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俺たちで文豪ストレイドッグスやってみた。

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第4話「策略」

「ーーここまで来れば」

 双樹の砂塵の裏側から逃げ出し、遊具の裏側に隠れて走り続ける。背後から聞こえてきた龍の咆哮にほんの少し怯えつつも、今はただひたすらに走る。草木を超えて道に出、どこか隠れられそうな場所を探そうと視線を動かす。
 スケッチブックを開き、中身に目を通す。何か闘争に利用できそうなものは描いていなかったか。以前描いた大鷲は既に実体化させてしまっている、今では何処かの空で自由に飛び回っている事だろう。呼び戻す事は出来ない。今から描く余裕もない。諦めよう、次だ。
 何か、個人で運転できる乗り物は?車は駄目だ、生憎と免許も持っていないし、そも細かな運転の仕方など習ってもいない。自転車は……駄目だ、描いていない。
 思考を止めず、しかし冷や汗で身を湿らせながら、ひたすらに走り続ける。

 ――と、唐突に。

「ねぇ、何処に行くのかな?」

「っ!?」

 バッと振り返り、即座に声の距離を取る。慣れない動きに足を取られそうになりつつもなんとか立て直して、背後に立っていた少年と真正面から向き合った。
 しまった、迂闊だった、足りなかった。襲撃者が一人と誰が言った、もう少し慎重に行動すべきだったんだ。

 声の主を探す。視界には居ない。何処だ、何処にいる。

「下ですよー」

「わ……っ!?」

 視線の真下から飛んできたその声に仰け反り、思わずたたらを踏む。視線を下げればそこには、何処かで見たような少年がぶんぶんと小さな手を振っている。無邪気な笑顔を浮かべた少年は、何時かに見た覚えがあった。
 すぐさま記憶を探ってこれまでの出来事を全てリストアップし、その覚えの根源へと至る。そうだ、この少年は。

「昨日の、路地裏の……っ!」

「はい、まあそうなるとは思ってました。はーい落ち着いて〜」

 一気に警戒心を跳ね上げる絵里に、少年が苦笑いして宥めに掛かる。しかしながら自分の命を狙う敵を目の前にして落ち着ける筈もなく、ただ彼女の恐怖心を煽るだけだ。
 それを察したように少年が「参ったなぁ」と呟き、しばし考え込む。

「えーと、僕はマフィアの中じゃ弱っちい方なんで、そう怯える事もないんですよ?ほら、見ての通り武器の一つも持ってない」

 少年がパーカーを脱いで、中に武器を仕込んでいない事をアピールする。絵里から見てもそこに武器が隠されている様子もなく、ジーンズには武器が入っているような様子もない。そもそも、ハナから殺す気なら自分は既に死んでいるだろう。
 ならば、ここは話に応じて、救援が来るのを待つ方が得策か。

「能力の方も今この場じゃ全然役に立たないし……」

「……いいわ。話は聞く」

「およ、それはよかった」

 活発な笑顔を見せる少年からはマフィアという感覚は一切見て取れない。しかし彼があの女――『カミサキ』の手先である事は間違いなく、自分よりも遥かに裏の事情に通じている。会話するにしても慎重にならなければならない。
 内心で警戒を更に高めつつ、少年の言葉を持つ。

「まずは簡単に自己紹介だけ。名前は黒鉄狼牙です。えーと、貴女に対する要求は多分探偵社で説明されたとは思いますが……」

「『古代機(オーパーツ)』」

「そう、それです。では、僕達がどうしてそれを欲しているのかまでは?」

 絵里の答えを賞賛するように狼牙が指を鳴らし、次の問いを投げる。しかし絵里が聞いたのはその『古代機(オーパーツ)』の名と大まかな効果だけであり、彼らがどうしてそんなものを欲しているのかまでは聞いていない。自然、言葉に詰まった。

「それは……」

「なるほど、じゃあ説明はそこですね」

 彼は一つ納得したように頷くと、ピンと指を立てて口を開く。その仕草は本当に見た目相応の子供のようで、本当に根っからの悪人なのかと疑問すら浮かんだ。



「僕らがその古代機(オーパーツ)を求めるのは、とある能力を生み出すためです。簡単に言えば……『全世界の異能力者から、異能を剥奪する能力』、とでも言えば良いんでしょうか」

「な……っ!?」

 絵里が思わずそんな声を上げて、ただひたすらに驚愕する。確かに全ての異能が剥奪されれば、国の気候の一部は麻痺し、彼らを抑える異能力者も消えるだろう。しかし、彼らは今『全世界の異能力者』――つまりは、自分達もその中に含んでいる。であれば、一番被害を被るのは彼らマフィアの筈だ。

「そもそも、僕らがどんな目的を掲げているのかですが……僕達の目的は、この世界から『異能』というものを抹消することです。まだ、生まれる人類が皆異能を持っているのなら良かったかもしれない……けれど、異能力は限られた極一部の人しか持たない。それは貴女も、よく分かっていますよね」

「……えぇ、勿論」

「隠し通せるなら良いでしょう。国の保護を受け、公的に働けるのならそれも良いでしょう。では、そのどちらも叶わなかった者は、どうなると思います?」

「……どちらも、叶わなかった……?」

 絵里がその答えを察して青ざめる。まさか、本当に、そんな事があるものなのか。この平和な現代社会の陰で、そんな事が起きているものなのか。
 絵里の答えを察したように狼牙は薄く笑みを浮かべると、沈んだ声音で絵里に言う。

「答えは、淘汰ですよ。周りの人々には受け入れられず、終わらない嫌がらせ、理不尽な差別、挙句の果てには親にも捨てられた……僕達マフィアは、そんな行き場を無くした者達の集まりです」

「……そん、な……」

 であれば、先の『異能力者から異能を奪う』という目的。その真意は――

「僕達の目的は、『全ての人間の、真の意味での平等』です。僕達マフィアはその為なら、何だってしてきました。これからだって、その決意に変わりはない」

「――っ」

 なにを、勘違いをしていたんだろう。
 根っからの悪なんてかけらも感じられなかったのも頷ける、彼らの願いは、彼らを襲った不幸から来る平和への願望。そこにただ他者を蹴落とす為だけの悪意など、感じられよう筈もない。当然の摂理だ。

 彼らのそんな願いを、私は『悪』と断じていたのか。詳しい事情を知りもせず、ただ自分の中の基準にのみ従って。

 なんて、馬鹿だ。

「……お願いします。どうか、助けて下さい。僕たちを……この先未来に生まれるだろう、不幸を運命付けられた子供達を」

「わた、し……は……」

 膝をつき、両の手の平で顔を覆う。とても、酷いことをしたと、罪悪感が湧き上がって来る。いや、まだ、今からでも遅くは無いのだろうか。
 私の力を使えば、彼らを助けられ――



「――そうやってまた、無垢な人間を騙すのか。詐欺師」



 そんな、声が聞こえて。

「……江西、達也」

 狼牙が僅かに目を細めて、現れた彼を見つめる。赤みがかった前髪から見える目つきの悪い視線が狼牙を睨み付け、僅かな怒気を孕んだ声音で彼へと言葉を投げる。、

「真っ赤な嘘でっち上げやがって。何が行き場を無くした者達の集まりだ、お前達、大概はその『居場所』を自分でブチ壊した連中の集まりだろうが」

「自分で、壊した……?」

「……絵里さんには、話してなかったですね。そいつらマフィアの家族、親戚、友人関係……みんな死んでますよ。不幸な事故でも何でもなく……そいつら自身が殺したんです、ただ金を集める為だけに」

「ぇ……」

 絵里が驚愕の目を狼牙に向けると、彼は先ほどまでの無垢な笑顔を引っ込め、酷く冷たい無表情のみを浮かべていた。
 その顔は、知っている。あの時、あの路地裏で、嫌という程記憶に刻み込まれた、恐怖の象徴。あの『カミサキ』と、全く同じ表情だ。ゾッとする程の悪寒が全身を包み込む。違う、先ほどまでの彼とは、明らかに違いすぎる。

「……あーあ、惜しかったな。あとちょっとで上手く丸め込めたのに」

「――っ!」

 嘘だったのか。
 あの悲痛な表情で語っていた、あの時の彼は。
 あの快活な笑顔で私と話をしていた、あの時の彼は。

 すべて、私を油断させるための罠……?

 思い出す。先程の自分の考えを。彼の言うことをなんの根拠も無しに信じ、ただ自分の不義理を呪い、簡単に彼らに協力しようという思いを植え付けられていた。達也がこの場に割って入らなければ、確実にそのまま彼らに付いて行っていた事だろう。

 ああも、簡単に。

 恐ろしい。つい先ほどまで、年相応の明るく元気な子にしか見えていなかった彼が、今はただただ恐ろしい。

「……仕方ない、今日は撤退しますか。また新しい手を考えないといけませんね〜」

「俺を前にして、逃げられるとでも思ってんのか」

「普段じゃまず不可能ですね。インチキ能力も大概にして下さいよ」

 そう口では言いつつも、彼は余裕の態度を崩さない。達也が不機嫌そうに顔を歪め、その裏の読めない笑顔の真意を探る。

 ――もし本当に怖くなったら、とりあえずは達也の近くに居るといい。それだけで、まず確実に身の安全は確約される。極端だが、例え超巨大隕石が降って来ようがね

 先程の狼牙の言葉もそうだが、健がそう言うほど彼の力はとんでもないものらしい。だが、狼牙もそれを知って居る様子だったのに今のこの余裕だ。全く意図が読めない。

「僕の連絡を合図に、ウチの連中にこの街で派手にドンパチやってくれと伝えてあります。さて、一体どれくらいの山が積み上がるでしょうかねぇ、僕とっても気になります」

「……その程度で脅せるとでも?俺が『それ』を消し飛ばせるのは、お前も分かってる筈だ」

「えぇ、本当に厄介な力ですよ、『ワールド・エゴ』……ウチであなたがなんて呼ばれてるか、知ってます?『クソみたいに一人だけインフレしたチート野郎』ですよ」

「どうでもいい」

 冷たくそう言い放つ達也に狼牙が呆れた様子で溜息を吐くと、肩を竦めて再び口を開く。

「でしょうね。で、まあ要点ですが……普通にさっき言った通りですよ。まったく、この策を練るのにどれだけ考えた事か」

「――!」

 唐突に。
 達也が何かに気付いたらしく、その両目を見開いた。
 同時に彼の表情が恐ろしい程の怒気に満ち、呪詛をその腹の中に幾億も蓄えたような様子で、本能からの恐怖を煽る声音を紡ぎ出す。彼が味方であるて分かって居る筈なのに、それでも恐ろしい程の怒り。

「……やってくれたな、ペテン師がぁッ!」

「あなたの力は、嘘と真実を入れ替える……けれどあんたには、さっきの話が嘘か本当かなんて、確かめる手段は無いでしょう?この街に住む全住人の命……それが、この二択問題に於いてあなたが掛ける金額です」

 ニィ、と、狼牙の顔が笑みに歪む。
 朗らかな笑みでは無い、快活な笑みでも無い。その笑みは如何なる犠牲をも厭わない、残虐な化け物の笑み。彼の真意に気付いた絵里の心も、この少年の皮を被った悪魔が如何に狡猾なのか、嫌という程理解した。


「あなた以外の無辜の人々――その生と死はあなたが決めるんだ。制限時間は貴方の力の限界である30秒。……その力で英雄になるか、災厄となるか……とても楽しみですよ、化け物」


 そう言って少年(悪魔)は、ただ嗤っていた。














 ◇ ◇ ◇ ◇














「……っはは、化け物め……!」

「お前には言われたく無いな、『狩人』」

 咆哮。

 熱線。

 蒼色に輝く灼熱の本流が『狩人』へと迫り、しかしその寸前で雷光とともに逃れる。逃れた先へと放たれていた漆黒の炎弾を察知して上空に飛び上がり、ギリギリの所で回避した。しかし、双竜は決して『狩人』を逃さない。
 白銀の鱗に包まれた顎門が『狩人』を噛み砕かんと、その牙を晒す。彼は即座に体を捻らせると、その反動で死神の鎌から逃れた。
 だが、黒龍は隙だらけの『狩人』の腹にその尾を叩き込み、大地へと叩き落とす。

「っぐ……!畜生が……やるじゃねぇか……っ!」

 血を吐きつつ、しかし立ち上がる『狩人』に、双樹が小さく舌打ちする。今の一撃は本来、喰らえば即死は免れないようなものだ。それを受けて尚この様子となれば、本格的に火力不足だ。
 さて、どうしたものか――。

 ――と。

「うおっ!?」

「……?」

 突然に、『狩人』の前に扉が出現する。
 それについては、健達から聞いている。あの詐欺師……『黒鉄狼牙』の異能だ。であれば、あれは『狩人』に撤退しろという司令か。

「ちっ、なんだ、失敗したのかよ。面倒臭ぇ」

『狩人』はそう零して不機嫌そうに扉を睨みつけると、開かれたその中へと足を進める。無理に追う必要はない、そんな事をしても余計な死体が一つ増えるだけだ。

「……次はぶっ倒すぜ」

「そうか分かった二度と来るな」

「つれねぇな」

 ため息混じりにそう言い残した『狩人』は、そのまま扉の奥へと消える。沈黙のままその様子を見送った双樹は面倒そうに頭を搔くと、背後に合流していた二人――達也と絵里へと、その寝惚けたような視線を向けた。

「……失敗したか」

「悪い。次は殺す」

「焦るな達也。冷静になれ」

 双樹が諌めるように声を上げ、達也が気まずそうに視線を逸らす。が、ふと何かに思いついたかのように、「そういえば」と双樹へ問を投げた。

「健さんは?」



 
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