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歌役者

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第三章

「オテロの歌だ!」
「第一幕のあの歌だ!」
「オテロの登場の歌だ!」
「あの声でだ!」
 デル=モナコの声だった、黄金のトランペットとさえ言われているテノールにしては低いが引き締まり鋭い剣の様な声だ。
 その声でだ、歌が歌われていた。
「傲慢な回教徒達は海に沈んだ!」
「来たぞ!」
「マエストロが来たぞ!」
「間違いない!」
「あの声だ!」
 誰もが驚く、だが歌はまだ続いていた。
「我々は栄光を勝ち得たのだ!」
「ようこそ!」
「ようこそ日本に!」
「いらっしゃい!」
 イタリア語で話す者が多かったが興奮のあまり日本語で言う者がいた。そしてだった。
 多くの者は感動さえしてだ、こう話したのだった。
「まさかな」
「ああ、まさかだ」
「ここでオテロか」
「オテロになるとはな」
「流石だ」
「流石当代随一のテノールだ」
「最高のオテロ歌いと言われているだけはある」
 誰もがこう言って称賛する、そのうえで。
 彼等は船に入りそのうえでデル=モナコのところに来て招待をした、すると小柄であるが強い目の光を放つ二重の彫のある目に一直線の細いが濃い眉を持っている。口元は引き締まっていて端整な口髭を生やし黒髪はオールバックだ。
 その彼がだ、日本で自分を待っていてくれて船の中まで来て迎えてくれた日本の者達に対して言ったのだった。
「有り難う、迎えてくれて」
「いえいえ、よく来てくれました」
「お待ちしていました」
「よく来られました」
「もうお迎えの用意は出来ていますので」
「港までどうぞ」
「そうさせてもらうよ」82
 その彼、マリオ=デル=モナコは笑顔で応えた。そのうえで。
 日本に降り立った、そのうえでオテロを歌ったがそれは最高の舞台だった。
 それでだ、後で日本のファン達は話した。
「来てくれただけにな」
「待ちに待っただけに」
「最高の舞台だったな」
「最高のオテロだった」
「あれが本物だ」
 本物のオテロ、本物の歌手、本物の舞台だったというのだ。
「あれを観られて幸せだ」
「一生忘れられない」
「オテロはデル=モナコだ」
「他のオテロは考えられない」
 こうまで話すのだった。
「観られて本当によかった」
「しかもだ」
 ここでこの話が出た。
「船の時がな」
「ああ、あの時もよかったな」
「まさか船の中から歌うとはな」
「オテロのあの歌を」
「あれもよかった」
「あれも最高だった」
 しみじみとして話すのだった。
「本当に何もかもが完璧だった」
「あれこそ本当のオペラ歌手だ」
「正真正銘の歌役者だ」
「あれ以上の歌役者は出るか」
「もう出ないかも知れないぞ」
 こうした言葉すら出たのだった。
 マリオ=デル=モナコは日本においても今だに人気が高く評価も高いテノールだ、カルーソーやジーリ、スキーパと並ぶとさえ言われている。
 その彼の逸話としてこうしたものがあった、デル=モナコも泉下の人となり久しく彼と直接会った者も少なくなった。何しろ一九五九年、昭和三十四年のことだ。日本シリーズで南海ホークスのエース杉浦忠が力投し球界いや世界の癌巨人を成敗した年だ。古い話であるが少しでも多くの人々にこの話を知ってもらいたく書き残した次第である。出来るだけ多くの人がこの話を読みこの逸話を心に留めてくれることを願う。


歌役者   完


                       2016・8・17 
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