ハピメア~Lucid dreaming~
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Dream,1 寝起きの修羅場
前書き
……これは、甘くて幸せな、終わりに向かう夢のお話
────昨晩の夢は最悪だった。
またいつもの部屋に通された俺は、俺が来る事を待ち望んでいたかのようにちょこんと椅子に座り、にまにまと微笑む妹────舞亜と会った。
そして、 またいつものように変な世界へ引き込まれた俺は、走って逃げて、追いかけられては隠れてを繰り返す夢を見させられて、身体ともに疲弊しきっていた。
眠っているのに疲れが取れないどころか、明晰夢の中で疲れるような夢を見る。当然起きれるはずもなく、目が覚めた時には太陽が沈み始める頃だった。
────さて。
確かに不可抗力とはいえ、学校や咲、高原さんやり蓮乃の家に連絡しなかった俺は、今日欠席した旨を伝える必要がある。
もしかすると、放課後を迎えた咲らが心配して様子を見に来るかもしれない。『明晰夢のせいで起きられなかった』なんて言い訳をした暁には、心配どころか『今日は泊まっていく』なんて言い出すという明晰夢よりも最悪な事態を招きかねない。
しかし、俺がこうした唐突な行動不能になるのは最早避けられぬ事実なので。この件に関してはたまにあること、としてみんなには対応してもらいたいと信じている。
とりあえずそんな事態を回避する為に、俺は枕元にある眼鏡をかけたい。
うん。
───さて、寝起きの頭が混雑していて妙な事を考え始めているような気がするが、それもいつもの事なので致し方ない。
というのも、この状況がさっぱり飲み込めないことが原因であった。いいや、この状況にデジャヴを感じているからだ。
「......」
「......」
寝ている俺の上、何故か鳥海有子がベッドに跨り、真正面からこちらを見下ろしていた。
「......言いたい事は色々あるんだけど」
「......うん、ボクもある」
「デジャヴを感じるな。そちらからどうぞ?」
「寝ぼけて最初『咲、どいてくれ邪魔』って言ったよね。まだそんな起こされ方をされてるのかな?」
「......誤解を招かずに言うなら、咲が勝手にやってる事です。俺はお願いしていない」
「つまり、否定はしないと」
「俺は止めろって言ってるんだよ?」
「言われて止めるような子じゃないのは知ってるけど、"彼女であるボク"を差し置いて?」
「......」
時折、思う事がある。鳥海の俺に対する独占欲の強さは、もしかすると咲とか有栖よりも強いんじゃないのか、と。
咲はともかく、有栖は鳥海で、鳥海は有栖だ、と前から言い続けている。有栖を好きになってから感じる有栖の嫉妬深さを、今度は有子から感じる昨今。神経を擦り切らしながら2人の彼女と向き合っていると、いずれ俺の限界が来るのではないのか、と。
「ボクが言いたい事はまだあるけど、次は透君の聞きたい事を聞こうか」
「......鳥海1人か?咲とか、平坂は?」
「学校だよ。ボク、今日は欠席して朝からずっとこの部屋にいたんだけど」
「は?あぁ、いや......は?」
一瞬、聞きそびれかけた爆弾発言。
ということは朝からの数時間、俺の部屋で何をしていたのだろうか。放課後になって俺の部屋にやって来るならまだ理解できる。
しかし、学校をサボってまでここにいていい訳なんてないし、そもそも鳥海は出席率が低いから行かなきゃダメだろう、という言い訳さえ瞬時に浮かぶ。
そもそも、鳥海はどうやって俺の部屋に侵入してきたのか疑問に残る。また、前みたいに咲から鍵を借りたのだとしたら、それはいつの話なのか。
「ボクが学校行くのは、あくまでキミがいるからで、そのキミがいないのにどうして学校行かなきゃいけないんだい?」
「俺がいるいない関係なく、学校は行きなさい。それと、どうやってうちの中に入ってきたんだ」
「やだ。絶対いかない。鍵は咲ちゃんから新しく作ってもらった......ほら、新しい"合い鍵"さ」
そうして、おニューの錆一つ無い俺の部屋の鍵を自慢げに見せびらかす鳥海を前に、大きくため息をつく。
そりゃあ、俺の住むマンションの所有者は"蓮乃警備保障会社"の1つだ。その社長の娘の咲に一言言えば、合い鍵なんてあっという間に作れる。
それをこんな風に利用して、俺の部屋に侵入してきた鳥海は、悪気なんて全くなさそうな目で、真っ直ぐ俺に見てくる。
「具合、悪いのかい?」
「ちょっと、ね。明晰夢とこの状況で頭を抱えたくなった」
「......ボクが彼氏である透君を起こしに来てはいけなかったかい?」
「そういうわけじゃないんだ、そういうわけじゃ」
まさか、鳥海が悪さするとは思えない。
......いや、この状況こそ十分に困り果てることではあるんだけども。
「それで、見舞いに来てなんで俺のベッドの上に乗ってるんですかね?前と同じ状況なんだが」
「......透君の寝顔が見たかったのと、匂いを嗅ぎたかったんだ」
「......その結果、若い男の部屋に上がり込んでベッドの上に乗って見たり嗅いだりしてたのか」
恥ずかしげに頬染めるなら最初から言うなよ、という言葉は胸の中に置いといて、足元で四つん這いになって俺を見上げる鳥海を問い詰める。
咲見たいに下腹部に直接乗って、焦らしてくる訳じゃないけど、年頃の女子高生として避けるべき体勢なのは言うまでもない。
しかも、鳥海とは夢の中で何度も事を致している以上、その光景がフラッシュバックしてくるので、本当に避けて欲しい。
「とりあえず、いいからどいてくれ。このままじゃ動けない」
「これは、咲ちゃんと同じ扱いをされているのかな?」
「当たり前だ。咲といい、鳥海といい、どうして俺の周りの女の子たちは男に対して恐れがないんだろうな」
「それは透君がヘタレだからじゃない」
「......」
「それに、ボクはキミの──か、彼女なのに咲ちゃんと同じ扱いなんだい?」
「......いいからどいてくださいお願いします」
「話逸らさないでくれるかな」
話を逸らして、目も逸らす俺は正真正銘で自他ともに認めるヘタレだ。
そんな俺でも、鳥海の手が震えているのはわかる。そして顔を真っ赤に染めて俺の瞳を覗き込んでいることも。
「......好き、なんだよぅ。これくらいキミに近づいたってもいいじゃないか」
「......」
それを言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
ベッドの上、涙目赤面で俺を見上げてくるその姿にグッとくるものが無いとは言わないし、認めるしかない。
前にも思っていたが、鳥海の見た目や声、性格、体諸々含めて好みなので、当然どストライクなのだ────本人には直接言えずじまいだ。
しかし今は彼女となり、何度も夢の中で体を重ねている以上、男として何か、というのもある。
「......わかってる。悪かったよ」
「本当に?」
「あぁ......」
口を尖らせる鳥海を見ていると、湧き上がるものがある。しかし、鳥海の体調面を考えて、必死に我慢させる。
「じゃあ......今ここでキス、して?」
「......わかった」
恥ずかしげに唇を突き出す鳥海に、俺はそっと重ねようとして────
────そんなまさかのタイミングで、部屋のドアノブが音を立てた。
咲か!?というか、チャイムも鳴らさずに鍵を開けようとするヤツなんて咲しかいない。鳥海を隠すにも間に合わない、というか隠してどうなる。こんな体勢で鳥海とキスしようなんて光景を見られた暁には───
「あ、大丈夫じゃないかな」
「何がだっ!?」
「ボク達は付き合ってるわけだし......まぁそのさ、夢の中でえっちもしてるわけだから。今さら慌てなくても大丈夫さ」
思わず無言で、にへらにへらと笑う鳥海の方を見てしまう。その間、なにかに戸惑っているのか、ガチャガチャとドアノブを壊すような勢いで音を立てている。
「ほら、透君きて......」
その一言はどういう意味なのか、そして咲は知っているのか。何がなんだかわからず、脳が混乱している中、遂にガチャりと扉が開く。
無視して俺に顔を寄せてくる鳥海をよそし、硬直する俺の前に現れたのは────
「センパイ......様子を見に来ましたけど大丈......ぶ......?」
ワンルーム。一人暮らしの部屋の割に広い、広いけどワンルーム。仕切りなし、隠せるものなし、玄関からベッドまで視界が開けている、俺の部屋。
ベッドで押し倒されているように見える俺と、四つん這いで覆いかぶさり、顔を近づけてくる制服姿の鳥海。
どこからどう見ても、事を致す前の放課後の景色にしか見えない。誰がどう見てもそう思うだろう、俺だってそう思う。
そして、現状を理解した平坂景子は、完全に動きを止めて軽蔑の眼差しを向けている。
「平坂───」
無駄と知りながらも、一応声をかける。
「あー......センパイはそうでしたね。そうやって数多の女性を虜にするのがお得意な方でしたね。お邪魔しました、後は若いもの同士乳繰りあってください」
「待て!待て!落ち着け!そう理解するのは本当にしょうがないけど、絶対勘違いだからな!!!」
「何が勘違いなんですか?センパイはセックス迫られると拒めない方じゃないですか。何を今更否定しようとしてるんです」
冷めた目で冷静に放ってくる言葉が胸に刺さる。
それに、迫られたからといって拒めない人間ではない。
そんな冷めた目付きの平坂の後ろから、息を切らして顔を見てる咲。いつものメンバーの殆どがここに集まった以上、何が起こるかなんて察してしまう。
「はぁ、はぁ......ひ、平坂さん歩くの早いです」
「ごめんなさい蓮乃さん。ですけど、あんな光景見せられて黙ってられるはずも無かったので......。鳥海センパイが来ないと聞いて嫌な予感はしてたんですけど......よもやこんなことになってるとは」
平坂の指差す方向には、俺が鳥海に押し倒されてると勘違いされてもおかしくない姿。ハンカチで汗を拭いて視線をその先に向けた咲は、いつものように、本当にいつものように眉間に皺を寄せて笑顔を作る。
見慣れたとはいえ、生命に危機を感じているのは慣れたくなかった。
「......兄さん?」
「は、はいぃっ!?」
「学校欠席して何があったのかと心配してたんですけど......そうですかー、鳥海先輩といやらしい事する為に、わざわざ学校を休んだわけですね?そうですか......そうですか」
咲の冷たい視線、怒気の含まれた言葉の節々が、重くのしかかる。俺と鳥海は正式な恋人同士、日の明るいうちから"行為を致す"というのは流石に気が引ける。が、お互い若い男女である故にこういう流れになってしまうのも致し方ない。
しかし、これはあくまで一般の男女間における言い訳。
俺らの間にはこれは通用しない。
──俺達には夢がある。
俺が見る明晰夢を通して、夢の中で意識と記憶を共有できるようになり、有栖との一件もあってから、俺達の進んできた夢の道は1本に繋がってしまっている。
つまりは、"誰かを愛し、愛された夢が融合している"という事だ。
「兄さんは、わたしより鳥海先輩を選んだからこうなるのも仕方ない、なんて言い訳はしないですよね?」
「お、落ち着け咲──」
「わたしの"恋人だった兄さん"、もうわたしの事は愛してないの?」
それを言うのはずるい。そして、こみ上げる感情は、確かに先を愛したという証の感情。
「だ、ダメだよ咲ちゃん!今はボクの彼氏なんだから!譲るわけにはいかないよ」
「ええ、わかってますとも。でも頭で理解はできても、心が兄さんに抱かれたいって、叫んでますから」
咲との記憶と思い出もある。その愛し合った感情は強くて、一度膨れ上がれば俺も抑えられる自信はない。でも、それでも今の俺は鳥海有子を愛している。
「......で、平坂はなにしてるんだ」
「何をって、決まってるじゃないですか。センパイと鳥海先輩のセックスに混ざろうとしてるだけですよ」
「勝手にズボン下ろそうとするなっ!」
咲に意識を向けすぎていたせいか、平坂が近づき、こっそりズボンを下ろそうとしているところを既のところで止める。
平坂が性に関して奔放な為に、こういう所は容赦ないのは知っていた。
「センパイに......愛して欲しいです」
その、平坂が見せる表情も、かつて俺が"愛した時"に見せた表情そのものだった。だからこそ、早くこの夢を終わらせる必要がある。
いつまでも、こんな関係でいいわけが無いのは誰よりも俺がよくわかってる。
────可能性と夢のカケラ
唐突に、"そういう夢"が始まる可能性も否定はできない。そして、気づくのはいつも通り、夢が終わってからの話なのだろう。
それは、もしも有り得たら幸せな話。
けれども、そうであってしまった場合に待ち構えてるのは確かな悪夢。
────その結末を、俺は......俺達は、知らない。
「み、みんなダメ!内藤君はボクのなんだから!絶対ダメだ!」
......まずはこの状況を打破しなければいけない。
後書き
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