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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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番外編:殺人鬼の昔話1 中

 私は強い。

 闇の中で誓うように少女は呟いた。だが、周囲に満ち溢れる声は失望の念を隠さない。

「適性が上がらない……どうやら我々の期待を尽く裏切る様に産まれてきたようだな」

 違う、私は強い。

 再度声高に叫ぶ少女。その叫びを支えるように、周囲には死体の山が出来た。

「オリジナルの10%も適正があればまだ救いがあった。ここまで味噌っかすだと涙も出ん」

 違う、違うんだ!!私は強い!!ビット適性もある!誰にも敗けない!

 されども止まぬ痛罵に、少女は自らの喉を斬り裂かんばかりに吼える。

「滑稽だな、生まれを鑑みても道化にしか見えん」

 私は強い……私は強い……私は強い……誰よりも、誰よりもだ!!

 血の涙を流して慟哭する少女の前に現れたのは、自らが追い求めた一人の女性。冷酷な表情でこちらを見下ろす女性に対し、少女は自己の存在を確固たるものにすべく、無謀にも素手で挑みかかった。


「……」

 覚醒した少女は見慣れぬ天井に数瞬戸惑いを見せたが、直ぐに落ち着きを取り戻した。自らの身体はベッドの上に寝かされており、身体のあちこちには包帯が巻かれていた。ぼんやりとする頭を可能な限り回転させ、暫く自らの身体を確認して骨がいくつか折れているものの、外傷・内傷の類が致命的でないことを確認すると、部屋を見渡す余裕が出てきた。
 典型的な安アパートの一室だが掃除が行き届いており、不愉快さは微塵も感じなかった。窓から差し込んでくる夕日が眩しく、壁掛け時計は夕方の時刻を指し示していた。
 少女はじくじくと痛みを訴えてくる上体を強引に起こすと、更なる休息をせがむ身体に鞭打ち部屋を出た。
 ふと、向かいの部屋から人の気配と食事の匂いが漂ってきた。少女はゆっくりとドアを開け、猫のようなしなやかさで中に入った。案の定、この部屋はダイニングとキッチンで、テーブルの上には二人分の食器が並べてあった。奥のキッチンでは一人の男が黙々と料理を作っており、男の姿を視界に収めた瞬間、少女はぼんやりとしていた記憶が完全に思い起こされ、男に一矢報いるべくテーブルのナイフに手を伸ばした。

「食欲はあるか?」

 唐突。そう、唐突にそう声をかけられた。その事態に一拍子反応が遅れた。遅れてしまった。気が付けば腕を捻り上げられた挙句ナイフは取り上げられ、投げ飛ばされるようにして席に着かされていた。

「それだけヤンチャなら大丈夫だな。取り敢えずあと2分待ってろ、メシができる」

 少女は呆然とした。今まで対峙してきた相手とはわけが違う。今まで行ってきた闘争では勝敗の如何に関わらず、相手に少なからずの手傷を負わせてきた少女にとってこの男は、初の絶対的な存在だった。
 そんな彼女の事など意にも介さずに、男は少女の眼前の皿にサンドイッチを盛り付けていく。ハムやレタス、シーチキンやチーズといった色とりどりの具材の鮮やかさに、少女の口腔は唾液で満ち溢れ、慌てて嚥下した瞬間には腹から雷鳴のような轟音が響いた。

「さあ食え、丸3日も寝てたんだ、腹減ってるだろう?」

 赤面する少女の事など視界に映らないのか、男は自分の分のサンドイッチを手元に手繰り寄せると、新聞を片手に咀嚼し始めた。
 少女は意を決してサンドイッチに食らいついた。今まで味わったことのない味覚の反応に、彼女は我を忘れた。空腹であることも手伝って、あっという間にサンドイッチを平らげた少女は、紅茶を啜りながら男の様子を注意深く観察していた。

「お前は何者だ?」

 唐突に男が口を開き、少女は紅茶を吹き出しかけてむせてしまう。ヒビの入った骨が咳に呼応して筆舌に尽くしがたい痛みを少女にもたらす。少女が落ち着くのを待って、男は再度口を開いた。

「もう一度問う、お前は何者だ?」

「人に名乗るなら、まずは、自分から、名乗るべきだろう」

 少女はどうにか反論をした。意外な答えに男は数拍押し黙った後、微笑みとともに口を開いた。

「ラグザ。場末のバーで日雇いをしている」

 眉一つ動かさず青年ことラシャは偽名を名乗った。

「私はマドカ。そう名乗っている」

「そうか、フルネームじゃないが良しとしよう」

 ラシャはサンドイッチを平らげるとコーヒーを啜り始めた。明らかに敵意がないのを確認すると、マドカは安堵した。

「何故私を助けた?」

 マドカは1番聞きたかったことを率直に尋ねた。この男は自らを助け出す事においてメリットは何もなかった。あろうことか手当までして保護してくれた理由を、どうやっても見つけることが出来なかったのだ。

 ラシャはマドカの心中などお構いなしに、コーヒーをゆっくりと飲み干すと、暫くの逡巡の末、口を開いた。

「お前とは何処かで遭ったような気がするからだ」

 余りにも茫漠とした理由に、マドカは唖然とした。数秒呼吸も出来ぬほどの肩透かしであった。ラシャはカップを新しいコーヒーで満たすと一気に飲み干した。

「……俺は過去の記憶が無い。この通りモンゴロイドの顔をしているが、どんな人間か分からんのだ。国なき民として今もこうして放浪している。このアパートも仮住まいだ」

「ちょっと待て、色々突っ込みどころがあるぞ。住所や金品、社会的地位ははどうしてるんだ?」

 マドカのツッコミに、初めてラシャは笑みを浮かべた。その穏やかな声色からは想像もつかない凄惨で獰猛な笑みはマドカの緊張の糸を張らせるには十分だった。

「それは君は身を以って理解できているんじゃないかな?」

 マドカの全身から血の気が逃げ水のように引いていく。体の末端から冷気のようなものに蝕まれ、口渇と呼吸困難に喘いでいる様な錯覚に陥ったマドカは、何とか椅子から転げ落ちるという最悪の事態は免れた。

「すまんな、実に恥ずかしい話だが、定期的に誰かをぶち殺さなきゃ発作が起きる様になっててね。所謂性格破綻者にして殺人鬼というやつだ。実はこれでも抑えてる方でなあ。まあ、昨日ぶっ殺したばかりだから最低でもあと一週間は穏やかに暮らせるだろうけどな」

 ラシャの殺人鬼としての一面のカミングアウトは唐突だった。マドカは本能的な危機を感じ取り、距離を取ろうとしたが折れた骨が悲鳴を上げて思うように体が動かなかった。

「よせよ、その傷は治るのに時間がかかる。寿命を縮めたくなかったら大人しくしとくのが吉だぞ」

「くっ、どうせ私を殺すのだろう?」

「話を最後まで聞け、俺はお前を殺さない」

 ラシャはポケットから回収しておいたロケットをマドカに投げて渡した。マドカは慌てて損傷がないのか確認し、怪訝な表情を浮かべる。その表情を読み取ったラシャは淡々と告げる。

「破損した部分は直しておいた、それは俺にとっても重要なものらしいからな」

「どういうことだ?」

「その写真の女性だが、何か見覚えがある。ひょっとしたら俺の過去が判るかもしれない」

「……」

「いきなり唐突で済まないと思っている。到底受け入れられる事を言っていないということも。だが、俺は帰らなきゃならないんだ。この人の居るところへ!!」

 ラシャの言葉は徐々に熱を帯びていき、久しく感じていなかった興奮を彼の心臓にもたらしていく。

「だから君に訊こう、『彼女と君は何者だ』と」

「……私については答えられない。だが、その女については答えられる。彼女は織斑千冬……日本にいる」

 ラシャはその言葉を味わうように深呼吸をする。咀嚼するように諳んじる。

「チ、フ、ユ。オ、リ、ム、ラ?なんだろう、初めて聞くのに懐かしい」

 彼の反応にマドカは露骨に怪訝な表情を浮かべる。

「奇妙なやつだな、今の御時世では有名人だぞ?」

「そういうものなのか?」

 真顔で首を傾げるラシャに対してマドカは更に訝しみ、正気を疑った。今の世を引っ掻き回しているインフィニット・ストラトスについてまるで知らなさすぎる。意図的にそれらと隔離されてきたかのような反応だと感じるほどに。

「お前がとても世間知らずだということが分かった。ISさえ知らないというのは致命的だぞ」

「らしいな、こうしてソニー・ビーンの様な世捨て人同然だったのもそうかもな」

「全然笑えん……さて、そろそろ御暇させてもらおう。サンドウィッチは美味かった」

 マドカはそう言うと席を立った。

「何処へ行くんだ?せめて傷ぐらいは治していけ」

「何処へなりと行くさ、少なくともこれ以上お前の世話になるつもりは……」

「こいつを見ても同じ事が言えるか?」

 ラシャはテーブルにドッグタグの塊を投げ出した。総数は裕に30を超えている。それぞれに施された「奇抜なペイント」から察するに、元の持ち主は二度と現れないということだけは明らかだった。

「これ、この三日間で押しかけてきたお前の『自称』お友達」

 ラシャは「自称」の部分を強調して告げた。マドカは自らの古巣の根回しの速さに戦慄した。

「どうやって!?私でさえ敵わないのに……」

「敵わない?当たり前だ。明らかに成長期を迎えて間もないお前に勝てる相手なんてたかが知れてる。随分な無茶をさせられていたみたいだな。だが筋は良い、最適なペースを掴めばずっと強くなれる」

 マドカはラシャの言葉をポカンと呆けて聞いていた。今の今まで自らの強さについて『否定』しかされなかった最中、初めて『肯定』された。そして自らを完全に下した強さ。彼女の進むべき道は決まった。

「……ラグザ、私を鍛えろ」

 マドカの心境の変化にラシャは先程の彼女のような間抜け面を晒した。

「どういう風の吹き回しなんだい?」

「私は生涯を賭けて殺さなければならない存在が居る。その為には絶対的な力が必要なんだ!だから私を奴の次元にまで押し上げられるならなんだって利用してやる!!私を弄んだ技術だってモノにしてやる!!その為なら純潔なんて惜しくは……」

「あのさ、いつの間に~か俺を最低男にするのをやめてくれない?俺はそういうのじゃないから」

 ラシャは一つでかい溜息をつくと、雑念をごまかすように頭をバリバリかきむしった。

「なんだろう、ずっと昔にこんなことをしていたような気がする…が、もうちょいスマートにいってた様ないかなかった様な……」

「おい!どうなんだ!?私を……っっっっ~~~~~!!」

 ラシャの態度に業を煮やしたのか、マドカは慌ててラシャに詰め寄ろうとするも、傷口が開きかけてそれ以上の言及が出来なかった。

「まあ、良いんじゃないかな」

 悶絶するマドカとは対照的に涼しい表情でラシャは承諾した。その返答にマドカは歳相応に顔を輝かせる。

「ほ、本当か!?」

「ただし、条件がある」

 思わず身を乗り出すマドカに対して、ラシャは牽制するように指を突きつけた。射抜くような視線とともに突き出された彼の人差し指は、ナイフの切っ先にも、銃口のようにも見えた。

「無茶をするな、言うことは聞け、命を粗末にするな。あと、目的をちゃんと達成しても燃え尽きず、生きる目標を見つけること。分かったか?それらを了承しなきゃ鍛えてやらない」

 試すような眼差しを向けるラシャに対し、マドカは暫し沈黙すると、ラシャの手を取った。

「決まりでいいのかな?」

「ああ、よろしく頼む。ラグザ」

「それは偽名だ。ラシャと呼べ」

「了解だ、ラシャ」

「まずは引っ越しを行う、少々長居しすぎたからな。その後お前の傷の完治を迎えて、改めて鍛えるつもりだ。早く強くなりたければよく食って寝て力を蓄えるんだな」

 こうして、殺人鬼と孤独な少女という手垢のつきまくったコンビがヨーロッパの片隅で静かに産声を上げた。
 
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