もう一人の八神
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新暦79年
覇王襲来
memory:30 試合前と試験前
-side イクスヴェリア-
「時間は…大丈夫そうですね」
待ち合わせの場所であるカフェテリアへと一人で向かっていた。
昨晩、スバルからお昼にヴィヴィオと覇王の末裔が試合をするから一緒に行かないかとお誘いがあった。
「あ、イクスだ。おーい! イクスー!」
名前を呼ばれ、声がする方へ視線を移してみればブンブンと手を振るスバルがいる。
「お待たせしました」
「イクス久しぶり!」
「わぷっ……!?」
スバルたちが座る席へと着くなりいきなり抱きしめられた。
思いっきりではないものの、顔にスバルのおもちが押し付けられる。
「スバル、そんなの続けてるとイクスが息できなくなるわよ」
ティアナのそれを聞いて慌てて離れるスバル。
「ゴメンねイクス」
「……少し驚きましたけど大丈夫ですから」
笑顔で返すとスバルはホッとした表情を見せる。
「ところで……」
先ほどからスバルとティアなの後ろに見える碧銀の髪。
私を見るそのきれいな瞳は紺と青の虹彩異色。
「そちらの方は……覇王の末裔ですか?」
「そういえばアインハルトと初対面だったわね」
覇王の末裔と向かい合う。
「はじめましてですね。八神イクスヴェリアです」
「あっ、はい、アインハルト・ストラトスです。イクスヴェリア、ということは……」
……どうやら私のことを知っているようですね。
けれども、この様子だと少し前の頃の…冥王と呼ばれていた頃の私を目に映しているようですね。
「あなたが思ってる通りですよ。ですが元、です。今はもうただのイクスヴェリアなので、その呼び方はしないで下さいね」
簡単に自己紹介を終え、テーブルについてランチを待つ。
「それにしても、よく一人で来れたね」
「むぅ、スバル、いくらなんでもひどいです。私はそこまで子供じゃありません」
頬を膨らませる怒る。
でも、スバルは気にした様子もなく普通に謝る……ですが、
「……スバル、どうして頭を撫でてるんです?」
「あははー、気にしない気にしない」
「?」
スバルや悠莉に撫でてもらうのは気持ちいいので、いやじゃないです。
撫でてもらっていると、ティアナがそういえばといった表情でこっちを向く。
「それにしても、よくあの子が許したわね」
「……悠莉ですか?」
「そうそう。あの子、イクス問わすだけど、相当過保護でしょ?」
「そう言われればそうかも」
ティアナにつられてスバルまで首をひねった。
「そんなことないですよ。悠莉は他の人より優しいだけです。この時期はテストがあるみたいなので」
「ユーリもちゃんと学生やってるんだし、やっぱりそういう理由なのね」
テストと聞いてスバルは苦い顔になった。
スバルはテストが苦手だったのでしょうか?
「ええ。あ、でも悠莉がいない代わりに……―――出ておいで」
声をかけると私の影が揺らぐ。
「…………えっ?」
スバルたちが見間違いかと思ったようでしたが、それを否定するように波打ち、影が浮き上がる。
影から出てきたモノを見て、特にアインハルトが驚きをあらわにした。
「? 三人ともこの子を知っているのですか?」
「まあ、知ってると言えば知ってるけど……」
何故か知ってるみたいですけど、一応、紹介しておいた方がいいでしょうか?
「一応紹介します。この子は悠莉の使い魔で、名前は……ニヒルです」
「初め、まして? 久し、ぶり? マスタの、使い魔、ニヒル」
ニヒルが紹介を終え、三人に目を向けた。
ティアナは眉間に手を当て、頭を抱えている。
スバルは頬を掻きながら苦笑い。
アインハルトは目を見開いてニヒルに視線を送っている。
「皆さん、どうかしました?」
コテンと首を傾げる。
「……さすがユーリね。相変わらずの過保護っぷりは」
「あ、あははは……」
そんな中、アインハルトの視線に気づいたニヒルが私と同じ様に首を傾げた。
「なに?」
「あっ、いえ、その……」
「……再戦?」
「っ、はい」
「構わない。でも、また、今度。キミ、強くなった、その時やる」
「お願いします」
話も一段落着いたところで、タイミングよく頼んでいたランチが届いた。
四人でランチを取ってヴィヴィオとアインハルトが試合をする会場、アラル港湾埠頭に配置された廃棄倉庫区画へと向かった。
それにしても、スバルが食べたあれほどの量の料理は一体どこに消えていってるのでしょうか? 不思議です。
-side end-
-side 悠莉-
「悠、本当に行かなくてよかったのか?」
「ん? なにが?」
カリカリとペンを動かしていると隣のライがそんなことを聞いてくる。
「なにがって、ヴィヴィオちゃんが試合してるんだろ? それを観に行ってあげなくていいのかってことだ」
ノーヴェさんから聞いた話だと、廃工場でヴィヴィオが覇王っ子と練習試合するとか。
「ああ、それな。……まぁ、大丈夫だろ。私の代わりにイクスが行ってるし。確かにヴィヴィオも大切だけど、今度の試験対策…こっちの約束の方が早かったんだしね」
「……悠がそう言うならいいが……」
「ま、知ろうと思えば知れるさ。ニヒルもイクスにつけて行かせてるし」
そう伝えるとライは溜め息を吐いた。
「……やっぱ悠は悠だな」
「なにがさ?」
私の言葉をスルーすると、ライはこの部屋にいるもう一人に話しかけた。
「ミウラっちゃんの方はどうだ? 順調か?」
「……え? あっ、うん。ボクは今のところ大丈夫。もう少しでキリがいいところだから」
クッションの上にちょこんと座るミウラ。
制服姿なのは学校から真っ直ぐ来たからで、ライも同じく制服だ。
私は普段着に着替えるけど……。
「そんじゃ、そこが終わったら一旦休憩にしようか。飲み物とお菓子でも持って来るよ。ライはミウラのことお願いな」
「おうよ」
ライの返事を聞きながら部屋を出た。
お菓子を持って戻った頃にはミウラも切り上げていて、テーブルの上にあった教科書やらノートの類はきれいさっぱりなくなっていた。
その光景に何となく苦笑しながらお菓子を並べて休憩に入る。
「ふぅ、それにしても意外。悠莉くんはともかくとして、ライくんって頭よかったんだね」
「確かに意外だろうね。普段がああだからそう思うのは正しいよ」
「オイ、どーいう意味だよそれ」
「あ、あははは……」
「さあね」
ミウラと一緒に目を逸らす。
「はぁ……、別にいいけどよ。普段の俺を見てたらそういう感じに見えるだろうし」
と、頭を掻きながら態とらしく拗ねた口調で呟く。
それを見て、ミウラが困った顔であわあわしだしたので助け船を出す。
「ほら、ライもそこまでにしとけよ。大して気にしてないだろ」
「……えっ」
「まーな。ミウラっちゃんの反応がいいもんだからついな」
すると、ミウラはホッとしたのか、一つ息を吐いた。
「よ、よかった~。ボク、ライくんが本当に傷ついたかと思ちゃった。……ホント、ごめんね」
……おお……ミウラめっちゃいい子だ。
「……あ、ああ。……それにしてもミウラっちゃんは……」
「ライくん?」
どうやらライも同じようで、その顔から何を言うのか想像できる。
「ミウラっちゃんはホント、いい子やなぁ。リオとは一味違うぜ」
「えええぇぇぇ!?」
やっぱり……。
「普通リオなら罵声と一緒に拳やら蹴りやら飛んでくるのにミウラっちゃんときたら……どう思うよ悠!」
「……ここで私に振るのか? でもまあ、私もミウラは優しい子だって思うよ。自分のことを後回しにしてしまうのが玉に瑕だけど」
「悠莉くんまで!?」
そんなことないよと言わんばかりに手をぶんぶん振っていた。
ライはそんなミウラをよそに続けた。
「そんなことあるって。ミウラみたいな子が妹だったらと思うと…………ん?」
「どうした?」
急に黙り込んだライにミウラと首を傾げる。
ライは何か引っかかる事でもあったのだろうか、うんうんと唸りががら何かを考えていた。
しばらくすると、頭の中がまとまったのか、真剣な表情でミウラを見つけた。
ミウラは雰囲気にのまれたのか、おどおどしていた。
「……一回、俺たちの事…お兄ちゃん、って呼んでみてくれないか?」
……は?
「お、おおおお兄ちゃん!?」
「そそ、お兄ちゃん」
どうやら、先ほどの真剣な表情は飾りだったようで、実際はどうでもいいことを考えていたようだ。
だけど、雰囲気にのまれていたミウラは声を上げて驚いた。
「なんで私まで? というよりいきなりどうした」
「いやな、ミウラっちゃんにお兄ちゃん、って呼ばれたことないなと思ってな。ほれ、道場のやつらからは初めの頃とか呼んでたじゃん。なのにミウラっちゃんだけだぞ、俺たちの事お兄ちゃんって呼んだことないのは。まぁ、年が近かったというのがあっただろうけど」
「……そうだっけ?」
思い返してみると…………ああ、確かにないね。
最初っから悠莉くんって呼ばれてる。
思い返しているうちにライがミウラに詰め寄って何かを言っている。
詳しい内容は聞こえないけど、「はぅ」やら「うぅ~」などミウラの声からライが説得? しているんだろう。
それが終わったのか、ライはミウラから離れて私の隣に立つ。
ミウラは顔を俯かせてもじもじしている。
時折、私の方を見ては顔を赤くして、また俯く。
何度か繰り返していたが、覚悟したのか、小さく息を吐いておずおずとながらも上目づかいで、
「ゆ、ゆうり…お兄…ちゃん……」
…………っ、これは……
ミウラのそれを見て、ものすごく保護欲に駆られそうになっていると、隣のライがニヤニヤしてきた。
「……なんだよ」
「いやいや、何でもないさ」
「というか、何で私だけなんだよ」
「それはあれだ。ミウラっちゃんが悠ならって言ったからな。なっ、ミウラっちゃん」
私の時と同じようにニヤニヤ顔でミウラへ声をかける。
するとミウラは完熟したトマトのように耳まで真っ赤にして完全に俯いてしまった。
それを見て満足そうに笑みを浮かべ、悪だくみな顔で愛機のリトミックことリトに確認を取る。
「リト、今の記録してるよな?」
【yeah】
……は?
ライとリトの会話に一瞬耳を疑う。
「Good Job,リト」
……一瞬ミウラもライを見た気がしたけど……気のせい?
「悠、目覚ましボイスにどうだ? ほしかったらやるぞ?」
……なんか一気に萎えた。
「お前……悪趣味だな」
視界に入っている俯くミウラはプルプル震えだした。
ただ、どことなく様子がおかしいと気づいて声をかける。
「ミ、ミウラ……?」
「……ぃく…んの……」
「え?」
耳を澄ましてみるとミウラが何かを言っている。
神経を集中させなければ聞こえない大きさで。
それに、よく見るとミウラの右手に握り拳が作られている。
……あ、こりゃぁ……。
「ライくんの……」
確信を持つ。
ミウラが震えていたのは恥ずかしくて泣くのを我慢していたからじゃなくて、
「ライくんの…バカーーーっ!!」
「グブシッ!?」
我慢の限界だったんだ。
そりゃそうだ、恥ずかしい想いをした上にあんなこと言われたんだ。
それにしても、
「綺麗に体重移動ができて、力の伝達も上手くいってる上にいいところに入ったな。百点満点のハンマーシュラークだ」
体をくの字に曲げて地面に沈むライを見ながら今の一撃を褒める。
「……まあ、ある程度威力を逃がしてたから、しばらくしたら戻るだろうし…放置だな。それにこうなったのも自業自得だし」
-side end-
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