レーヴァティン
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第一話 夢幻の世界へその四
「一時だけさ」
「結局か」
「西武ライオンズの黄金時代も永遠じゃなかっただろ」
十年以上に渡ってパリーグの胴上げをほぼ独占し幾度も日本一に輝いた、その絶頂期はどれだけ続くのかと思われた。
「ドイツ軍だって負けた」
「最後はな」
「ずっと絶頂ってのはないからな」
「他の世界でもか」
「ああ、ライバルなり出たり衰えたりするさ」
「甘い話はない」
「そんなものさ」
そうしたことを話していた、喫茶店の中で誰と誰かが。
そしてそんな話をだ、八条大学社会学部の一回生有栖川久志は聞いていた。黒髪をショートにしていて鋭い目を持っている、背は一七七位で細面に引き締まった体格の男だ。
その彼がだ、店のカウンターでその話を聞いてカウンターの中にいるマスターに言った。
「まあそうだな」
「今の話かい?」
「世の中甘い話はないんだよ」
「どの世界でもか」
「自分だけが強いとかな」
「まあないよな」
髭を生やしたマスターも言う。
「それは」
「俺なんかな」
笑ってだ、久志はマスターに話した。
「剣術をしていてな」
「それでもだよな」
「ああ」
それでもというのだ。
「俺が強くなってもな」
「相手もだよな」
「強いさ」
「そうした相手がいるっていうんだな」
「上には上がいてな」
そしてというのだ。
「その上の人間に倒されてるさ」
「いつもだな」
「何度負けたか」
口の端で笑ってだ、久志はこうも言った。
「練習も含めたら数えきれないさ」
「無敗じゃないか」
「無敗の剣士なんているか」
こうもだ、久志は言った。
「そうそうな」
「それであんたはか」
「勝って負けてさ。もっと言えばな」
「もっとかい?」
「自分より弱い相手でも油断したらな」
それでというのだ。
「負けるさ」
「それでか」
「ああ、マスターもだよな」
「俺は勝負ごとはしないけれどな」
マスターはコップを拭きつつだ、久志に笑ってこう返した。
「けれどコーヒーだってな」
「油断したらだよな」
「まずいコーヒーになるさ」
「マスターのコーヒーはいつも美味いがね」
「それは油断していないからさ」
「いつもか」
「そうだ、だからな」
それでというのだ。
「俺のコーヒーはいつも美味いんだよ」
「そこを油断したら」
「コーヒーも紅茶もな」
「紅茶も美味いがな」
久志はコーヒーを今飲んでいるが紅茶も好きだ、その時の気分でどちらかを飲んでいるのだ。どちらかだけではないのだ。
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