打ち砕かれたもの
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第二章
「凄いピッチャーだよ」
「あのストレートは普通じゃない」
「スピードもノビも球威もある」
「しかもコントロールもいいからな」
「並のピッチャーじゃない」
「特にあのストレートは打てない」
「そうです、あのストレートがです」
小早川自身も言う。
「特に」
「カーブも凄いがな」
「あのストレートなんだよな」
「とにかく打てない」
「あの人の最大の武器だ」
「あれを打てないとな」
どうしようもないというのだ。
その小早川にだ、チームの柱である山本と衣笠も言うのだった。
「あのストレートを打てんとじゃ」
「どうしようもないけえのう」
「そやからワレもや」
「あのストレート打つんじゃ」
「江川のストレート打てたらじゃ」
「本物じゃ」
「そうですね、やります」
小早川も二人に答える。
「あの人のストレート、絶対に打ちます」
「それもここぞって時に打つんじゃ」
「ここで勝負が決まる時にじゃ」
「ホームランじゃ」
「それで決めるんじゃ」
「そうします、絶対に」
自分のバット、両手に持っているそれを見てだった。小早川は二人にもチームにもナインにも誓った、そしてだった。
彼は江川のストレートも打つことも考えつつ練習をしていた、その中で。
昭和六十二年のことだった、江川はこのシーズンも巨人のエースとして投げていた。その立場を新しく台頭してきた桑田真澄に脅かされていたが。
ストレートは健在だった、それでだ。
多くのチームのバッター達が倒されていた、その中には小早川もいた。
だが彼は諦めずバットを振っていた、そうして言うのだった。
「絶対に打ちます」
「ああ、頼むぞ」
「やっぱり巨人は江川だ」
「江川を打てないとどうしようもない」
「御前が打ってくれ」
「それで江川を倒してくれ」
「はい、それで勝負を決めます」
意を決している顔だった、そして。
九月二十日の試合でだ、九回裏に。
小早川はバッターボックスに立つことになった、マウンドにいるのはその江川、しかも一打それこそホームランが出ればサヨナラの場面だ。
この時にだ、彼は監督の阿南達郎に言われた。
「いけるのう」
「はい」
小早川は阿南に一言で答えた。
「やります」
「よし、わかった」
阿南は小早川のその返事を聞いて確かな顔で返した。
「行って来い」
「打ちます」
小早川はバットを手にしてだった、そのうえで。
ネクストバッターサークルからバッターボックスに向かった。この時江川は。
マウンドでだ、その小早川を見つつ山倉と話をしていた。山倉は小早川を見つつ江川に言った。
「一発があるから」
「わかってるよ」
江川も小早川を見ている、そのうえで山倉に応えている。
「下手に投げたらね」
「サヨナラがあるから」
「注意しないとね」
「敬遠するかい?」
山倉はまずはこの案を出した。
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