このイシュマリアに住む平民の家の玄関に取り付けられていそうな代物だ。
 大きさは縦に2m、横に1mといった感じで、扉の左側には取っ手がついており、そこには鍵穴のようなモノが空いていた。まぁ大体そんな感じの扉である。
 アヴェル王子が訊いてくる。
「……コータローさん……この扉は一体……」
「わかりませんが……とりあえず、開くか確認するしかないですね」
 と、そこで、ミロン君がぼそりと言葉を発した。
「でも……こんな風に隠してあるという事は、罠のようなモノが仕掛けてあるかもしれませんよ」
「その可能性は否定できないね。まぁとりあえず、言い出しっぺの俺が確認してみる事にするよ」
「気を付けろよ、コータロー」と、ウォーレンさん。
「ええ」
 俺はそこで扉の前へと行き、恐る恐る取っ手に手をかけた。が、異常はない。どうやら触れただけで発動する罠の類は無いようだ。
(罠はないか……なんとなく、その手の罠はないと踏んでいたから、それほどの驚きはないけどね。とはいえ、この扉の奥についてはわからないが……。それはともかく、取っ手は回すタイプのようだ……とりあえず、回してみるか。慎重に……)
 だがしかし! 取っ手は右にも左にも回らないのであった。
 ここから想像するに、鍵が掛かっているという事なのだろう。残念!
(はぁ……取っ手に鍵穴ついてるから、触れて発動する罠の類はないと思ったが、やはり、鍵はかかっていたか……どうすっかな……)
「コータローさん、開きませんか?」と、アヴェル王子。
「ええ、開きません。たぶん、鍵が掛かっているんだと思います」
「それでは、力業で開けてみますか?」
「いや、それはやめておきましょう。この奥がどうなっているのかわかりませんからね。とりあえず、他の方法をさが……ア!?」
 と、そこで、俺の脳裏に、あるアイテムの事が過ぎったのである。
 それは、リジャールさんから貰った、とあるアイテムの事であった。
(そういや、一度使うと壊れる魔法の鍵があったな。あれならこの局面を打開できるかも……。それにあの鍵は道具袋に入ってるから、すぐに取り出せるし。でも、皆にはどう説明すっかな……まぁいいや、適当に誤魔化しておくか)
 というわけで、俺は腰に装備した道具袋をあさり、中から魔法の鍵を1つ取り出したのである。
 俺は白々しく皆に告げた。
「そういや、コレがあったの忘れてました。この鍵を使って試してみます」
 アヴェル王子が首を傾げて訊いてきた。
「へ? なんですか、それ?」
 とりあえず、もっともらしい嘘を吐くことにした。
「これは以前立ち寄った街の行商人から買ったんですが、なんでも、色んな扉を開ける事ができるという優れモノの鍵らしいんですよ。一度使うと壊れてしまうみたいですがね。でも、値段が安かったので幾つか買っておいたんです。とはいえ、試すのは初めてですが」
「へぇ……そんな鍵があるんですね」
 ミロン君はそう言って鍵をマジマジと見た。興味深々という感じだ。
「とりあえず、コレを試してみますよ」
 俺は早速、取っ手に鍵を差し込み、右に回した。
 カチッという音が聞こえてくる。
 そして俺は、取っ手を右にゆっくりと回したのである。
 ガチャリという音と共に扉が少し前に出てくる。
 すると次の瞬間、鍵は役目を終えたかのようにパラパラと崩れたのであった。
(よし、成功だ……ありがとう、リジャールさん。助かったよ)
 俺はリジャールさんに感謝しながら、そのまま取っ手を引いた。
 扉はギィィという、蝶番が擦れる音と共に開かれる。
 その直後、カビ臭い空気と共に、暗闇の空間が俺達の前に姿を現したのであった。
 アヴェル王子が訊いてくる。
「上手くいきましたね。奥はどんな感じですか?」
「奥は真っ暗ですね。明かりを灯しますんで、ちょっと待ってください」
 つーわけで俺は呪文を唱えた。

【レミーラ】

 鮮やかに白く輝く光球が、俺の右手から出現し、辺りを照らし出す。それにより、奥の様相も露になった。
 どうやら、この扉の向こうは通路となっているようだ。とはいえ、壁面は鍾乳石ではなく普通の岩肌となっている。幅や高さは扉と同じくらいだ。
 壁面と天井が四角く切り出されているので、明らかに人の手が加わった洞窟といった感じである。
 地面に目を向けると、灰のような鼠色の埃が雪のように沢山積もっていた。
「コータローさん、どんな感じでしょうか?」
「何か見えるか?」
 アヴェル王子とウォーレンさんがこちらへとやってくる。
 2人は目を細め、覗き込んだ。
「どうやらこの先は通路のようだな」
「これは……魔物達が作った抜け道なのだろうか?」
「さぁどうでしょうね……ただ……」
「ただ?」
 俺はそこでしゃがむと、地面に降り積もった埃を人差し指でなぞった。
 埃の厚さは2cmほどといったところである。
「……この埃の量を見る限り、ここはかなりの年月が経過していると思われます。1年や2年ではないでしょう。それこそ、何十年……いや、何百年といった事も考えられます。そして、これだけの埃があるにも関わらず、この通路には足跡というものがどこにもありません。恐らく、相当長い間、ここに立ち入った者はいないのでしょうね」
「コータローさん……貴方はどう思いますか?」と、アヴェル王子。
「誰が作ったモノかはわかりませんが、今言えるのは、ここ数年の間に作られた通路ではないという事です。相当昔に作られたとみて、まず間違いないでしょう。まぁ何れにせよ、行き先は不明ですが、道は見つけることができました。今は進むかどうかだけです」
 暫しの沈黙の後、アヴェル王子が口を開いた。
「何が待ち受けているかわかりませんが……今は進みましょう。いや、進むべきです」
 その言葉に他の皆も頷く。
 そして俺達は、新たに出現した通路へと、恐る恐る、足を踏み入れたのであった。


   [Ⅳ]


 無数の埃が舞う、カビ臭くて狭い通路を俺達は慎重に進んで行く。
 30mほど進んだところで変化があった。そこからは少し開いた空間となっていたからだ。
 それとどうやら、空気の流れの元はこの空間からのようであった。
 天井付近の壁から、微風にも似た空気の流れが出来ているのを感じられたからである。
(……あの壁が外と通じているのだろうか? いや、今はとりあえず、前に進んだほうが良いか。道が無いときにそれは考えよう)
 そこを更に進むと、また1枚の扉が俺達の行く手を遮っていた。
 扉は先程と同じような木製の扉で、取っ手は鍵穴付きであった。勿論、扉に鍵が掛かっていたのは言うまでもない。
 というわけで、ここでもまた、俺が持つ魔法の鍵が活躍するのである。
 その後、俺達は扉を恐る恐る開き、向こうへと慎重に足を踏み入れた。
 扉の向こうは、ホールみたいな空間となっていた。広さは20畳程度。埃も少ない上に、空気も幾分綺麗な感じの所であった。
 しかも、妙に生活感が漂うところとなっており、周囲の壁際には棚のようなモノが幾つも並んでいるのである。
 棚には酒樽のようなモノやガラスの瓶が沢山陳列されている。床には大小さまざまな木箱が幾つか置かれていた。
 また、空間の真ん中には木製のテーブルがあり、そこには木製のカップが1つだけ置かれているのである。
 まぁ大体そんな感じの様相であった。
 ラッセルさん達の声が聞こえてくる。
「なんだ……ここは……誰か住んでいるのか……」
「それにしては埃っぽいわよ。さっきの通路ほどじゃないけど……」
「ちょ、ちょっと、この棚の酒見てよ……イシュマリア歴1996年て書いてあるわよ!」
 今の言葉を聞き、全員が棚の方へと向かった。
 何人かが棚の瓶を手に取り、マジマジと眺める。
 アヴェル王子が驚きの声を上げた。
「こ、これは……1000年以上前の物じゃないか……なんなんだ……ここは一体……」
「ホンマや……でも、これ飲まんほうがええな。飲むとエライ目に遭うと思うで」
 と、その時であった。
【ちょ、ちょっと、皆ッ! こっちに来てくれッ!】
 ボルズの大きな声が聞こえてきたのだ。
 少し離れた所にある大きな木箱のところで、ボルズはバルジさんを背負いながら、何かを指さしていた。
 俺達はボルズの元へと向かう。
「こ、これは……」
 すると、そこにはなんと、ミイラ化した遺体が椅子に座っていたのである。
 遺体は盗賊っぽい軽装備の者で、性別は男のようであった。
 また、遺体の前には、木製の古びた小さな机があり、そこには1枚の羊皮紙みたいなモノが置かれていたのである。
 紙には幾つもの文字が刻み込まれていた。
 アヴェル王子はその紙を手に取り、目を通す。
 すると程なくして、アヴェル王子は信じられないものを見るかのように、ぼそりと言葉を発したのであった。

【最初の一文はこう書かれている……我が名はバスティアン。ここに我が遺言を書き記す。いつの日か、ここを訪れる者に、イシュマリアの真実を伝える為に……と……】 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧