STARDUST∮FLAMEHAZE
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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#22
METEOR STORM ~PHANTOM BLOOD NIGTMAREⅫ~
【1】
『フラトンシンガポール・SPW』 一階。
ホテルのシンボルである巨大なマーライオンの吐き出す水は、
山吹色の陽炎の中凍ったように静止し頭上から降り注ぐ人工の滝も
同様に動きを止めている。
破壊の限りを尽くされた上階の惨状とは打って変わり、
開けたエントランスは静謐そのもの。
時刻は(封絶発動時)9時を大きく回っていたので
受付と接客係以外に殆ど人気は見られない。
何もかもが因果の流れより孤立し、マネキンのように佇む人々。
そんな中、当然のように呼吸し忙しなくスマホのボタンを弄くっていた
少女が電源を切り、手の平の中でくるりと回す。
消灯したスマホは、これまた当然のように彼女の手から音もなく消えた。
「……そろそろ、かな?」
キャンディやチョコチップの類がカラフルに鏤められたクリスタルテーブル、
その前に座っていた眼鏡の少女がようやく重い腰をソファーから浮かせた。
吹き抜けの先にある、優美なガラス天蓋に走る閃光。
乱れなく切り取られた七色の破片と共に二つの影、
正確には三つの存在が銀色の燐光を煌めかせて舞い降りた。
「……」
ホテルのシンボルを囲う御影石の噴水縁に降り立つ精悍な青年と、
研ぎ澄まされたサーベルを構える白銀の騎士。
その本体の鍛え抜かれた両腕には、手足と片目に包帯の巻かれた淑女が
(所謂お姫様抱っこの形で)無表情にムッとするという
複雑な顔つきで乗せられている。
「よっ、と」
軽快な声と身のこなしで噴水の縁から飛び降りた青年は、
そのまま不敵な視線で対峙する眼鏡の少女、
アイリス・ウィンスレットの瞳を見つめた。
“ラスト・ステージへようこそ”
これから始まる戦闘への高揚を諫め、
二人を称える言葉を告げようとした艶めく口唇が、
「いつまで、こうしてるつもりでありますか!?
もう着いたのであります! 早くおろすのでありますッ!」
開きかけて止まった。
その風貌と雰囲気からは意外に、
青年に抱かれた淑女が駄々をこねる幼子のように
細い手足をバタつかせていた。
「いやぁ~、だってまだ敵のスタンド能力も解ってねぇ状態だしよぉ~。
怪我してんのは一目瞭然だし、もう少しこのままの方が」
「それは私が立っていても同じでありましょう!
一度 「昇って」 吹き抜けの真上から降下するのには同意しましたが、
不逞な振る舞いは認めないのであります!」
「割腹、無介錯」
中間からやや外れた距離で、雰囲気とは対照的な言葉が行き交う。
会話の内容から、慎重性と合理性に即した選択を取ったようだが、
もう能力の “縛りプレイ” も飽きていたので
アイリスは別段何も感じなかった。
「改めて、ラスト・ステージへようこそ。
J・P・ポルナレフ、セイクリッド・ラヴァーズ」
ややサイズの大きい、ゆったりとしたパーカーのポケットに両手を突っ込み、
限定モデルのスニーカーで大理石の床を鳴らしながら少女は歩み寄る。
澄みやかな杏色の髪と瞳、スラリとしつつもふくよかな双丘と大腿部。
眼鏡を外せば超絶クラスの美少女には間違いないが、
そうでなくとも正当とは別の魅力が彼女にはあった。
スタンドの射程距離ギリギリ、近距離型のスピードにも充分対応出来る
間合いで少女は歩みを止める。
それだけで相手の力量を察知した青年と淑女が、
互いの気配を張り詰めさせた。
「先刻からの攻撃、不意打ちとはいえ見事な手並み。
名前を、お聞かせ願えるか?」
「アイリス・ウィンスレット。
スタンドは、遠隔操作型スタンド
『プラネット・ウェイブス』
流石に能力までは教えられないケドね」
二つに括った髪を手の甲で流し、
少女は己の分身を背後に出現させた。
「!」
「!?」
本体の見かけとは不釣り合いな、合成の強化筋繊維を捻って引き絞り
人型に設えたかのようなスタンドの幻 像。
盲目の瞳と茫漠たる表情、頭部天頂には重く分厚い器具が装着されている。
深海の生物のように、不気味な発光を繰り返す全身。
スタンドに、男女の概念は(基本)ないが、
ソレにしても少女の操るスタンドは、
あらゆる意味でアンバランスだった。
まるで、別の誰かから能力を借り受けてきたような、
或いは無理からスタンドを少女の裡に嵌め込んだような、
そんな不自然さをポルナレフに抱かせる。
「ポルナレフ殿。 “すたんど” は、一人一体。
そして 「本体」 を倒せば能力は消滅する、でありましたな?」
肩口の高さで、片目を包帯で塞がれた織女が視線を交えず訊く。
「あ、あぁ、そうだが、それが一体?」
「なれば良し、であります」
即座に桜色の火花が弾け、左腕に浮かぶ無数のリボン。
研磨された大理石をミュールの踵で歪ませ、
手負いとは想えないスピードで
ヴィルヘルミナはアイリスに強襲した。
(押し通る……!)
(滅砕……!)
繊細麗美な風貌だが、元来迂遠な方策は好まない性格。
想わぬ事態の連続で後方の男とは長い付き合いになってしまったが、
それも此れ切り。
さっさとこの人間を片づけて自分は
“アノ方” のもとへこそ行かなければならない。
出自の解らない異能に幾分苦しめられたが、
ここまで距離が接近していればもう問題はない。
「頭上」 から攻撃が来るのは確認済み、
ましてや幻像や生身の人間の打撃など
自分に取っては止まっているに等しい。
戦技無双の叛撃は片手でも充分成し遂げられる。
ズームアップで迫る少女の口唇に浮かぶ微笑。
ほらきた、頭上からの破砕音。
膨大な熱量を持ち、石材を焼き溶かしながら降下するナニカが
自分の進攻先を着弾点として交差を迫る。
不備なし、憂慮無用、破砕音を耳が感知した刹那、
既に叛撃の一条は放ってある。
ソレをそのまま幻像にブツけ、自身は 「本体」 の少女に……
?
チョット、待て。
自分は今、どうしてこんなに物事を “考えられる” 余裕がある?
まるで、時間が超圧縮して、過去も未来も等速で流れているような。
ア、レ?
これって、もしかして……
「幾らなんでも無茶だッッ!!」
「――ッッ!?」
背後から響く怒声と強く肩を掴まれた痛みに意識が覚醒した。
予測着弾点の目の前、瞬時にその場所がフェードアウトしていき、
爆砕した天井からゴバッ! と猛烈な光を放つ火球が消し炭となった
リボンの残骸を撒き散らして降り注ぐ。
先刻までのモノとは比較にならぬ破壊力と精密性、
後退しているのに迫る熱気が頬を打つ。
大理石の床に着弾した火球、地下の、そのまた奥底にまで突き抜けたが、
衝撃で飛び散った石礫が視界に焼き付いた。
「シルバー!! チャリオッツッッ!!」
青年の傍で空間を併走していた騎士が、
即座に背を広げ瓦礫の散弾を受け止める。
「ぐ、おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
コレにより自分は無傷で済んだが、代わりにポルナレフの背中が
炎傷を伴った穿孔で抉れ血が噴きだした。
「は……! はぁ、はぁ、はあぁ、無茶だ……
スタンド戦を知らないとは云え、
能力の解らない相手に真正面から挑むなど。
相手は既に幻 像を出していた。
“何の意味もなしに” そんなコトをすると想うか?
『遠隔操作』 だと言っているのに、
本体の姿を晒し、招き寄せるのはオカシイだろう」
「……」
焼け焦げた、血と鉄の匂い。
再び青年の腕に躰を支えられながら、ヴィルヘルミナの脳裡に
フレイムヘイズ “以前” の追想が回帰した。
言われてみれば、至極当然のコト。
自分の焦慮と慢心が招いた、余りにも手痛い異能の洗礼。
でも、一番痛いのは、苦しい、のは……
「チャリオッツが、鎧を纏った幻 像で助かった。
君の顔に傷でもついたら、この身引き断たれても償いきれん」
自分の代償を被った青年が、少しも自分を責めない処にあった。
とても、痛かったに違いないのに、
己の負傷よりも自分の顔に傷が付かなかったコトを、
本当に心から安心しているようだった。
(そんなに……優しく、しないで……苦しい……よ……)
否応なく想起される、フレイムヘイズではなかった頃の自分。
大国の姫君として生まれ、何不自由なく絢爛に暮らしていた日々。
でも。
誰にも、誰にも、愛された事がなかった。
親にも、兄妹にも、傅く幾千の者達にも。
皆、自分が生まれながらに持つ強大な権力の座を求めて
寄り添っていただけ、争っていただけ、利用しようとしていただけ。
最初は違っても、いざそれが “手に入る” という幻想に取り憑かれると、
ソレが “眼に視えていない分だけ” 、誰も彼もが嘘のように豹変した。
そんなもの、より強大な力に呑み込まれてしまうだけの、
砂の城に過ぎないのに。
でも、皆が自分を視るのは 『ソンナモノ』
自分の存在を通して大国の力を視ていただけで、
一人の人間、 “ヴィルヘルミナ・カルメル” として
接してくれた者は誰もいない。
時代の終焉、蹂躙される祖国、焼け落ちる砂城の中で
フレイムヘイズに成った後も、
凍てついた心の傷は折に触れて自分を苛んだ。
“皆が私に優しいのは、フレイムヘイズだから? それとも……”
決して口には出せない、 『出してはいけない』 禁断の問い。
でも抑えれば抑えるほど、否応なく膨れあがる不安。
仲間が大切なら大切なほど、
“アノ日” の虚無と恐怖が容赦なく襲ってくる。
結局、答えは見つからないまま、誰もがそうするように
『言えない秘密』 を抱えたまま、
今日まで心の一部を凍てつかせて生きてきた。
それで良いと想った。
望むモノが全て手に入ると無根拠に盲信するほど、
もう自分は子供ではなかったから。
使命に没頭している時は、全てを忘れる事が出来たから……
それ故に、さながら 『運命』 の戯れの如く
突き付けられた一つの 「答え」
誰にも、「本当意味で(ヴィルヘルミナはそう想い込んでいる)」
優しくされた事のない彼女は、喜ぶよりも先にただ困惑するしかない。
ソレが彼女にとって良かったのか悪かったのか、
意味は示されぬまま歯車は回る。
「ったく、手練れの 『スタンド使い』 が一人いるってだけで
こうも巧くいかないモノ?
ティリエルにフレイムヘイズはバカばっかって聞いたから
楽勝だと想ったのに」
最近ハマっているカードゲーム、
ルールを説明しながらほんの数回プレイしただけで、
自分に競り合う程の実力を見せた異世界の少女の言葉を
アイリスは信用していた。
「待て、貴公のスタンド能力、
確かに凄まじいが彼女に対する侮辱は許さん」
背に受けた傷は 「名誉」
正真なる騎士の瞳を光らせてポルナレフはスタンドを構える。
「ハイハイ、 “呪いのデーボ” に受けた傷が治ってないみたいだもんね。
短期戦にしたがる気持ちも解らないじゃないわ。
でもどーすんの? 今のままじゃ私には近づけない。能力も解ってない。
はっきりいってツンでるんですけど。
例えるならガラスの麻雀牌。
こっちの手は見えないのにそっちはスケスケだから
何をしたってダメダメよ」
退屈そうに片腕を伸ばしながら、余裕の体裁でアイリスは告げた。
「なんかつまんないし、もう終わりにする?
空条 承太郎とか、花京院 典明とのゲームの方が面白そうだし。
正直アンタ倒しても、 “アノ人” は喜んで――」
伏せた眼で、剣呑に告げられた少女の言葉がソコで途切れた。
自分の左頬を、猛烈な速度を伴うナニカが掠めていった。
驚愕に眼を瞠る間もなく、ソレは背後遠方の壁に跳ね返り
(金属音がしたのは遙か後)
続いて天井の梁、窓ガラスの珊、更に受け付けのテーブルと
あらゆる遮蔽物に弾け廻り、自分の周囲を駆け巡る。
空間の軌跡が織りなすその形容は、さながら刃で出来た白銀の檻。
中に閉じ込めた者を、触れる事すら許さずに切り刻む
処刑台の意味合いも兼ねている。
絶え間ない斬閃の余韻が冷たい空気に滲む緊迫の中、
白銀の檻を形成したナニカが操者のもとへ戻っていく。
カシン、と静謐な感覚が耳に響いた後、
ようやくアイリスの柔らかな頬から一筋の血が滴った。
「フッ、ガラスの牌に足下を掬われたのは、どうやらそちらのようだな?
我がスタンド 『銀 の 戦 車』 の “奥の手”
サーベルの 『剣針』 を超高速で飛ばし、自在に弾き返して敵を葬る。
もっとも、相手に突き刺さると剣がなくなるから多用は出きんがね」
スタンドの切っ先を鋭く少女に挿し向けながら、
ポルナレフは百戦錬磨の雰囲気を称えそう告げた。
レンズの中の双眸が険難にツリ上がり、
屈辱の怒りで輪郭を震わせる少女の傍で
スタンドの貌も同様に変わる。
「情けを、かけたってワケ? アタシが、女だから」
確かに、予測も予想も出来ない攻撃だった。
スタンド型 の、完全に裏を衝かれた攻撃だった。
先刻の一撃、威嚇ではなく心臓か脳を狙われていたら……
歴戦のスタンド使い、しかも 『近距離パワー型』 のスピード、
“遠隔操作” のスタンドではこの距離で対応出来ない、
『能力』 も間に合わない。
まさか、こんなヤツにこんな能力が有ったなんて。
“アノ人” 以外に命を助けられるなんて。
アイリス本人にしか解かり得ない、
能力の火球よりも凄まじい炎が裡で燃え盛った。
「さて、決着はついたな? 自分の敗北が解らぬほど愚かではあるまい。
無用な殺生は好まぬ。
代わりに、一つだけ答えてもらおうか?」
「――ッ!」
射出可能な剣針を喉元に突き付けたまま、
ポルナレフは峻険な表情で訊いた。
「オレは、 “両腕とも右手の男” を探している。
お前達DIO配下のスタンド使いだ。
その男について知っている事、スベテ喋ってもらおうか?」
「はぁ? アンタバカ?」
状況は解っているが、 “スタンド使いとして”
有り得ない詰問に、アイリスは頓狂な声を発した。
余程の莫迦でもない限り、自らのスタンドの正体を、
その能力を、軽々に明かす者などいるわけない、
例え味方であっても、スタンドの情報が漏れる事は
己の 「弱点」 を教える事に他ならないからだ。
しかし、アイリスはそこで思考を転換させた。
知らないと言って再起不能にさせられるのは簡単だが、
裏を返せば自分が喋るまで攻撃されないという事。
「どうした? 知らぬのか? それとも知っていて答えぬか?
ならばこれ以上の問答は」
剣針を射出するため甲冑の指先が軋む刹那。
「あぁ~! ちょっと待って! 思い出した! 思い出したッ!」
少女は大袈裟に両手をあげ、抵抗の意志がない事を示す。
ヤケに芝居がかった振る舞いに、ヴィルヘルミナが微かに顔を曇らせた。
「えぇ~と、アノ男でしょ。
『吊 ら れ た 男』 の “J・ガイル”
確かエンヤ様の 「息子」 で、アンタの妹の “仇” なんだよね?」
明け透けに告げられる無思慮な言葉に、ポルナレフの貌が険しさを増す。
俯き影になった表情を、ヴィルヘルミナは緊張と共にみつめた。
「J・ガイル……!」
地獄の底に突き堕とすまでその名前は忘れないとでもいうように、
漆黒の怨嗟に充ち充ちた声が口唇から漏れた。
「それで……その男の 『能力』 は?」
今にも、誰でもいいから切り刻んでやりたいという憎しみを
必死で抑えながら、ポルナレフは声を吐き出す。
「し、知らない! これは当たり前でしょ?
余程のバカでもない限り、
自分の 『能力』 をベラベラ喋るヤツなんていない!
それにアタシはDIO様に直接仕えてるわけじゃないし、
組織に属してからは日が浅いから噂で聞いただけよ!」
先刻からの態度の変化に、やや不自然さを感じた
ヴィルヘルミナが疑念を呈する。
「何か妙で、ありますな。
余りにも淀みなく喋り過ぎるのであります。
それに、私が昨日戦った男は、自身の異能を頼みもしないのに
語っておりましたが?」
「だから! ソレは 『そーゆー能力』 なんだって!
スタンドは 『精神』 の原動力なんだから
なんでもかんでも 「理屈通り」 ってワケにはいかないの!
中途半端で優柔不断なヤツは 「強く」 もないし、
誰にも 「尊敬」 もされないでしょ? ソレと同じ事よ」
一応、それなりの説得力はある、
ウソを言っているようにも見えない、しかし。
「フム、是非を問うには、いまいち要領を得ないでありますな。
果たして鵜呑みにしていいものやら」
「不審」
「イヤ、オレは 「信用」 する」
慮外の言葉に反応する淑女、王とは視線を交えず、
腕を組んでポルナレフは言った。
「その男が “魔女” エンヤの肉親だというのは花京院の話と一致するし、
DIOの配下にいた頃、 『吊 ら れ た 男』 のスタンド使いとは逢った事がない。
今想えば、意図的にオレとの接触を避けていたのだろう。
何がキッカケで暗示が解けるかは解らぬし、
例え “肉の芽” で操られていようが見つければオレはヤツを殺す……!」
「……」
「……」
スタンドから散りばむ燐光が輝度を増し、熱を持ったように感じた。
普段の奔放さと戦闘に於ける変貌にはヴィルヘルミナも慣れてきたが、
今の触れれば焼け散りそうな危うさはまるで 「別人」 だった。
「それで、この者をどうするのでありますか?
討滅するのが吝 かであるなら、私が行いますが」
「イヤ、そこまでしなくて良いだろう。
オレの目的はこの娘を殺す事ではないし、必要な情報は手に入った。
動けぬようリボンで縛って、戦いが終わったら解放してやればイイ」
「……了解、であります」
( “オレの?” )
ポルナレフの言葉に違和感を感じつつも、
ヴィルヘルミナの左手から純白のリボンがスルリと伸びた。
「あ! ちょっと待った待った!
ヤツの 『スタンド』 で思い出した事がある!」
髪の手前まで来たリボンが静止し、
二人は怪訝な表情で少女を見た。
「さっき 『能力』 は知らぬと」
「デタラメな情報で混乱させる気なら、相手が悪い」
「違う違う! この状況でウソなんてつかないって!
あくまで 「噂」 だから、言うかどうか迷ってたの。
まぁ、聞きたくないなら別にいいけど」
「……」
「……」
ゴゴゴ、と中間の二人から無言の圧力が注ぐ。
「あと、え~とね、 『鏡』
本当に能力は知らないんだけど、『鏡』 を使うらしいよ。
実際に視た者はいない、でも単独でほぼ無敵のスタンド能力だって」
「……鏡? まさか、 『鏡の中の世界』 へ引きずり込む
“すたんど” と言うのではありますまいな?
鏡はどうしようとただの鏡。光の反射。
ファンタジーやメルヘンではないのであります」
「非可」
紅世の徒にもフレイムヘイズにも、
そんな能力を持つ者は聞いた事がない、
やはり噂を盾にして混乱を誘う気なのか?
「し、知らないよぉ~。
だから言うか迷ったっていったじゃん。
とにかくそういう話だから、
気になるなら 『鏡』 には近づかないようにすれば?
まぁアタシには関係ないけど」
そう言い疲れた様子で両手をおろしたアイリスは、
パーカーのポケットに両手を突っ込む。
これでようやく話は終わりか、
停止したリボンが動きアイリスの腕に絡み始めた。
「ねぇ? 音楽聴いても良い?
貴重な情報提供したんだからソレ位良いでしょう?
どっちが勝つか知らないけど、
何時間も縛られて放置されたら退屈で死んじゃうよ」
そう言ってパーカーのポケットから取りだしたDISC、
その光る裏面を少女は翳した。
奇妙な申し出、無頓着な現代の若者なら
別段他意はないのかも知れないが、
歴戦の二人は僅かな可能性も捨て置かない。
「ダメだ。そのDISCからも手を離せ。
この戦いが終わるまでは、
カウンターの裏で大人しくしているんだ」
「口も、塞がせてもらうのであります。
それと “すたんど” を使って、脱出など考えぬよう。
編み込んだ自在法により、必要以上の負荷が加わったら
切断されるよう仕上げるのであります」
「はいはい。ケチだなぁ~。
ジョースター御一行って、みんな臆病者の集まり?」
そう言って放り投げられたDISCが
ラバーウッドのカウンターを滑り裏に消える。
そのままリボンが少女の躰に巻き付いていき、
複雑な連結で四肢を拘束した。
「そんなに、キツク縛んなくても大丈夫だって。
「本体」 のアタシが動けなくなったら、
スタンドも動けないんだから」
「念には念を入れて損はない」
「口を閉じて。言う通りにしてもらわないと、
扱いが乱暴になるのであります」
そう言いながらもヴィルヘルミナは口に巻くリボンに
見えない切れ込みを入れ、呼吸をし易くする。
「あのさ、注文多くて悪いけど喉渇いた。
ただの水でいいから置いてってくれない?
勿論曲がるストローも付けてね。
こっちは両腕動かせないんだから」
「よもや、時間稼ぎをしているのではありますまいな?」
「あのねぇ~、 “フレイムヘイズ” と違って
『スタンド使い』 は生身の人間なんだから、
食べたり飲んだりしないと死んじゃうの!
別にいいよ、脱水症状で死んだらバケて出てやるから」
無表情で吐息を漏らしたヴィルヘルミナは、
ティールームの厨房から瓶入りの天然水と装飾用のストローを拝借し
(代金は後でいいだろう)
折り曲げて横たわるアイリスにくわえさせた。
「んく、冷た、ありがと、ラヴァーズのお姉サン」
「私の名前はヴィルヘルミナ・カルメル。
真名は “万条の仕手” であります」
少女が何か言う前に、ストローを残して口を塞ぎ
淑女はその場を後にした。
カウンターの前で待っていた銀髪の青年が、
封絶の中でも通じる携帯電話を忙しなく動かしている。
「ダメだな。ジョースターさんを始め、
承太郎や花京院にもかけてみたが通じん。
おそらく交戦中、連絡を取る間もないのだろうな」
「アノ方は?」
「番号を、教えてもらってないのだ。
かけないんだから意味ないとか言ってな」
「……」
さもありなん、でもちょっとだけかわいそうかな
と想ったヴィルヘルミナは、隣の騎士に出立を促す。
目指す先は、封絶の中心部。
先刻から、途轍もない力の激突が何度も繰り返され、
しかもまた今、一つの存在の力が急速に膨れあがっている。
幾らアノ方と云えど、一人では危うい。
そう考えた矢先、
ヴァガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!
けたたましい破壊音と共に、
ホテルのエンブレムが嵌め込まれたカウンターが床と平行に飛び、
固定されたソファーとテーブルを巻き込みながらガラスを叩き割って
中庭へと駆け抜けた。
((新手のスタンド使い!?))
淑女が気配を感じなかった為そう解した二人は、
背中合わせでサーベルとリボンを構える。
しかしその場に立っていたのは拘束した少女、
精妙な縛法で指先一本動かせない筈なのに、
内部の自在法ごと強大な力で無理矢理引き千切ったかの如く、
荒れたリボンの断片が散乱している。
否、真に瞠目するべきは、その 「結果」 ではない。
少女の傍にいま 『スタンドが立っていない』 というコト。
つまりコレは、己が異能に頼らず 『生身の力のみ』 で、
拘束から逃れた事実を意味する。
「な、何故!? “すたんど” は、
「一人一能力」 の筈ではなかったのでありますか!?」
「オ、オレにも解らぬ……
“遠隔操作” の射程と 『近距離パワー』 の破壊力を
同時に持つスタンドなど……今まで視たコトがないッ!」
驚愕のため責めるような口調になる淑女に、青年も声を荒げる。
どれだけ脳細胞をフル稼働しても、通常の思考では絶対に出ない解答。
ソレが瞳に狂暴な火花を散らす少女から告げられる。
「アナザー “DISC” スタンド、
『サバイバーッ!』 」
そう叫ぶと同時に手にした瓶を床に叩きつけ、
暴力的な音で砕け散る破片と水が足下に撒き散らされる。
同時に、不可思議な光景。
撒き散らされた、ごく小さな水の流れ、飛び散った僅かな水滴にも、
異常に明度の低い、眼を凝らさねば解らないほどの波紋が無数に現れた。
円周の内から伸びた、粘液の糸のように儚く脆い触手が中心部で
原始生物のような面を形作り、ソレは水の上を出たり消えたりしながら
規則性のない動きを繰り返している。
少女の言葉を鵜呑みにするなら、
コレがもう一つのスタンド能力 『サバイバー』
しかし、その 「本体」 は一体どこに!?
「フフフフフフフ、スタンドバトルの 「法則」 に従って、
公平に行きましょうか?
小さな事だけど 「借り」 もあるしね?
ラヴァーズのお姉サン」
レンズ越しにヴィルヘルミナを見据えながら、
空間が歪むような戦気を発してアイリスは歩み出た。
「まずこのスタンド、 『サバイバー』 は
髪一本動かす力もない、“史上最弱” のスタンドよ!」
意外なる返答、ボルトで頑強に固定されたカウンターを、
生身の脚力で引っ剥がすような力の一体どこが?
「でもその 「能力」 故に、
多くの者を敵も味方も関係なく “皆殺し” にした
『最凶』 のスタンド!」
そう言ってアイリスが足下を踏みつけると、
石面の罅割れと共に凄まじい地響きがフロア全体を襲った。
「神経細胞を伝わるごく僅かな電圧、百分の七V。
ソレを操作するのがスタンド 『サバイバー』
無論そんな弱い力じゃ相手にダメージを与えたり、麻痺させたり、
眠らせるなんてコトは出来ない。
でも、人間の 「脳」 は未知の領域。
特に大脳辺縁系の周囲は、
「闘争」 を司る部分が多く本能的な潜在力に根ざしてるッ!」
もうここまで言えばお解り? と少女は微笑み、
ブレる残像と共に視界から消えた。
「!!」
「!?」
「シャアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!」
空間を滑るように、数十メートル先のマーライオンまで
瞬時に移動していた少女は、
ダガンッ! とその底部を台座ごと天蓋まで垂直に蹴り上げ、
「ウォォォォォォオオオオオオオオオオリャアアアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァァァァァァァ―――――――――――――!!!!!!!!!!!」
対面に位置する獅子も細腕で抱えて三階部へと投げ飛ばした。
バグシャアッッ!! と立ち並ぶ店舗が、
ウインドーに展示されたブランド品ごと軒並みブッ飛ぶ。
「ふぅ、ふぅぅ―― 熱い……!」
濛々と立ちこめる粉塵を背景に、
ゆっくりと戻ってきたアイリスは羽織っていたパーカーから
腕を抜き無造作に投げ捨てる。
ボーダー越しに存在を誇示する豊かな双丘が、
狂熱の力で奮えていた。
全身から漲る闘争心に、体内電流が迸っているように視えた。
「と、まぁ、こんなカンジ?
3分でこのホテル、平らにしてみせようか?」
括った髪を手の甲で跳ねつけると、
勝ち誇った表情で土台が抉れたカウンター跡に降り立った。
( 「本体」 は!? 本体はどこに!?)
寒気を通り越して怖気すら催す圧倒的な脅威の中、
淑女は静止した人間を具に見回した。
先刻までの妙に平淡な態度、この助勢を期待してのやはり時間稼ぎ?
しかし隣に立つ銀髪の青年が、肩に手を置き無言で首を振った。
「……その “DISC” まさか、 『そういうコト』 だったのかッ!」
ヴィルヘルミナにも解るように、殺気は疎か身動き一つしない、
人形のような 「本体」 を指差す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!
蹴り剥がされたカウンターの奥に佇む者、
ホテルの制服姿で、書類に眼を通したまま静止する青年。
その頭部に、先刻少女が投げ捨てたDISCが突き刺さっていた、
否、正確には細胞と融合して内部に取り込まれているというべきか?
タイトルもアーティストも記されていない無地の表面に、
原始生物のようなスタンドの幻 像が浮かび上がっていた。
「スタンドを “DISC” にして、“自由に使用出来る” 能力ッ!?
そんなとんでもない 『スタンド使い』 がいるのか!?
君に能力を与えたのも、“ソイツ” の仕業かッ!」
ご名答、とでも言うように、
アイリスは不敵な表情のまま拍手を送る。
自分に異能を与えたその人物を、
心から崇拝している表情だった。
「順番が逆になっちゃったけど、流石に鋭いわね?
J・P・ポルナレフ。 その通りよ。
この世界には、アンタ達みたいなショボイ能力じゃなく、
それこそ 『神』 に匹敵する能力を持ったスタンドが存在するのよ。
一人は 『DIO様』 、そしてもう一人が “その人”
勘違いしているようだから言っとくけど、
“その人” はどっかのバカみたいに、
世界を 「支配」 する事になんか興味がない。
もっと大きな目的、「人類」 の 『真の幸福』 の為に能力を使ってる。
いつかみんなが 『天国』 に行ける。
その日だけを純粋に願って!」
「……」
「……」
得体の知れない、実体のない灰色の靄のようなモノが
二人の脳裡に渦巻いた。
この少女は、一体何を言っている?
理論上、この世に存在するスタンドを全て統括出来る者が
DIOの傍にいるだけでも衝撃なのに、
『天国』 が存在して其処に皆を連れて行く?
愚者の戯言か狂人の妄言か、
しかしソレを一笑に出来ないだけの能力が
その男 (?) に在るのも事実だった。
「 “その人” の為、目的を果たすその時まで邪魔者は
スベテ排除するのがこのアタシの役目よ!
その為なら何を犠牲にしようと
“Domine, quo vadis!!”
神父サマには指一本触れさせないッッ!!」
渾心の叫びと同時にスタンドが出現した、
先刻よりも遙かにパワーが漲り、
身体の至る所で 『サバイバー』 の幻影が出現と消滅を繰り返している。
「最後にありがと、ラヴァーズのお姉サン。
『サバイバー』 は電気 (信号) のスタンドだから、
「水」 がないと射程距離がゼロのままなの。
美味しかったよ、アナタがくれた 「水」
本当にいろんな意味でッ!」
(……ッ!)
そういうコトか、DISCを投げて能力を埋め込み、
零 した水で 『道』 を作った。
「だから忠告しといてあげる。
『サバイバー』 の 「本体」 は殺さない方がイイ。
隣の男、敵に回すよ?
ま、アタシの生命線でもあるから近づけさせないけどネ」
そう言ってスニーカーの爪先を床に叩きつけるアイリス、
浸透した衝撃により内部の構造物が瓦礫ごと地下へと落下した。
「……」
地中にリボンを巡らせて、
蟻地獄状に 「本体」 を引きずり込む狙いを見抜かれた。
戦いの熱に浮かされていても、
『スタンド使い』 の洞察力は弛んでいない。
でも、 「敵」 に廻るとは……
見上げた先に、凛烈なる騎士の瞳。
「 “彼” にも、大切な家族が有り、仲間が居る。
もしかしたら妻や子供もいるのかもしれない、
左の薬指に指輪がある。
“そこまで解っていて” 殺すなら、好きにすればイイ……」
本当に、同一人物?
いつもの自分に向ける軽薄さや稚気が微塵もない、
ただ誇りと気高さと、ソレを汚す者に容赦はしない
厳格さを持ち合わせた一人の男。
どこか、似てる。
その方向性は違うけど、自分とこの人は、どこか……
「何とか、 “でぃすく” だけを
抜き取ろうと建策したのであります。
本当に 『そうすると』 想われましたか?」
「想っていたら、何も言わぬ」
そう言って自らを庇うように、ポルナレフは一歩前に出た。
ほんの数日前までの自分なら、躊躇いなく操られた青年を屠っていただろう。
ソレが一番合理的だから、ソレがフレイムヘイズの使命だから、
情や倫理が入り込む余地はない。
『本当にそう想っていた』
あの子の笑顔をみるまでは。
新たに生まれた決意を受け止めながら、
ヴィルヘルミナは青年の隣に立つ。
「あの娘の攻撃は、なんとか私が凌ぐのであります。
アナタは、“すたんど” の方をお願い出来ますか?」
自分が感じる幸福、何よりも大切な気持ち、
ソレは、他の誰もがきっと同じ。
広がっていく、心はどこまでも。
変わっていく、変わらない想いと一緒に存在は。
仲間がいるから、本当の私を見てくれるから――
溶けなかった氷が、いま、少しずつ……
「決起!」
それまで黙っていたティアマトーが、
しかし心中は二人と同調し開戦を促す。
即座に、サーベルを直立に、リボンを斜交に構えた両者が
それぞれの標的に白銀と桜霞を混じ合わせて挑みかかった。
『能力』 が頭上から来るコトは解っている、
“だから敢えて” 真正面から挑む。
余計な小細工は棄て、小賢しい計算など度外視に、
死に物狂いで勝負に出る。
身を捨てて、退路を断つ事によってこそ開ける、
新たなる 『道』
コレもまた、スタンド戦の極意。
「プラネット・ウェイブス……」
火花の散る双眸で二人を見据えた少女の傍で、
そのスタンドが 『流法』 の構えを執る。
遙か頭上に向けて押し広げられた両腕を機軸に、
天空から殺到する火球の嵐。
『アース・ウインド・アンド・ファイアーッッッッ!!!!』
ホテル全域に降り注ぐ災厄の中で、焦熱が照らす熔光の中で、
白銀の騎士と古の王女の存在は色褪せる事なく輝いた。
←TOBE CONTINUED……
後書き
はい、どうも、こんにちは。
「他人を蔑ろにする行為」は、ソレが使命だろうと理念だろうと定説だろうと
「下衆で下劣な行為」にしかならないというのをここで改めて強調しておきました。
だから「この世で最もドス黒い悪」は「自分が悪だと気づいてない者」なのです。
少なくともジョジョの世界では
「おまえは無関係なあの爺さんの命を「侮辱」した」と制裁を受けます。
赤の他人の命なんか関係ない、どうでもいい、世の中そういうもの、
と斜に構えてドライな態度を取るのは簡単ですが、
実際はそんなコトはかっこよくもなんともなく
自分が「バカ」だと吹聴しているのと同じコトなのです。
別にボランティア活動を推奨しているわけではなく、
聖人のように生きろと言っているのでもありませんが、
理屈だけを求め、現実だけへこだわり、結果だけに囚われると
「生きる」事自体を「否定」するコトに繫がってしまうのです。
ソレでは。ノシ
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