ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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外伝
外伝《絶剣の弟子》EX
前書き
本編主人公による、裏話。
ユウキとライトが病院のエントランスから出て行くのを見届ける。ガラスの戸が完全に閉まるのを確認し、ようやく。
「だはぁー……」
大きく息を吐いて体を弛緩させる。
「随分と無茶をされてましたね、お兄様」
「……折角木綿季が来てくれてんだ。痛えばっかり言ってられないだろ」
傷こそ塞がったものの、体はまだボロボロだ。人体というものは特に何もしていない状態でも、全身の筋肉や骨、内臓を無意識に使っている。ただ呼吸するだけでも、背筋や肺、肋骨等々……主に上半身が悲鳴をあげるのだ。
「木綿季お姉様の前で強がるのは構いませんが、勝手に病室を抜け出して……また怒られますよ」
「嫌がらせか何か知らんが、クソ姉と同じ部屋にぶち込まれてるせいであの部屋には居たくねぇ」
思い出したら腹が立ってくる。アレに昔はよく甘えていたのだから、もしタイムスリップが出来たとしたら昔の自分を殴りたい。
……それはそうとして、木綿季が先程病室に来た際チラッと漏らしていた、最近出来た初心者の友達が厄介ごとに巻き込まれてるという話が気になった。
「……で、セラ。あの少年は何に巻き込まれてる?」
「ゲーム内で少々厄介ごとに」
弟子とか言っていたが、木綿季に火の粉は飛んでくるのか?
多少は飛んでくるでしょうが、皆さんで対処するのでお兄様は引っ込んでて下さい。
と、妹は取りつく島も無い。俺の体の状態で特に脳は相当なダメージを受けいてるらしい。その為、24時間のうち16時間は投薬もし、眠っていなければならない。
ましてや、脳を直接刺激するようなフルダイブはこの病院にあるメディキュボイドは無論のこと、低出力のアミュスフィアであっても禁止と言い渡されていた。
「そうか」
本当にもどかしいが、そもそもアミュスフィアが手元にないし、誰に頼んでも持って来てはくれないだろう。
まあでも、と思考を切り替える。
カイトたちが居れば大抵のことはどうにかなるだろう。それに、あのメンツでどうにもならないことは俺が行ったところでどうにもならない可能性が高い。つまり、気を揉むだけで余計な心労が重なるだけということだ。
せめて、事態が好転するよう出来ることをやろうと思った。
と言っても、出来ることは少ない。
俺は嫌々ながら病室に戻ると、ぎこちない動きでベッドに戻り、対面にいる筈の人物を完全に無視しつつ目を閉じる。脳がしつこく休息を要求して来るので、この分ならば服薬せずに眠りに着けそうだった。
目を瞑り、眠りに落ちるまでの数分間は段々と頭痛が引いていくので思考がクリアになっていく。
まず、情報がないことにはどうにもならない。そこからまずは当たろうと思った。
翌日、昼頃に目を覚ますと学校の昼休みの時間帯を狙って和人に連絡を取る。何故か女性関連以外の事柄には空気が読めるし、勘も働くので相手としては適役だろう。
例のごとく病室を抜け出し、談話室がある階に行って持って来た携帯端末からコールする。
『ーーーもしもし』
「おう、悪いな急に。今、大丈夫か?」
『丁度昼飯を食べようとしてたんだがな。お腹と背中がくっつきそうだから手短に頼むぜ』
後遺症で鋭敏になった聴覚は、電話の向こうの相手の声以外の環境音も拾って来る。そこはいつも和人と明日奈が昼ご飯を食べている中庭のベンチ付近ではないようだった。
予想通り、和人は俺からの用件が内々に済ませて欲しいことだと察して席を外してくれていた。
「じゃ、お言葉に甘えて。木綿季の弟子とやら、あの子は何に巻き込まれてる?」
『……流石に耳が早いな。俺も詳しくは無いんだが、何でもタチの悪いPKプレイヤーにつけ回されるとか』
「なるほど……」
確かに厄介だ。ただ、その程度ならカイト達に任せておいて問題はないだろう。
ひとまず木綿季へ余計な被害が飛んで来ることはないと安心し、何気なく話を続ける。
「何か恨みでも買ったのか。その新人君は」
『いや、そう言うわけでも無さそうだ。《狩猟大会》、とか言ったかな?とにかくそういうものの賞金首にされてる』
「賞金首……?」
裏がある、と感覚的に思う。あのライトとか言う新人の子が標的になったのは偶然だろうが、その大会自体には疑問が残る。
まず、PKプレイヤーという連中は大会という括りに囲われ、大規模に群れたりしない。彼らはあくまで刹那的なスリルを求める人種であり、故に賞金目的でも大会というような一定の規律が敷かれるものを開いたりはしないだろう。
なら、狩猟大会は彼らとは直接関係のない外部のプレイヤーがPKプレイヤーたちに持ちかけたと考えていい。しかも、高額な報酬をチラつかせつつ、だ。では一体どういう意図で外部の人間はそれを開いたのか。
『どうかしたか?』
「いや、大体分かった。ありがとう」
『ああ……と、そう言えばそのライトだけどな』
「ん?」
『リズ曰く、木綿季のやつに惚れてる、とか何とか』
耳元でミシッ、と携帯端末が不気味な音を立てた。
『今なんか嫌な音が』
「煽ってんのかこの野郎」
しれっと言う和人に半分キレつつ言う。普段俺がやつに対してやっていることを綺麗に返された形だが、そうやって子供みたいな煽り合いをしていると、何だか楽しくもなって来る。
『まあ、リズの言うことだから話半分くらいにしておけよ』
「楽しそうだなお前」
学校に復帰し次第ぶん殴ることを密かに心に誓って電話を切る。
さて……と、頭の中で話を整理する。状況は大体分かったが、この騒動の着地点は未だに分からない。次はその辺だ。
「…………」
活動出来る時間には限りがある。ここは多少無理をしてでも効率的に情報を集めなければならない。
車椅子を反転させると、談話室の対面にあるナースセンターから目的の人物を呼び出して貰う。目的の人物は10分でやって来た。
「……まだトイレ以外で病室から出る許可は出ていないが?」
「細かいことは気にすんな」
そいつはそれ以上何も言ってこない。医師・水城雪羅は母親だが、それ以上に互いに命の恩人でもある。しかし、死にかけた理由はこの母親にあるので貸し借りの話なら俺の方が僅かに貸しがある。
頼みがあるという名目で呼び出した以上、俺の要求を聞く義務がこいつにはある。
「メディキュボイドを使いたい」
「無理だ。お前の頭はーーー」
「嘘だな」
確かに、全身は痛むが以前と違い活動の限界時間が来るまで頭に内部的な痛みは無くなっていた。少なくとも脳はフルダイブに耐えられない状況では無いはずだ。
「……それでも無理だ。お前じゃない、機械が耐えられない」
「壊れる訳じゃ無いだろう。トライアル機で構わない、使わせてくれ」
沈黙。これが相当に無茶な要求だとは分かっている。分かっているが、この無茶を通せる可能性があるのは水城雪羅のみだ。
「…………はぁ。ゲームは1日4時間までだ」
「十分だ」
3日、12時間もあればツールに関しては足りるだろう。後は諸々やることがあるが、まあそれはそれだ。
「だが、今日はダメだ。急には用意できない」
「……分かったよ」
少し不満だが、焦ることでもない。準備もまだあるこだし、今日のところは大人しくしていよう。
少し疲れたように去っていく母親を見送った後、少しだけ談話室のテレビを眺めてから俺も病室へ戻る。すると、嫌がらせのように同じ部屋の目の前のベッドで入院している姉が起き上がっていた。
「…………」
「…………」
互いに指で首を切る下品なジェスチャーを交わして挨拶を終えても、未だ微笑を浮かべてこちらを見る姉。
仕切りのカーテンを閉めようとし、それに対して向こうがわざとらしく咳払いをするので、仕方なく問いかけた。
「……何の用だ?」
「そろそろ機嫌を直して欲しいなぁって」
「別に不機嫌でも無ければ怒ってもない。あんたとは分かり合えないから、関わらないようにしてるだけだ」
「あら、目が合う度に挨拶はしてくれるじゃない」
「アレが挨拶なものか。頭沸いてんのか」
日本じゃなきゃその場で殺し合いが始まってもおかしくない手振りだ。それでも姉は何故か嬉しそうにそれを返して来る。
「私はあなたに負けたわ。だからもう、あなたに不利益なことはしないし、力になれることがあるなら協力するつもりよ?」
「その思考が気に入らないと言っている」
まるで昔の自分を見ているかのようだから、というか、昔の自分がこの姉に影響されていたのだが。
それが変わったのは親父に連れられて行った、あの場所での出来事が原因だ。
「もう用は無いな?」
「もう、冷たいわね。後1つだけ、螢の彼女ちゃん」
「あ?」
木綿季のことで姉にとやかく言われる筋合いはない。皆無だ。そもそも襲撃の際、こいつらは木綿季まで危険に晒したのだ。その辺、この姉は承知しているのだろうか。
「とても寂しそうよ?」
「…………そんなことは分かってる」
何を宣うのかと思えば……と一層うんざりすると同時に、かなり痛いところを突いて来る指摘に気勢を削がれる。
「後悔しないようにね」
「……ああ」
その忠告に関してはもはや手遅れと言わざるを得ないが、せめて今回の件を何とかしてやることで、少しだけ力になれればと思った。
とはいってもやれることと言えば《狩猟大会》の裏を取ることぐらいだった。
この際、カイトたちには少しだけ囮になって貰い、敵が釣れたところで狩った方が事後処理もし易い。
敵にも味方にも悟られないようにするには、生半可な方法では通じない。キリトとハンニャに協力して貰い、秘境世界《天界郷》にて世界を見渡す神器《智賢の神座》を手に入れ、アルヴヘイムに戻って来た時にはもうレイドパーティーが出発した後だった。
フリズスキャルヴの能力で裏取りをし、PKプレイヤーたちのバックにいる存在を嗅ぎあて、全速力で向かった。
しかし連日無茶したのが良くなかったのか、頭痛が再発し時折アバターに力が入らなくなって来ていた。それでも何とか現場に到達したところで、限界を迎えた。
「大丈夫ですか⁉︎」
「ああ…………いや、そうでもないな……思ったより、時間が無かったみたいだ」
やれやれ。せっかくかっこいいタイミングで割り込めたと思ったが……慣れないことをするものではないな。
「ライト、もし、お前が力を望むならば……」
かっこ悪いことこの上ないが、背に腹は変えられない。この状況を逆転するにはライトと、非常に、とても癪だが、あの男とあの男が心血を注いだシステムの力を信じるしかない。確か、もうぶっ壊れて停止してるはずだが、無理にでも動いてもらう。
「……それを、この世界の誰よりも強く、確かに切望するならば……必ず応えは返ってくる」
「え?」
先入観とか、強迫観念は無い方がいい。純粋な思いの方が成功率は高いだろう。
「強く願え、望め。そうすればーーー」
もう、限界だった。体が動かない。強制的に意識がシャットダウンして行き、消える。残りの意識を右手に集中し、ライトの背中を叩こうとした。
思いを託す、そんな感傷的な気持ちでやったのだが、残念ながらそれが出来たのか出来なかったのかは分からない。感触が伝わる前に俺の意識は途切れた。
感覚としては一瞬意識を手放してしまっただけだが、覚醒に近づくにつれて体のだるさが長時間寝てしまったことを教えてくる。
その代わりと言っては何だが、お腹辺りに心地いい重みがある。ゆっくりと目を開ければ予想通り、お腹の上に木綿季の頭が乗っていた。
「……寝違えるぞ」
何とか腕を持ち上げ、その小さな頭を撫でる。ふすー、と満足げに寝息を立てているのを聞くと、窓の外に目をやる。周りの音や空の色からして、気を失った翌日の昼過ぎか。
あの後はどうなったのだろうか。気になるが、その前に木綿季には色々心配をかけたことを詫びねばならない。
…………つい最近も同じことで謝ったばかりなので許してもらえるかは分からないが。
「螢……?」
「……心配かけたな」
「ホントだよ」
木綿季は頬を膨らまして怒ってます!という表情をしながらこちらの頬をむにぃ、と引っ張る。
「もう無茶しないこと。分かった?」
「善処するッぅ⁉︎」
その答えでは不満だったらしく、木綿季は俺のお腹にヘッドバットを入れると、そっぽを向いて立ち上がる。
「……車椅子、取れたのか」
「リハビリ頑張ったからね」
立てかけてあった杖を拾い、振り返る。
「それと、来週からボクも螢たちの学校に正式に通うことになったから。よろしくね」
「……そうか。頑張ったな」
ここまで言われれば彼女が何を言いたいのか分かる。
来週までに"無茶せずに"学校へ通えるようになれ、ということだろう。無茶だ。
「また、一緒に学校行けるね」
「そうだな……」
こんな簡単なことに、どれだけ時間がかかったことだろう。この子に当たり前の幸せをあげようと、分不相応にもそんなことを思い、しかしそれは彼女の望むものとは形が違くて。
俺は再びこの子に、居場所をなって貰うことで、帰ることが出来た。
それに甘えることが出来たら、どんなに良いだろうか。
抗い難い、とても甘美な魅力だ。しかし
(分かっている……)
諭すように、忠告するように、柔らかい殺意が頬を撫でる。発生源は、向かいのベッドだ。カーテンは閉められ仕切られているが、音は聞こえるのだろう。
あの姉は純然たる善意で俺へ、木綿季に依る魅力を断ち切るよう示して来る。
それは正しいことだ。
ここで立ち止まっては、俺が今日まで生きて来た意味が無くなってしまう。
故に、まだ木綿季に縋る訳には行かない。また待たせてしまう罪悪感には耐えなければならない。
それはきっと、より良い未来へ繋がるはずだから。
「そう言えば、昨日のこと。何とか上手く行ったよ。それで、ライトが新しいスキルを習得して……えっと、神聖剣?聞いたことある?」
「ああ。とても堅固な防御力を発揮するスキルだ。滅多に発現しない、レアスキルだから知らないのも無理はない」
「そっか。まあそういう訳だから、心配しなくていいよ」
「ああ。養生させて貰うよ」
それから他愛のないことを話し、部屋の出口まで木綿季を送り、1人でベッドまで戻る。
姉は話しかけて来ない。話すこともないのでそのまま寝ることにする。
眠気はすぐに来た。この分だと明日の朝までは目覚めなそうだ。
意識が沈んでく中、最後に思うのは……
今日、何も食ってねぇな。
後書き
原作ではアリシゼーション編で出て来るユージオがキリトにとっての初めての同性の対等な友人でした。
しかし、拙作ではそのポジションにうちオリ主がいます。前話の最後のキリトのシーンや今話の携帯での会話シーンではそんな感じの雰囲気を出してみようとしました。
個人的に、そこがお気に入り。
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