提督はBarにいる。
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長女の結婚騒ぎ・前編
前書き
※注意※
今回のお話は同人誌「妙高さんが一番悶えた日」からヒントを得て書き上げました。同人誌と聞いて薄い本(意味深)をイメージされるかも知れませんが、寧ろ短編の純愛作品として完成度が高いな、と読ませて頂きました。興味のある方は一度読まれる事をオススメします。
その日、朝から鎮守府は上から下への大騒ぎだった。青葉の自主発刊している「鎮守府日報」が、妙高型重巡洋艦四姉妹の長女・妙高のデート写真をスッパ抜き、今までそんな噂すらなかった娘の恋愛話に大騒ぎだった。
「おぅ、入れ。」
そんな騒ぎの中、今日の秘書艦担当であった妙高が、服装と髪を整えながら入ってきた。本当なら朝まで店を開けていた俺は、この時間は寝ているのだが、何かしらの説明があるのだろうと無理矢理に大淀に艦隊運営を任せずに徹夜で起きていた。
「どうやら、相当もみくちゃにされたらしいな。」
俺が苦笑混じりにそう言うと、妙高は少し顔を赤らめながら、
「青葉さんのお陰でエラい目に会いました……。」
と、少しムスッとしていた。先日第二回改装を済ませたばかりだったその紺を基調とした制服も、若干シワが寄ってしまっている。
「ハハハ、そりゃあ災難だったな。俺も実は徹夜明けでな。コーヒー飲むか?」
コクリと頷く妙高に、俺は真新しいエスプレッソマシンを使ってエスプレッソを淹れる。この間イタリアン対応に店を改装した時、妖精さんについでに作って貰っておいた物だ。翌日、金剛に壊されそうになって本気で怒ったのも最早良い思い出だ。
「……ふぅ。やはりコーヒーやお茶を頂くと落ち着きますね。」
「全くだ。眠気も吹っ飛ばしてくれるしな。」
エスプレッソの苦味とカフェインの血行促進効果のお陰で、少し寝惚けていた頭も冴えてきた。妙高が飲み終えるまで話し掛けるタイミングを伺う。
「……さて、と。こっからはこの鎮守府を預かる者として真面目に聞いておくべき話だ。妙高。」
雰囲気が変わったのを察したのか、妙高も飲み終えたカップを置いて眼鏡を正した。そう言えば何時からだろうか?妙高がこの眼鏡型の電探を装備するようになったのは。
「あの鎮守府日報の記事、あれは事実なのか?その場合、その男性との進展具合を聞いておきたい。」
本来ならばこんなプライベートに踏み込んだ話はするべきではない。だが、彼女は艦娘なのだ。人工的に作られた謂わば『人ならざる人』だ。
勿論、『艦娘保護法』の施行により艦娘には普通の人間としての権利が与えられている。結婚や恋愛の自由、子供を作る事さえ可能となった。だが、やはり未だに人と艦娘との溝は深い。艦娘としての任を解かれ、退役後はある期間は監視も付くが、再就職して別の仕事をしている者もいると聞く。機密保持の為にそれは致し方ない事だ。
「はい、提督。私妙高は鎮守府外の一般男性とお付き合いをしており、先日求婚を……プ、プロポーズをされました。」
先程よりも更に顔の赤みを強めながら、妙高は詰まりながらも一息に言い切った。
「そうか。しかしそこまで話が進行していたとはなぁ。」
俺は面倒な事になった、と頭をガシガシと掻きむしる。
「す、すみません。もっと早くにご相談していればよかったのですが……。」
慌てて謝ってくる妙高を俺は制した。こんなプライベートな話、いくら上司とはいえしにくいだろうからな。
「いや、それは仕方ねぇだろう、常識的に考えて。……で、先方の親御さんなんかも理解してるのか?『人と艦娘の結婚』について。」
問題はそこだ。やはり昔ながらの人の考えならば、自分の息子が得体の知れない人の形をした物と夫婦になろうというのだから、反対も強いだろう。家族の理解。それが最も高く、険しい壁だった。
「はい、そこは抜かりなく。先日彼のご両親にご挨拶に伺う時に、大淀さんにある程度フォローして頂きながら、私が艦娘である旨は包み隠さず説明して来ました。」
「あ?まさかあの時の有給ってまさか……。」
思い出した。殆ど有給なんぞ取った事の無かった大淀が、有給を取って1日鎮守府に居ない事があった。あの時は『何れ解りますよ♪』とはぐらかされたが、この事だったのか。
「はぁ、まぁ解った。で、お前はどうすんだ?結婚して退役するのか、しないのか。」
これが提督として一番聞かなくてはならない案件だ。艦娘は建造すればまた同型の艦は造れるだろう。だが、それをまた今の妙高と同じ錬度まで鍛え上げるにはそれなりの期間とコストが掛かる。ましてや改二改装まで済ませた重巡洋艦だ、貴重な戦力を失いたくは無いのが本音だ。
「その辺りのお話もさせて頂きました。彼のご両親も未だご健在ですし、先方からも『最後までお役目を果たしてから家庭に入って欲しい』とのお言葉を頂きました。」
流石に前大戦経験者、今の状況の理解力が違う。
「解った、なら俺からは止める物は無い。待ってろ、今許可証を……。」
「あ、それとですね……。」
妙高が言い辛そうに放った一言。それを聞いた俺は、思わず万年筆を取り落とし、白い制服のズボンに黒いインクの染みが出来ている事さえ気付かなかった。普段なら、鳳翔さんに死ぬ程怒られる、と狼狽えるのに。
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