世界をめぐる、銀白の翼
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第五章 Over World
全部なくなったわけじゃない
街を歩く少女が一人。
少女は紙袋に入った菓子を一つとり、口にくわえて目の前の家を見上げる。
表札に「美樹」と書かれたその家の前で立ち止まった少女は、佐倉杏子だ。
(・・・・なんであたしはこんなとこ来てんだ)
別段何かあったわけじゃない。
話したいことが頭にあるわけではない。
しかし、何かが頭に引っ掛かるのだ。
何かを伝えなければならない気がするのだ。
「だから・・・・それがなんなんだってんだ・・・・」
少しイラついた顔をしているのはその為か。
イライラを紛らわすために、さらに菓子に手を伸ばす。
(とりあえず顔でも見りゃなんかわかるかもな・・・・)
一人の人間がここまで気になるなんて、杏子本人も驚いている。
自分はこんなにも面倒見のいい性格ではないはずだ。
否
そう言う自分は、昔に否定し、辞めたはずだというのに。
そこまで考え、ふと至った。
(そっか・・・昔のあたしと似てんのか、あのバカ)
誰かを助けるために魔法少女になり。
誰かを救うことに使命感を燃やし、心躍らせていたあの頃。
美樹さやかは、あの頃の自分に似ている。
それが一番いいと思っていたあの頃の自分に。
そんなことはないというのに。
人は誰しも「自分のために」だ。
そうでなければ、自分と他者の思いにズレが生じ、結果どちらも救われない。
病院での戦いの後のあいつの笑顔を見て、なぜかイラつきながら、なぜか危なげに見えたのはそう言うことなのだろう。
ある種の自己嫌悪。
ある種の自己擁護。
昔否定したはずなのに、目の前にあるそれが気に喰わなくて。
でも、もしそれを貫けたなら、それは間違いじゃなかったと思えるのだ。
(なんだそれ・・・・)
否定と希望。
その狭間で、杏子の心が少し揺れる。
バンッッ!!
美樹家の塀に寄りかかって、思考にふける杏子。
するとその向こうから、玄関の扉が勢いよくあけられた音がした。
急にしたものだから、ビクッ!!と肩を震わせて体の固まる杏子。
なんだ?と思いながら、顔を出して玄関の方を見ようとする。
バタン、ダダッッ!!
玄関の閉じる音。
そして、誰かが走ってくる。
美樹さやかが、目の前を駆け抜けて行った。
顔は下を向いており、歯は噛み締め、水滴がポロポロとその後を彩っていく。
「お、おいっ!!」
あまりの勢いに出した頭を引っ込めながらも、咄嗟に声をかける。
しかし見えてないのか聞こえていないのか。
さやかはそのまま走り抜けて行ってしまった。
「チッ、なんだってんだよ!!」
その後を杏子も走り追って行く。
悩み事は、頭からなくなっていた。
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その状況を、暁美ほむらは見ていた。
状況や展開は違えど、美樹さやかが魔法少女になったということは、ほむらにとって一つの運命か決定づけられたようなものだ。
そして案の定、どういう状況でそうなったのかわからないが、美樹さやかが家から飛び出してきた。
普通じゃない状態であるのは、見て容易だった。
彼女はあてもなく走ってるようだったか、ほむらから見れば行く場所は大体わかる。
「まどかに伝えるわけにはいかない・・・けど・・・・」
ほむらは懐から、緑色のカンドロイドを取り出した。
それを変形させ、通信機能を起動させる。
「――――ちょっといいかしら。鉄さんもそこにいる?」
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そしてさらにその状況を、さやかの部屋にいるキュゥべえは観測していた。
ほむらは何処かに連絡を取っているようだが、おそらくあの二人なのだろう。
だが、まどかは呼ばない。
彼女の行動パターンからして、まどかをこういうことに近づけようとしないのは解っている。
しかし、キャストは多い方がいい。
「ああなった」さやかを救うため、まどかに契約させることも可能かもしれないのだ。
そうして、キュゥべえの姿がそこから消える。
気付けば、その白い影は外にいた。
走り出したそれは、まどかの家に向かいながらテレパシーを飛ばした。
『まどか、ちょっといいかい?』
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時計の針は、深夜を回ろうとしている。
そんな時間に、二人の少女が歩道橋の上にいた。
途中途中に広場のように面積がとられているもので、菱形のそこに二人は立っていた。
さやかは靴も履かず、寝巻きのままだ。
寒そうに片腕を抱え、息を切らして立ち止まっている。
その後を、杏子が追って到着した。
手の持っていた紙袋はなく、一回だけ呼吸を深くとって息を整える。
「おい・・・いったいどうしたんだ?」
「・・・あぁ・・・あんただったの・・・・」
振り返るさやか。
目の周りは真っ赤。
今にもくしゃくしゃになりそうなのに、必死になってそれを隠すものだから、まるで無表情でいるかのよう。
そして、その目は虚ろに、夜の闇に溶けている。
「どうしたんだ?・・・・」
「あんた、知ってた?魔法少女がどういうものかって・・・・」
「は?いまさらそんなことかよ・・・あたしたちは魔女を倒してグリーフシードを」
「違う。そう言うことじゃないの」
杏子の言葉に、首を振って否定するさやか。
だがそれは、言葉だけでなく自分自身すらも含めた否定にも見える。
「こっちよ」
「杏子ちゃん!!」
「どうしたさやかちゃん!!」
と、そこに翼刀と映司をつれてほむらがやってきた。
そちらに目を向けるさやかだが、特に感情の抑揚はなく「そこにいる」ということだけを認識しただけだった。
そしてさやかは、杏子にしたのと同じ質問をほむらにも問いかけた。
「転校生・・・あんたは知ってた?魔法少女が――――」
「魔法少女が魂を抜かれた者・・・ということ?」
そしてその答えを、ほむらはあっさりと答えた。
その言葉にほかの三人は驚愕し、さやかはおどける様に少し目を見開いた。
「へぇ・・・・なんだ・・・知ってたんだ・・・・・」
「ほむらちゃん、どういうことだ?」
「魔法少女が・・・・魂を抜かれたって・・・!?」
「どういうことだ、おい!!」
三人の疑問に、ほむらの声と、時折自虐気味にさやかの言葉が答えはじめる。
魔法少女は、魔女と戦う存在だ。
その為に魔法少女に変身し、契約時に発生した固有魔法を用いて魔女と戦うのだ。
だが、契約するのはあくまでも少女たち。
戦いに身を投じるには、その肉体はあまりにも脆く弱い。
キュゥべえ曰く「そんな脆い肉体のまま戦ってなんて、そんなひどいことは言えないよ」
そう。
だから、魔法少女は契約時に魂を抜かれる。
その魂を加工、実体化させ、保有しやすく守りやすい形状にするのだ。
つまり、そうなった瞬間に彼女たちの身体は抜け殻となる。
本体はあくまでもソウルジェムとなるのだから。
肉体で感じる物のすべては、肉体があった頃の影響による錯覚にすぎない。
感じる五感も、高鳴る鼓動も、すべて偽り。
自分だと思っているこの肉体は、この小さな宝石となった自分の操り人形にすぎないのだから。
「じゃあ・・・あたしたちはそろってゾンビにされたようなもんじゃねーか!!」
「そうだよ・・・この体はとっくに死んでるんだ・・・・本当の私は、このちっぽけな青い石なんだ」
そう言って、ソウルジェムを取り出すさやか。
それを見つめ、ポタポタと涙がこぼれてきた。
「私・・・やっと勇気が出たのに・・・・恭介に言えると思ったのに・・・こんな・・・こんな偽物の身体で何ができるっていうのよ・・・」
「さやか・・・・」
「触らないで!!」
声をかけ、その肩に手を当てようとする杏子に、さやかは拒絶の声を上げる。
「この体はもう私じゃないんだ・・・ただ私のふりをしている人形にすぎないんだよ!!?人間をやめさせられちゃったんだよ!?こんなんで・・・・誰かが好きなんて言えないよ・・・・」
杏子はまだ実感が持てなかった。
この体が傀儡人形だって?本体はソウルジェム?
言われたところで実感がない。
だが、さやかは見せられたのだ。
自室でキュゥべえがソウルジェムに前脚を置いたとき、肉体とソウルジェムのリンクを一時的に切られた。
そして、見たのだ。
ベッドに横たわる肉体。
いくら動かそうとしても、動かない。
そも、この状態で何をどうやってみたのか。
腕もない
脚もない
それどころか、人間の機能のすべてを捨て去られ、ただの石ころになってしまったのだ。
キュゥべえがソウルジェムから離れると、さやかの全身から汗があふれ出た。
リンクを切られたのはたった五秒か十秒だというのに、もう一秒でもすれば発狂しそうな状況。
キュゥべえが触っていたから意識があったのだろうが、そうでなければ・・・・・
否、考えてみれば其の方が残酷かもしれない。
人間でなくなった自分を認識するなんて、それほどの悲劇。
「さやかちゃん・・・それ、本当なの・・・・!?」
一通りの説明を終え、新たな参入者が現れた。
まどかだ。
キュゥべえからさやかが家を飛び出したと聞き、急いでここまで来たのである。
その傍らにはキュゥべえがおり、トテテッと離れて行って手すりの上に座り込んだ。
ジャコッ!!
「あなた・・・・どうしてまどかを連れてきたのッ!?」
「どうしても何も、友達のことなら気になると思ってね。僕は状況を伝えただけで、行こうとは一言も言ってないよ」
「そういうことは問題じゃないんだよ」
ジャキッ
ほむらが銃口を向け、さらに翼刀が剣を向ける。
二人の殺気が、キュゥべえを捻る潰そうとするかのようにその場に充満していった。
その間に、またさやかが走り出してその場から去ってしまう。
「あっ・・・さやかちゃん!!」
「さやか!!」
「映司さん・・・・さやかちゃんを頼みます」
「・・・・こっちは任せた!」
「はい」
さやかの後を追うまどか、杏子。そして映司。
この場に残ったのは、キュゥべえとほむら、翼刀。
体勢はそのままに、言葉だけがその場で交わされる。
「ほむらちゃんは知ってたのか?このこと」
「ええ・・・・」
「話せなかったのか?」
「そんなことを言えば、彼女たちは―――――」
「・・・・だから魔法少女になるなって言ってたのか・・・・」
「まったく。わからないのかい?腕が吹き飛ぼうと、ありったけの血を抜かれても、魔力で再生すれば治る身体なんだよ?今までの身体よりも、ずっと優れたものにしてあげたのに、それを恨まれるのは心外だな」
「お前はわからないのか。さやかちゃんがなぜ悲しんでいたのか・・・」
「解らないわよ。こいつらにはそう言う感情が欠如しているのだから」
「欠如とはなんだい。無駄を省いた、と言ってほしいね。この星の人間はみんなそうだ。合理的であることに目をそむけ、嬉々として非合理的な行動に迷いなく足を踏み入れる。まったく、わけがわからないよ」
「感情が・・・無駄だと・・・・?」
「ああ。この宇宙で君たちくらいなものさ。そんなものを持つ生物なんて」
「お前は・・・・何者なんだ・・・・」
「こいつは・・・こいつらの名は、インキュベーダー」
「参ったね。君はそんなことまで知っているのかい。やはり君は――――」
「ほむらちゃん?」
「・・・彼らは地球外生命体。ずっと昔からこの星に干渉してきたらしいわ・・・」
「そう。僕たちは地球に干渉して、君たち人類の繁栄に助力してきた」
「何のために・・・・」
「この星に利用価値があったからに決まってるじゃないか。知ってるかい?宇宙全体のエネルギーというのには限りがあるんだ。そして、生物である以上僕たちはそれを消費する。そしてそれを消費しきれば、宇宙は消滅してしまうんだ」
「だからなんだ」
「だからなんだとは・・・だから君たちは今だ宇宙進出もできないんだよ。でも僕らは違う。そんな未来を回避するために、君たちに接触したんだ」
「彼等は、人間の感情をエネルギーにするだけの術を持っているのよ」
「な」
「そう。この星の人間、とりわけ少女と呼ばれる世代の女子の感情の起伏は、それはそれは素晴らしい、莫大なエネルギーを生み出すんだ。そしてそれは、この世の物理法則――――消費すれば減る、というエントロピーを凌駕しうる唯一のモノだ。君たちは、この宇宙を救うだけの物を持っているのさ」
「感情の起伏?」
「こいつらは願いを聞くことでそれを実現させて希望というエネルギーを得る。そして、その後にいずれ絶望に落ちる落差のエネルギーを、さらに摂取するのよ」
「まあ今回は特別さ。僕がこれだけ動くのも今までになかったことさ」
「そうね。あなたはあくまでも傍観者だったものね」
「こうして僕が動くことになったのも、ひとえに君がいたからさ。鉄翼刀」
「俺が?」
「ソウルジェムの濁り。あれは彼女たちの心の闇よ。ストレス、絶望、失望・・・・・そう言ったもので、ソウルジェムは濁っていく」
「だけど君はそれを消してしまう。魔女と戦い、絶望して行くはずの彼女たちの、それ以上の希望となってしまったんだ」
「は・・・・残念だったな」
「だけどそうでもない」
「それだけ上昇した希望なら、絶望に落ちた時の落差も大きい・・・違うかしら?」
「その通りさ」
「・・・・ちょっと待て。じゃあソウルジェムが濁りきったら魔法が使えなくなるというのは・・・・・」
「それは嘘じゃないよ。僕は言わないだけで、言う必要がないだけで、嘘はつかないからね」
「そうね・・・こいつが言うことに嘘はないわ。ただ、それは言い方が間違ってるわ」
「そうかい?」
「ええ。正確には「魔法が使えなくなる」のではなくて、「魔法が使える状態じゃなくなる」んですから」
「それは捉え方の違いさ。僕の言い方でも間違ってないだろう?」
「ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ?ソウルジェムが濁ったら、彼女たちはどうなる!!」
「希望、願いを得て彼女たちは魔法少女になる。だったら、その反対に絶望を得た彼女たちは――――」
「ま・・・さか・・・・貴様は――――!!」
「いずれ魔「女」となる彼女たちなのだから、それは魔法「少女」と呼ぶのが――――もっともふさわしいと思わないかい?」
ヒュッ、ボバンッッ!!!
キュゥべえの頭が刃に貫かれて爆ぜる。
振るったのは翼刀。
一人の人間として虫唾の走る話に、我慢ならなかったのだろう。
それ以上しゃべるな、とでも言わんばかりの形相でキュゥべえだった肉体を睨み付ける。
しかし
「まったく。それで僕を殺せると思っているのかい?」
「なに・・・・」
ほむらと翼刀の背後から、再びインキュベーダーは現れた。
そしてさっきまで動いていた肉片の元へと飛び乗り、もしゃもしゃと食べ始めてしまったではないか。
「いくら数があるからって、無駄に壊すのはやめてくれないかい?もったいないじゃないか」
「こいつは・・・・いや、こいつらは・・・・」
「こいつらには個体、という概念がないのよ」
「失礼な。ちゃんと個体という認識はあるよ。ただ、僕には肉体のストックがあってね。何万年も続くかもしれないエネルギーの収集なんだ。肉体一つで来るわけがないだろう?」
「―――倒せない・・・?」
「そうだね。君たち人間に、僕を倒すことは事実上不可能だ」
「それでも、私たちはあなたに抗うわ」
「まったく・・・・・何もボクは人類を絶滅させたいわけじゃないんだよ?それに宇宙全体の寿命が延びるのだから、君たちにとっても合理的な話だと思わないのかな?」
「その為の代償がこれか」
「地球上の、それこそ歴史上の全人類の総数から見ても100分の1程度だよ?君は百枚のコインの内、その一枚でこの星を救えると言ったら迷わず支払だろう?」
「それはな、百枚のコインを同じコインだとする、単純で、短絡で、軽薄な考えだぞ」
「解らないなぁ・・・・一枚のコインはコイン以外の何物でもないんだよ?」
「この星に数万年もいて、人類発展に貢献したという割には何もわかっちゃいねぇんだな。宇宙進出した高位の生物も大したことねェらしい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三人の睨み合いは、いつしか翼刀とキュゥべえの二人のモノになっていた。
ほむらはすでに銃を降ろし、二人のやり取りを見たいるだけだった。
(彼なら・・・もしかしたら、鉄さんなら。こいつを倒せるかもしれない・・・・もしそれが出来るなら・・・・!!)
銃を握る手に、自然と力が籠められる。
マミは死んだ。
さやかも墜ちるかもしれない。
それでも、まどかを救えるなら――――!!!
ヒュボッ!!
ド ド ド ド ド ドッッ!!
「まった」「く」「そん」「なことを」「しても無」「駄だとわか」「らないの」「かい?」「僕の肉体」「すべてを破」「壊しき」「るより」「も君の寿」「命」「が尽き」「る」「方が早」「いと」「いうの」「が理解」「でき」「ない」「のかな?」
翼刀の刃が、次々にキュゥべえの肉体を破壊する。
が、それと同時に出現して行くキュゥべえが、言葉を紡いで話しかけてくるのだ。
耳障りだし、気色悪い。
だが、それでもその肉体を狩りきることは出来ない。
「じゃあね」
「!」
ビタッ!!と、翼刀の身体が止まる。
周囲には白い肉片が飛び散っていた。
それが煙を上げて消滅し、キュゥべえの気配がその場からなくなっていく。
「・・・・ほむらちゃん」
「なにかしら」
「病院の魔女は・・・・もしかして・・・・」
「(コクリ)・・・・・・巴マミ・・・よ」
「だとしたら―――――まずい!!!」
翼刀が、さやかの走って行った方向を見、駆けだした。
ほむらも一瞬遅れて理解し、その後を追う。
「インキュベーダー・・・・・やらせるかよ・・・ふざけんじゃねェぞ!!」
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「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・ハァ・・・・」
走るさやか。
その後を、映司を筆頭に杏子、まどかとが追いかけて行っている。
だが、一階止まったとはいえ歩道橋まで走った後だ。
すぐに息は切れてしまう。
下を向いては知っていたさやかだが、次第に腕がブラブラし始め、顎が上がり、口が開く。
同時に涙がまた溢れ出てきて、開いた口からは止めるすべもなく声が漏れる。
しだいに脚は動きを緩めて行き、そして公園の真ん中で立ち止まった。
ソウルジェムを両手で包み、心臓の上に持ってきて苦しそうに握りしめる。
だが、ふと思い至る。
握りしめている手も、動かない脚も、全部全部私じゃないと。
何を大事そうに握りしめているんだろう?
こんなちっぽけな石ころになった私自身なんか―――――
そう考え始めてしまったら止まらなかった。
これを握っているのは私じゃない。
握られているのが私で、握っているのはただの死体だ。
「ウぶっ・・・・!!」
吐き気がこみ上げる。
胃酸が逆流する。
こみあげてくるそれを必死に抑え込み、代わりに唾液が地面に落ちる。
「さやかちゃん!!」
「来ないでよ!!」
苦しそうなさやかに声をかけ、駆け寄ろうとする映司だがその言葉で足が止める。
その後ろに杏子とまどかも追いつき、今にも消えそうなさやかの背中を見つめた。
「なによ・・・・心配してるんですか・・・?何をですか!?私をですか!?この石ころをですか!?」
振り返り、ソウルジェムを見せつけるように出すさやか。
その姿に、二人は何も言わない。
ただ、映司だけが言葉をかけた。
「裸足でしょ?怪我だってしてるじゃないか」
「こんな身体・・・・!!すぐに治るんです・・・・映司さんは私の心配をしてるんですか?それとも、この身体の心配をしてるんですか!?」
この体は私じゃない。
私はこっちなんだ。
私はもう物同然。
魔女と闘うだけの物体なのだ――――
自分を心配する彼女たちは、どうせそう。
同情や憐みしかない。
こんな自分をわかってくれる人なんて、いない。
「テメェふざけんなよ!!確かにあたしたちはそんな体にされちまった。けどよ、そりゃある意味自業自得じゃねーか!!」
「そうだよ!!でも、だから私のことがわかるみたいに言わないでよ!!自業自得なら、自分のせいだっていうんなら――――私のことなんて私しかわからないんだから!!」
「さやかちゃん・・・・」
「あ、あはは・・・ダメだ・・・・私、マミさん助けたこと後悔しちゃってる・・・・そうじゃなきゃ、私はこんな身体にならなかったのに!!」
嗤う
「まだまだたくさんやりたいこともあるのに!!それなのに、こんな化け物じゃ何もできないよ!!キスしてなんて言えないよ。好きって言ってもらえないよ。腕がなくなっても、血がなくなっても生きていられるゾンビなんて、そんな化け物がまともな人生送れるわけがないじゃない!!」
叫ぶ
「わたしもうだめだよぉ・・・・もう、何も守れない・・・・人間じゃないのに、化け物なのに・・・誰かを恨んじゃってるのに、憎んじゃってるのに!!誰かを護るなんて、できるはずないじゃない!!」
嫌悪
さやかは理解している。
自分がどれだけの矛盾を言っているのか。
それがどれだけ罪深いかを。
ゆえに、否定する。
自分自身を。
握りしめた青色の光が、黒い闇に染められていく。
「そんなこと・・・あるわけないだろ!!!」
だが、映司の一言がそれを止めた。
「人間じゃなかったら、誰かを護れない?化け物だったら、誰かのために何もできない?誰かが憎いから、嫌いだから。だからそんな自分に誰も守る資格なんかないって!?そんなことあるわけないだろう!!!」
温厚な映司らしくもない言葉。
それは夜の闇に響いていく。
だが、その勢いに驚いたさやかもすぐに頭を振って否定する。
「人間のまま変身して、あんなふうに戦える映司さんに・・・・化け物になった私のことなんてわかるはずないじゃないですか!!!」
「わかる!!俺も、ちょっと前まで化け物だったから!!」
「え・・・・」
「目に映るものが彩られない。聞こえる音にはノイズがかかる。何を食べても粘土を食べてる気分だった。何を触っても不快だったし、そんな匂いも異臭に感じた!!!そんな化け物以下の「物質」に、オレも一回なったことがある!!」
火野映司は、仮面ライダーオーズだ。
そして、オーズの力であるコアメダルは欲望で生成された膨大な力を秘めている。
そんな彼がオーズに変身できるのは、その「欲望の器」の大きさが一番の要因だ。
そして、ある時紫の恐竜メダルが、その器の大きさに惹かれて彼の身体に入り込んだことがあった。
メダル
即ち物質。
時間の経過と共にメダルは彼の身体に馴染み、同時に彼はメダルを使い熟していく。
だが、体内に取り込んだそれは次第に同化し、彼の身体を欲望の怪人「グリード」へと変貌させていったのだ。
そうすると、何をしても満たされることがなくなってしまう。
まさしく、さっき映司が言ったことになるのだ。五感は何を感じても満たされず、永遠に欲求が満たされることはない。
当然だ。
メダルは物質。ただの物に過ぎない。
そんなものに同調したのだ。
物質が何かを感じ、満たされるはずなどあるはずがない。
それは、魔法少女の肉体状態よりもはるかに地獄だ。
彼女たちは感じられる肉体がある。
だが、彼にはそれもなかったのだ。
映司が、ゆっくりとさやかに近寄っていく。
そして、その手に恐竜メダルを握り、ベルトに装填して変身する。
コンボソングがし、プトティラコンボへと変身する映司だが、直後に紫のオーラが噴き出してその体が変貌した。
「ヒッ・・・!?」
その姿は、まさに化け物だった。
恐竜の頭蓋をかぶったかのような頭部。
バフォメットのような首のあしらわれた胸部。
甲殻の皮膚と化した腕。
鋼のように変質した両脚。
まるでこの世のすべてを否定し「無」へと還元するような。
今に在らざるモノによるメダルだからこそ。
今あるすべてのモノを否定し消し去る化け物なのだ。
後ずさるさやかだが、映司はさやかに手を伸ばす。
右手を頬に触れ、左手で抱き寄せる。
「柔らかい。暖かい。そして、こんなにもゆるぎない自分がある」
振れ、感じ、そしてソウルジェムをも含め、すべてを指して言う。
君はこんなにも柔らかい。
誰かを包み、癒すほどに。
君はこんなにも暖かい。
胸に抱き、安堵をくれるほどに。
そして君はゆるぎない。
存在を二つに断たれたとしても、美樹さやかはここにいるじゃないか。
紫のオーラが晴れ、映司が元の姿に戻る。
さやかが見ると、映司の顔は真っ青になっており、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「あんな状態になった俺でも、安心できるくらいにさやかちゃんは人間なんだよ・・・・だから、それですべてがなくなってしまったなんて、言わないでほしい」
それは、いなくなったあいつの為にも。
人でなくとも自分と共に戦い
誰かに感謝されて満足し、消えて行ったあいつの為にも
「やれやれ。全く君たちは本当に厄介な人間だよ」
「「「「!!!!」」」」
夜の闇に、声がした。
闇の向こうから、街灯の範囲に入ってきたのはキュゥべえである。
「テメェ・・・いまさらよくも顔見せられたもんだなぁ、オイ!!」
槍を構えた杏子が飛び出し、さやかを護るように立つ。
切っ先をキュゥべえに向け、今まで誰にも向けたことのない殺気を放つ。
映司もさやかを背中に回して庇うようにするが、一瞬とはいえグリード化のせいで体力を著しく消耗している。
確かにかつてはその姿にもなっていた彼だが、人間に戻った今となっては、あの姿は毒に過ぎない。
適性はあるのでなれないわけではないし、体内に宿しているわけではないからまだ人間だが、やはりあれは無茶な変身だったのだ。
「大丈夫だよ。二人とも」
庇われるさやか。
だが彼女は、その二人を抜けて、そっと前に躍り出た。
魔法少女へと姿を変え、剣を取り出して流水のような流れでそれをキュゥべえに真っ直ぐに向けた。
「私は負けない。こんな運命にも、身体にも、こいつにも!!確かに私は、人間じゃなくなっちゃったみたいだけど・・・・それでも、全部なくなったわけじゃないから!!」
「さやか・・・・」
「さやかちゃん・・・・」
「さやか・・・ちゃん・・・」
「映司さんがいる。翼刀さんもいる。杏子だって、あの転校生も。そして・・・・私には尊敬する先輩と、誰よりも大切な親友がいるんだ!!!あはは・・・・あたしってば、ほんとバカ・・・・こんな大切なもの、見落としてたんだから!!!」
さやかのソウルジェムが輝きを放つ。
目に活力が戻る。
身体に力がみなぎっていく。
そうだ。
自分はもう戻れないかもしれない。
でも、私はこの手で、まだ誰かを救うことができる
あの人たちみたいに!!
「やれやれ。やっとわかってくれたかい」
キュゥべえの言葉。
刃を向けられながらもそう言えるのは、解っていないからか。
キュゥべえに刃を向けたまま、さやかが冷笑を浮かべて握る手に力を込める。
「キュゥべえ・・・・確かに願いをかなえて、この体になったのは私自身のせい。でもね、私はあんたの言うように魔法「少女」・・・・そうですかと言い切れるほど――――大人じゃないんだよ!!」
ゴォッっ!!と、刃が空気を裂いてキュゥべえに迫る。
恐らくそれは額から侵入し、その白い体を引き裂くのだろう。
だが
「希望で魔法少女が生まれるなら、絶望したら何になるのか聞きたくはないのかい?」
「!?」
ビタッ、と
さやかの身体が固まる。
「・・・そ、それは―――――」
「君もわかっているはずだよね?あれだけの情報が与えられているんだ。君だってうすうす感じているはずさ」
「や、やめて――――私は・・・みんなを・・・」
「真実から目を逸らすのはやめにしないかい?君たちも言っていたじゃないか。隠し事はいけないってさ。だから、ちゃんということにするよ」
「皆を助けて・・・救い出して・・・・」
「魔法少女のソウルジェムが完全に濁れば、それがグリーフシードとなって魔女を生む。あの病院には巴マミがいた」
「ヤメロォ!!!」
翼刀の声が、公園に響く。
刃が飛来し、キュゥべえに迫る。
だが、それよりも早く、キュゥべえの声がさやかの鼓膜に届いた。
「さあ、その偉大な先輩だった魔女を倒したように、僕をその剣で突き殺せばいいさ!!」
「あぁぁあぁぁアアアアアアアアアアアアアア!!」
ドォッッッ!!!
キュゥべえの身体が刃に潰され、同時にさやかのソウルジェムが一瞬で黒い輝きを放つ。
周囲の大気をぐちゃぐちゃに掻き混ぜ、その余波で映司と杏子が吹き飛んだ。
風はまどかへと迫るも、ほむらが木の陰に連れて行って避難させる。
「ほ、ほむらちゃん・・・・さやかちゃんは!?」
「もう・・・だめ・・・・」
「え・・・・」
「美樹さやかは・・・・・魔女になってしまったわ・・・・!!!」
『ォォォオオオオオがぁぁアアアアアアアああああああああッッッ――――――!!!』
魔女たる姿は、オクタヴィア。
その特性は拒絶。
見滝原で、また一人の少女が絶望に堕ちた。
to be continued
後書き
タイトルを裏切るまさかの展開。
魔法少女さやか☆魔女化
蒔風
「うまいこと言ってんじゃねーよ!!」
あーあ、こんな状況で、どうすればみんなを救えるんだー(棒)
以前、映司がグリードになれたのは、メダルに選ばれて体内に取り込んでいたから。
一回なれたなら、変身しだいでまたなれるんじゃないかなぁ・・・と思って変身させました。
というか、させないと説得できない。
まあ今の映司がなったところでプトティラ以下の出力で、しかも反動はそれ以上。
やりすぎるとまたグリード化してしまいますけどね!!
それでも身を張って説得するなんて、映司らしいじゃないですか。
アンクには「バカかお前」と言われそうですが。
こうしてみると一晩のうちにいろんなことがあるもんですね・・・・
マミさんとさやかの魔女化で24時間たってないんですよ?
さて、どんどん減っていく仲間、明かされる真実。
ワルプルギスの夜に勝ってるのか!?
さやか
「次回、さよなら、みんな」
ではまた次回
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