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外伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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巡航艦ツェルプスト艦長兼第1巡察部隊司令 (その3)

帝国暦484年 5月23日 巡航艦 ツェルプスト  アウグスト・ザムエル・ワーレン



積荷は四つのコンテナに格納されていた。ヴァレンシュタイン中佐は積荷のリスト(輸出申告書と言うらしい)をパラウド号の倉庫にあるコンピュータから出力すると積荷との突合せをするように指示を出した。本人は積荷の確認には立ち会わず、コンピュータを使って何かを確認している。

四つのコンテナの内、三つまでは問題は無かった。ヴァレンシュタイン中佐が出力したリストとの間に食い違いは無かったのだ。だが残りの一つのコンテナに問題が有った。リストに無い積荷が有った。

大型のジェラルミンのトランク、縦一メートル、横二メートル、高さが一メートル程だろうか、リストには無い積荷だ。バルツァー船長が隠そうとしたのはこれだろうか。とにかく、先ずはヴァレンシュタイン中佐に知らせなければならんだろう。



「これですか?」
「はい、司令がいらっしゃる前に爆発物、生体反応は確認しました。どちらも問題ありません」
ヴァレンシュタイン中佐は頷きながら、トランクを見ている。

「トランクを開けられますか?」
「いえ、ロックされています。虹彩認証システムを使用しているようです」
「なるほど、登録者はおそらくバルツァー船長でしょう。開けるには壊すしかありませんか……」

俺は無言で頷いた。虹彩とは、目で色のついた部分のことだ。人間の場合、虹彩の模様が個体によって違うことが知られており、このことを利用して個人認証に使用するシステムを虹彩認証システムという。

虹彩認証システムの利点は虹彩パターンが長期間にわたって安定している事だ。虹彩パターンは生後約1年程度で固定され、その後は外傷性障害や特別な疾病変化、あるいは眼科手術などを除けば変化は無い。一旦登録すれば再登録の必要はほとんど無いと言って良い。

バルツァー船長が登録者の場合素直に協力するとは思えない。彼が眼を閉じていればそれだけでトランクは開かない。ヴァレンシュタイン中佐が言ったように壊すしかないだろう。

しかし、本当に壊していいのか? 壊して何も出なかったらどうなる? あるいはとんでもないものが出てきたら? 今なら多少外聞は悪いが問題無しとして後戻りは出来る。だが壊せば戻る事は出来なくなる。どうするのか? ヴァレンシュタイン中佐は小首を傾げながら考えている……。

「仕方ありません。ワーレン少佐、壊してください」
「よろしいのですか?」
「構いません。壊してください」

ヴァレンシュタイン中佐は気負った様子も無く決断を下した。見かけによらず、肝は太いらしい。俺が兵達にトランクを壊すように指示を出すと速やかに兵たちが動き始める、どうやらバーナーで鍵を焼き切るようだ。

三十分ほどかかったがトランクを開けることが出来た。トランクの中には包装紙に包まれた黒い動物の毛皮が入っていた。かなり大きい動物の毛皮だ。思わず皆、顔を見合わせることになった。

「中佐、これは……」
「……」
「何か動物の毛皮のようですが……」

俺は困惑とともにヴァレンシュタイン中佐を見た。兵達も皆困惑している。しかし中佐は珍しく厳しい表情で毛皮を睨んでいた。どういうことだ、この毛皮に心当たりが有るのだろうか?

「ワーレン少佐、少し暗くしてもらえますか」
暗く? 不審に思いながらもトランクのふたを閉めるようにして光を遮る。

「こ、これは!」
「光っている!」
口々に皆が騒ぐ。毛皮は微かに青い燐光を放っていた。

「やはり、トラウンシュタイン産のバッファローでしたか」
溜息交じりのヴァレンシュタイン中佐の声が流れた。
「ヴァレンシュタイン司令、トラウンシュタイン産のバッファローと言えば」
思わず声が掠れ気味になった。

「ええ、御禁制品です。とんでもないものが出てきましたね、ワーレン少佐」
にこやかに微笑む中佐を見ながら、それどころじゃないだろう、と俺は内心で毒づいた。



帝国暦484年 5月23日 交易船 パラウド  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


トラウンシュタイン産のバッファローか、こりゃまたとんでもないものが出てきたな、御禁制品だ。周囲を見渡すと皆怯えたような顔をしている。ワーレンも何処か引き攣ったような表情だ。俺も似たようなものかもしれない。

フェザーンの傍にアイゼンヘルツという星系がある。銀河連邦時代にはこの星系は見つかっていない。銀河帝国になってから発見され開発された。惑星トラウンシュタインはアイゼンヘルツ星系にある惑星だ。

酸素は有るのだが酷く寒冷で人が住むには適さない。そのため発見当初から入植して開発するという選択肢は放棄された惑星だ。しかし人が住めなくてもトラウンシュタインには鉱物資源がある可能性が有った。

トラウンシュタイン独特の風土病を調べるため、それを理由に寒さに強い動物がトラウンシュタインに放たれた。人間ではなく牛や馬でそんな事が分かるのかと俺は思うのだが、牛や馬が住めないような惑星では人が住めるわけが無いというのが当時の帝国上層部の考えだった。大胆というか大雑把というか判断に悩む所だが、これがトラウンシュタイン産のバッファローという珍種を生み出す事になる。

放たれた動物は牛、馬、狐、兎、熊、狼などだが、その中にバッファローもいた。惑星トラウンシュタインの調査期間は五年、途中三年目で調査員達は奇妙な事に気がついた。

バッファローの一部に青く光る固体が見つかったことだった。何らかの病気かと調査員達は考えたのだが詳しく調べていくうちに分かったのは青く光るのは夜間、そして雄の成獣だけが発光するということが分かった。

原因はバッファローが食べていた草にあるらしい。名前は忘れたがトラウンシュタイン独特の草で夜になると微かに青く光る。つまり発光成分を含んでいるのだ。なぜ雄の成獣だけが発光するのかはホルモンの関係らしい。生殖可能な状態になると発光する、確かそんな事が昔読んだ動物図鑑に出ていたような気がする。

何故、バッファローだけが青く光るのかだが、それはこの草の匂いがきつく他の動物達は食べないからだ。おまけにこの草、他の星では育たない、ごく稀に育つ事があっても発光成分を持たず、トラウンシュタインの草とは別物になってしまう。

つまり青く光るバッファローは惑星トラウンシュタインにしかいない。惑星トラウンシュタインは皇帝の直轄領となり、たとえ皇太子といえども皇帝の許しなく立ち入る事は禁じられることになった……。


さて、どう片を付けるかだな。真っ正直にバルツァー船長に当たっても無駄だろう。おそらくこの船からは雇い主に対して定時連絡が行っているはずだ。あるいは臨検を通告した時点で連絡が行ったかもしれない。

バルツァー船長は雇い主の救いを頼みに沈黙するだけだろう。雇い主も彼を救うためになりふりかまわないはずだ。事が公になれば身の破滅なのだ、何が何でも助けようとするに違いない。

面倒だな、いっそ無かった事にするか? 少々手荒いが、このままだとこっちの命が危ない。雇い主が誰かは知らないが、トラウンシュタイン産のバッファローの毛皮を見られたとなれば身の破滅だという事は百も承知だろう。身を護るために手段は選ばないはずだ。しかし後味が悪いな、他に手が無いものか……。


帝国暦484年 5月23日 交易船 パラウド  アウグスト・ザムエル・ワーレン


コンテナを離れ、バルツァー船長達の元に戻った。バルツァー船長はまだ兵たちの前で“いずれ、思い知らせてやる”、“こんな事をしてただで済むと思うな”等と傲慢と言って良い態度で振舞っている。その一方で集められた乗組員達、十五人程は不安そうな表情で佇んでいる。

「バルツァー船長、コンテナから妙な物を見つけましたよ。御禁制のトラウンシュタイン産のバッファローの毛皮十枚。あれは一体どなたからの依頼ですか、教えていただけると助かるのですが」

ヴァレンシュタイン中佐の声にバルツァー船長は押し黙った、乗組員たちもだ。どうやら乗組員は積荷が何か知っていたらしい。兵士達は顔を見合わせているが不安そうな表情だ。変わらないのはヴァレンシュタイン中佐だけだ。穏やかな何処か楽しそうな表情をしている。

「知らんな、そんなものを積んだ覚えは無い。輸出申告書にも無い筈だ」
「ええ、有りませんでした。おかしな話ですね、無い物が有る」
仏頂面のバルツァー船長とは対照的に可笑しそうにヴァレンシュタイン中佐は話す。バルツァー船長は不愉快そうに顔を歪めた。

「言いがかりは止めてもらおう、無い物が有るはずが無い。見間違いだろう。それより我々を解放しろ、今なら未だ間に合う」

バルツァー船長は胸を反らして言い放った。バッファローの毛皮十枚が見つかっても少しも慌てる様子が無い。むしろ嘲笑の色合いが強くなっている。“今なら未だ間に合う”か、こちらには手に負えないだろうというのだろう。

「残念ですがそうは行きません。バルツァー船長、協力していただけないのなら貴方達には全員ここで死んでもらいます」
「!」

穏やかな声とは裏腹な物騒な内容に、船長も兵士も乗組員も皆がギョッとした表情になった。バルツァー船長が顔を真っ赤にしてヴァレンシュタイン中佐を怒鳴りつける。

「何を馬鹿なことを言っている。我々を全員殺すとはどういうことだ?」
ヴァレンシュタイン中佐は穏やかに微笑みながらバルツァー船長を見ている。ヴァレンシュタイン中佐、一体何を考えている?

「交易船パラウド号は海賊に襲われ、乗組員は全員死亡、積荷も奪われ、船は海賊の攻撃により跡形も無く爆発、そういうことです」
海賊? 海賊に罪を着せこの船を乗組員ごと抹殺しようというのか。

「馬鹿な、何を言っている。お前達が臨検しているという事はオーディンに知らせたのだぞ」
バルツァー船長も乗組員も皆顔を見合わせている。ヴァレンシュタイン中佐がどこまで本気か図りかねているのかもしれない。

「なるほど雇い主はオーディンですか、まあもうどうでも良い事ですが……。海賊は第一巡察部隊の名を騙ったのですよ、バルツァー船長。臨検と称してパラウド号に乗り込み貴方達を皆殺しにして積荷を奪った。本物の第一巡察部隊が来たときには海賊は既に立ち去りパラウド号の残骸しか残っていなかった。大変残念です」
「……ざ、残念だと」

「貴方の依頼主が誰かは知りません。しかし私達にあれを見られて黙っているほど御人好しだとも思えません。ですから貴方達には海賊に襲われた事にして死んでもらいます。貴方達の雇い主も海賊相手では仕方がないと諦めてくれるでしょう」

「待て、待ってくれ」
バルツァー船長が顔を青褪めさせ、幾分声を震えさせながら抗議した。そんな船長をヴァレンシュタイン中佐は微笑を浮かべて見ている。上手いものだ、脅しならもう十分だろう。

「ヴァレンシュタイン司令、いくらなんでもそれはやりすぎです。もう彼らも分かったでしょう。こちらの取調べに協力するはずです」
上手く押さえ役を出来ただろう、これで彼らも取り調べに協力するはずだ、そう思ったがヴァレンシュタイン中佐は冷笑を浮かべている。

「甘いですね、ワーレン少佐」
甘い、俺が甘いというのか? 確かにさっきの脅しはお見事だが、お前さん程甘くないはずだよ、中佐殿。

「あれは御禁制品なんです。皇帝陛下から下賜される以外貴族達があれを手に入れる手段はありません」
「それは分かりますが?」

「毛皮は十枚有りました。どんな有力貴族でもあの毛皮はせいぜい二、三枚しか所持していません。自分一人で十枚も持てば密猟がばれ、取り潰されますよ」
「……」
いつの間にかヴァレンシュタイン中佐の顔から冷笑は消えていた。

「あれは賄賂のためです。贈り物として用意したか、あるいは要求されたか……」
「要求された……」

「雇い主はあれを賄賂として使う必要が有る有力貴族です。閣僚か、それとも軍人、あるいは官僚としてのポストを欲しがっているのでしょう。賄賂の送り先はポストを用意できるだけの実力者のはずです……」
中佐が眼で俺に問いかけて来る。分かっているのか、危険なのがと。

「……」
「それにこの件は宮内省も絡んでいますよ、ワーレン少佐」
「宮内省ですか?」
近づきつつ小声で話しかけてくる中佐に俺も思わず声が小さくなった。

「惑星トラウンシュタインは皇帝陛下の直轄領です。つまり管理しているのは宮内省。宮内省の許可無しには密猟どころかトラウンシュタインに近づくことさえ出来ません。宮内省でもかなり上の人物が絡んでいます」
「……」

ヴァレンシュタイン中佐がチラリとバルツァー船長を見た。俺も釣られて船長を見る。船長は顔を引き攣らせ、俺と視線を合わせそうになると慌てて逸らした。中佐との話の内容が聞こえたのだろうか?

「この事件、何処まで根が広がっているか見当も付きません。彼らは何が何でもこの事件を握り潰そうとするでしょう、事が公になれば破滅するのは彼らなんです。この船の乗組員はそれを知っている、だから喋りません」
「……」

「もしかするとあの毛皮の送り先の有力者には帝国軍三長官も含まれているかもしれませんよ、ワーレン少佐。となると事件を揉み消すのはさして難しくない、それどころか事件を摘発した我々は政府、軍、貴族、その全てを敵に回すことになります」
「まさか、そんな事が」

否定しようとした俺に対しヴァレンシュタイン中佐は首を振りながら反論した。
「軍人がサイオキシン麻薬の製造から密売までやる時代です。何が有ったって不思議じゃありません。私達は出世どころか命も危ない、海賊の所為にして全部まとめて始末したほうが安全です」
「しかし……」

しかし、いくらなんでも乗組員全員を殺す事など許されることだろうか? 確かに彼らは犯罪者だ。しかもかなりの有力者が後ろについているとなれば、このまま逮捕しても誰も何も喋らないだろう。事件は有耶無耶のままに終わるに違いない。

そして我々は危険な立場に追いやられるかもしれない。自分だけなら迷う事は無い、しかし、部下たちがいる。彼らを危険に晒してよいのだろうか? 中佐の言う事が正しいのだろうか? 海賊の仕業にして全員を殺してしまうべきなのだろうか?

「未だ納得していただけないようですね、ならば一人だけならどうです?」
「一人だけ?」
悩んでいる俺にヴァレンシュタイン中佐が溜息交じりに提案してきた。

「ええ、ある人物に全てを押し付けるんです。取調べを行なったが何も喋らずに自殺した人間がいる。他の乗組員は何も知らない、どうやら自殺した人間が全てを知っていたようだと……」
「それは……」

「当然その人物はそれなりの地位にいる人物になりますね」
ヴァレンシュタイン中佐はバルツァー船長を見た。俺も釣られるように彼を見る。そこには不安そうに我々を見るバルツァー船長が居た。




 
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