テキはトモダチ
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British Rhapsody 〜赤城〜
Propose and Acceptance
前書き
時期はちょうど22話と最終話の間ぐらいです。
「アカギ、夕食を共にしたいが、よろしいか?」
夕食の金目鯛の煮付けを堪能しつつ7杯目のお櫃を空にした頃、私の前に夕食の献立が乗ったお盆を手にしたロドニーさんが現れた。
「どうぞ」
「失礼する」
手に持つお盆をテーブルの上に置き、一度厨房の方に姿を消したロドニーさんは、今度はお櫃を持ってテーブルに戻ってきた。
「一つでいいんですか?」
「足りなければまた取ってくる」
静かにそう答えたロドニーさんは、席に腰掛けてその傍らにお櫃を置き、そこからご飯をお茶碗によそった。
「……いただきます」
誰に言うでもなくお箸を持って両手を合わせ、その後にお味噌汁から口をつけるロドニーさんは、もはや金髪と青い目をした日本人としか思えない。
「……ん? なんだアカギ?」
「料理は国境を超えるんだなぁと思いまして」
「?」
不思議そうな顔を浮かべたのち、箸を金目鯛に伸ばしたロドニーさんは、身を少しほぐして取ると、それをご飯の上で一度受けた後に口に運んでいた。おかずを一度ご飯の上で受けるその仕草が、日本人以外の何物でもないことに、彼女自身は恐らく気付いてないだろう。
「やっぱさーここに来たら冷やしおしるこだよねー」
私たちから少し離れた席にいるレ級さんが、デザートの冷やしおしるこを食べながらそんなことを言っていた。深海棲艦さんたちが普通に私たちの鎮守府にいる光景も、だいぶ慣れた。ひとえに人間側と深海棲艦側の間に立って交渉をまとめている、提督と大淀さんの尽力のたまものだ。
「……」
「……」
「……」
「……ロドニーさん?」
ここで私は、ちょっとした異変に気付いた。ロドニーさんの口数が普段に比べて少し少ない。元々おしゃべりではない彼女だが、今日は輪をかけて静かだ。
「? どうかしたか?」
「いつもより静かだなぁと」
「……」
ほぐした金目鯛の身を煮汁に浸し、再びそれを口に運ぶロドニーさん。レ級さんの向かいの席に据わっているヲ級さんの『ヲっ』という声が響いた。最近ヲ級さんは、天龍さんの眼帯を身に着け始めている。天龍イズムは深海棲艦さんの間で順調に感染をひろげているようだ。まさかとは思うが、天龍二世さんのようになってしまうのだろうか……
ロドニーさんの顔を見た。少し沈んだような雰囲気なのは、私の気のせいだろうか……どうも、いつもの元気というか勢いがない。お櫃のご飯が減るスピードも、心持ち遅い気がする。
「……アカギ」
「はい?」
ロドニーさんが何かを言いたそうに口を動かし……
「……」
「……?」
やめたらしい。何か言い辛いことでもあるのか……?
「どうかしました?」
「……いや」
どうも歯切れが悪い。何かを言いたそうなのだが、もごもごと口を動かした挙句黙ってしまうその様子が、話を躊躇している感じがして気持ち悪い。
「何か話したいことでもあるんですか?」
「……」
「言いたくないなら別に言わなくてもいいのですが……」
彼女の力になりたい気持ちもあるのだが……彼女がそれを望まないのであれば、無理にこちらから助力を押し付ける必要もないだろう。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか……ロドニーさんは表情を変えないまま煮付けのごぼうを口に運んで咀嚼していた。ボリボリというごぼうの咀嚼音がこちらにまで響く。けっして硬くはない、適度な心地よい歯ごたえのごぼうの音だ。
「……煮付け」
「はい?」
「キンメの煮付け……うまいな」
「ですね。鳳翔さんの料理はハズレが無いですね」
「ああ」
それだけ言ったロドニーさんは、お櫃1杯と少しで夕食を終わらせていた。足りるのか……?
「あ! 赤城さんとロドニーさんなのです!!」
「ぉお、アカギ! ロドニー!!」
私もそろそろ夕食を終えようか……そう思った時にタイミング良く電さんと集積地さんが入ってきた。最近の二人はいつも一緒だ。会えない時間を取り戻すように、仲良く毎日一緒に過ごしている。聞けば、毎晩のように資材貯蔵庫で深海棲艦さんたちや妖精さんたちと共に、ゲームをやって遊んでいるんだとか。
電さんと集積地さんは夕食の金目鯛の煮付けを厨房から受け取ると、私とロドニーさんのテーブルにやってきた。
「ご一緒していいのです?」
「もちろんです。私達はほぼ食べてしまいましたけど、それでいいなら」
「では失礼しようか」
「はいどうぞ」
電さんは私の隣に、集積地さんはロドニーさんの隣りに座った。集積地さんから見ると、ロドニーさんは自身と電さんに砲撃して怪我を負わせた張本人にあたるのだが……それは戦場でのこと。互いに遺恨はないらしい。
「? ロドニー?」
「……あ、ああ。すまん」
「どうかしたのか?」
やはりロドニーさんの様子がおかしいのは、私の気のせいではないようだ。
「いや、何でも無い。私のお櫃からでいいならよそおうか?」
「頼む」
「お願いするのです!」
優しい微笑みの集積地さんと、満面の笑みの電さんの二人が同時にロドニーさんにお茶碗を渡した。そんな二人のお茶碗を見て……
「ど、どっちからよそえばいい?」
とちょっと困惑気味なロドニーさんは、迷った末に、先に電さんのお茶碗を受け取ってご飯をよそっていた。ご飯をよそったお茶碗を電さんに返し、ついで集積地さんのお茶碗にご飯を装い始めるのだが……
「……」
「……おい」
「……」
「ロドニー?」
「ん?」
「私はそんなに食べないぞ?」
ご飯をよそっている最中、ロドニーさんは相当ぼんやりしていたようだ。集積地さんのお茶碗は昔話盛りよろしく、ご飯がてんこもりになっている。しかもご飯の壁面はロドニーさんが丁寧にしゃもじでぺたぺたと固めたため、かなりの密度と質量を誇る、恐るべき山盛りごはんになっていた。
「……ああ、す、すまん」
「いやかまわんが……どうかしたのか?」
集積地さんのその質問には答えず、ロドニーさんはお茶碗のご飯のいくらかをしゃもじで自分のお茶碗に移し、集積地さんに彼女のお茶碗を返した。ついで自分のお茶碗のご飯にはお茶をかけてお茶漬けにし、付け合せのタクワンをボリボリと言わせながらそのお茶漬けを食べ始めた。
「なんかロドニーさんがおかしいのです……」
私の耳元で、電さんがそう耳打ちした。確かにロドニーさんの様子がなにやらおかしい。普段ならここまで気が抜けることはない。彼女は何か頭を悩ませているのだろうか……。
「本当に大丈夫ですか?」
つい心配になり、ロドニーさんに声をかけた。彼女はこの鎮守府の正式メンバーではないが、今では立派な私達の仲間といえる。提督のボディーガードも自ら買って出てくれて、戦艦棲姫さんと共に私達の提督の身の安全を守ってくれている彼女は、もはや私達にとってなくてはならない存在だ。
そんな彼女が何か頭を悩ませているであれば、私達は力になりたい。
「……何もない。大丈夫だ」
だが、そんな私達の真摯な気持ちも、受け取る側がそれを拒否してしまえば意味のないものになる。ロドニーさんは、私たちの気持ちを受け取らなかった。
「まぁ何もないならいいのですが……」
「うん」
いまいちハッキリしない態度のまま、ロドニーさんは静かにお茶漬けを平らげ、存分にタクワンをボリボリ言わせた後、何も言わず食堂を出て行った。
「……では失礼する」
「は、はいなのです」
いつもに比べて明らかに重い足取りでお盆とお櫃を抱えて席を立つロドニーさん。そんなロドニーさんのいまいち元気のない後ろ姿を見ながら、私たちは頭の上にはてなマークを浮かべながら彼女のことを心配することしか出来なかった。
「……司令官さんに報告したほうがいいのです?」
心配そうな顔で、電さんがそんなことを言う。
「でも提督はいつもロドニーさんと一緒ですから。何か異変があれば戦艦棲姫さんと同じく真っ先に気づくと思うんですけど……」
「……そういえば、さっき戦艦棲姫も『ロドニーがおかしい』って言ってたな」
「へぇ……」
これはますますおかしい。永田町鎮守府に戻る話が白紙撤回となったあと、ロドニーさんは提督の外出時のボディーガードをしてくれているのだが、そのパートナーといえる戦艦棲姫さんから見てもロドニーさんはおかしいらしい。
「まぁ、何かあれば本人から言ってくると思うのですが……」
私はこの時、なぜか妙な予感がした。それも、俗に言う『嫌な予感』というものではなく……。
「……」
「……アカギ?」
「はい?」
「何か楽しみなことでもあるのか?」
「どうしてですか?」
「少し顔がほころんでたぞ? “をだや”のどら焼きの前のイナズマみたいな顔をしてた」
「ぇえ~……集積地さんそれはヒドいのです~……」
強大な相手と相対した時のような、不思議な高揚感だった。
そして私のその予感の正体は、次の日に分かった。
次の日、私たちは深海棲艦さんたちと合同で演習を行う予定になっていた。演習といっても一種のデモンストレーションのようなもので、言ってみれば艦娘と深海棲艦入り乱れての体育祭のようなものだ。実際に私達艦娘と深海棲艦が同じ艦隊を組む場合のコミュニケーションのとり方や連携の確認なども兼ねての、お遊び演習と言ってもいい。
「集積地さん! この演習は電を捕まえる演習ではないのです!!」
「むははははは!! イナズマを鹵獲してこその深海棲艦だ!!!」
「今だ天龍二世! 電に魚雷攻撃だ!!」
「コワイカー!!」
「イダッ!? 俺じゃねえ! 敵はあっちだ!!!」
今も、遊びといっても差し支えない、じゃれつきのような模擬戦が行われている。同じ組分けの電さんと集積地さんが追いかけっこをして、天龍さんは仲間のはずの天龍二世さんからの魚雷攻撃を受け、私達の笑いを誘っている。
「ったく……これじゃ演習の意味がないじゃないの……」
「まぁ、こんなふざけた演習が許されるぐらい、平和な日常になったってことですよ」
「そうだなぁ……。まぁたまにはいいか」
観覧席では、私や戦艦棲姫さん、提督や大淀さんといった面々が、この微笑ましい演習を笑顔で眺めていた。大淀さんはもちろん、提督もその言葉とは裏腹に、目尻が下がったとても優しい笑顔で演習を眺めている。深海棲艦との戦争を終わらせたかった提督だし、私たちがこうやって遊び半分の演習を行えているという事実は、彼にとってもうれしいことのようだ。提督のそばに佇んでいる私には、彼の表情の変化と柔らかさがよく見えた。
ロドニーさんは……
「……」
眉間にしわを寄せた、とても難しい表情をしていた。思い詰めたような表情で、電さんたちの演習をジッと見ているようだ。だがきっと、彼女の目には目の前の演習は映ってないだろう。一体何が彼女をそこまで追い込んでいるのだろうか。私と彼女は席が少し離れているため、細かい表情の機微を読み取ることは難しい。故に彼女が何を考えているのか、私にはつかめなかった。
「あー! 楽しかったのです!!」
「うまく捕まえることが出来なかった……ッ!」
演習が終わり、電さんたちがほくほく顔で観覧席に戻ってきたときのことだった。
「……アカギ」
「……はい?」
ロドニーさんがすっくと立ち上がり、私の目の前に来てまっすぐにこちらを見た。
「なんでしょうか?」
「……貴公に、稽古をつけていただきたい」
私のそばにいた戦艦棲姫さんと提督もロドニーさんを見た。
「ん?」
「お?」
会場は、水を打ったように静まり返っていた。気のせいか……少し寒くなった気がする。
「構いませんが……サシですか?」
「ああ」
久しく感じてなかった感覚を身体が感じている。鎧をつけていないロドニーさんの身体が、少しだけ大きく見える気がした。
「わかりました。では艤装を装備してきます」
まぁ別にプログラムが決まっているわけではない。ここで飛び入りでサシの演習をやっても大丈夫だろう。私はそう思い、艤装の準備にとりかかろうとしたが……
「待てアカギ」
「はい?」
「……司令官」
「ほいほい?」
ロドニーさんが、私のそばにいる提督に顔を向けた。私はこの時、彼女が何か大きな覚悟を持って私に演習を申し込んだことが分かった。
「……弾薬だが、実戦で使用するものを使いたい」
「はい?」
「!?」
演習の際、万が一の事故を防ぐため、使用する弾薬は殺傷力のない演習用の模擬弾薬を利用するのが常だ。試合形式の演習で実弾を使用するなぞ、少なくとも私は聞いたことがない。
「……ロドニー」
「なんだ司令官」
「何考えてるの? 轟沈したいの?」
「お前は私達が簡単に轟沈するような弱い艦娘だと思っているのか?」
「そうじゃないよ? そうじゃないけど……」
ロドニーさんのこの願いには、さすがの提督もうろたえているようだ。いつもの死んだ魚の目はなりを潜め、彼の声色からは必死にロドニーさんを説得しようという気概が感じられる。
ただならぬロドニーさんの気配に、私たちの周囲は騒然とし始めていた。普段は表情に変化がない提督が冷や汗を隠しきれなくなっている。戦艦棲姫さんも眉間に皺を寄せ、険しい顔でロドニーさんを見つめていた。大淀さんは顔が真っ青になっていて、彼女の不安感がこちらにも伝わってくる。
……そして、この時私の胸は静かに少しずつ、だが確実に高鳴ってきていた。
「司令官」
「ん?」
「私は、アカギと全力で勝負をしなければならない」
「どうして?」
「……どうしてもだ」
提督にそう言い放ったロドニーさんは、その青く澄んだ鋭い視線を私に向け、突き刺してきた。彼女の視線が私の心臓に深く突き刺さったことを私は実感した。だが今の私の心臓は、その程度の刺激で萎縮することはない。むしろその刺激が心地よく、さらに活発に鼓動し始めたことを感じる。身体の芯が熱くなり、そしてそれに反比例して周囲の気温が下がっていく。ロドニーさんの意識が、彼女と私の周囲に拡散していく様子を、私の肌は敏感に感じ取っている。
この感覚に、私は覚えがあった。それは、彼女がはじめてこの鎮守府に顔を見せた時のこと……あの、目に入るすべての艦娘に対して威嚇をし、私に対して本気の殺気を向けていた、あの時のロドニーさんに感じたものと同じだ。
私の右手に、自然と力がこもり始める。全身の血液の流れが強く、激しくなった事を私は自覚した。
「ロドニーさん」
「……アカギ、受けていただけるか?」
言葉だけを見れば、穏やかな物言いかもしれない。実際、そう言うロドニーさんの口調は穏やかだ。
しかし、それを直接言い放たれた私は感じる。彼女は私と、本気の潰し合いを演じたいようだ。あの時と同じ殺気が彼女を包んでいるのが分かった。その殺気が、赤黒く透けた空間となって彼女を覆っている。そしてその空間は、私をも取り込み始めている。
いけない。そこまでされると、私の闘志がうずきはじめる。彼女の腰を見た。今日も忘れず、彼女は帯剣している。
「……」
「……」
彼女の目は鋭い。なるほど。彼女がどこまで本気か試してみようか。私は静かに高鳴る胸に従い、立ち上がって右手でロドニーさんの赤黒い殺気に触れ、そのまま手の平を軽く押し込んでみた。
「……ッ!!」
「!?」
「ちょ……」
「え……!?」
直後に周囲に鳴り響いたのは、鞘走りと抜剣の音。意表をつかれた大淀さんが声を上げた。なぜなら私の右手がロドニーさんの殺気に触れたその瞬間、ロドニーさんは素早く剣を抜き、私の右手首を切り落とす寸前のところで斬撃を止めたからだ。
「……」
「……」
彼女が握る剣と、その剣を握る彼女の右手を見る。彼女の手は……いや彼女の全身は、小刻みに震えていた。それが恐怖や緊張からくる震えではないことは、同じく、身体が少しずつ震え始めた私には分かる。
なるほど。彼女は本気だ。本気で私と潰し合いたいようだ。今のこの反応が物語っている。彼女は今、自身の闘志を必死に抑えている。そしてその抑えている闘志は、私を相手に、爆発寸前まで膨らみきっている。少しでも刺激を与えれば、途端に爆発して私に襲いかかってくるだろう。
「……アカギ」
「はい」
剣をしまい、氷点下の鋭さと痛みをこちらにぶつけるロドニーさんの眼差しは、私の両目を真っ直ぐに捉えていた。これは、自分の思考を相手に伝えたいというわけでも、こちらの意識を読み取ろうという意思表示でもない。
「一航戦の実力、いずれ見せてもらうと私は言ったな?」
「今がその時ですか?」
「ああそうだ。見せていただきたい。世界最強の航空戦隊の実力をな」
彼女の周囲に展開されていた殺気が、私の五体にからみつく。彼女の眼差しは、私との意思疎通を求めているのではない。私との死闘を渇望している。
懐かしいこの感覚。初対面の時にぶつけられたこの殺気……久々に思い出した。最近こそ仲良くやっている私達だが……最初はこういう関係だったじゃないか。互いに挑発し、意識下では斬り結び、実力で相手を潰そうとした仲じゃないか。
「あなたこそ……ビッグセブンの実力、見せていただけるんですか?」
「無論だ。世界に七人しかその名を冠する者がいない意味、存分に堪能させてやる」
「……見せてもらいましょうか。この一航戦にどこまで通用するか」
面白い……久しく感じてなかった戦場の空気だ。私の鼻に届くこの匂いは、彼女から漂う『相手を潰す』という意思の芳香。ここまで刺激されては私の胸もうずく。今はもう仲良くなった彼女と、全力で斬り結び、そして勝ちたいという願望が芽生えてくる……私の全身が彼女との戦闘を欲し始め、そして闘志が彼女の粉砕と勝利を渇望しはじめた。
「提督」
「お?」
「私からもお願いします。ロドニーさんと実弾演習を行う許可を下さい」
「お前もか……なんで2人ともムキになってるのよ」
ムキになっているのではない。私たちは元々こういう間柄だった。その関係を今、取り戻しただけだ。
「実弾じゃなきゃダメなの?」
「でなければ安心感からスキが生まれる。相手に対して全力でなくなる。それでは斬り結ぶアカギに対して、失礼にあたる」
「生きるか死ぬか……ギリギリの中でなければ、到達できないもの、見えてこないものというものもあります」
「……互いに相手を殺すことになりかねないことは理解してる?」
「アカギごときに殺されるほど、ヤワな艦娘ではないつもりだ」
「ロドニーさんが私を殺せるか見ものです」
「それに相手に殺されるなら、自分は所詮その程度の艦娘だったということだ」
「もしこれで沈むようなら、悲しみよりも相手への失望が勝ります」
私たちを必死に諌める提督を通して、互いに挑発を繰り返す私達。提督たちは気付いているか知らないが、今こうしている間も、ロドニーさんの殺気はピリピリと私の肌を刺している。彼女の眼差しは、すでに私に対して斬撃を繰り返している。きっと彼女の意識の中で、私はその剣でなます切りにされていることだろう。彼女のイメージ内の私は、すでに轟沈を始めているはずだ。
「アカギ」
「はい」
「良き敵であることを期待する」
「あなたこそ」
ロドニーさんの最後の挑発を受け、私の気持ちが決まった。右腕に力が篭もる。左手が、ここにあるはずのない弓を握りしめた。背中に赤熱した鉄杭が刺さり、高揚で胸が熱くなった。彼女を叩かんと動き出す身体を、今は抑える。後に、存分にロドニーさんと戦いを繰り広げるために。
すでに正対し、互いの目から視線を外せない……否、外さない私たちを見て、その傍らにいる提督は困ったように頭をボリボリとかき、戦艦棲姫さんに何かを耳打ちしていた。
その後帽子を脱いで頭を一度掻いた後、ため息をついた提督は、私たちを制止することを諦めたようだった。
「お前さんたち……退く気はないんだな?」
目線はロドニーさんから外さない。頷くこともしない。動きのすべてがスキになる。ロドニーさんも同じく、返事をせずに私に視線を刺し続けている。
「……分かった」
ロドニーさんの目に火が灯った。灯火ではない、業火に等しい激しい炎だ。恐らく私の目にも灯ったことだろう。
「恋焦がれた戦いだ。私を失望させるなよ」
「あなたこそ、私をガッカリさせないでくださいね」
「貴公の期待には存分に応えてやる」
「楽しみましょうか。お互いに」
「ああ。死闘を堪能しよう」
数十分後、私たちは互いに相手を潰し合う。ロドニーさんが私にどれだけ付いてこられるか……私がどれだけロドニーさんに肉薄できるか……楽しみで胸が踊る。
「では準備に入らせていただく」
私からその燃え猛る青い瞳を外さないままそう言ったロドニーさんは、踵を返し、私に背中を向けた。そのまま腰の剣に左手を置き、何事かと周囲を取り巻き始めた電さんたちに分け入って、この場を立ち去っていった。
「赤城さん? どうしたのです?」
只事ではない私とロドニーさんの様子に感づいたのか。電さんが私の元にやってきて、心配そうに私に問いかけた。やはり彼女は優しい。少し青ざめた表情が、私とロドニーさんを心配していることを如実に伝えている。でもね電さん。
「なんでもないですよ電さん」
「そうなのです?」
「はい。これからロドニーさんと稽古をするだけですから」
今の私とロドニーさんの間には、あなたの優しさは不要です。
「ならいいのですけど……」
私の『稽古』という言葉を受けて、電さんは少しホッとしたようだ。そうだ。それでいい。たとえ電さんといえども、私とロドニーさんの間の邪魔はさせない。胸が踊る。集積地さんたちと手を組んでから、今日までずっと感じていた、戦いへの渇望が満たされた喜びに、全身が打ち震える。
「赤城さん?」
「はい?」
「楽しみなのです?」
「なぜ?」
「……笑ってるのです」
知らぬ間につり上がっていた口角を電さんに指摘され、私は改めて実感した。
私は、艦娘だ。ロドニーさんと同じく、戦いを欲する、艦娘だ。
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