お江戸
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第七章
「まさか」
「ああ、身受けされるからな」
「それで、ですか」
「その前に会ったってお互い未練がましくなるだろ」
それでとだ、太之助は濡髪に話した。
「だからその青柳っていう人もな」
「昨日はですか」
「会わなかったんだよ」
「お別れの言葉も言わずに」
「御前さんはどうもくよくよしたところがあるな」
朝に見た肩の落とし方を見ての言葉だ。
「そうした相手はきっぱりした方がいいからな」
「きっぱりと」
「ああ、突っぱねて別れた方がおめえさんにとっていいってな」
「青柳も思って」
「数日はくよくよしても未練がましく会って別れるよりな」
「突っぱねた方が」
「おめえさんが自分を恨んでもな」
例えそうなってもというのだ。
「おめえさんを深く傷付けないって思ってな」
「ああしたんですか」
「店の方もその気持ちを汲み取ってだよ」
花蝶の方もというのだ。
「そうしてな」
「昨日はですか」
「会わない、入るなって言ったんだよ」
「そうでしたか」
「おめえさんは心根は凄くいい」
太之助はこのことは彼の穏やかな物腰から言った。
「だから恨んでもな」
「それでもですか」
「ああ、殴ったり刃物出したりしないだろ」
「そんなことはとても」
「だからな」
「あえてですか」
「青柳って花魁も店もそうしたんだよ」
濡髪に顔を向けて微笑んで話した。
「全部おめえさんを傷付けない為だったんだよ」
「そうでしたか」
「これでおめえさんの肩は戻ったな」
落ち込んだ気持ちはというのだ。
「そうだな」
「はい、もう」
濡髪も微笑んで答えた。
「そうなりました」
「そうだな、じゃあ今日は色じゃなくて酒にするか」
「おお、そっちを楽しむのか」
「そうするか、おめえさんも行けるいい店知ってるぜ」
権太にも顔を向けて笑って言った。
「般若湯ってことで精進ものの店でな」
「じゃあそこでか」
「三人で飲もうぜ」
「では」
「ああ、今日は憂さ晴らしじゃなくて楽しんでだ」
また濡髪に言った。
「飲もうな」
「わかりました」
「とことんまで飲もうぜ、江戸っ子は飲む時はな」
「とことんまで、ですね」
「そうするからな、憂さはすぐに晴らしてからっと遊ぶ」
それこそがというのだ。
「江戸っ子だからな」
「では今から」
「飲もうか」
濡髪も権太も応えた、今の濡髪の顔は晴れやかだった。江戸らしいその笑顔で太之助達に案内された店で飲んだ。そして太之助も権太も飲んだ。日本晴れそのものの明るい笑顔でそうした。
お江戸 完
2017・4・26
ページ上へ戻る