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トシサダ戦国浪漫奇譚

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第一章 天下統一編
  第二十一話 宴会2

 翌日、他の武将達は付け城の建設の準備をはじめていた。
 忙しなく働く他家の兵士達を横目に俺の軍では酒盛りがはじまった。既に日は中天に昇っている。遠目には織田木瓜の旗が忙しなく動いているのが見える。織田信雄・蒲生氏郷・細川忠興の三人も陣払いの準備に精を出しているようだ。
 この場には昨日の内に誘った与力達、郡宗保・石川頼明・野々村吉保、がいる。彼らは二つ返事で参加を申し出てきた。郡宗保・野々村吉保の二人は俺の右隣の方に並んで座っている。石川頼明は酒盛りの場に馴染んで俺の家臣達と酒と会話を楽しんでいるようだった。
 俺は陣所の縁側に腰をかけていた。
 日差しが熱い。
 俺の左背後には柳生宗章、左側に側室の夏、右側に侍女の雪がいる。今の俺は両手に花の状態だ。雪には俺の演技に付き合ってもらっている。彼女はそれ以来妙になれなれしい。彼女の体温が届く位の直ぐ横にいる。良い臭いと着物越しだが柔らかい感触が俺の肌に伝わってくる。俺が雪を見ると、優しく微笑んでくる。俺は愛想笑いを返し夏に視線を向けると空いた杯へ酒を注いでくれた。
 夏は緊張しているのか動きが硬い。だが、彼女を見ていると安心する。雪の対応は語るまでもなく玄人だ。まるっきり正反対だなと思いつつ、柳生宗章に視線を向ける。彼は俺の斜め背後に座して微動だにしない。彼を見ていると「ザ・サムライ」という単語が頭に思い浮かんだが言葉にすることしなかった。口は災いの元だからだ。
 しかし、女性が陣所に居てくれてよかったと思う。
 野郎に酒を注いでもらうより女性にお酌してもらった方が嬉しい。
 酒が格段と美味くなる。
 俺は自分の手に持つ酒杯に注がれている酒に視線を落とすと、そのまま酒を一気にあおった。
 胃に酒が染みわたる。子供の身体に酒はやはり毒だなと思った。でも、今日は家臣達と酒盛りを楽しまないといけない。俺だけ白湯じゃ不粋だ。
 俺は立ち上がり家臣達に向けて声をかえた。

「皆の者、今日は大いに飲んでくれ! 二日後には城攻めを行う。その前祝いだ。盛大に飲んで楽しんで欲しい」

 俺が大きなで家臣達に声をかけると、家臣達の陽気な返事があった。家臣達は思い思いに酒を飲み既に出来上がっていた。周囲には酒樽が不規則に配置され、椀や手酌で酒を飲む者、陣笠に注いで飲んでいる強者までいた。みんな楽しんでいるようだった。
 家老達も家臣達に混ざり酒を飲んでいた。

「五郎右衛門、酒を飲まないのか」
「役目の最中に酒は飲みません」
「普段から飲んでいないと思うが」
「酒を飲まずとも困りません」

 柳生宗章は無味乾燥な受け答えをしてきた。何時ものことだから気にしなかった。

「殿! お聞きしたいことがございます!」

 俺が声の主に視線をやると、十河存英が立っていた。一目で酔っぱらていることが分かる。

「存英、無礼講だ。許す」

 俺が許可を出すと十河存英は地べたに腰を下ろした。どんな話をはじめるか俺は興味があった。だいたい予想はついている。城攻めのことだろう。

「本当に。本当に二日後に城攻めを行うのですね?」

 十河存英はろれつが少し回らない口調で俺に聞いてきた。普段の不満が酒の力で噴き出したのだろう。総大将の織田信雄が罷免され、付け城作りを命じられている以上、勝手に城攻めを続行することはできない。城攻めに参加したいならば俺に采配に従う以外にない。

「本当だ。二日後に城攻めをはじめる」
「何故今なのです! もっと早く城攻めに掛かれば既に落ちていたかもしれないではありませんか!」
「俺の兵はたった五百足らずだ。その兵の数で影響があるとは思わない」
「では、二日後に城攻めをしても結果は同じではありませんか!」

 十河存英は怒鳴った。この主張は的を得ている。だが、全軍を指揮していたのは織田信雄だ。だから、十河存英の言い分は正しいとは限らない。有能と行かなくても凡将であれば大軍を有効活用することはできたはずだ。そうしていれば今頃韮山城は既に落ちていたはずだ。

「普通にやっては城は落とせない。だが、織田内大臣様が居ないだけで城攻めをやりやすくなる。そうは思わないか?」

 俺は口元に笑みを浮かべ十河存英へ聞き返した。

「それは。そうでございますね」

 十河存英は納得したように頷いた。俺の陪臣にまで侮られる織田信雄の采配は問題ありすぎだろ。十河存英は積極的な城攻め派だった。だから、織田信雄の無謀な力攻めを目の当たりにしていたのだろう。俺の指摘にすんなり納得するあたり、織田信雄の指揮は相当酷かったに違いない。

「後は神風を待つだけだ」

 俺はおどけた態度で十河存英に答えた。

「神風でございますか?」

 十河存英は最初の剣幕は収まりきょとんとした目で俺のことを見ていた。

「そう。神風だ」
「それは運頼みということか? 相模守」

 俺と十河存英が会話をしていると誰かが俺に声をかけてきた。その声の主の姿を見て俺はげんなりした。蒲生氏郷だ。事前の連絡無しで俺の陣所にやってくるのは失礼だろう。俺の方が小身だから無礼を働かれても文句を言えない。

「これはこれは蒲生様。このような汚い場所に何用でしょうか?」

 俺は直ぐに表情を整え営業スマイルを蒲生氏郷に送った。

「相模守、そう邪険にするな。お前と小田原に向かう前に一度話しておきたいと思っただけだ」

 蒲生氏郷は俺の露骨に嫌な表情をした瞬間を見逃さず、意味深な笑みを俺に返した。

「ところで本当に神風を待っているのか?」

 蒲生氏郷はもう一度俺に聞き直してきた。

「蒲生様、もちろん私は神風を待っています。神風というのは起こる時期というのがあります。鎌倉に幕府があった頃に大陸の勢力が日の本に二度攻めてきたことがありました。ですが二度とも神風が都合よく吹き敵を打ち払ってくれたではありませんか」
「都合よく神風が吹くものか?」

 蒲生氏郷はおかしそうに笑っていた。俺の言うことを鵜呑みにしていないようだ。だが、蒲生氏郷の表情は笑っているが目が笑っていない。

「吹きます。私が吹かしてみせます。夏、悪いが蒲生様に場所を譲ってくれないか?」

 俺は夏に声かけして左側の場所を空けてくれるように頼んだ。

「気を遣わなくていい。長居をするつもりはない」

 蒲生氏郷はそう言い夏が座る場所の向こう側に腰を掛けた。近くで彼を見ると彼の身長の高さを実感した。俺は見上げるように蒲生氏郷のことを見た。彼の顔をまざまざと見て最初に思った一言は「若い頃は美男子だったんだろうな」だった。何か自分と比べると劣等感を感じてしまう。俺の容姿は凡人なだけに。私の父は木下家定だからな。美男子として生まれることは諦める以外にない。
 俺が視線を十河存英に向けると、彼は大物登場で小さくなっていた。蒲生家は名門とまで言わなくても、近江の豪族で六角氏の重臣の家柄だからな。それに今は伊勢に十二万石の領地を与えれている。十万石を超えれば名実ともに大名だ。それなのに何で俺のところに態々足を運んできたんだろうか。織田信雄の意を汲んで俺を探りに来たのだろうか。それは無さそうだな。織田信雄がそんな回りくどいことするような気がしない。

「相模守、一杯もらえるか?」

 俺が考えていると蒲生氏郷が俺に声をかけてきた。

「かしこまりました」

 夏が後ろの方に下がる。俺は自分の酒杯の口を指で拭き、蒲生氏郷に渡した。俺は夏から酒の入った瓶子を受け取ると蒲生氏郷が手に持つ酒杯に酒を注いだ。蒲生氏郷は酒杯を一気にあおった。

「美味い!」

 蒲生氏郷は叫び声を上げると、俺の家臣達の様子を見ていた。俺の家臣達の中には腹芸をしたり、歌い出す者まで現れていた。本当に楽しんでいるようだ。今は十分に鋭気を養ってくれ。二日後には激しい戦いになる。俺は一瞬だけ真剣な表情で家臣達のことを観た。

「皆楽しんでいるようだな」

 蒲生氏郷は感慨深そうに俺の家臣達のことを見ていた。

「そうですね。皆、不満を抱えていたでしょうから。良い気分転換になるでしょう」

 俺は笑顔で蒲生氏郷に言った。蒲生氏郷は「そうだな」と呟くと俺の方を向いた。

「相模守、返杯しよう」

 蒲生氏郷は酒杯の口を指で拭き俺に手渡した。俺は彼に勧められるまま酒杯を受け取り、彼に酒を注いでもらった。
 蒲生氏郷はどうして俺の陣所まで足を運んできたんだ。ただ酒を飲みに来た訳じゃないだろう。理由が全く分からない。

「頂戴します」

 俺は蒲生氏郷に頭を少し下げ、酒杯の酒を一気にあおった。蒲生氏郷は「よい飲みっぷりだ」と笑い俺の肩を力強く叩いてきた。蒲生氏郷のなれなれしさに違和感を覚えた。こう言う風に酒を酌み交わす仲では無いと思うんだが。

「相模守、歳は幾つだ?」

 蒲生氏郷は唐突に俺の歳を聞いてきた。俺は素直に答えることにした。ここで妙に意地を張っても意味がないしな。

「十二です」
「十二か」

 蒲生氏郷は俺の返答を噛みしめるように反芻した。

「相模守、問うまでもないが年上の女は気にならないか?」

 蒲生氏郷は雪に視線を一瞬向けた。彼の脈絡のない問いかけに俺は要領を得ず言葉につまった。

「他意はない。気になるかどうか聞いているだけだ」

 蒲生氏郷は俺が彼のことを不信に思っていると思ったようだ。言葉を額面通りに取ることはできない。だが、俺には考えがつかない。

「女子の歳は気にしていません。私が好んだ女子なら歳など気にする必要はないです」

 俺の返答に蒲生氏郷は「そうか」と口元に笑みを浮かべると騒ぐ俺の家臣達に視線を向けた。そして、蒲生氏郷は愉快そうに俺の家臣達の姿を見ていた。

「相模守、お前には許嫁はいるのか?」
「許嫁ですか?」

 俺は蒲生氏郷の更なる質問に質問で聞き返した。ここにきて蒲生氏郷の意図が見えたきがした。
 蒲生氏郷は俺に縁談話を持ちかけようしているような気がする。

「どうなのだ?」

 蒲生氏郷は俺に視線を戻すと返事を求めてきた。

「許嫁はいません」
「そうか。そうか」

 俺は蒲生氏郷の反応に確信を得てしまった。俺は家臣達と酒を飲み出来上がっている家老達に視線で助け船を求めた。だが、彼らは俺の視線に気づくと「楽しんでおりますぞ!」と大笑いしながら俺の期待とは裏腹な対応を返してきた。

「相模守、今日はこれで失礼させてもらう。酒を馳走になった。次は私が酒に誘わせてもらおう」

 蒲生氏郷は俺に一方的に言うと会話を打ち切り去ろうとした。彼が俺の陣所に訪ねた理由は俺に縁談をもちかけることができるか確認しにきたからに違いない。縁談を勝手に進められたら凄く困る。その縁談相手が誰かも分からない。だが、彼の口振りでは縁談相手の女性は俺より年上に違いない。

「蒲生様、もっとごゆるりとされてはいかがですか? 折角の機会ですし」

 俺は蒲生氏郷に考えを改めさせるため、彼を長居させようとした。

「折角の誘いだが、小田原へ向かう準備が未だできていない。明日には出立するつもりなのだ。悪いな。この埋め合わせはきっとする」

 蒲生氏郷はきっぱりと俺の誘いと断った。無理矢理に余所の酒盛りに乱入してきた人物と思えなかった。
 いや、縁談話を俺に持ちかけるかの判断をするために俺の陣所にやってくるのが訪問理由だったに違いない。そこで俺は昨夜に藤林正保の言葉を思い出した。面倒そうな人物に見込まれたようだ。大名が他家の者に縁談話を持ちかけるということは自家と他家の結びつきを強めることが目的なはずだ。それに蒲生氏郷とまるっきり縁のない女性を俺の縁談相手にしようとするわけがない。間違いなく蒲生氏郷の縁者になる。
 俺はまだ十二歳だぞ。勝手に縁談相手を決められては困る。このまま蒲生氏郷に秀吉へ俺の縁談の話を相談されても困る。だが、俺の不安を余所に蒲生氏郷が風を切るように颯爽と立ち去って行った。俺は彼の後ろ姿をなす術もなく見送るしかなかった。
 俺は途端に脱力してしまった。

「終わった。全てが終わった」
「殿、どうされたのです?」

 脱力する俺に夏が声をかけてきた。俺は夏の声を無視した。
 どうすればいい。蒲生氏郷の動きを止めることは俺にできない。
 だが、見過ごすしかできない。

「殿、大丈夫ですか?」

 夏が俺を心配そうように声をかけてきた。

「夏、大丈夫だ。酒を飲み過ぎたようだ」
「では、奥で身体を休まれますか?」
「それには及ばない。水を持ってきてくれないか?」

 俺が夏に頼むと彼女は俺の小姓に水を持ってくるように指示してくれた。俺は視線を家臣達に向けつつ、この状況をいかに脱するか考えていた。
 蒲生氏郷の縁者を俺の正室に迎えることができれば俺の政治的影響力は比較的に上がってくる。悪い話じゃないんだろう。だが、面倒事も抱えてしまう気がしてならない。良家の娘をもらっても変に気を遣わなけばいけない相手はお断りだ。結婚後も蒲生氏郷の顔色を窺わなくちゃいけなくなるかもしれない。気が休まらない日々が待っていそうだ。
 気分が鬱になる。酔いが一気に醒めてしまった。

「殿、水をお持ちしました」

 夏が俺に水を持ってきてくれた。木の椀に水が注がれていた。俺は椀を受け取ると水を口に含んだ。
 生ぬるい水だ。今の俺の気持ちそのものだ。
 まずは城攻めに集中することにする。城攻めに失敗すれば俺は破滅だ。
 縁談話を潰すのはその後だ。
 手はある。
 蒲生氏郷の先手を打つため、俺の正室候補を探し出すしかない。それも蒲生氏郷も引き下がるえない人物になってくる。そんな人物は早々いるとは思えない。秀吉が納得する人物でれば、蒲生氏郷が縁談の相手を連れてきても潰せる。秀吉は良い意味でも悪い意味でも独裁者だ。秀吉が俺と蒲生家の縁談を望めば俺の思惑は水泡に帰すことになる。 
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