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真田十勇士

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巻ノ六十六 暗転のはじまりその十

「夜を共にしていましても」
「うむ、どうもな」
 妻には今一つ浮かない感じの顔で返した。
「跡継ぎがな」
「出来ませんね」
「そうじゃな」
 難しい顔で応えるばかりだった、このことについては。
「子は授かりものというが」
「欲しくて得られるものではないですね」
「そうしたものじゃな」
 このことを実感している言葉だった。
「毎夜共にいてもな」
「そう出来る様になりましたが」
 都に入ってからだ、幸村は戦もなく妻と共に過ごせる時を多く得られる様になった。だがそれでもなのだ。
「ですが」
「子は中々な」
「そうですね」
「しかしじゃ」
 幸村は隣に座る妻に袖の中で腕を組みつつ言った。
「諦めることなくな」
「これからもですね」
「共にいよう」
 夜はというのだ。
「そうしよう」
「それしかないですね」
「諦めては終わりじゃ」
 これがこのことについての幸村の考えだった。
「やはりな」
「はい、そうですね」
「諦めて何もしないとな」
 それはというのだ。
「どうにもならぬことじゃ」
「諦めずそして進めるしかない」
「そして神仏が授けてくれるもの」
「そういうものだからこそ」
「これからも共にいよう」
 妻に再び言った。
「そうしようぞ」
「では今宵も」
「共にな」
 こう二人で話してこの夜も共にいた、幸村も子を授かりたいと思う様になっていた、元服したばかりの頃とは違っていた。
 幸村も子が出来ることを願っていた、だが。
 朝になりだ、妻にこんなことを言ったのだった。
「我等は大名になったがだ」
「それでもですか」
「うむ、一つの家のこと」
「真田家の中の」
「そのうちの一つの家だけのことだ」
 要するに幸村の家だけのことだというのだ。
「所詮はな、しかも拙者はまだ若い」
「お子が出来ることは」
「まだまだ充分に望みがある」
 今は出来ていないがというのだ。
「これからじゃ、だが」
「それでもですか」
「太閤様はそうはいかぬ」
「天下人であられますし」
 妻も応え、二人は今は共に床の上に共に座して話している。障子が白くなりだし外から雀の声が聴こえてきている。
「私共以上に」
「お子が大事じゃ」
 天下の跡を継ぐ、というのだ。
「しかももう五十を越えられた」
「余計にですね」
「もうお子が生まれることはないだろう」
「だからですね」
「関白様を迎えられたのじゃ」
 秀次、彼をというのだ。
「そうされたのじゃ」
「まさに」
「色々とされたがな」
 捨丸が生まれる前にもだ。
「養子を入れられて」
「そうでしたね、かつては」
「そうされた、しかしな」
「しかしとは」
「昨夜の話だが子は神仏から授かるもの」
 朝もだ、幸村はこう言うのだった。 
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