| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

最低で最高なクズ

作者:偏食者X
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ウィザード・トーナメント編 前編
  運命はコーヒーの味?

目が覚めた。時刻は午前4時。今から2度寝をするのも悪くないがこんな時間に起きたのも何かの縁だろう。折角だから散歩に出るとするか。


まだほんのり寒い5月の早朝。少し薄めの上着を着て外に出る。まだ夜が抜け切っていない紺色の空。明かりになるのは街灯と朝早くから支度を始める家の僅かに漏れる光くらいだ。


時間が経つに連れてこの紺色に薄い朱色の陽の明かりが混ざり出し、心地良いグラデーションを見せたあとに少しずつ朱色が濃くなり橙色に変化していく。


だが俺は少し不思議に思うことがある。なんで日が昇る時には空は赤くなっていくのに、日の昇り切った昼間の空は太陽以外すべて青く見えるのだろうかと。


まだ体がちゃんと目覚めていない。今なら普通のトレーニングでも少し体力の消費を抑えられそうだ。体が目覚めた状態だと逆に疲れやすくなってしまう。仕組みは分からないがとにかく走りたくなった。


俺の地元は都市部から離れていて、山や川の自然に包まれている。空気も澄んでるし、何より空が広く感じる。虫が多いことを除けば最高の環境だと言っても過言じゃない。


「はぁ.....はぁ......ん?」


俺の目に一店のカフェが留まる。まだ家を出てから30分も経っていないが、こんな時間帯に開いているカフェなんて今まで見たこともなかった。俺はその店の妙な空気に惹かれてイヤホンを外してカフェに近寄る。


そこは妙にレトロな雰囲気を(かも)し出していて、極めつけには音楽用のジュークボックスが置いてあった。店内は若干暗めになっていて、木面のインテリアと相まってより一層カフェらしさを引き立てている。


そこに一人のロングコートを着た青年とおじさんくらいの年齢のマスターがコーヒーを(たしな)みながら会話を楽しんでいた。俺はその青年に変な親近感を持つ。


過去に出会ったことは全く無いのだが、どこか赤の他人な気がしなかった。俺はそのまま吸い込まれるように店のドアをくぐる。


「おや?こんな時間にお客様がいらっしゃるとは。お客様も夜が恋しくなったのですか?」

「いやっ.....俺は...。」

「マスター。彼にコーヒーを1杯。お代は僕が払うことにしよう。僕はコーヒー好きに悪い人はいないと思っているからね。それでは僕はこの後少し仕事があるからここで御暇(おいとま)させてもらうよ。」


青年はそう言ってコーヒーを呑み終えると、二人分のコーヒー代を置いてカフェを去って行った。何とも気さくな青年だった。マスターがジュークボックスのクラシックジャズを止めて、早朝に聴きたくなるような優しい音色のクラシックを流し始める。


「あの方も苦労人ですからねぇ。」


そう言ってマスターはコーヒーミルで豆をひき始める。カウンターの奥から一気に香ばしい香りが漂い始めた。俺は別段コーヒーが特別好きでもましてや嫌いでもない。提供されればありがたく呑むし、たまに呑みたいと思うことはザラにある。ただいつもそう思っているわけじゃない。


俺が一番好きなのは「ミルクティー」だ。とくにこれと言ったこだわりはないが少なくとも「ディンブラ」とか「ダージリン」とかの茶葉で淹れてくれる紅茶のほうが嬉しかったりする。


それ以外の茶葉だと個人的にミルクとマッチする感じがしない。前に違う茶葉で淹れたミルクティーを呑んで妙な違和感を感じたくらいだから多分、こだわりとは言わなくても少しのオーダーはあるんだと思う。


数分後にマスターが程よく体が温まりそうなコーヒーを出してくれる。コーヒーカップの模様と同じものが入った皿に、その上に乗せたコーヒーカップの横に角砂糖が2つ。そこに追加で小さなミルクポットがやって来る。


カップを取り口へ運んぶ。苦い。コーヒーらしい何とも被らない独特の苦味と風味。これらが静かに上品に俺に目覚めを告げる。意識の覚醒を促されているようだ。


次にミルクポットを取り、コーヒーに2回し、再びカップを取り口に運ぶ。先ほどの苦味の後にほんのりとまろやかな甘みが追い掛ける。ブラックでも呑めなくはないが俺はカフェオレのほうが呑みやすい。


最後に角砂糖を入れて軽く混ぜる。口に運ぶとダイレクトに甘さが伝わり、その後にコーヒーの風味が通り抜けていく。この後の風味が無ければ俺はコーヒーとは思えないくらい甘みが強い。


1杯のコーヒーで3段階に分けて楽しめるのだから、一杯が300円以上だとしても文句は言わない。今はさっきの青年の奢りもあって無料で楽しめている。


ふとマスターが話し出した。それは自分よりも圧倒的に人生の先駆者で有るが故の語り()としての優しさが見え隠れしていた。


「運命とはコーヒーの味のようだと私は思いますが、お客様はどうでしょうか?」

「運命はコーヒーの味?」

「はい。コーヒーは手間を掛ければ掛けるほど、上質な仕上がりになります。そこに至るまでの労力はただその至高の一杯のために尽くされるのです。人の運命というものも同じように、そこに至るまでにどれほど自分が自分に尽くすことができるか。その結末は自身が自身にどれほど手間を掛けたかに比例します....些か言葉数の少ないもので申し訳なく思いますが。」

「.................。」


「運命はコーヒーの味」そんなこと今まで考えたこともなかった。そう思うこと自体なかった。改めてどんなであれ、人生の先輩の話は聞いておいて損はないと感じられた。


コーヒーを呑み終えた俺は「ご馳走様でした。」とだけ言ってカフェを出た。まだ服からコーヒーのにおいがする。


外はすっかり陽が見え、光と影をほんのり色分けていた。家を出た時よりは少し暖かさも増している。俺は大きく息を吐いて、軽く吸ってから家に向けて走り出す。


行きとは違うルートで帰ろうと別の道を走っているとトレーニングで軽くランニングをする紗友里を見つける。流石に水をさすのはご法度だと理解しているから、敢えて感付かれないようにそこを通り過ぎた。


家に帰ると5時半くらいになっていた。朝食を手早く済ませて、学校に行く準備をするために制服に腕を通す。一通り着終え、荷物を持って家を出ようとした時に、まだ紗友里が帰って来ていないことに気づいて不思議に思う。


「アイツ学校に遅れるぞ?」

「あら?誠。アナタ制服なんか着て用事でもあるの?」


母が俺に聞いた。俺はその質問の意味が分からなくて、ひとまず「行って来ます」とだけ言って家を出た。いつも通り電車に乗り、マーリン学園を目指す。そして校門に辿り着いた時に俺は質問の意味を理解した。


(今日は土曜日だ。)

「................やっちまった。」


俺は部活に所属している訳でもないため、土日に学校にやってくる意味は一切ない。完全にマスターの一言に妙なやる気をつけられて瞬間的にそれが空回りした。


俺は赤面する顔を押さえながら、引き返す気にもなれず仕方なく学園に入った。すると妙な詠唱をする声が聞こえる。その後に落雷のような音がしたため、俺はそれが誰なのかすぐに分かった。


「休みの日に自主トレなんて感心するなイザベル。」

「ほぅ。ソナタも何の用事もなく来たわけではないのだろう?さては私と同じように己を磨きに来たのだな。」

(いや、シンプルに曜日を間違えただけで......。)

「あははっ.....そうなんだよ。いやー俺は超弱いからお前を少しでも勝ちやすくさせる為には自主トレして少しでも強くなるしか無くてさ。」

「隠さずとも良い。ソナタは曜日を間違えて来てしまったのだろう?休日にここに鍛錬に来る生徒なのであれば、私はきっと面識があったはずだからな。」

「どうして分かる?」

「私がそうしているからだ。休日も欠かさずこの学園に来ては、魔法をより効率的に使えるように詠唱を考えたり、魔力コントロール能力の向上に努めている。」

(そもそも効率性を求めるなら詠唱は要らんでしょ?)


敢えて口には出さない。というより彼女の場合は口に出したところでおそらく無駄だろう。彼女が妙に凝り性なのはこの短い期間に観察しただけでも十分理解できた。


つまり、彼女を100%活かそうと思うのであればこちらが主導権を奪わずに、思うがままにさせるのがベストだということだ。故に俺の役目は彼女の欠点の穴埋め程度。それ以上はかえって彼女の能力を完璧には活かせない状態になってしまう。


「ところで誠兄よ。」

「え?」


突然の「誠兄」に動揺を隠せない。てっきり真希乃以外は呼ばないものだと解釈していたのに、イザベルはそうではなかった。しかも、真希乃なら良いとしてイザベルからの「誠兄」はなんだかギャップが凄過ぎてよく分らないが吹き出しそうになる。


「私に欠点があるならば教えてくれないか?次回までに参考にしたい。」


「詠唱」とすぐに言いそうになったのを口を硬く結んで堪えた後で口元に手を当て、うんと悩んでいるように見せ掛ける。そして、二つ目の欠点を見つけた。


「1発ごとの間隔をどうにかできるか?」


イザベルの雷魔法は当たれば相手を間違いなく撃破できる威力はあるだろうが、強大な威力に比例してか再装填には数分掛かる。10発も撃とうものなら俺が稼ぐ時間はトータルで20分をあっさり超える。


またイザベルの魔法の再装填を黙って見てる相手はいない。俺が2人を捌けなければイザベルは無防備だ。幸い肉弾戦の訓練なら教えられる。


「いっそのこと、イザベルが魔法を再装填しながら動けたりすれば俺もある程度楽になる。」


今のイザベルは強大な一撃を放つ反面、扱いは固定砲台に等しいものだった。そのイザベルが多少動けるようになり、少しくらいは相手の攻撃を回避できれば、俺の時間稼ぎが楽になる。


「いっそのこと、イザベルに肉弾戦を教えてやるよ。今のお前は固定砲台だ。アクティブに動けてその上でスムーズに魔法を使えれば良いはずだ。」

「ほう、それは心強い。感謝する。」
 
 

 
後書き
イザベルは根はすごく真面目な子です。
この中二病も愛すべき欠点として見ていただければありがたいと思っています。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧