ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》
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SAO編ーアインクラッドー
02.槍剣士とビーター
二〇二二年十二月二日 第一層・トールバーナ
このデスゲームが始まって一ヶ月の時が流れた。その間に二千人ものプレイヤーがこの世界からも現実の世界からも消えた。
だが、いまだ誰も第一層を突破できずにいる。βテストを経験しているプレイヤーたちでさえもフロアボスの部屋にさえ辿り着けていないのが現状だ。
そして今日、ようやく第一層ボス攻略会議が行われる。
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トールバーナの噴水広場近くにある舞台に集められた。石の階段が中央の舞台を囲んでいる。そこには第一層の攻略会議に来たプレイヤーたちが座っている。
舞台の中央には鮮やかな青髪のゲームのアバターとは思えないほどの美系な青年が立っている。
青年が手を鳴らし、注目を集める。
「はーい! それじゃあそろそろ始めさせてもらいます!」
ついに始まる攻略会議。
これが現実世界に戻るための第一歩になるか……あるいは───
「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう。俺はディアベル。職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
爽やかな印象の青年だった。
デスゲームとなった世界でも青年は洒落をいい、殺伐とした空気を和ませる。これがリーダーの器というやつなのだろうな。
シュウには到底何十年掛かろうと無理な立ち位置だ。
先ほどとは一変し、青年は顔色を変える。
「今日俺たちのパーティーがついにあの塔の最上階でボスの部屋を発見した」
集まった全てのプレイヤーたちが食い入るように聞く。
「俺たちはボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームにいつかきっとクリア出来るってことを《はじまりの街》で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが今、この場所にいる俺たちの義務なんだ!! そうだろみんな!!」
ディアベルがプレイヤーたちに問う。
これがリーダーの器だ。全員をまとめ上げ、指揮を高め、希望へと導く。それがリーダーであり、救世主なのだ。
集まったプレーヤーたちがディアベルンの言葉に賛同し、拍手をする。少しの間、拍手の音は鳴り止まなかった。
「OK、それじゃあ早速だけど攻略会議を始めていきたいと思う。まずは六人のパーティーを組んでみてくれ」
「……まじかよ」
キリトと組んでいるとき以外は基本スタイルがソロであり、なおかつコミュニケーション能力がかなり欠落しているシュウにはなかなかに酷なことだ。
「フロアボスは単なるパーティーじゃ対抗出来ない。パーティーを束ねたレイドを作るんだ」
周りの皆がパーティーを作る中、俺は一人石段でキョロキョロ辺りを見る。周りを確認すると同じように一人でいるプレイヤーが二人いた。
黒髪の少年と赤色の大きなマントで身を包んで顔が見えないプレイヤー。黒髪の少年が赤色のマントのプレイヤーに近づくのを見て、接近する。
近づいて見てようやく気がついたが黒髪の少年はキリトだった。
「あんたもあぶれたのか?」
赤いマントで顔まで隠したプレイヤーは、小さく口を動かす。
「あぶれてない。周りがみんなお仲間同士みたいだから遠慮しただけ」
「ソロプレイヤーか。なら俺と組まないか。ボスは一人じゃ攻略出来ないって言ってただろ。今回だけの暫定だ」
こくりと頷く。
「あんたも組んでくれ。数は多い方がいいからな」
キリトは目で合図を送る。マントのプレイヤーのことを考えてキリトと他人同士ということにするようだ。その方がマントのプレイヤーとしても気まずくなくていいだろう。
パーティー申請の表示が出現し、YESのボタンを押す。
左上HPバーが自分のもの以外に”Kirito”と”Asuna”という名前とHPバーが出現する。
「よーし、そろそろ組み終わったかな? じゃあ……」
「ちょっと待ってや!」
ディアベルの言葉を遮って関西弁の男の声が響いた。
石段の最上段から舞台めがけて飛び降りる。サボテン頭の剣を背負った男が舞台に着地する。
「わいは、キバオウってもんや! ボスと戦う前に言わせてもらいたいことがある。こんなかに今まで死んでいった二千人に詫びいれなあかんやつがおるはずや!!」
キバオウと名乗った男は石段に座るプレイヤーを探すようの指差す。
「キバオウさん、君のいう奴らとはつまり……元βテスター人たちのことかな」
やはりそうなるのか。
内心わかっていたことだ。
だが、直接的に言葉にされるときついものだ。
「決まってるやないか! β上がりどもはこんクソゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えおった。奴らはうまい狩場やらボロいクエストを独り占めして自分らだけポンポン強なってその後もずーっと知らんぷりや」
確かにシュウもはじまりの街から出る際にキリトと会って、その後キリトと共に二つ目の街に行った。そしてクエストを網羅し、シュウやキリトにレベルは他のプレイヤーたちと比べると頭は一つ以上出ている。
「こんなかにもおるはずやで!! β上がりの奴らがっ!! そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらって、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん」
βテスターというだけでここまでの仕打ちを受けなければいけないのか。
横にいるキリトを見るとわずかにだが、震えている。その姿はシュウが知っているキリトではなかった。
その空気に耐えきれずに立ち上がろうとしたそのとき、
「発言いいか?」
低い男の声が響いた。
日焼けしたというよりは素で黒いガタイのいい身体。坊主のプレイヤーが手を上げ立ち上がり、キバオウの元へ向かう。キバオウに比べて身長はかなり大きい。日本人ではないようだ。
「俺の名前は、エギル。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元βテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任をとって謝罪、賠償をしろということだな」
「そ、そや」
エギルの迫力にキバオウが少し後ろに引く。
「このガイドブックあんたももらっただろ」
エギルはこげ茶色の本を取り出す。
「道具屋で無料配布してるからな」
「もろたで、それがなんや!」
「これを配布していたのは、元βテスターたちだ」
皆が少しざわつく。
「いいか。情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのにたくさんのプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて俺たちはどうボスに挑むべきなのか、この場で論議されると俺は思っていたのだがな」
あたりの空気はβテスターを敵視するような感じではなくなった。キリトは少し安堵の笑みを漏らす。
キバオウは不満げな顔をして石段に座り込む。エギルも元いた場所へと戻る。
「よしじゃあ、再開していいかな。ボスの情報だが先ほど例のガイドブックの最新版が配布された。それによるとボスの名前は、《イルファング・ザ・コボルドロード》、それと、《ルイン・コボルドセンチネル》という取り巻きがいる。ボスの武器は斧とバックラ。四段あるHPバーの最後の一段が赤くなると曲刀武器のタルワールに攻撃パターンも変わる」
βテストの時に第一層ながらかなりの苦戦を強いられたボスの一体だ。
「攻略会議は以上だ。アイテム分配は、金は全員で均等割、経験値はモンスターを倒したパーティーのもの、アイテムはゲットした人のものとする。異存はないかな?」
ディアベルは確認を取るためにあたりを見渡す。誰も否定する感じでもなかった。
「よし、明日は朝十時から出発する。では、解散!」
周りのプレイヤーが一斉に立ち上がり解散する。赤いマントのプレイヤーも何も言わずにその場を立ち去っていった。
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二〇二二年十二月三日 第一層・森のフィールド
ついに第一層のボス攻略が行われる日。
迷宮区の最深部にあるボス部屋へと攻略会議に集まった複数のレイドが向かっていく。
その最後尾にシュウたちはついていく。キリトが今回の作戦についての役割を再度確認するように口にする。
「確認しておくぞ。あぶれ組の俺たちの担当は、ルイン・コボルトセンチネルっていうボスの取り巻きだ」
「わかってる」
「シャクだけどな」
三人という少人数パーティーの役目はボスではなく取り巻きの雑魚だ。そいつらがボスであるコボルドロードの元へと向かわないように阻止するだけのなんともつまらない作業だ。
「俺がやつらのポールアックスをソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチして飛び込んでくれ」
キリトがアスナというプレイヤーに説明する。
するとアスナは信じられない言葉を口にするのだった。
「スイッチってなに?」
思わず固まってしまいそうになった。
「もしかしてパーティー組むのこれが始めてなのか」
シュウの問いかけに赤いマントが縦に動いた。
あまりの衝撃に二人のβテスターはその場に立ち尽くすのだった。
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明らかに先ほど歩いてきた迷宮区とは雰囲気が全くというほど違う。それは明らかに正面にそびえる巨大な扉から放たれる威圧感にせいだ。
扉の前に来ただけでこれほどの威圧感に襲われることなどβテストの時には絶対に感じれなかった。やはりデスゲームへと変わったことが一番の要因であろう。
その扉の前で青髪の青年が立ち止まりこちらへと振り向いた。
「聞いてくれみんな! 俺からいうことはたった一つだ……」
ディアベルはわずかに笑みを浮かべる。
そして胸の前で拳を握りしめてはっきりとした口調で言い放った。
「勝とうぜ!」
おおっ!、とその場のプレイヤーたちが声を上げる。
その言葉だけで攻略に参加したプレイヤーたちの指揮は最高潮まで高められた。
やはり彼こそがリーダーの器であり、この世界でも必死で戦おうとするものだ。
「行くぞ───ッ!!」
ディアベルがそびえ立つ巨大な扉を開け放ち、プレイヤーたちがなだれ込むように中へと侵入していく。その流れにシュウたちも部屋へと入り込んだ。
部屋の中は灯りが一つも灯っておらず暗闇が支配していた。全員が侵入したのをシステムが確認したように巨大な扉は再び閉ざされた。
それとともに暗闇が支配していた部屋の両サイドから順々に灯りが灯っていく。最後の灯りが灯されるとともに奥の玉座に座っている化け物がその姿を現わすと同時に吼えた。
「グルルルラァァァァッ!!」
体長は二メートルをこえ、逞しい身体。右手には斧、左手にはバックラー。腰の後ろには一メートル半くらいの湾刀をさしている。第一層の階層ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》だ。そしてその取り巻きの《ルイン・コボルトセンチネル》だ。
コボルドロードのHPゲージは四段。最後のゲージに到達すると全ての武器を捨てて、腰のタルワールを抜く。そして攻撃パターンがガラリと変わるのがこいつの厄介なところだ。
「───攻撃開始!!」
ディアベルの掛け声ともにプレイヤーたちが攻略に向けて駆け出していく。
そんなこのデスゲームを抜け出すための希望となろうとしているプレイヤーたちの中でシュウはどこか不安を抱いていた。
コボルドロードの動きがβテストの時と全く同じ動きになるという保証はどこにもなかった。
しかし余計な情報を与えてプレイヤーたちの指揮を崩すわけにはいかなかった。
だからシュウは願うしかなかった。
───何事もなく終わってくれ。
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「A隊、C隊、スイッチ! 来るぞ、B隊、ブロック!」
ディアベルの指示が部屋の中を飛び交う。その指示はとてつもなく正確なものだ。コボルドロードの攻撃を防ぎ、隙ができたところに他の隊のプレイヤーたちが攻撃し、少しづつではあるが確実にHPゲージを減らし続ける。
「C隊、ガードしつつスイッチ準備。今だ! 交代しつつ側面をつく用意! D、E、F隊、センチネルを近づけるな!」
「了解 !!」
ディアベルの指示にキリトが応答する。
取り巻きのセンチネルがコボルド王と対峙するレイドへと突撃していく。
それを阻止するべくキリトが立ちはだかる。センチネルが邪魔だと言わんばかりに握っていた武器を振り下ろす。
キリトは振り下ろされた武器を下から跳ね上げ、叫ぶ。
「スイッチ!!」
「三匹目!!」
アスナが細剣に閃光をまとわせセンチネルの鎧を貫いた。
つい数時間前まではスイッチも知らない初心者だと思ってたのに、凄まじい手練れだ。剣先が速すぎて見えないほど。
「グッジョブ!」
「ナイススイッチ!」
そこから十数分の戦闘が繰り広げられたところで変化する。
「グオォォォォッ!!」
コボルドロードの雄叫びをあげる。HPゲージが残り一本のレッドラインに突入した。武器を変え、モーションが変化する合図の雄叫びだ。武器を投げ捨て腰に差し込まれていたタルワールへと手をかけた。
「情報を通りみたいやな」
「下がれ、俺が出る!!」
ディアベルが自らが出るといって前衛を超えて前へと飛び出した。
ここは全員で畳み掛けて相手を一気に叩くか、今まで通りに攻撃パターンを確認したのちに慎重にいくかのどちらかが正しい判断と思える。
飛び出していくディアベルはこちらを一瞥した。その表情はわずかに微笑んだように見えた。
ここで一人で飛び出す意味は……
───まさか!
ディアベルが片手剣に閃光をまとわせ、突進の勢いで一気に相手との間合いを詰めていく。
システムアシストによって強化された剣撃は通常のモーションから放たれる剣撃とはわけが違う。それこそがこの世界が剣技の世界と云われる所以、ソードスキルだ。
コボルドロードが腰から武器を抜き取った。
───それはタルワー……違う!!
タルワールにしては刀身が細すぎる。それはベータ時代に上位階層のプレイヤーたちを苦しめた武器……野太刀だ。
「だ……ダメだ、全力で後ろに跳べ────ッ!!」
喉が張り裂けんばかりのキリトの絶叫が部屋の中へと響いた。
「ディアベル待て!!」
その声は無情にもコボルドロードのソードスキルのサウンドエフェクトにかき消された。
コボルド王の巨体が空中へと跳び上がる。俊敏な動きで天井を、壁を蹴り上げて縦横無尽に動き回る。ディアベルはその動きについて行けていない。完全に死角に入ったところで威力が溜めこまれた野太刀が落下する力加え、深紅の竜巻が解き放たれた。
───カタナ専用ソードスキル、重範囲攻撃《旋車》
それは一瞬のうちにHPの半分以上を抉り取っていった。
範囲攻撃のくせに一撃でHPを半分以上持っていく威力もだがそれ以上に厄介なのは、一時的行動不能状態──スタンを発生させることだ。
大技であるがゆえに技後硬直も長い。その間にディアベルを助けに行くこともできた。
しかしあまりの衝撃的な光景にその場の誰も動くことができなかった。
その隙に硬直から回復したコボルド王は追い打ちをかけ、正面で倒れるディアベルの身体を床すれすれの軌道から高く斬り上げた。
───ソードスキル《浮舟》
上空へと高く上げられたディアベルの身体へと上、下、一拍溜めの突きが放たれた。
───三連撃技、《緋扇》
野太刀は抵抗することもできないプレイヤーの身体へと容赦なく襲いかかった。
彼のアバターは前衛を任されていたレイドの頭上を軽々飛び越え、センチネルを相手するレイドたちの元まで吹き飛ばされてくる。
シュウはその光景に相手にしていたセンチネルへと強引に《ホリゾンタル》を放ち、胴体を真っ二つに引き裂いた。わずかなディレイが終わるとともにシュウとキリトは駆け出す。
「ディアベル、なぜ一人で」
二人がディアベルの元へ向かった時にはHPは風前の灯に近かった。キリトが回復アイテムを使用し、ヒールさせようとするがそれをなぜか青い髪の青年は拒んだ。
「お前らも……βテスターだったら……わかるだろ」
それはディアベルが飛び出した時にシュウが不意に思った通りだった。
「LAボーナスによるレアアイテムドロップ。お前もβ上がりだったのか」
ディアベルは、少し微笑む。
「頼む……ボスを倒してくれ……みんなの……ために」
ディアベルの体が青白い光に包まれて徐々に不鮮明になっていく。そして光の欠片となりシュウたちの前から消滅した。それはまるでモンスターが消えるときのように一瞬のうちにだ。
これが意味するのは、現実の死……人の死がこの世界では一瞬の出来事なのだ。何も残らず消えていく。
ディアベルは必死で皆のために戦い抜こうとした。自分のためではなく全てのプレイヤーをこの世界から解放するために戦った。
そんな彼は何の形も残すことなく消えていった。
それでもディアベルが戦った意思だけは無駄にしてはいけない。
「……行くぞ、キリト」
指揮官を失ったレイドはもはや壊滅状態だった。ほかの死者がいつ出てもおかしくないほどの状態だった。
システムに従い動き続ける《イルファング・ザ・コボルドロード》がこちらに手を抜くわけもない。扉が閉ざされた迷宮区に再び戻ることさえもできない。
ならば答えはひとつだった。
キリトは無言で立ち上がり、シュウの横へと立ち片手剣を強く握りしめた。
「私も行く。パーティーだから」
アスナはシュウとキリトの横へと立った。
「頼む」
三人は同時に床を蹴り、広間の奥へと向けて走り出す。行く手では怒号と絶叫で満ちていた。
「手順はセンチネルと同じだ!」
キリトが並走しながらアスナへと指示を飛ばした。
「解った!」
その光景にシュウは何かが見えた気がした。
こんな状況で何を思っているのか自分でもわからない。だが、この二人なら……
「俺は、お前たちの援護にまわる。───行けッ!」
シュウは並走からわずかに後退する。キリトとアスナがボスへと向かう前にパニックしているプレイヤーたちを鎮めねばならない。だが、ディアベルのようにシュウには指揮を高めるような言葉などなかった。
その時。彼の言葉が脳裏に蘇った。
『頼む……ボスを倒してくれ……みんなの……ために』
シュウはありったけの空気を仮想体の肺の中へと送り込み、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「ディアベルからの最後の指示を聞け──ッ!!」
ディアベルという言葉に怒号に絶叫していたプレイヤーたちが言葉を奪われたように静まり返る。
「全員生きてボスを倒せッ!! これ以上の死は許さないッ!! だから全員死んでも生き残れ───ッ!」
肺から全ての息が放出され、息苦しい。再び大量の息を吸い込んで地を蹴り上げてキリトとアスナの元へと駆けた。
コボルドロードが野太刀が輝きをまとい視認不可能な速度で斬り払われる。
───カタナ直線遠距離技、《辻風》
キリトは片手剣を担ぎ上げ、スキルモーションに入り込む。
コボルドロードから放たれたソードスキルを片手剣基本突進技、《レイジスパイク》とぶつかり合い相殺される。
そこにセンチネルの時のようにアスナが強烈な一撃を叩き込まれる。
だが、コボルドロードが予想外の速さで体勢を立て直し、野太刀をアスナに向け振り下ろす。
「「アスナ!!」」
二人の声が少女の名を呼んだ。野太刀がとらえたのは、アスナではなかった。彼女が覆っていた赤いマント。マントがガラスが砕けるように光の欠片となり消滅する。
その時、アスナの素顔を初めて見た。腰まで伸びる栗色の長い髪、美しいという言葉しかでない、言葉を失うほどの美しい容姿だ。
アスナの細剣はイルファングへと強烈な《リニアー》が右腹に深々と打ち抜いた。
「次くるぞ!!」
そこから何度もキリトが野太刀を弾き、アスナがスイッチをし、突き刺す。完璧なまでのコンビネーションで徐々にHPゲージを削り取っていく。
───この二人なら……いずれ……。
その瞬間だった。コボルドロードがキリトの動きを先読みし、手を変えてきたのだ。上段と読んだ刃が、くるりと半円を描いて動き、真下に回ったのだ。同じモーションから上下ランダムに発動する技、《幻月》。片手剣を引き戻すが、間に合わずにキリトはそのまま、すぐ後ろにいたアスナを巻きこみ後方へと吹き飛ばされる。コボルドロードが吹き飛ばさたキリトへとめがけて高く斬り上げられた刃が、血の色に光った。それはディアベルを殺した三連撃、《緋扇》。
「悪りぃな……これ以上は手出させるわけにはいかねぇんだよ───ッ!!」
片手剣が閃光をまとい、肩へと担ぎ上げ突進する。片手剣基本突進技、《レイジスパイク》がコボルドロードの脇腹へと抉りこみ、わずかに吹き飛ばした。
コボルドロードはターゲットをキリトたちから俺へと変える。
コボルドロードが野太刀が薄赤い光の円弧を描きたい、床すれすれの軌道から斬り上げた。それに合わせ片手剣の刀身をやや下に向け、後ろに引く。両手で柄を握りしめ、地を蹴り上げ、滑るように突進する。
───片手剣突進技、《スライドウォール》
《浮舟》の斬り上げを突進とシステムアシストの力が加わったソードスキルが相殺する。半ば押されながらも互いに二メートル弱飛ばされる。
コボルドロードは、再びソードスキルへのモーションに入ろうとする。《浮舟》は技後硬直がもともと少ない技だ。こちらの《スライドウォール》のほうがわずかに長い。このままでは相手のカタナがシュウの体をえぐっていくだろう。
コボルドロードがディレイからの回復を待っている。シュウはソードスキル終了とほぼ同時に右手で握る片手剣を手放した。そして瞬時にメニューウインドウを開く。
そしてウインドウを勢い任せに殴りつけた。プシュ、という音とともに手放された片手剣が光へとなり消滅し、新たに長細い新たな武器が姿を現した。武器スキルのmod、《クイックチェンジ》によりワンタッチで武器を片手剣から片手用槍に変更する。
ソードスキルの発動のディレイ時間が片手剣の消滅により、一種のバグに近い現象を起こし、無効化される。
それによりコボルドロードのスキルモーションよりも早くシュウの体は動き出した。
片手用槍が緋色の閃光をまとい、突進しようとするコボルド王の身体を貫いた。一瞬、槍の穂先が三つに分裂したかと錯覚するほどの高速の突き攻撃。
───槍三連撃技、《ファランクス》
ソードスキルをキャンセルされたイルファングは憎々しげにこちらを睨みつけ野太刀を上段からの振り下ろし、《幻月》だ。回避しようとするがディレイによって身体は動かない。
「ヤバッ……!」
一撃で消されないくらいのHPは残ってはいるが、《幻月》は連撃へと繋げるための布石でしかない。自分のHPが削り取られないことにかけて衝撃に備えたその時だった。
「でりゃぁぁぁ!!!」
当たる寸前に野太い雄叫びとともに野太刀が真上に弾かれた。巨大な武器が緑色の閃光が撃ち込まれた。
───両手斧系ソードスキル、《ワールウインド》
野太刀の衝撃と両手斧が激突するとともに部屋全体が震えるほどのインパクトが生まれ、コボルド王が大きく後退する。
「回復するまで俺たちが支えるぜ!」
「……あんた」
斧使いのエギルたちのレイドだ。
コボルドロードがエギル達の攻撃を跳ね除け、垂直ジャンプ。野太刀と己の身体を捻り巻き絞っていく。
───全方位攻撃、《旋車》
「危ない!!」
ポケットから取り出したポーションを流し込む。低級ポーションでは回復するのにかなりの時間がかかってしまう。しかしそんなことお構いなしに反射的に動いた。
キリトが床を蹴りつけ、上空へと飛び出した。
───片手剣突進技《ソニックリープ》
片手剣が、鮮やかな黄緑色の光をはなち、行く手では、ジャンプの頂点にいたイルファングの巨体を捉えた。空中でぐらりと傾いき、そのままソードスキルを発動させず、床へと落下してくる。
「ナイスだ、キリトッ!!」
地上へと落下してくるコボルドロードの位置へと先読みしたシュウは地上で槍を後方へと引き絞り、鮮やかな閃光をまとう。
───槍突進技《スピアレイ》
完全にバランスを崩したイルファングには槍の光線を回避する手段など存在しなかった。
「……さっきのお返しだ」
溜めこまれた槍は床に着く寸前のコボルドロードの身体を貫き、その巨体を吹き飛ばした。
「ぐるうっ!」
喚き、立ち上がろうとするが手足をばたつかせた。
この瞬間を狙わずしてどこで勝負を決める!!
「アスナ、最後の攻撃一緒に頼む!!」
「了解!!」
キリトとアスナが最後の攻撃をかけるために駆けだした。
敵のHPは残りわずかで赤々と輝いている。
コボルドロードがもがくのをやめ、立ち上がるべく上体を起こした。
そうするや否やイルファングは滑らかな垂直ジャンプのモーションに入ろうとしていた。
「させっ……かよ───ッ!!」
ここで《旋車》が炸裂すれば、戦況は一気に覆る可能性がある。
わずかに空中に跳び上がろうとしたその瞬間に右足で地を強く蹴り上げ、槍を肩より上まで掲げ跳び上がった。シュウの身体を誰かが背中を押すようし軽くなった。
───槍突進技、《エアストライカー》
《スピアレイ》より射程距離は短いが、上から突き刺すような突進に威力は格段に跳ね上がる。
ジャンプしようとするイルファングの腹部を槍の穂先が捉えた。
クリティカルヒットの激しいライトエフェクトにコボルドロードのスキルはキャンセルされる。
そこにアスナがシュウの横をすり抜け、渾身の《リニアー》が脇腹へと撃ち込まれた。
残りHPゲージは……一ドット。
コボルドロードは最後の悪足掻きをするようにカタナに閃光をまとわせた。
「お……おおおおおおおって!!」
だが、それよりも早くキリトが斬撃を描いた。それはV字の光の残光を描く。
───片手剣二連撃技、《バーチカル・アーク》
コボルド王の身体は唐突に力を失いその体に、無数のヒビが入っていく。
その直後、その体は幾千幾万のガラスの欠片へとなり。四散した。
「や、やったぁぁぁ!!」
その場にいた全てのプレイヤーたちが歓喜に満ちた声を上げる。
部屋を覆っていた薄闇が一気に払拭され、不思議と心地よい風が吹いてるいうに感じた。
───ついに俺たちは倒したんだ。
安堵感に襲われたのかシュウの身体は急に力が抜け、崩れ落ちていく。倒れる寸前で誰かが支えてくれた。先ほど助けてくれたエギルだった。
「大丈夫か? あまり無理はするなよ」
「わ……るいな。ちょっと立ちくらみが」
自らの足で立ち上がりキリトたちの元へと向かった。
「お疲れ様」
「見事な剣技だった。この勝利はあんたのもんだ」
「やっぱ……オメェは最高だな」
「いや……」
キリトが否定しようとするも、他のプレイヤーたちは、そうだ、と声をあげ、讃えるように拍手をする。
だが、その空気を遮るような声が部屋に響き渡った。
「なんでや!! なんで、なんでディアベルはんを見殺しにしたんや」
密閉された空間でその声は反響し、見殺しという言葉がシュウたちへと重くのしかかってくる。
「……見殺し?」
「そうやないか!? 自分はボスの使う技知っとたやないか!? 最初からあの情報を伝えとったら、ディアベルはんは死なずにすんだんや!?」
キバオウの心からの叫びに何も言い返すことができない。いや、何も言い返せないのだった。彼が言っていることは正しい。
シュウとキリトが事前に皆に自分たちが持っている情報を皆に知らせておけば、少なくともディアベルだけに知らせておけば彼は死なずに済んだかもしれない。
「きっとあいつ、元βテスターだ!! だから、ボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ。知ってて隠してたんだ!! 他にもいるんだろ、βテスターども出て来いよ!!」
プレイヤーたちに疑心暗鬼が漂う。せっかくプレイヤーたちが一致団結してボスを倒したというのに……
これではディアベルが残した意思が無駄になってしまう。
それだけはしてはいけない。
この場を納める方法など実に簡単だった。
道化師を演じきる。ただそれだけだ。
「フハハハハ、ハハハハハッ」
するとその場には似つかわしくない嘲笑うかのような声が部屋の中へと響いた。
それが意味することを瞬時に理解したシュウであったが身体が動かない。
「……キリト」
そんなか細い今にも消え入りそうな声で呼びかけることしかできなかった。
「元βテスターだって。俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいね」
───やめろ……おまえが、お前だけが背負うことなんて何もない。
そう言いたかった。だが、言葉に出来ない。身体が動かない。
「なっ、なんやと!?」
「SAOのβテスターに当選した千人の内のほとんどは、レベリングのやり方も知らない初心者だったよ。今のあんたらの方がまだマシさ。でも、俺はあんな奴らとは違う。俺はβテスター中に他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスの刀スキルを知っていたのもずっと上の層で刀を使うモンスターと散々戦ったからだ。他にもいろいろと知っているぜ。情報屋なんて問題にならないくらいにな」
「なっ、何やそれ。そんなんβテスターどころやないやないか。もうチートやチーターや!!」
周りのプレイヤーたちは先ほどまでキリトをたたえていたにも関わらず、今はただの敵扱いだ。
βテスターの何がいけないのだろうか。ただ他のプレイヤーたちよりも情報を知っていることがそんなにダメなことなのだろうか。
いや、違う。彼らが言っているのは、それらの情報を共有せずにいることだ。
そんなことを考えている今も話は進んでいく。
「そうだそうだ!!」
「βのチーターだから《ビーター》だ!!」
「《ビーター》か、いい呼び名だな」
もう後には戻れない。嫌われ者はもう決定した。あとはそのピエロに賛同するか、否かしか選択肢は残っていない。
それでもシュウは相棒を裏切ることは出来ない。
一歩前に出て口を開こうとしたその時だった。キリトはこちらを睨みつける。それは敵視しているようにも見えた。しかし本質は違うと一瞬で見抜けた。
だからこそシュウはまた一歩も動けなくなった。まるで誰かが地面から動けないように引張ているようだった。仮に引張ている人物がいるとするならばその正体など考えるまでもなくわかった。
「そうだ。俺はビーターだ。これからは元βごときと一緒にしないでくれ」
キリトは先ほどのLAボーナスで手に入れた黒色のコートをオブジェクト化し、身にまとう。
その姿は、《黒の剣士》。かつてのβテスト時代の衣装と被っている気がした。
キリトはそのまま第二層へと続く階段へと向かって行く。その後ろをアスナが追っていく。
シュウは依然として動けないまま、元βテスターであることも打ち明けられないままこの場に被害者ズラをして立っている。
そんな自分がどうしようもなく嫌いだった。
「……キリト」
彼の名は刹那のうちに宙へと四散し、もう残響さえも聞こえない。
そんな後味の悪い気持ちの中で約一万人の命を閉じ込めた鉄の檻は、終わりへと動き出したのだった。
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