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俯く顔照らす星

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第三章

 ヴィンチェロは碌に本を開かずほぼ無為に仕事をしているだけだった、そうした日が続いていたがその彼がだ。
 研究室にいて二日酔いの頭でコーヒーを飲んでいると携帯に電話がかかった。その電話をかけた相手はというと。
「レオノーラか」
「そう、私よ」 
 交際相手から電話がきたのだ。
「こっちに戻ってきたから」
「フィンランドはどうだった」
 ヴィンンチェロは沈みきった声で携帯の向こうの恋人に尋ねた。名前をレオノーラ=ゴグマという。同じ大学に所属している助手であるが環境学の方にいる。それでフィンランドの方まで二週間に渡って現地調査に出ていたのだ。
「オーロラ見たか」
「奇麗だったわよ」
「サウナも楽しんだな」
「ええ、それで森林もね」
 調査の対象についてだ、レオノーラは自分から話した。
「かなり改善されてたわ」
「そうか」
「酸性雨も減っててね」
「フィンランドの環境は改善してるか」
「私達が調査した限りではね」
 そこでわかったことはというのだ。
「三十年前よりもずっとよくなってるわ」
「それは何よりだな」
「湖も中性になってきてるし」
「環境も戻るんだな」
「人間の努力次第でね」
「環境を汚すのは人間でか」
「戻すのも人間よ」
 そのどちらもというのだ。
「そのこともわかったわ」
「それは何よりだな」
「ええ、ただね」
「ただ、何だ」
「ヴィンチェロ随分落ち込んでるわね」
「ああ」
 その通りとだ、ヴィンチェロも否定せずに答えた。
「わかるか」
「声が凄く沈んでるから」
「論文を書いたんだがな」
「私がフィンランドに行く前に言ってたわね」
「絶対の自信があるってな」
「その論文の評価が悪かったのね」
「これ以上はないまでにな」
 それこそとだ、ヴィンチェロはレオノーラに答えた。
「爺さん達にボロクソに叩かれたさ」
「それは大変だったわね」
「全くだ、それでな」
「お酒ばかり飲んでるね」
「そのこともわかるか」
「声の調子でね」
 このこともというのだ。
「わかったわ」
「二日酔いの声か」
「相当に苦しそうな」
「そうだよ、論文をボロクソに叩かれてから毎晩な」
 それこそとだ、ヴィンチェロは電話の向こうのレオノーラに答えた。
「ラム酒だのコニャックだのをガブ飲みしてるさ」
「あらあら、強いお酒ねどっちも」
「ワインも飲んでるしな」
 朝や昼はそちらだというのだ。
「とにかく飲んでるさ」
「本当にショックだったのね」
「自信作だったんだ」
 その論文はというのだ。
「それはボロクソだったからな」
「そういうことってあるわね」
「全く、毎回毎回俺の論文は叩かれるがな」
 彼曰く頭の固い教授達にだ、とかく叩かれるというのだ。
「けれど今回はな」
「特に叩かれて」
「そっちの想像の通りだよ」
「落ち込ん二日酔いの日々ね」
「そうだよ」
「辛いわね、それはまた」
「ああ、辛いさ」
 まさにという返事だった。 
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