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LORD OF SPEED

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第三章

「それに対してあいつはカーブが得意だ」
「それの差が出たんだな」
「それで負けたんだな」
「そういうことか」
「ああ、そうだったんだよ」
 俺は確かな顔で頷いた。そうして。
 トレーニングではカーブを重点的にすることにした。とにかく。
 少しでも風に近付きたかった。カーブをこれでもかと曲がってスピードを少しでも速めようとしていた。俺はそのことに集中していた。
 そうした練習を続けているとだ。スタッフ達が俺に心配する顔でこう言ってきた。
「カーブは大事だけれどさ」
「カーブは一瞬でもミスすると壁に衝突するからね」
「だから注意してくれよ」
「危ないからね」
「ああ、わかってるさ」
 俺は確かな声で皆に頷いた。
「カーブってのはな。どうしてもな」
「曲がる時の遠心力があるからね」
「それに負けるとね」
「クラッシュだ」
 俺は自分の口であえてこう言った・
「それで終わりだからな」
「うん、曲がるのはいいけれどね」
「そこは気をつけてね」
「風は死なないさ」
 自分でまた言った。
「絶対にな。それにな」
「それに?」
「それにっていうと?」
「風はカーブでも何でも平気だろ」
 こうも言った。自分への鼓舞として。
 そう言って俺はカーブを曲がる練習も何度もした。それこそゼロコンマ、それもゼロが何個かつく単位で時間を短縮させることを考えた。
 そうしてひたすら練習してだ。そのうちにだ。
 俺はスタッフの皆にこんなことを言えるようになった。その言えるようになったことは。
「あれだな。どうやら怖かったみたいだな」
「カーブを曲がることがだね」
「それがだね」
「ああ、怖かったんだよ」
 昼飯を食いながら話した。フェットチーネにトマトと茄子、ガーリックのソースをかけたものを食べながらだ。レーサーは試合前には食うものは炭水化物に切り替えるが俺は普段でも炭水化物系はよく食っている。
 そうしながらだ。俺は言うのだった。
「だから曲がるのも遅かったんだよ」
「けれどそれでもか」
「何度も何度も練習しているうちにか」
「怖くなくなったんだな」
「恐怖を克服できたんだな」
「ああ、できたよ」 
 そうなったことにだ。俺は気付いた。
 それでだ。俺はフォークでフェットチーネを食いながら皆に言った。フェットチーネと一緒にミルクも飲んでいる。
 そうしながらだ。俺は言った。
「怖いって思っている自分に気付いたんだよ」
「それでか」
「怖くなくなったっていうのか」
「あんたの中の怖いっていう感情を知ってか」
「それでなんだな」
「ああ、それでなんだよ」
 俺は微笑んでこう言った。
「怖いって思ってな」
「それに気付かないとそれを克服できない」
「そういうことか」
「ああ、恐怖を克服するには恐怖を知ること」
 俺は確かな笑みで言った。
「そういうことなんだよ」
「だからか。タイムも伸びたんだな」
「怖いって気持ちを克服できたから」
「それでか」
「ああ、よっくわかったよ」 
 こう言いながらフェットチーネとミルクを腹の中に入れていた。確かに俺は俺の中にある恐怖って感情に気付いた。俺にはないと思っていた感情に。
 そしてそれがカーブを曲がる時のスピードにも影響していることがわかった。それならだった。
 俺はさらに練習をして恐怖ってやつを克服しにかかった。確かに死にたくない、怪我をしたくなんかない。
 それでもだった。風になる、あいつに勝つ為に俺はその恐怖と戦った。俺の中にあるその感情と向かい合った。
 そうして何度もやっているうちにだ。俺のタイムは少しずつ短縮されていった。
 その上で俺はレースに向かった。いよいよあいつと、風との戦いの時だ。
 俺は自分の車に乗りながらだ。前を見てスタッフの面々に言った。
「行くか」
「ああ、頑張ってくれよ」
「気合入れてくれよ」
「勝ってくれよ」
「絶対に勝つさ。俺は風だからな」 
 風になる、だからだった。
「あいつにも勝つさ。赤いあいつにな」
「風は誰にも負けない」
「だからだな」
「風ってのはひたすら速いんだよ」
 少なくとも俺はそう確信している。
「あいつを抜いても終わりじゃない」
「さらに速くなるんだな」
「もっと」
「ああ、音速だって超えてやるぜ」 
 本気だった。何時かは絶対にやってやるつもりだった。
 俺はその音の壁さえ見てそのうえで車に乗り込んだ。そして。   
 レースに走る。目の前にあいつの赤い車がいた。それを見て。
「見てろよ。絶対に抜いてやるからな」
 こいつも風も全部抜いてやると決めた。俺は今風に、本当に風になる為に戦いに入った。レースという戦いに。


LORD OF SPEED   完


                              2012・8・3 
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