北欧の鍛治術師 〜竜人の血〜
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聖者の右腕Ⅱ
まず視界いっぱいに映ったのはお花畑を流れる川の向こうで微笑みながら優しく手を振る知らないおばあちゃん。というかそんなもの見えたら大問題である。しかも知らないおばあちゃんというあたりがなんとも不思議である。前世の知り合いだろうか。
「あ、目が覚めましたか?」
声の主はおそらく少女だろう。寝たままの状態なので首を傾けてそちらを見る。おそらくキッチンなのかまな板と包丁が接触する音が規則的に聞こえる。
「今、ご飯作り終わりますから待っててくださいね」
「そりゃ、どうも」
そう言いつつむくりと起き上がると少女が驚いたように目を見開いた。
「え、日本語が分かるんですか⁉︎」
「人を見た目だけで判断してくれるな。問題なく喋れるし読み書きもできる」
「そういえばどこの国の方なんですか?日本人には見えませんけど」
「アルディギアだ。日本の血も多少入っているが」
アルディギアですか、と少女が言いかけたところで炊飯器が鳴り、米が炊けたらしいと察知した腹が鳴った。少しからかってみるか、と考えついてバタリと分厚く敷かれた段ボールの上に再度横たわった。少女は驚いたようにこちらに駆け寄り肩を揺する。その慌てようと表情から本気で心配しているのが見て取れて少しからかいすぎたかと思いしばらくして笑いながら起き上がる。
「安心しろ、ちょっとした悪戯だ」
「・・・怒りますよ?」
「おお、そりゃあ怖い」
「でも無事でよかったです。先輩の眷獣の暴走の余波を全身に浴びたんですから後遺症の心配もあって・・・」
「そうだ。そういやあいつは何なんだ?内側にあんな膨大な量の魔力を宿しているやつはそうそう見たことないが」
「えーと・・・本人を連れてた方が早いのでちょっと待っててください」
少女はギターケースだけを持つと慌ただしく部屋を出て行ってすぐに戻ってきた。
「この人があなたに魔力を直撃させた張本人の暁古城先輩です」
「姫柊⁉︎言い方をもう少し考えろよ!」
「だって事実ですから」
「あー、そのー、なんだ。すまんかった」
「問題ない。外傷は無かったみたいだからな。ただ・・・」
「ただ?」
「条件がある。お前の正体を教えろ」
古城と呼ばれた少年はうぐっ、と呻いて悩むような表情を浮かべた。
「言わないのならこっちから当てるぞ。お前は吸血鬼だろう?それも相当強力な部類だ。少なくとも旧き世代。長老、もしくはそれ以上。これが俺の見解だが?」
古城と雪菜はこうも易々と正体を見破られたことに脳が追いつかなかったようでしばらくき惚けていた。
「すごいです・・・先輩の正体をそんなに簡単に見破るなんて」
「まずお前さん」
アインは雪菜を指差して言った。
「は、はい」
「お前はさっき眷獣、と言っただろう。あれだけで吸血鬼である事が推測できる。そしてあの破壊力は並みのものではない。実体化もせずあれだけのパワーが出るのはどう考えても普通の吸血鬼、で済ますには無理がありすぎる」
「・・・ほぼあってます。この吸血鬼は第四真祖です。私は日本の機関から送りこまれた先輩の監視役で姫柊雪菜といいます」
「お、おい姫柊⁉︎いいのか?」
「構いません。そのうち看破されることでしょうから」
「さて、俺も自己紹介をしていなかったな。アルディギア宮廷鍛治術師アイン・フィリーリアス。本国ではアインだとか呼ばれてる。フルネームは長ったらしいので嫌いだが言っておく。アインザック・スミス・フィリーリアス・カタヤだ。スミスは鍛治師を意味する。フィリーリアスは故あって名乗ってる。カタヤは俺の義父母の姓を貰った」
実はアインは宮廷で身分を偽造したのだが念には念をという事でユスティナ・カタヤ要撃騎士の両親に養子として引き取ってもらったのだ。なのでユスティナとは義姉弟ということになる。しかし本人がこの長ったらしい名前を嫌ったのでラ・フォリアが「じゃあ、こうしましょう」的なノリで現在の短い感じに収まったのだ。
「アルディギア⁉︎なんで北欧の国の人間が日本にいるんだよ?しかもお前、あの時、空から降ってこなかったか?」
「それについておいおい説明するとして・・・姫柊雪菜。ニュースをつけてみろ」
「ニュースですか?いいですけど」
雪菜が先日古城とのショッピングで購入したテレビのリモコンを操作してニュースのチャンネルに変える。流れてきたニュースに衝撃を受けた。『IS男性操縦者行方不明⁉︎』などと物々しい見出しにキャスターが「アルディギアで発見されたISの男性操縦者アインザック・スミス・フィリーリアス・カタヤさんが来日する途中で消息を絶ち、現在関係者による必死の捜索が・・・」と淡々と読み上げているだけなのに二人して開いた口が塞がらない。目の前の飄々とした人物がISの男性操縦者で現在行方不明の重要人物と聞かされては無理もないが。
「俺が空から降ってきたのは不幸な事故だ。決して足を滑らせたとかではない。決してだ。そして空腹がそろそろ限界だ」
「そ・・・そうですね!ご飯にしましょう!先輩も一緒にどうですか?」
「あ、ああ、俺は凪沙が用意してくれてたっぽいしあっちで食うよ」
「そうですか、じゃあまた後で。アインさんは私達が学校に行ってる間どうしますか?」
「変装でもして大人しく観光でもしておく。そういや、昨日の法衣みたいなのを着た巨漢はなんだったんだ?」
「ロタンリギアの宣教師・・・らしいですが祓魔師としての心得もあったみたいですから只者ではないと思います。大きな目的があるとも言っていました」
「じゃあそいつについて何か分かったら俺の携帯に連絡してくれ・・・チッ、昨日の電撃でショートしてやがる。恨むぞ、暁古城」
「う、す、すまん」
「冗談だ。式神か符を1つ持たせてくれればそれでいい」
「分かりました。じゃあ、これを。伝令用の式神です」
「確かに借り受けた。それと飯をくれ。流石に限界だ」
アインがそう言ったのと同時に雪菜の腹の虫が空腹を訴えるように鳴った。雪菜は羞恥に顔を赤らめながら足早にキッチンへ支度をしに行った。
「じゃあ、俺は戻るよ。姫柊もまた後でな」
「はい。では後で」
「暁古城。お前は自身の眷獣は掌握できているのか?」
「出来てねェよ。俺が第四真祖になったのはついこの間だからな。昨日の暴走も俺の身の危険を察知した眷獣が自己防衛みたいに働いたんだ」
「そうか」
「なんだよ?」
「いや、早いとこ伴侶を決めておけと言おうと思ったんだ」
「伴侶?」
「そう。血の伴侶だ。分かりやすく言うと血の花嫁。お前の妻」
「は・・・?」
「何を驚いている?お前の血族を残すためには血の伴侶が必要だろう?なんにせよ、いずれ決めなければならない事だ。早いうちから考えておいて損はあるまい」
「いや、俺は血族とか興味無いし・・・」
「そんな事を言っていられるのもあと数百年ぐらいしかないぞ。真祖とは即ち不死の呪いを受けた者。その血族も不死とまでは無くとも相応の寿命を持っている者が大半だ。ごく一部の長老や貴族には退屈すぎて殺し合いを楽しむようになった戦闘狂いまでいる。そんなのになりたくなかったらまあ・・・話し相手だとか、自分の気を紛らわしてくれるような奴を少しでも多く手の届く範囲に置いておくのがベストだ」
「まぁ・・・それはその時が来たら改めて考えるよ。じゃあ、妹が待ってるから戻るわ」
「そうなのか、それは引き止めて悪かった」
古城が自宅に戻りしばらくすると雪菜がこれまたショッピングwith古城で購入した炊飯器で炊いた米と味噌汁をお盆に乗せて持って来た。
「アインさん、さっき先輩と何話してたんですか?」
「あいつの眷獣だとか将来についてだ」
「先輩の将来?」
「ん、血族とかの話だ。じゃ、いただきます。あいつは興味無いとか言ってたがこれからはそうもいかんだろうよ。少なくとも1人・・・いや、まだ言うのはやめておこう」
「?」
その後食事中は一切言葉を発しなかった2人は早々に食器を片付けて雪菜が日課である朝の雪霞狼の整備をしている間にアインは食器を洗って片付けた。登校時間になりマンションの廊下で再度古城と合流。その時、部活の朝練が無かった暁家の妹、暁凪沙も一緒に出て来ており、兄である古城に向かって延々と説教をしているようだった。
「あ、雪菜ちゃん今日のニュース見た?倉庫街の爆発事故もすごかったけどさ、何よりISの男性操縦者発見と失踪っていうのがやっぱり一番だよね。古城君はこんな一大事なのにあんまり気にしてな・・・」
珍しく、口達者である凪沙のおしゃべりが止まった。それもそのはず、さっきニュースで見た失踪したはずな男性操縦者がクラスメイトの住んでいる隣の部屋から大きく欠伸をしながら出て来たのだから。
「ん?」
欠伸を終えたアインは眠そうな目で凪沙を見る。次の瞬間にはその力無い目も驚愕で見開かれた。
「古城君古城君!見て見て!あの人だよ!でもなんで雪菜ちゃんの部屋から出て来たの?ていうか古城君がさっき雪菜ちゃんの部屋に行ってたのってこれ⁉︎なんで教えてくれなかったの、古城君?」
「おい暁古城。どういう事だ」
「すまん、うちの妹だ。おい凪沙、そろそろやめとけ」
そう言って慣れた手つきで凪沙の後頭部を軽くチョップする。
「痛いよ古城君!何するのさ!」
「こいつが驚いてるだろうが」
「こいつ扱いってどういう事⁉︎世にも珍しいISの男性そーーむぐっ⁉︎」
凪沙が男性操縦者、と言おうとしたところでアインが凪沙の前に出て左手で凪沙の口を塞ぎ、右手の人差し指を伸ばして自分の口の前に持ってくる。俗に言う『静かに』を表したサインだった。アインは凪沙に「OK?」と問う。その意図を理解した凪沙は首を縦に振る。アインは凪沙の口を塞いでいた手を離す。
「これからは女権に付け狙われるだろうからあまり大声で公表したくはない」
女性権利保護団体。略して女権。保護といえば聞こえはいいが実際は多くの政治家や富豪を取り込み社会へ女性の権利拡大を訴える団体である。
「女権だぁ?」
「俺はISという女の特権を揺るがしかねない爆弾だぞ?俺から得られたデータで男がISを操れるようになる可能性がある。自らの特権を守りたい奴らがそんな危険な爆弾を処理する。当然のことだろう?」
「意外にサッパリ受け止めてるんだね」
「世の摂理だからな」
「うわぁ〜・・・」
「なんだ」
「冷めてる」
「言うな」
「凪沙ちゃんは物怖じしないと言うかフレンドリーと言うか・・・」
「凪沙のマシンガントークは初対面だろうが顔見知りだろうが見境なく平等に標的認定されるからな。あいつには悪いが先に降りとこう」
「なっ暁古城貴様!俺を見殺しにする気か!そうはさせんぞ!せめて道連れにいぃぃ・・・!」
「亡者じゃねぇんだからせめてもう少し人っぽい声を出せ!」
そろりそろりと逃げようとした古城のパーカーのフードをがっしり掴んで血走った目でこちらを見る様は本当に亡者っぽい。
「フハハハハハ‼︎捕まえたぞ!これで貴様の遅刻と死はは確定した!」
「演技でも無ェこと叫ぶんじゃねぇよ!あと離せ!」
「この私が離すとでも思ったか⁉︎甘いわァ‼︎」
「アインさん!キャラ崩壊が激しいです!」
〜十分後〜
「すまない、取り乱した」
「あれを取り乱したで片付けるお前の胆力に驚くわ・・・」
現在地、マンション前。古城たちが住んでいるマンションの最寄駅に向かうためになんとかエレベーターで降りてロビーを出たところまで来ていた。
「さて、古城以下二人よ」
「なんだその呼び方」
「悠長に話しているが学校には間に合うのか?」
「へ?・・・って姫柊、まずい!あと10分だ!」
「えっ⁉︎もうそんなに時間経ってたんですか⁉︎」
「10分って駅から全力疾走でなんとか学校に間に合う時間だよ⁉︎」
「まあそんなに慌てるな。精々10分だろう」
「その10分で少なくとも俺は那月ちゃんに殺されるんだよ!」
「だから慌てるなと言っているだろう。なに、こうなったのも俺が原因だ。代わりにと言ってはなんだが、俺が学校まで連れて行ってやろう」
「はぁ?場所わかんの?」
「方角と直線距離さえ分かれば問題ない」
「なんで直線距離なの?」
「いいから教えろ」
「えっとー、姫柊?」
「方角は北東です。距離は・・・大体5kmです」
「了解。じゃあ3人はどうにかして俺に掴まれ」
「へ?」
「いいから。遅刻したいのか?」
結局、古城は肩に抱えられるように持ち上げられ、雪菜は負ぶられ、凪沙は古城とは逆側で脇に抱えられるように掴まることになった。
「よし、準備はいいな?俺がいいと言うまで目を閉じて耳を塞いでるんだ。さもなくば五感の誰かと永遠にバイバイすることになる」
「怖いこと言うなよ・・・」
「よし・・・じゃあ行くぞ」
ゴクリ、と唾を飲む三人と南西に向かって歩き距離を取るアイン。
「目標地点方角北東、距離5000、角度計算完了。精霊回路、エネルギー充填、共に解凍を開始。解凍率30・・・50・・・70・・・80・・・90・・・100%。解凍完了」
そう言って脚に幾何学模様を浮かび上がらせながら疾走するアイン。それは徐々にスピードを上げていき、アインがコンクリート製の塀に跳躍して飛び乗った瞬間に世界が変わった。最初は強いGがかかったと思えば、しばらくすると身体全体になんとも言えない浮遊感が襲いかかってくる。古城は吸血鬼の並外れた三半規管でアインが恐ろしい高さと距離を跳躍して移動しているのだと分かった。雪菜と凪沙は完全に目を回してしまっている。何度かこれを繰り返したあと、唐突にアインは踵でブレーキをかけて数mの制動距離を作って止まった。
「古城、舌は噛んだか?死んだか?・・・チッ、噛んでないのかよ」
「なんだよそのいかにも噛んで死ねみたいな言い草は⁉︎て言うか今のなんだ⁉︎お前怪物か⁉︎人外か⁉︎」
「これは色々と使えそうなシステムを重ね掛けの要領で並行して使用したらできただけの話だ。精霊回路とかISのな」
「はぁ・・・お前のスペックがイカレてるのは理解したが・・・姫柊はともかく凪沙が目覚めるのはもう少しかかりそうだな」
「この二人、気絶で済んだだけでも中々のものだと思うが?」
「それより先は聞きたかねぇよ」
「ーーーハッ⁉︎」
「あ、姫柊起きーーー」
古城が言い切るよりも早く、雪菜は背中のギターケースから雪霞狼を引き抜いてアインに向けた。
「アイン・フィリーリアスさん。あなたは何者ですか?」
「・・・アルディギア人」
「そう言うことではなく、あなたは人がそれでないものかと聞いているんです!」
「どちらでもあり、どちらでもない。これが答えだ」
「しらばっくれないでください!あなたからは確かに魔力反応がありました。先ほどの跳躍も人の力でできるものではありません」
「あの宣教師を相手する事があったらいずれ話してやるよ。それと、俺がここまでの移動に費やした時間が5分。ここで駄弁ってたのが2分。学校らしき建物が見えるのはすぐそこ。さて、君らはどうすべきかな?」
「姫柊、凪沙を頼んでいいか?」
「いいですけどなんで私が⁉︎」
「倫理的にもなんかやばい気がするし浅葱たちに何言われるか分かったものじゃないからな」
「1分経過〜」
「走れ姫柊っ!」
「全力疾走だけはダメですよ先輩⁉︎」
「荷物は俺が持つから凪沙を頼むぞ⁉︎」
凪沙をおぶった雪菜と三人分の荷物を持った古城が慌ただしく校舎に向かって行くのを見送ったアインは疲れた表情で踵を返して徒歩で商業地区らしき所へ向かう事にした。
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