自然地理ドラゴン
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二章 追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -
第26話 動き出している、何か
アンデッド化した町長は、目の前で……灰となった。
しばらくしてティアとアランが戻ってきても、シドウは放心状態のままだった。
「ちょっと、シドウ。何ボーっとしてんの? 大丈夫?」
「あれ? あ、ごめん。大丈夫」
垂れていた頭。その鼻をティアにコツンと叩かれ、ようやく我に返った。
「あの二人、地下から逃げちゃったみたい。隠し通路は見つけたけど、途中で壊されて塞がれちゃってて。だから人質だけ解放してきたよ。あとの捜索は自警団の人に任せることにしたから」
「そうか……ありがとう。アランさんもありがとうございました」
「いえいえ。逃してしまってすみません。しかし何か考え込んでいたように見えたのは、やはり町長のことですか?」
「まあ、そうです。生前の記憶がある以上は、やっぱり町の人にきちんと裁いてもらうのが筋だったのかなと。どのみち死刑は免れなかったのかもしれませんが……」
アランは顎を触り、灰がうっすら積もっている地面を見つめる。
「たしかに、それは少し難しい問題かもしれません。ですが今回の事例では、この結末は避けられなかったでしょうね。捕縛は無理だったと思います」
「そうだよ。だいたい、やったのはシドウじゃなくてあの男二人でしょ? いま悩んでも仕方ないじゃない」
ティアも、両手を腰に当て、大きなドラゴンの頭部を斜め下から覗き込みながら、アランに同調した。
アランはさらに続ける。
「あの男二人は、生前の記憶を持つアンデッドを意図的に生成しました。今後また同じようなアンデッドが現れる可能性はあるでしょう。その対策は町として、国として、いやこの世界として、必要になってくると思います。
我々はこのあと、今回の件を町や冒険者ギルドに報告して情報提供をし、場合によっては一緒に知恵を絞らなければなりません。落ち込んでいる場合ではないかもしれませんよ?」
「……はい」
ティアやアランの言うことは正しい。
心はまだ追いついているとは言い難かったが、いちおう頭ではそれを理解した。
「何か、裏で大きな動きが起きつつある――そういうことなんですよね」
イストポートでのシーサーペントのアンデッド化。そして今回のマーシア町長のアンデッド化。
実行犯が同一人物かどうかはさておき、そのタイミングから、同じ意思が働いていると見て間違いない。
おそらくどちらも、〝実験〟のためにアンデッド化された。
その規模などはまだわからないが、何らかの組織が存在し、そこがやった、もしくはやらせた、という可能性が濃厚だ。
マーシア町長のアンデッド化の実験――本人は実験であるとは夢にも思っていなかっただろうが――は、先ほどの犯人の様子を見るに〝一部成功〟という評価をしていたように見えた。
おそらく、初めて『自我を持ったアンデッドを生成』できたということなのだろう。
見えないところで、何か大きな企てが進行しつつある。
最終的な目的が何かは、まだわからない。
ただ、それが非常によろしくないものであろうという確信は、シドウの中にあった。
「そうですね。そしておそらく、今後シドウくんは 否応なしにそれに巻き込まれていくと思います。それだけの強い力があって無関係で居続けるのは難しいはずですから」
「よくわかんないけどわたしもそう思う! というか意識しないうちにどんどん首突っ込んでいきそうだけどね」
アランが予言をすると、ティアもシドウの首の鱗をポンポン右手で叩き、それに同調した。
「……」
これから何が起きるのか、どのような形で巻き込まれていくのか、それはまだわからない。
ただ何が起きるにせよ、そこで人間のためにやれることがあるのであれば、それは逃げずにやるべき――ペザルの山にいる母親ならそう言うだろうと、シドウは思った。
だがその一方で、今回の町長の件のような、前例のないようなことが次々と起きたら……。判断を誤らないという自信はとてもない、とも思った。
そのうち、とんでもない失敗をやらかしてしまうのではないか。そのような強い不安も感じた。
「あー、またそうやって考え込む。考えても仕方ないときに考えちゃうのもシドウの悪い癖だよ?」
「そうですね。ティアさんの言うとおりかもしれません。戦場であろうがところかまわず考え込んでしまうのは少しまずいですよ? 戦いで迷いは禁物です」
「そうですね……すみません」
シドウはドラゴン姿のまま、ゆっくり息を吐いて気持ちを落ち着けた。
まったく性格の異なる二人に同じことを言われては、反論の余地はない。
「さて。では庁舎とギルドに行きましょうか。報告・相談しなければならないことが沢山あるでしょうから、まずはそこからですかね」
「はい」
「……の前に」
「?」
アランは、まだ裏庭に残っていた八名の冒険者たちのほうに目を向けた。
自警団の人間はすでにいない。逃げた二人の行方を追っているのだろう。
「皆さん。せっかくの機会なので、こちらに来てドラゴンをもっと近くで見てください」
「あ、いいね! せっかくだし変身解く前にみんなに見てもらおうよ!」
「……はあ。俺は別にかまいませんが」
あんな衝撃的な事件の直後でそのような発想がよく出るなと思いつつ、シドウは了承した。
恐る恐る、彼らが正面から近づいてくる。
しかし、扇状に少し離れて取り囲んだところで一度足が止まった。それ以上はなかなか踏み込めないようだ。
「あの、中身は普通の人間のつもりなので。安心してもらって大丈夫ですよ。どうぞ見たり触ったりしてください」
なるべく怖がらせないように言ったつもりだったシドウだったが、すぐに彼らが動くことはなかった。
それを見てシドウはまた少し凹んだが、やがて彼らの中の一人が接近し、シドウの首の鱗を間近で見始めた。
他の人間たちも、続々とそれに倣った。
大陸最南端の町ペザルに近い山にいると言われる一匹――シドウの母親――を除けば、駆除され絶滅したとされているドラゴン。
今日初めてその姿を生で目にしたであろう彼らは、最初は硬い表情だった。
だが、慣れてくると恐怖よりも興味が勝ってきたのだろう。
鱗を触りながら、しっかりとその姿を目に焼き付けようと観察していた。
もともとドラゴン姿に関しては、騒ぎになるとまずいという理由で見せていなかっただけだ。シドウとしては、見られること自体に対して特別な感情はない。
むしろ、こうやってこの姿を受け入れてくれているというのは、嬉しいとまではいかないまでも、安心を感じた。
だがしかし。
それまで輪の外側で眺めていたティアとアランが近づいてくると、途端に雲行きは怪しくなる。
「せっかくだからわたしも混じろっと。鱗がダメならヒゲとか貰えないの?」
「ヒゲもだめ。引っ張らないで」
「切るのは?」
「だめ」
「鼻は人間の姿のときに比べてすごく利くんだよね?」
「そうだけど。わざわざ籠手爪を使って触らなくても」
「だって素手で触ったら汚いじゃない」
「……」
「へー、少し内側は鱗がないから結構柔らかい感じなんだ」
「ぶぅうぇっくしょょん!!」
「キャッ! 汚い!」
「私も前回まだ見足りない場所があったので、参加させていただきましょう」
「はあ」
「肛門は尻尾の付け根かな? どこに付いているのかは確認してもいいですよね」
「いいわけないじゃないですか」
「ふむふむ。だいたい予想どおりのところにありますね。試しに排泄してもらうことは?」
「あの。やっぱり火吹いていいです?」
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