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世の中全て

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第一章

                 世の中全て
 向山一郎はかなりいい加減な老人だ、もう七十をとうに越えているというのに酒好きで女好き、大食漢でしかも遊び人というとんでもない老人だ。
 ギャンブルも好きで麻雀や競馬、競輪に年金を使いしかも勝っている。今日も競馬で当てて帰る彼にすったおっさん達が聞く。
「爺さん何でそんなに勝ってるんだよ」
「とにかく強いよな、博打」
「麻雀も強いしな」
「もう家が三つ建つ位儲けてるんだろ」
「何でそんなに勝てるんだよ」
「それはあれじゃよ」
 丸々と太って顔中白髭だらけだ、すっかり薄くなっている髪の毛も真っ白である。だが太っているだけでなく背もあり足腰もしっかりとしている。顔は達磨の様だ。
 その達磨の様な顔でだ、彼は言うのだった。
「いい加減に徹することじゃ」
「いい加減?」
「いい加減にしたらいいのか」
「いい加減にしたら競馬に勝てるのか」
「麻雀にも」
「そうじゃ」
 まさにというのだ。
「そうしたらいいのじゃ」
「いや、いい加減にしたら駄目だろ」
「そうだよな、勝つつもりでやらないとな」
「博打も勝てないぞ」
「儲けるつもりでないと」
「ほっほっほ、そこが違うのじゃ」
 向山は笑ってだ、いぶかしむ彼等に言葉を返した。
「博打も酒も女の子も食うこともじゃ」
「全部かよ」
「いい加減にかよ」
「そういえば爺さんよくソープも行くな」
「ホテトルも好きだし」
「何でもいい加減でいいのじゃ」
 やはり笑って言う。
「そうすれば勝てるのじゃ」
「そんなものか?」
「博打はいい加減にしたら勝てないだろ」
「パチンコだってちゃんとその台のこと調べないとな」
「店の状況だってな」
 おっさん達はデータ主義に基づいて話をする、こうした遊びについても勝つ為に雑誌が何冊も出ている程だ。
「それでもか?」
「麻雀だってそうそう勝てないだろ」
「色々調べないとな」
「それでもか」
「そうじゃ、いい加減でいいのじゃ」
 また言った向山だった。
「勝とうと思わないことじゃ」
「それで勝てるとは思わないけれどな」
「それじゃあな」
「何か爺さんいつも勝ってるけどな」
「それは無理だろ」
 おっさん達はこう考えていた、だが向山はあくまでこう言って博打に勝ち続けその金で若い女の子のいる店に行き酒を楽しみたらふく食った、そして家ではプレステ等を楽しむ。
 そんな彼にだ、今は結婚して自分の家族と共に暮らしている娘の綾子が家に来て言うのだった。
「お父さん、また?」
「またとは何じゃ」
「だから昨日またキャバクラ行ったって聞いたわ」
「誰から聞いた」
「そのキャバクラの娘からよ」 
 まさに当店のというのだ。
「ロイヤルハーゲンでしょ、お店」
「昨日行ったのはな」
「あのお店のママ実は私も高校時代の友達なの」
「ほう、そうだったのか」
「加奈子ちゃんね、あの娘が笑いながら私に電話してきたのよ」
「ママには手を出していないぞ」
 こう娘に言う。実はまだ健在の妻の三十代の頃そのままのやや色黒だが面長ですっきりした鼻立ちと奥二重のアーモンド型の目にしっかりとした眉と小さな唇、黒のロングヘアの面立ちを見つつ。背は一五七程だ。
「誓っていうが」
「当たり前よ、娘の友達に手を出すなんて」
「ははは、畜生だな」
「そうよ、けれどそもそもね」
「七十過ぎて若い娘と遊ぶことがか」
「幾らお母さんが大目に見ていてもよ」
「母さんは浮気は男の甲斐性と言ってくれるからな」
 ついでに言うと酒やギャンブルもだ、どうかしている位に器が大きい。少なくともこうした妻はおそらく一万人か十万人に一人であろう。 
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