俺の四畳半が最近安らげない件
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忘年会の誤算
「……で、今時点での人数は」
中里が、既に恐る恐るという具合に尋ねてきた。
「うむ…俺達を入れて8人といったところだが…ここから増える可能性がある」
「まじか」
明日の忘年会を目前に、俺たちは狭い四畳半で途方に暮れていた。
俺は一応、もう一度訴えてみた。
「今からでも何処か居酒屋とれないのか。この部屋で大の男が8人ってだけでもキツいのに、もっと増えるんだろ」
「年末の金曜日だしなぁ…無理だろ。そもそも今時点で人数が不確定ってのがもう」
「でもな!そもそも忘年会を家呑みにしようって話になったのは4人って前提の上でだったんだぞ」
年末年始は物入りで金もないし、居酒屋に金を落とすくらいなら家で好きな酒を買って呑もう、という話になり、大学から一番近い俺の下宿に白羽の矢が立ったのだ。だが…。
『まじか、会場あるのかよ!!』
『俺達も金ないんだよな』
『彼女に振られて年末暇なんだよ、寂しいんだよ混ぜろよ』
『友達に声かけていい?』
断る隙もあればこそ…。あれよあれよという間に、人数は膨れ上がり『最低8人』というドッキドキな現在に至る。
「炬燵の一辺に2人ずつの計算か…」
ニトリで購入した小さな炬燵にあたりながら中里が呟いた。
「ホモの合コンかよ」
「それは厭だな…一辺に1人、角に1人、としようか」
「8人ならそれでもいいが…おい、携帯鳴ってるぞ」
絶対、あいつらからの『増員』の連絡だ。俺は渋々、着信音1をけたたましく鳴らす携帯を手に取った。…ディスプレイには『着信 剛田』とある。ラグビー部所属、ゴリッゴリの体育会系だ。
「はい、荒木」
『おぅ、明日の忘年会だけどな!?』
―――部活の連中に声かけておいたぞ。
「んはぁ!!??」
つい大声が出た。
「ふっざけんなよ、ラグビー部とて忘年会くらいあるだろう!?ラガーマンが一般人の呑み会荒らすんじゃねぇよ!!」
『いやはははは…俺ら、ちょっとこう…呑み方がやんちゃでな、ここいら一帯の居酒屋から出禁食らってるんだわ』
店から出禁食らうような荒くれ者の集団が、このくっそ狭い四畳半に…!?
『代わりに酒は全部俺らが用意するわ。じゃな』
剛田は云うだけ云って電話を切った。…ラグビー部!?な、何人来ることになったのだ!?
「ちょ…何人増えた!?」
「分からん!!確認するか!?」
「まて!もう何か現実見るのが怖い!!」
「貴様も中々の駄目人間だな…うん?今度は何だ」
またしても携帯が唸り震える。『着信 滑川』とある。
「……はい、荒木」
『聞いてくれよ!俺…俺な!!彼女とヨリを戻した!!』
「本当か!!おめでとう!!」
俺は思わず立ち上がった。普段の俺なら滑川の幸せなどケツ拭いて便所に流す程度の価値しかないのだが、今日に限っては話は別だ。これで確実に、明日の出席者が一人減るのだから。
「そんなら忘年会に出てる場合じゃねぇな、こっちのことは気にするな」
『何云ってんだ?出るよ。彼女と二人で』
―――は?
『皆に報告もしたいし♪』
「報告だと」
『一人くらいいいだろ♪じゃあな』
またしても云いたい事だけ云いまくり、電話は切れた。
「……何て」
中里は諦観を含んだ声で呟くように訊いてきた。
「……また増えた」
「……何人」
「一人。ただし、女だ」
「……うっわぁ」
全てを察し、中里は天を仰いだ。
「あいつ、また振られるな…」
そりゃな…貴重な年末の休みに、モサ男とラガーマンがごった返す四畳半に鍋と共にぶっ込まれる…という大惨事につき合わされたら二度目の破局は約束されたようなもんだ。
「教えてやったほうがいいかな」
「これ見よがしなリア充アピールに、女を使う方が悪い。爆発四散して頂こう」
中里の、眼鏡の奥が見えないのが怖い。…しかしまじに困った。もう既に『ちょっと手狭』とかそういうレベルではない。何人来るのか分からんラガーマンと滑川の彼女合わせて恐らく20人弱。俺は嘗て、こんな量の友人知人を実家ですら招待したことがない。実家で、年始に親戚が集まる会をやるが、それが従妹の子供合わせて20人位。本家の大広間ですら手狭感がある。
「なぁ、例えば。例えばだ。この四畳半に20人入るとしたら…」
中里は少し考えて、顎にあてた手を外した。
「一畳につき4人強」
「…強?」
「だってそうだろ、4人だと18人しか入らん。なんとか詰めてあと二人分のスペースを作ってもらうしかない。炬燵は邪魔だから撤去だ」
「炬燵撤去!?何それ、あいつら何の為に俺ん家に集まるの!?」
叫んだ瞬間、携帯が再び震え啼き始めた。…今度は何だ!
「……荒木だ」
『ははは何お前、刑事かよ』
「こっちは今大変なんだよ、用件だけ簡潔に云え、大原」
『明日の鍋、コンセプト的には≪ちゃんこ鍋≫なんだよな!』
…良かった、今度の電話は人が増える相談じゃなさそうだ。さすが食いしん坊の大原。
「ちゃんこ鍋スープが実家から送られてきたんだよ。でも拘ってないぞ、何か希望ある?」
自分でも声が少し優しくなるのが分かる。しかし。
『本物の力士が作らないと、ちゃんこ鍋って云わないんだぞ、知ってるか』
「あー…ははは、いいじゃんその辺は」
『はははは!!呼んでおいたぞ♪』
「あはは、何をだよ」
『力士』
……は?
「…今、何て?」
『力士。呼んだぞ。一緒に食おうぜ、本当のちゃんこ鍋』
「ちょ…何でそういうことすんの!?人数ギリギリって話、聞いてたのか!!」
『一人くらい平気だろ』
「平気なわけあるか!!一人ったって力士だろ!?一般人だと何人分だよ!!」
『えー?でも呼んでおいて断るのも≪縄ノ外≫に失礼だしなぁ』
「不吉なうえに聞いた事ないシコ名だな。そいつ番付は」
『序二段だけど?』
「幕下以下じゃねぇか!」
『体格は幕内レベルだぞ!?』
「それが一番駄目なんだけど!?俺の話聞いてた!?」
『何とかなるって!』
「なるか―――!!」
叫んだ時には電話が切れていた。…俺の周りにはこんなのしか居ないのか。
「……中里」
「……なんか」
「……次は力士だとよ」
頭を抱えて突っ伏した中里。
「何が本格ちゃんこだよ…もうちゃんこ鍋置くスペースねぇよ…」
「ちゃんこ鍋、宙に吊るか」
「ははは…あ、また携帯鳴ってら」
着信は『大原』。俺は緩慢な動作で携帯を手に取った。
「…荒木だ」
『……すまん』
常に声がでかい大原が、いやに小声だ。ぞわり、と厭な予感が背中を伝う。
「やっぱり力士に断られた、とかならむしろ朗報だが」
云ってみただけだ。このタイミングで謝罪から始まる会話に朗報が含まれているわけがない。
『……力士、増えた』
「――何やってんだお前ぇ!!あんな体積のものがどうやって易々と増える!?」
『し、仕方ないだろ!?増えちゃったんだから!!』
「どうやってだよ!細胞分裂じゃなかろうな!?」
『するかっ!…縄の外が「知らない人達のパーティに一人で行くの不安過ぎ」って力士仲間を誘ったんだよ』
「何人!?」
『……3人程』
無理だよ馬鹿野郎どうして阻止しなかったっていうか力士嫌がってたなコレ断るチャンスだったよな何やってんだとまくし立てたが、途中で電話は切れていた。
「力士が…4人か」
モサ男8人ラガーマン約10人滑川の彼女一人、そして力士4人。
中里に伝える気力も残っていないし、中里も聞いてこない。俺たちは生ぬるいため息を何度もつきながら、窓の外を眺めた。
「何だよ、一人が不安過ぎって…力士のくせにメンタル豆腐かよ」
「全くだ。そんなことでは幕内入りは遠いぞ縄の外よ」
「なんちゅうシコ名だよ…不吉過ぎんだろ」
ひとしきりぼやいていると、いつしか外は一面の銀世界と化していた。
「あぁ…午後から降るとか云ってたな」
「……雪、か」
―――雪。…そうか、雪。
「中里ぉ!立ち上がれ!!」
俺は座布団を蹴って立ち上がった。その『思いつき』は雷のように俺の脳を打ちすえ、天啓のように響いた。何も分からずおろおろと俺に続いてコートを羽織って外に出る中里。俺は中里に、壁に立て掛けてあったスコップを手渡した。
「荒木…?何だこれは」
「これから夜を徹し…かまくらを作る!!」
今にして思えば天啓どころか、こういうのを『魔が差した』というのだなと断言できる。
「かまくら作るんだよ、庭中に!」
「ちょっと待て、何云ってんのか意味がよく」
「一つのかまくらに3人、デブなら2人いける!かまくら8個作ればいいんだよ…そうだ、何で気が付かなかったんだ…」
「おい、お前疲れてんだ、ちょっと茶でも飲んで…」
「建材はいくらでも降ってくる!いくらでも!!」
まてー、落ち着けー、かまくら8個って相当な労働力だぞー、という中里の声が遠くに聞こえた気がするが、それはやがて横風に煽られる粉雪の果てに消えた。叩きつけてくる雪の中、俺は雪をまとめた。まとめ、固め、掘った。4個目のかまくらまでは覚えている。
次の日、雪深い零下の庭に乱立する不気味なかまくらと、フランダースの可哀想な子達みたいに寄り添って倒れている俺と中里が、ラガーマン軍団によって発見された。
何か知らんが忘年会は中止になったらしく、病室で色々な人に謝られた。
俺はもう、忘年会の幹事はしない。
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