自然地理ドラゴン
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一章 小さき魔物 - 海竜と共生する都市イストポート -
第11話 飛竜 対 海竜 (1)
シドウとティアが冒険者ギルドに戻り、陳情結果の報告を済ませている最中。
都市の職員と思われる人間がカウンターの奥へと入っていき、慌ただしくギルド職員と話を始めた。
その会話の内容は、二人にも丸聞こえだった。シーサーペント討伐の依頼がギルドに届いたのだ。
都市側の動きは速い。
緊急事態であること。そして相手が相手であること。そのような事情を考慮して、ギルド内の掲示板だけでなく、街中の掲示板に『戦える冒険者募集』の紙が貼り出されることになるようだ。
――まずい。
回答待ちのはずのシーサーペントに冒険者たちがいきなり総出で攻撃、という事態は避けたい。まずは都市側の回答を伝えるのが筋だ。そしてそのうえで最後の交渉を――。
そう考えたシドウは受付に頼み、ひとまず討伐依頼を自分たちだけで受けたいと申し出た。そして、自分たちの結果が出るまでは他の冒険者は動かさないでほしい、とも頼んでみた。
上級冒険者とはいえ、この都市ではまだシドウの実績はない。
さすがに完全に信頼はしてもらえず、
「念のため、中級冒険者以上で動ける者は全員現地に向かわせて待機させる」
と言われたが、基本的には了承を得た。
さらにシドウは、ギルドに「日が沈んでからやりたい」とも頼んだ。
もしも昼間にシーサーペントと戦うことになってしまったら、都市の人たちに対して変身した姿を見られてしまうことになる。
もちろんこの都市内で変身するとなれば、誰にも見られないというのは難しい。だがそれでも、シドウとしてはできるだけ目撃者は少ないほうがいいと考えたためだ。
ところが、その頼みについては「困る」と却下されてしまった。
シドウが敗退した場合は総攻撃をかけることになるため、そのときに暗闇ではまずいということらしい。
結局シーサーペントのところに行くのは夕方ということでまとまった。
中途半端だが、その時間であれば港は人通りが減るため、真昼間よりはマシである。
二人は出撃の準備を済ませると、ギルドに併設されている酒場のテーブルに座り、予定の時間まで待機することになった。
「シドウ、どうするつもりなの」
ティアは心配そうにそう言う。
「どうするも何も、この都市としてこういう回答になった、と正直にシーサーペントに伝えるしかないよ。そのうえで、『できたら退いてほしい』ともう一回お願いをしてみる」
「そのお願い、たぶん通じないんだよね」
「うん」
「都市を襲うと言われたら……どうするの」
「俺が戦うよ。そのために依頼を受けたんだから」
「……それでいいんだ?」
「いい。俺は『絶対に人間の敵にはなるな』と言われているから」
「全然納得してるように見えないけど?」
「ティアは心が読めるの」
「そうじゃないけど」
「それとも俺に、モンスター側に味方してこの都市と戦ってほしいとでも?」
「そんなこと思ってないってば」
「だったら――あ、いや、ごめん……」
発言が半分八つ当たりになっていることに気付いたシドウは、両腕をテーブルに乗せ、大きく息を吐いた。
「もう討伐依頼は出た。俺がやらなければ、他の人間たちがやるだけの話だよ」
「じゃあ他の人に任せてもよかったのに」
「それだと、死人がたくさん出るかもしれないから……」
「……」
* * *
「大変だ! シーサーペントが港で暴れている!」
待機していた二人の元に、職員が慌ててそう知らせにきたのは、まだ午後の早い時間だった。
「……!」
「シドウ……」
――なぜだ。まだ回答待ちだったはずだ。
シドウは焦り、すぐに現地へ向かった。
川沿いを、急いで走る。
途中、慌てて避難していく市民ともすれ違った。
今避難しているのは遅すぎるが、シーサーペントはここ最近不穏な動きを見せてはいたものの、今まで都市を襲ったことなどはない。対応が遅くなるのも仕方がないだろう。
シドウとティアが現場近くに到着したときには、すでに惨状となっていた。
現場は二人が最初にシーサーペントと交信した場所の近く……のはずなのだが、景色がガラリと変化している。
並んでいたはずの倉庫などの建物が、ない。
代わりに、水浸しになった、瓦礫の山。
そして……いた。
船着き場のすぐ近くで、水中から首を立てているシーサーペントが。
魔法なのかどうか不明だが、周囲には渦を巻いた巨大な水柱が四本立っている。
そしてすでに、自警団や冒険者と思われる人間たちが何十人も、岸から少し距離を取って、半円状に取り囲んでいた。
その人間たちから、火魔法と思われる火球や、斜め上に構えられた何か――おそらくクロスボウ――から放たれた大量の矢が飛んでいる。
火魔法や矢はまったく効いているように見えないが、重そうな大剣や斧を持っている冒険者も控えている。
まずは遠隔攻撃し、上陸してきたら一斉に襲い掛かるのだろう。
「シドウ、どうしよう。もう始まっちゃってるみたいだよ!」
「ひとまず事情を聞きたい。行こう」
まだシドウはシーサーペント側に返事をしていなかった。それにもかかわらず、この事態。
返答するまでは待っていてほしい。そうお願いをし、シーサーペントも了承していたはずだ。
いったい何があったのか。それを聞かなければならない。
二人は、道具袋を適当なところへ置き、取り囲んでいる人間たちのところまで近づいた。
そして射撃の一時中止をお願いしようと思ったとき――。
シーサーペントの頭ががやや上方を向いた。
直後に、咆哮。
体の隅々まで振動を感じるくらい、大きなものだった。
一斉にビクンと反応する、人間たち。
「来るぞ!」
誰から発せられたのはわからないが、その叫び声とともに、人間たちに一層の緊張が走る。
立ち上っていた四本の水の渦が、水面から高く浮上し、斜めに傾いた。
その先端は鋭い。まるで、高速回転する水の槍――。
再度の咆哮。
その水の槍は、冒険者たちの頭上を高速で飛んでいった。
そして着地点を確認すべく、彼らが振り向こうとした途中に鳴った、大きな破壊音。
「……」
シドウもその水の槍の行方を追ったが、そこにピントが合ったときには、まだ残っていたはずの建物が消滅していた。
すでに瓦礫と化していた倉庫街の、さらに後ろ。そこにあった商館などへ命中したようだ。
中の人間が避難していたかどうかは……わからない。
だが、避難していなければ即死ということだけは間違いない。
「ティア。話をするから、他の冒険者のラインまで下がっていて」
「……うん」
すでに体勢を立て直して射撃を再開しようとしていた、自警団と冒険者たち。
シドウはその中に自警団のリーダーがいることを確認すると、その男に頼んで射撃をストップしてもらい、シーサーペントに近づいていった。
シーサーペントも、近づいてくる一人の姿に気づいたようだ。じっとシドウの姿を見つめる。
シドウはギリギリまで近づき、見上げた。
「あの! 聞こえますか!」
「……」
「どうして攻撃したのですか。まだ回答待ちだったはずです」
見下ろす海竜のその目。そこには、狂気や怒りといった類の感情は一切こもっていなかった。
だが、その代わりにこめられているものも、シドウにはよくわからなかった。
「回答、もらった、汚す、やめない、と」
「もらったって……誰からもらったんですか」
「人間」
「……!」
確かにその回答に決まっていた。しかし、シドウはまだそれを伝えていなかった。
予定ではそれを伝えたうえで、矛を収めてもらえないかどうか、最後のお願いをするつもりでいた。
だが、共用語を使える何者かが、回答を先に伝えてしまったのだ。
しかも、おそらくあまり良くない形で……。
「まだ間に合うかもしれません。今回は退いてもらえませんか」
「汚す、やめるのか」
「それは……やめられないことになりました」
「なら無理だ」
「誰に何を言われたのかは知りませんが、あなた一人でこの都市を相手にするのはさすがに無理だ。いずれは力尽きるでしょう。撤退して他の安全な海へと行ってもらうことはできないんですか」
「できない」
「……」
気づけば、シーサーペントの周囲には再び巨大な水の槍が生成されていた。
また建物を破壊するつもりなのだ。
――これは、もうどうにもならない。
シーサーペント側に迷いがない。
ここで止めなければ、また被害が拡大する。
死人が……すでに出ている可能性が高いが、さらに増えるだろう。
説得は不可能だと判断したシドウは、振り返って背後のティアの存在を確かめる。
「ティア」
「うん」
「ここの人たちを頼む……」
ティアが「わかった」と返すと、シドウは再び前を向き……
ドラゴンに変身した。
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