自然地理ドラゴン
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序章 二人の出会い - 森の町チェスター -
第3話 変身
位置的には森のやや奥であるが、そこは大きく円形に開けた空間になっていた。
「わたし、ここは始めて来たけど。広いね。シドウ」
ティアの感想に、シドウもうなずいた。ここには初めて来るが、思わぬ広さに驚いた。
この開けた空間の入口から、全体を見渡す。
壁や屋根がボロボロに朽ちている木造の建物が、空間の中央に二棟並んでいた。
一階建てだが、前後に長い。おそらく宿舎だったのだろう。
そしてその少し横には、倉庫だったと思われる小さな建物もあった。やはり朽ちている。
このあたりは良質な木材が採れるとされている。
以前はここに、木を伐採するグループが常駐していたらしい。
だが現在はもっと安全に伐採できる場所が見つかったため、当時使っていた宿舎や、その付属施設は廃墟化しているとのこと。
「宿舎跡のほうまで行こう。アンデッドが出たら俺がやるから。ティアは少し下がっていてくれ」
「なんで? アンデッドなら倒してしまって問題ないんでしょ?」
「まあそうなんだけど」
ティアの指摘どおり、今回アンデッドがいた場合は討伐も依頼内容に含まれている。アンデッドは自我を持たず、ただただ人間を襲い続けるため、発見次第駆除するというのは一般的な対応でもある。
そしてシドウ個人としても、アンデッドは倒すべき存在だと思っていた。
アンデッドは捕食者でもなければ被食者でもない。存在そのものが自然界の法則に反している――。
それが師匠から教わった考え方だ。倒すことに問題があろうはずはない。
だが、シドウがティアに「下がっていてくれ」と言ったのは、全然違う次元の理由からだった。
「でも、依頼さえ成功すれば、君が戦おうが戦うまいが報酬もそちらに入るし、昇級の点数も入る。なら、君としてはより安全なほうが――」
「あのねー。わたしは初級だけど冒険者だよ? しかもシドウと違って、ちゃんと有名な武闘家の先生の元で修行してたんだから。武闘家が後ろに下がって戦いを見てましたなんて、先生にバレたら破門されるよ」
戦力外扱いされたと勘違いしてしまったティアが、むくれてしまった。
仕方ないので、シドウは「じゃあ横に」と言い、また二人で並んで歩いた。
宿舎跡に近づいていくと、先ほどは死角でわからなかったが、宿舎の後ろに井戸の跡と思われるものがあった。
そして――。
「……!」
井戸の跡の近くに、それは立っていた。
一体のアンデッド。
白骨の体に胸当て、肩当て、兜を着け、剣を持っている。
「アンデッド……! わたし、初めて見る。噂どおり、いたんだ」
「これは……! たしかにアンデッドだけど……これは普通のアンデッドじゃない。上位種だ」
通常のアンデッドは拳で攻撃してくるが、まれに武器や防具を使いこなす個体が存在する。
剣を使いこなすアンデッドは、一般的にはスケルトンファイターと呼ばれ、上位種として区分されていた。
――おかしい。
シドウはそう思った。
こんなところで普通に見かけるモンスターではない。
今回の仕事、対象は「中級冒険者以上のパーティ」となっていた。
だが中級冒険者のパーティでは、上位種のアンデッド相手に戦うのはかなり危うい。
ギルドとしては、上位種が出現する前提ではなかったはずだ。
「やっぱりティアは下がっていてくれ。危険すぎる」
「え、そんなに危険なんだ!? でもシドウだけで大丈夫なの?」
いつもなら。一人だったら、この状況でもすぐになんとかなる。
だが、今は他の人間、ティアと一緒だ。〝剣で〟戦わなければならないだろう。
そうなると……もしかしたら大丈夫ではないかもしれない。
とはいえ。相手が上位種であれば、初級冒険者の彼女を一緒に戦わせるのは危険すぎる。
シドウは考えた末に、背負っていた荷物袋を後ろに放り投げた。
「大丈夫」
そう言って、一歩前に出て、剣を構えた。
ガチャっという不吉な音とともに、スケルトンファイターがこちらを一瞥する。
そして。
突進してきた。
一般的に、下位のアンデッドモンスターは動きが鈍い。
しかしこの敵は違う。
あっという間に距離を詰めると、先手を取って斬りかかってきた。
遠くで見たときはわかりづらかったが、敵の背はかなり高い。
上から降ってきたような斬撃を、シドウはなんとか剣で受ける。
速いだけでなく、重い。
角度を少し変えながら、次々と攻撃が飛んでくる。
「くっ」
腹に痛みが走った。
横なぎを混ぜられ、受け切れずにもらってしまった。
その次の斬撃はなんとか受けたが、そのまま押し倒されてしまった。
「うあっ」
骨だけなのに、とても強い力。
光のない黒色の双眸が迫ってくる。
シドウは下からスケルトンファイターをなんとか押し返そうとするが、逆にジリジリと押しつぶされそうになる。
腹の傷がどこまで深いのかはわからないが、痛みで体幹に力が入らない。
腕の力だけでは無理がある。
――やはり剣ではだめか?
そう思ったら、ガシャっという音とともに、上のスケルトンファイターが横に消えた。
そして、金属がぶつかり続けるような音。
その直後にまた、今度はより高めの金属音。
重りがなくなったシドウは起き上がろうとした。
が、その瞬間にまた腹部に激痛が走り、失敗した。
「がはあっ」
「シドウ! 大丈夫!?」
シドウは手で傷を押さえ、苦痛に顔を歪めながら声の方向を見た。
地面に倒れて動かないスケルトンファイター。
その傍からこちらに寄ってこようとするティア。
それを見て、シドウは理解した。
彼女が敵を不意打ちで蹴り飛ばして転がし、籠手型の爪で戦闘不能にさせたのだということを。
「ちょっと! 上級冒険者っていうからもっと強いのかと思ったのに!」
「ごめん。剣はものすごく得意というわけでもないんだ」
ティアは、
「剣を使ってるのに得意じゃないって、なんなの」
と言いながら、シドウの腹部に右手を当て、目を瞑った。
すると、シドウは腹部の痛みが一気に引くのを感じた。
「……? ティアは回復魔法を使えるんだ?」
「うん。親が僧侶でね。教わったんだよ。本職ほど本格的じゃないかもしれないけど」
「なるほど。ありがとう……。あ! そうだ。俺の回復よりも、あの死体をバラバラにするか焼いてしまわないと、また復活――」
言うのが遅かった。
ガシャガシャっという音とともに、スケルトンファイターが起き上がってしまった。
――しまった。
再生したスケルトンファイターはすぐに襲って来ず、後ろを一度振り返った。
その隙に立ち上がった、シドウとティア。
だが、そのスケルトンファイターが気にしていた〝後ろ〟にいたものを見て、戦慄が走った。
どこから来たのか、スケルトンファイターがもう二体現れていたのだ。
その二体も合流して三匹並び、こちらを闇の眼窩で睨み付けてくる。
「さ、三匹になっちゃったよ、シドウ」
「……」
これはまずい。もう手段は選んでられない――。
シドウがその結論に達するのは容易だった。
「ティア」
呼びかける。
「多分、今からびっくりすることになると思う。別に秘密にしろと言われているわけではないけど、これから見ることを言いふらさないでもらえると嬉しい」
「え? どういうこと?」
シドウは、頭上に疑問符を出したままのティアに「そこから前に出ないで。危ないから」と言うと、少し前に出た。
振り返り、ティアの位置を再確認すると、お尻をまともに向けないように、わずかに体を回転させた。
(……変身)
服が破れ、シドウの体が急速に膨張する。
首は斜め上方向に伸び、腕が厚い膜状に広がっていく。
手は鋭い鉤爪に変化。尻からは後方に長い尾が生え、皮膚は無数の鱗となっていった。
姿勢は前傾だが、それでも体高は人間の大人の二倍以上は優にある。
そして、逆三角形の額。厚みのある顎。やや長いが力強さのある首。
鉤爪が付いた大きな翼。がっしりしながらも無駄がなく、鱗できらりと光る体。
首とのバランスが取れた長い尾。
シドウは、ドラゴンの姿となった。
首を後ろに回して下を見ると、ティアがへたり込んで口をパクパクさせていた。
ドラゴン自体を見るのも初めてだったのだろう。
ましてや、人が変身してドラゴンになることなど、考えたことすらもなかったに違いない。驚くのは当然だ。
彼女には申し訳ないが、この状況では仕方がない。
シドウはそう割り切って首を戻した。
目の前のスケルトンファイターは、ドラゴンを目の前にしても逃げる様子は全くない。
この世界で最上位のモンスターとされている、ドラゴン。
普通のモンスターはその姿を見ると、恐怖もしくは遠慮により、その場を去る。
そしてモンスターも学習するので、その個体はもう二度と戻ってこない。
シドウはギルドで受けた依頼のうち討伐の案件に関しては、実はほとんどそのやり方で無血解決していた。
だが、目の前の敵は違う。
アンデッドは他のモンスターにあるような感情がない。相手が誰であろうが、戦術的な目的以外で背を見せることはない。
シドウは無駄な風が起きないよう、翼ができるだけ広がらないようにし、右の鉤爪を一閃した。
一瞬で四散する、一番右のスケルトンファイター。
続いて左の鉤爪、そしてまた右の鉤爪。
残りのスケルトンファイターたちも一発で粉砕された。
最後に、仕上げのため口から炎を出した。
ティアが熱くないよう、少し加減して。
だがそれでも、炎の轟音に混じり「ひえっ」という声が聞こえた。
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