ソードアート・オンライン ~白の剣士~
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忘却
前書き
久々の更新です
最後に心から笑ったのはいつだっただろう–––––
そんなことをふと考えたのはつい最近の事。SAO、ALOの戦いを経て幾多の戦場を駆け抜けたシューはバイト先の喫茶店でコーヒーカップを拭きながら物思いにふけっていた。
「こんにちは」
「いらっしゃいシノン。今日は一人?」
「ええ。みんなALOにダイブしてる」
「ということは、絶剣を見に行ったのかな?」
紅茶をシノンに差し出すと、シューは使った茶葉の袋を戸棚の奥に閉まった。閉まう際に僅かに漏れでた茶葉の香りに浸りながら再びカップを拭いていると、再び出入り口である扉がベルの音と共に開いた。
白い髪に車椅子の少年、それを補助するように扉を開けたのは黒のロングヘアーを束ねた少女。少年はシューとシノンを視界に捉えると右手を挙げて挨拶をする。
「よっ」
「シオンにエリー。あなた達、今日はALOじゃなかったの?」
「ううん、シオンはお父さんのところで開発のお手伝い。私はその付き添い」
「とは言っても、基本俺がやることは動作確認のためのテスターだけどな」
テーブル席で話すシオンとエリーは紅茶が出されるとシューに礼を言い、ジュークボックスから流れるジャズに耳を傾けながら紅茶を飲んだ。
優雅に思えるその光景をカップを拭き終えたシューは一瞥して、拭き終えたカップを棚に戻そうとしたその時。
「シュー。貴方、なんかあった?」
シノンの一声に不意に手が止まる。意外なことだったのかシューは思わず質問を質問で返してしまった。
「どうして?」
するとシノンはカップを持ち上げこれまた意外な回答を繰り出した。
「紅茶がいつもの美味しさじゃない」
「つーか、不味い」
続けてシオンはジト目でカップを突き出して訴えかけてくる。
まさかの理由を突きつけられたシューはキョトンとした顔を暫く見せると、今度は思い切り吹き出して笑顔を見せた。
「クッ、アハハハハハッ!!」
シューは今まで誰にも見せたことが無いであろう爆笑を披露すると、笑い涙を拭いながら言った。
「ハハ・・・いや〜、まさか紅茶の味だとは。恐れ入ったよ・・・」
そう言って先ほどまで使っていた布巾を畳むとカウンターの淵にもたれ掛かった。
「僕は左目を喪う前、親しい友人がいたんだ。三つ下の女の子で、僕を兄のように慕っていてね、とても活発で笑顔がとても眩しい子だった。でもある日、彼女は突如不幸に見舞われたんだ」
「不幸?」
「病気だよ、君たちなら名前くらい聞いたことがあるはずだ。『後天性免疫不全症候群』、通称・・・」
「AIDS・・・」
シノンの言葉にシューは少しの間を置くと、布巾を握り締め、話を続けた。
「出産時の輸血から感染したらしくてね、当初は薬でなんとかなってたんだけど厄介なことにこれが薬剤耐性型でね、今は横浜の病院に入院してるよ」
「治療法はないの?」
「それは・・・」
シューが答えるのに少し間を置くなか、シオンは彼の異変を見逃さなかった。
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「お前、どうして嘘を吐いた?」
「なんのこと?」
二人きりとなったダイシーカフェでは、カウンターから離れたテーブル席で水の入ったコップを見つめながらシオンは尋ねた。
聞かれたシューはいつもの穏やかな表情で返す。
「惚けるな、何故治療法が無いなんて嘘を吐いたと聞いている」
「あぁ、そのこと・・・」
「確かに昔は不治の病として医者の頭を悩ませてはいたが、ここ数十年で医療は進歩している。とても治療法が全く無いなんて思えない」
シオンの言うことはもっともである。いくら不治の病といえど絶対に治せない訳ではない。たとえ今は無理でも数年単位のスパンで見れば症状を抑えながら治療法を探すことができ、治すこともできる。それがこの十数年で成長を遂げた医療の姿である。
「君の言う通りだよ、確かに治療法はある。それに、長い目で見れば完治することも」
シューはカウンター席で背を向けたまま答えた。
「なら・・・」
「でもね、それは初期や症状がまだ軽い状態での話。末期の段階にある彼女を治すには、とてもじゃないが方法はたったひとつだ」
いつもの穏やかな表情から真剣な表情に変わったシューを見てシオンは思わず息を呑む。
「・・・どういう、ことだ?」
「エイズに耐性のある骨髄を移植する。白人の約1%にしか存在しない変異遺伝子さ」
「1%・・・」
「条件に見合う人物を見つけ出すのに苦労したよ、白人という白人を片っ端からね。そして見つけたよ、たったひとりだけね」
「その人は今どこに?」
シオンが問いかけると、シューは背を向けたまま答えた。
「ここにいる」
「は?」
「1%の遺伝子をもつ存在・・・それが僕だよ」
それはあまりにも淡々とした口調だった。シオンは混乱する思考を無理やり整理し、再び問いかけた。
「いや、でもお前は・・・」
「確かに僕の体の大半には日本の血が流れてる。でもね僕には北欧系の血が僅かに流れているんだ。自分の血が混ざっていることは知ってはいたけど、まさかこんな遺伝子を持っていたなんて予想外だったよ」
「じゃあ、それがあれば・・・」
「彼女を救えるかもね。でも・・・」
シューは表情を曇らせると、途切れ途切れな言葉を吐き出した。
「・・・それは、できない」
「どういう、ことだ・・・!?」
「・・・ごめん」
そう言い残してシューは店の裏へと走って消えていった。
その場に残されたシオンは何も聞けないままただシューが消えていった先を見つめることしかできなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
僕はずるい人間だ–––––
何も話さず、悟らせない。それが僕という人間、のはずだった。
なのに・・・
「シュー兄、どうしたの?」
自分の名を呼ばれ我に帰ると、目の前には頭を巨大な機械《メディキュヴォイド》に覆われた少女『紺野木綿季』がスピーカー越しに話しかけていた。
「あぁ、なんでもないよ。それで?どんな人が入ってきたの?」
シューは彼女がALOで所属しているギルド《スリーピングナイツ》に助っ人として加入したプレイヤーについて聞いてみた。すると気持ちが高ぶったのか、上ずった声で嬉しそうに話し始めた。
「うん!それがね!すっごく綺麗な人でね!すっごく強いんだ!」
あまりの情報の欠如に苦笑いするも彼は木綿季に再び聞いてみた。
「そう。それで種族は?」
「ウンディーネだよ。すっごく速いレイピア使いだった!」
ウンディーネ、速いレイピア使い。その特徴だけで彼の頭の中に一人のプレイヤーが浮かび上がった。
「うちの知り合いにも一人いたなウンディーネのレイピア使い」
「もしかしてその人だったりしてね」
「ハハッ、ありえるかもね!」
そんな風に笑い飛ばしていると、木綿季はふと声音を変え、シューに聞いた。
「ねぇ、シュー兄。やっぱり受ける気は無いの?・・・手術」
「・・・・・」
「手術を受ければボクだけじゃない。シュー兄だって助かるんだよ?」
「大丈夫だよ。イギリスに腕の立つ医者いるって言ってたし、僕は木綿季に提供するだけ。今の医療なら負担は殆ど無いよ」
「でも、先生は・・・」
木綿季は食い下がることなく話し続けるが、シューは首を立つ横に振る。
「これは僕の罪であり、業であり、戒めだ。償いが終わるまでは僕はコイツと一生過ごしていかなくちゃいけないんだ」
そう言ってシャツの胸のあたりを握りしめて、悲しい表情を浮かべた。
『こんな気持ち、忘れられたら幸せなのかな・・・』
忘却はより良い前進を生む–––––
そんな言葉を彼の頭の片隅にはあった。
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