STARDUST∮FLAMEHAZE
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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#20
PHANTOM BLOOD NIGHTMAREⅩ ~Third Impact~
【1】
山岳を想わせる騎士の巨像が、神輝の光に包まれて昇っていく。
凄惨なる戦場に存在し得ない悠遠なる雰囲気。
窮地に襲来した未曾有の不条理に、承太郎が対抗する術 (退避も含めて)
を数種紡ぎだしたその瞬間だった。
「……ったく、敵わねぇよな。 “アノ人” には」
香港で顕在したアラストールの畏るべき威力。
ソレすらも凌ぐ絶対的な格に、承太郎は苦笑を混じわせそう呟く。
(だが、アレだけの力を使っちまった以上、曾祖母サンも相当消耗してる筈だ。
相手の強さと受けたダメージとかも考えて、この先はアテに出来ねぇ。
幸運は一回こっきりと考えた方が良さそうだぜ)
一時的だが絶対的に優位となった自陣の勢力に上擦る事なく己を諫めた承太郎は、
無意識的にもエリザベスに頼る心を打ち消し路面を蹴る。
自分達の目的はまだ遙か彼方、どれだけ絶大な光景が眼の前を覆っても
所詮はその一場面に過ぎない。
アラストールとエリザベス、最強二人の力はまだまだ底知れないが
その両者をして勝てるかどうか解らない、そう云わしめた男こそが他でもない
この旅路の最終点待ち受ける者、 『DIO』 なのだ。
(まだまだ、だよな。
オレもおまえも、今のまんまじゃいらんねぇ。
強く、なろうぜ。誰の力にも頼らねぇ。
あのヤローは、オレとおまえでブッ斃す!)
遙かな高みにいる存在に気後れする事なく、
逆に覇気を燃え上がらせて心中の少女に叫んだ青年は一気呵成に
『光の柱』 を目指す。
「あの……」
故にその声が届いたのは一種の偶然、
或いは彼の戦闘神経が熱で研ぎ澄まされた為か。
スキール音に酷似した響きでスタンドを滑らせ
急ブレーキをかけた視線の先に、意外な人物が佇んでいた。
「……」
この戦場の最中、なんとも扱いに困る対象。
しかし無視する事は出来ないので
承太郎は両手をポケットに突っ込んだまま迅速に歩み寄る。
「吉田、だったか? こっちに逃げてきたのか。
曾祖母サンの指示だな?」
一応その存在は知っていたが、
色々と面倒なので初対面のような態度を承太郎は取る。
「は、はい。
戦いの場所からはなるべく離れて隠れるよう言われたんですけど、
みつかってしまって」
説明の必要などないほどに変わり果てた姿、
少女、吉田 一美の制服は所々引き裂かれ焼塵が付着し、
そして何故かスコールでも負っ被ったかのように濡れていた。
せめてもの救いは目立った外傷はなく自分の足で歩けている所だが、
この戦場では気休めにもならない。
「で? どこだ? おまえを襲ってきてる 『スタンド使い』 は?
ンな暇なかったかもしれねーが、出来れば相手の幻 像と
能力のヒントでもあれば助かる」
状況と経験から類推して、承太郎が助命を乞われたと解釈したのは至極妥当、
しかし小心混じりに、少女から告げられた事実は完全に想定外。
「あ、だ、大丈夫です。
かなり危なかったですけど、なんとかやっつけましたから。
でも大分派手に動き回って、能力も見せてしまったのでその点は失敗ですけど」
「……」
言ってる意味が解らず不覚にも数秒思考が停止したが、
若干眼を瞠ったのみで承太郎は問い質す。
「まさか、 “勝ったのか?”
DIOの 『スタンド使い』 に? おまえが!?」
一言一句綿密な確認を取るように告げられた承太郎の言葉に、
吉田はふてくされた子供のように、むぅ、となる。
それは確かに、今まで戦った経験などないし(争い事は嫌いだし)
男でしかも百戦錬磨の承太郎にそう想われるのは仕方がないがでも、
“それでも” と想う。
「本当です! あなたに嘘なんかつきません!
そりゃわたしは……弱くて頼りなく見えるかもしませんが
“ライトちゃん” は本当にスゴイんです!
何度もピンチになりましたけど、一生懸命頑張ってくれました!」
一気に捲し立てるような言葉に精神が連動したのか、
少女の背後から天使のようなスタンドがビシュッと出現し、
『……』
一度照れクサそうに頭をかいた後、
煌めく両腕と両翼で優しく少女を包み消えた。
そのコトに当の吉田本人だけが気づいていない。
「……解った。悪かったな。
おまえだけじゃなく、おまえのスタンドまで侮辱しちまったようだ」
「い、いえ、わたしの方こそ取り乱してしまって。
自分でも信じられないのに、信じてもらえるはずありませんよね。
本当にわたしと違って、強くてキレイで優しい娘ですから、ライトちゃんは」
スタンドは自分の分身、能力、捉え方はそれぞれだが
確かに双子や兄弟のように想える時もある。
花京院から聞いた話だが、スタンドの中には本当に 「自我」 を持ち、
本体と保護者や悪友のような関係を築いている者もいるそうだ。
この少女にとってスタンドは、自らの精神を体現したものではなく
自身の理想型を具現化したモノに近いのだろう。
それならば最初から凄まじいパワーを持っているのも頷ける、
手練れ揃いのDIOの配下すら打ち倒す程に。
しかし。
引き裂かれた制服の裾、露出した素肌、
何より濡れた繊維が張り付いて浮かび上がらせる躰のライン。
軟弱な者ならそのアンバランスな膨らみだけを
赤面しながらも劣情に促されたまま凝視し、
しかし何の解決策も出さず直視出来ぬような
醜態を晒すだけだが承太郎、は……
「チョイ、待ってろ」
視線を切ると同時に学帽の鍔を目深に下ろし、
眼に付いたブティックへと走る。
1分待たずして店内から出てきた彼の手には、
業務用のハンガーにかかったシンプルな服が握られていた。
「え? あの? コレ……?」
突き出された服を反射的に受け取った吉田が疑問を呈すると同時に、
「着とけ、ジャケットみてーなもんだから服の上からでも大丈夫だ。
敵にダメージがあるのを覚られるとマズイ」
と一応の理由をつけ、くるりと背を向ける。
「え? あぁ、そうですね。
わぁ、こんなにボロボロでビショビショ、
恥ずかしくて街中歩けません」
と妙に安穏とした言葉を発しながらいそいそと吉田はその服を纏った。
通気性の良い麻で織られたその服は、
南アジア一帯で着られる “サリー” と呼ばれる民族衣装。
多民族国家であるシンガポールでは比較的ポピュラーな服装であり、
若い女性にも好まれる為デザインも現代風にアレンジされている。
元より躰をすっぽり覆ってしまう形状の為、
制服の上から着ていても特に違和感はない。
色はクリームがかった淡白色で、
微かに覗く若葉色のスカートにはよく見合った。
「面倒かけてすいません。あ、でもコレお金……」
「いーよ。レジに万札ブッ込んできたから多分足りンだろ」
「でも空条君の」
「いいって」
(こんな状況で)細かいヤツだなと想いながら、承太郎は改めて吉田に向き直る。
さて、これからどうしたものか?
合理的に判断するなら5つもの標的を破壊しなければならない為、
彼女と手分けした方が良い。
だが高確率で危険はつきまとうし最悪彼女が敵の人質にでもなれば、
全ての戦局は破綻する。
しかし彼女を護りながらの移動となると当然大きく時間をロスし、
その遅れはシャナの死に直結する。
正直迷ってる時間も惜しい、
自分を信じて待ってくれているアイツの為にも。
逡巡、葛藤、ジレンマ、ソレら全てを抱えて尚、
みえない一手を模索する戦闘の思考。
その数秒すら奪い取る 「魔の手」 が、事態を根底から撃砕した。
「え? わっ!? きゃあ!」
咄嗟の事態だった為スタンドと本体を別個に可動させ、
吉田の膝を抱えて横抱きにしながらもう一つの脚で
路面を蹴り砕き後方へと飛び去る。
上空へと逃れなかったのは対空迎撃を警戒してのコトである。
その音すらも置き去りにする緊急回避の刹那、
力を集束させて穿たれた陥没痕が
その数百倍以上の体積を持つ破壊痕に呑み込まれた。
狂暴な轟音と濛々と立ち込める塵煙。
それらが中心でうっすらと浮かぶ人型のシルエットを映した瞬間、
凄まじい旋風を伴って一挙に吹き飛ばされた。
「――ッ!」
「――ッ!?」
心中に湧く驚愕、その質は違ったが承太郎と吉田は共に声を失った。
俄には信じ難い、倒錯した宗教画のような光景。
近代的な都市の路上に、どこが胴体で脚かも解らぬ黒い凝塊から、
それぞれ異なる貌を千以上突き出した、魔獣とも云えぬナニカが蠢いていた。
だが、それらは開ける視界と同時に否定される。
そこには、長身で大柄な体躯をした一人の男がいるのみ。
瞳の映らない漆黒のサングラスと、
イタリアギャング幹部のようなダークスーツ。
存在感、印象値共に傑出した風貌だが、
先刻視た幻 覚は男の全身から発せられる
異様な脅威に拠るモノだと二人の 『スタンド使い』 は同時に理解した。
「……アイツ、ヤベェな。
どんな 『能力』 かは解らねぇが、
今まで戦ってきた徒とは格が違う……!」
「本当、に。ただ見てるだけなのに、震えが、止まりません……!
何なんですか? アノ人、怖い。怖い、です」
鍛え抜かれた両腕に抱かれながら、
少女は極寒の吹雪から逃れるように躰を寄せる。
スタンドバトルは、一見した能力の多寡では決まらない、
どれだけ凄まじいパワーやスピードを持った相手だろうと、
ソレに対応する知略と精神力次第で幾らでもその差を覆すコトが出来る。
吉田は兎も角、その事実を重々承知している承太郎ですら、
頬を流れる冷たい雫を禁じ得なかった。
此処に至るまで幾つもの強大な敵と相対してきたが、
ここまで勝敗の趨 勢が視えない相手も初めてだった。
先刻 “アノ二人” と一人で戦うコトを決意した時より、
余程生きた心地がしない。
ただ、アイツの前にこの男が現れなかった事、それだけが妙に……
「最悪、だな……」
状況か、それとも別の何かか、半ば諦観気味に呟いた承太郎は、
男に対する警戒を切らさないままそっと吉田を下ろした。
もう? という言葉を秘めつつ見上げる少女にそのまま告げる。
「おまえ、一人で行けるな?
スタンドで、自分の身は護れるな?」
視線を向けず短くそう言った承太郎に、
吉田はダークスーツの男とはまた違う寒気を覚えた。
「まさか、一人で戦うつもりですか!? ダメです!
アノ人! 絶対普通じゃありません!」
承太郎の危険は無論、それ以上に拒絶された感じがして
吉田は声量を上げた。
「お願いです! 足手まといにはなりません! わたしも一緒に」
「違う」
「え?」
高ぶった感情を急速に冷やされた為、
吉田はポカンとした表情で承太郎を見つめた。
「おまえには、 “別の要件” を頼みてぇ」
ダークスーツの男を威嚇するように睨みつけたまま、
承太郎は言葉を絞る。
「さっき視た、5つの光、覚えてるか?」
「え? あ、は、はい。
いきなりオーロラみたいな光の波が街の中心へと流れていって、
びっくりしましたけど」
「その 「位置」 は覚えてるか?」
「はい、大体ですけど。
ライトちゃんは眼が良いから間違ってないと想います」
本当はその場所を目指せば承太郎なりジョセフなりと合流出来ると想って
向かっていたのだが、それは言わないでおく。
「よし。ならおまえは、これからソコに向かって、
その場所にある 「何か」 を破壊してくれ。
アレだけの仕掛け、位置さえ間違わなければ一目瞭然だろう」
「……」
何の為に? ソレ以上 『誰の為』 に?
予期せず生じた疑念に、少女は数秒沈黙した。
「無理か? 確かにメチャクチャ言ってる。
だがいま、吉田、おまえしか頼めるヤツがいねぇ」
「――ッ!」
そのたった一言が、少女の胸に熱をもたらせた。
憂うように見つめられたライトグリーンの瞳。
失望とか不安とか蔑む色は無く、
自分に “頼んでしまうコト自体に”
大きな悔いを残している、そんな表情。
ふと、温かくも強烈な何かが心中に湧いた。
そんな大それた事など思考の片隅にすら浮かべた事はないが、
そんな顔をする彼を 「護ってあげたい」 と偽りなく想えた。
「わかり、ました。詳しくは聞きません。
でも、大事な事、なんですね」
「あぁ、“アレ” が在る限り、オレ達はヤツ等に勝てねぇ。
オレを行かせる為にいまシャナのヤツが一人で踏ん張ってる。
ソレを無駄にするわけにはいかねぇ」
「一つ、条件があります」
今はその子の名前を出して欲しくなかったが、
此処にいない彼女へ対抗するように吉田は告げた。
「わたしの事、 “一美” って呼んでもらえますか?
特に意味はないですけど、アナタにはそう呼んで欲しいんです」
以前の消極的な彼女の性格からは、想像も出来ない積極性。
しかしスタンド能力に目覚めた事により、
決意と共に一つの戦いを勝ち抜いた事により、
それらの経験が一人の少女をこの短期間で急激に 「成長」 させていた。
「……あのヤローをブッ倒したらオレも手伝う。
「罠」 が有るかもしれねーから気をつけろよ、一美」
「はいッ!」
内気で怯えていたアノ時は違う、大輪の花が咲き誇るような笑顔。
コレから始まる壮絶な死闘を前に、
意図せず微笑が浮かぶのを承太郎は感じた。
即座に踵を返し、民族衣装を揺らしながら
細長い路地へと(ダークスーツの隣を通るほどマヌケではない)
駆けていく少女。
男の視線が微かに動いたのを感じると同時に、
承太郎はスタープラチナと共にその眼前へと移動していた。
「悪ィな、待たせたか?」
先刻の不意打ち (男の方は挨拶代わりだろうが) は不問とし、
承太郎は制服の内ポケットから出した煙草のパッケージ、
その中から一本振って男へ差し向けた。
「フン」
男は不敵な笑みを浮かべたままそれを取り口唇の端に銜える。
同様に自分も色濃いフィルターを銜えながら、
五芒星のライターで火を点けた。
嵐の前の静けさ、極度に張り詰めた冷冽な緊張感の中で紫煙が棚引く。
「オレは、空条 承太郎。
スタンドは近距離パワー型スタンド、
『星 の 白 金』 」
「オレは紅世の王、仮面舞踏会が 『三 柱 臣』 の一人、
“千変” シュドナイ」
紫煙を細く吹き出しながら男は余裕でも侮蔑でもない、
もっと危険なナニカを滲ませてそう告げた。
シャナとアラストールから聞かされていた事象、
その存在の重大さに驚きは有ったが承太郎は敢えてソレを黙殺した。
例えどこの何者であろうと、この男が只者でない事は充分に解る。
それ以前、男の戦いにその世界に、肩書きや称号など何の意味もない事を
彼は熟知していた。
ジリジリと焦げるフィルターに反比例して、
二人の躯から発せられる闘気に空間が湾曲し始める。
最早、否、最初から、言葉は要らない。
出逢うべき定め、戦うべき運命、
初めての邂逅にも関わらず互いの事を識っているような
感覚が二人を充たしていた。
やがて根本まで灰になった煙草が指先で弾かれ、
赤い円周を描きながら同時に落ちる。
その、刹、那!
「オッッッッラアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「ウオラアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!」
喚声と咆哮。
集束した光を宿したスタンドの星拳と、
一瞬で猛獣への変貌を遂げた異形の魔拳が
燃え盛る空間で交差した。
【2】
「はあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
時を同じく、黄霞舞い散る封絶の中心部で、凛冽なる少女の喊声が鳴り響いた。
紅き瞳の迫る眼前、鞭のように撓った蔓の束が空を引き裂いて襲い掛かる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアア
アアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
しかし空間を灼き刻む無数の斬閃、
明鏡なる刀身を覆った紅蓮の炎が
刃の殺傷力を裡に秘め、幻想の鞭打を千切り飛ばす。
「――ッ!」
通常、強い再生力を持つ能力はその切れ味が鋭い程、
返って修復し易いモノだがこの場合は切断面に炎が燃え移り、
ジワジワと内部を焼き焦がしていくため遂行が覚束ない。
灼き裂かれて動作が微弱となった蔓を足場に、
炎霞の大刀を斜に構えて術者へと迫るフレイムヘイズ。
「こっち」
言われるよりも速く視線を巡らせていた少女の左側面に、
華美な甲冑を纏った少年が既に大剣を振り下ろしていた。
ガギィィィィ!! 鍔鳴りを百倍狂暴にしたような金属音、
廻し受けと呼ぶには些か苛烈過ぎる叩きつけで以て、
両断の斬刀が鎖の巻かれた片腕に撃ち落とされた。
遠隔狙撃銃の弾が一滴の雨露で大きく軌道を逸らすように、
直線的な力は横腹からの干渉に著しく弱い。
ソレを知らない少年と熟知している少女の差、
大刀を握ったままの拳が甲冑に覆われていない左腋下部にメリ込む。
「ぐぎゅっ!?」
受けた事のない衝撃に少年が頓狂な声を発してフェードアウトとすると同時に、
少女は火勢を抑えて後方へと飛び去った。
数瞬前までいた場所に殺到する蔓の群れ、背後で落下する少年も回収してある。
しかし熱を冷ましたシャナの心情とは裏腹に、
蔓の操者であるティリエルは
憤怒の怒りを瞳に宿してこちらを射抜いた。
「流儀ではありませんけど……」
低く沈んだ声、しかし抑える為ではなく爆発させる溜めの。
「赦せませんわああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――ッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
交差して前に突き出された両腕に連動して飛び掛かる蔓の嵐。
(ワンパターンッ!)
傲りではなく反 撃の機を得るため、
余力充分に構えるシャナの予測はあっさりと否定された。
標的を大きく外れて弧を描いた蔓、
その軌道上をトレースして山吹色の炎弾が次々と生まれ、
一拍遅れてくる暴風に加速受け無軌道に射出された。
「――ッ!」
無論ソレは他の蔓も同じコト、続く二陣、三陣は蔓に直接弾かれる為
破壊力、スピード、精密動作性共に初弾とは較べモノにならない。
焔儀の基本中の基本、
悪い言い方をすれば初歩の初歩と呼べる 「炎弾」 も、
ティリエルほどの遣い手となると恐るべき “流式” へと変質する。
「ウフフフフフフフフフフフフフッッ!!
コレで一切の逃げ場はなし!!
空中に 「地下」 は御座いません!!
炎の繭にくるまれてお眠りなさいませ!! フレイムヘイズ!!」
如何に見落としがあったとはいえ、
先刻己の最大焔儀を防がれたのは屈辱であったようだ。
あどけない稚気を隠すコトもなくティリエルは葬礼の言葉を送る。
既に威力を増した炎弾の包囲網は十重二十重、
高熱と焦気により虫の入る隙間もない。
その回避不能の黄獄の中で、何を想ったかシャナは
唯一対抗出来るであろう愛刀を黒衣にしまった。
「……」
疑念を呈するアラストールに聞こえた、
口唇からポソリと漏れた独り言。
瞬く間に全方位から射出された炎弾が、
裡に破滅という毒牙を孕んだ地獄蝶の繭を形成していく。
「フッ、他愛もない。少々手こずりましたが、
一人になればこんなものですわね」
集束するコトによって光を放つ凝塊に肌を照らされながら、
緩やかな声でティリエルは言った。
十数分前の光景の再現、或いは平行世界の出来事のように。
一見、シャナが押しているように視えたがソレは錯覚、
現実は数の優位性を少しでも削るため、
遮二無二前に出ていただけに過ぎない。
一方ソラト、ティリエル側は盤石の構え、陣形を一切崩す事無く、
(予想外の爆発は有ったが) 温存した焔儀で確実に討滅を完了してみせた。
「ねぇ? ティリエル。ボク先に行っても良い?
逃がしたアノ人速いから “ピニオン” 壊されちゃうかも」
先刻、傷を負っても自分をフォローしてくれた実兄が
兜の目 庇を固定しながら言った。
「あらあら、よろしいんですの?
お兄様御執心の “贄殿遮那” もうすぐ手に入りますわ。
最も、黒こげになってるかもしれませんが」
冗談めかして告げるティリエルにソラトは
一瞬困った顔をしたがすぐに。
「う~、でもそれは後でも手に入るでしょ?
オルゴンのおじちゃんとか心配だし、
アイリスお姉ちゃんなんか一人で二人相手にするって言ってたもん」
「お兄様……」
以前の兄 からは、想像もつかないような返答。
“愛染自” または “欲望の嗅覚” という異名から、
自分の願望は抑えられない偽れない、
というより 『ソレしかない』 のがソラトという徒の本質だ。
しかし裏を返せば、彼は
『絶対に嘘は言わない(言えない)』 というコト。
良くも悪くも、自分本位の性格、
その彼が欲しがるものが、大切なモノが
『自分以外』 のモノだとしたら……
“愛染自” “愛染他” 紅世の双児の存在は、
数年前のDIOの出現より、大きな変化を遂げていた。
求める感情のベクトルは違えど、
ソレの向かう先は全く同じモノだった。
「では、手分け致しますか?
私はピニオンの監視と防衛に赴きますから、
お兄様は他の方々を助けてあげてくださいませ」
「うん!」
戦場の直中で晴れやかに笑うソラトに、ティリエルも同様の笑みを返す。
以前ならソラトを一人歩きさせる事など心配で出来なかったが、
今は任せる事の出来る同胞がいる。
互いが互いに拠り、自分達以外の存在など要らないと想っていたが、
その殻を打ち破る事は自己の否定ではなく精神の成長であるコトを
彼女は理解していた。
深手を負っても 『即死しない限り』 何度でも復活出来る能力。
コレさえ在れば勝利は確実、
来た時よりももっと素敵な気持ちで凱旋出来るだろう。
イルヤンカから過去の “大戦” や古の法儀の事はまだ全部聞いていないし、
アイリスは化粧や装飾について詳しく教えてくれると言った。
シュドナイと猛禽のような眼をした男は、
船内でも衝突を繰り返していたが
今ではどこかソレを楽しんでいるような様子だった。
立場や考え、種族は違えど同じ目的の為に集まった者。
ソレを 『仲間』 と呼ぶにはまだどこか気恥ずかしいが、
その内気にもならなくなるのだろう。
意図して、意識して構築するのではなく気がつけばソコに在るモノ。
ソレを 『絆』 と云うのだと、二人が気づくのはごく、
“待・てッッ!!”
「――ッ!」
「わぁッ!?」
実際に声が聴こえたわけではないが、
ソラト、ティリエルの心中に走った感覚は同じだった。
まるで背後から伸びてきた紅蓮の巨腕が、
自分達を鷲掴みにしたような脅嚇だった。
背後で燃え盛る炎の繭、見かけは大形だが元々単体滅殺型の焔儀の為、
標的が焼け散るに合わせて収縮していかねばならない筈。
だが背後の繭は逆にどんどん膨張し始めていた。
まるで、自分達を脅かすナニカが内部で誕生しようとしているように。
グワッ! という旋風と共に、繭の表面が乱雑に剥がれ
炎熱で充たされた地獄窯の内部が剥き出しになる。
その中央で見据えるは、周囲の高熱をものともしない強さで煌めく二つの真紅。
夥しい量の炎弾に素肌は疎か纏った黒衣を灼かれる事もなく、
端然と宙に浮く紅蓮の少女だった。
(こ、の――ッ!)
無論驚愕、しかしそれ以上何かを邪魔されたように
感じたティリエルが炎流を放出したのとほぼ同時、
大剣を構えたソラトが一足飛びに半壊した繭の中心に迫る。
しか、し。
バァジイイイイィィィィィッッッッッッ!!!!!!
邪なモノ、全て拒む聖なる結界で在るかのように、
焔儀と剣撃、その二つは目標の遙か外側で弾かれた。
そして渦巻く旋風と共に炎の繭を一挙に吹き飛ばしたその 「正体」 が、
両者の眼前に姿を現す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!
紅蓮の少女が手にしたモノは、封絶の中で一際煌めく黄金の鎖。
手 甲 代わりに先刻までは左腕に巻き付けていたものであるが、
今は螺旋状に廻転して周囲を覆い鉄壁の防御幕を形成している。
事前に編み込んだ物質強化、変化の自在法。
対象の強度を上げ、その長さを引き延ばすだけの単純なモノだが、
少女の技量を考えればコレで充分。
元より何かを繋ぎ止める存在の鎖は、
文字通りシャナの命を繋ぎ留め絶対の窮地から彼女を救った。
華麗極まる黄金円陣、その中心部、
緩やかな気流に靡く髪と決意に充ち溢れた瞳。
少女の心中を占めるのは燃え盛る使命感でも煮え滾る闘争心でもなく、
ただ一つの純粋な 「感謝」 であった。
「ありがと、承太郎……」
幾重にも渦巻いて自分を覆っている鎖、
ソレがそのまま彼に包み込まれているような温もりを覚えさせる。
「ありがと、ありがと、本当に、ありがとう」
ソレしか云う言葉が、みつからない。
別の言葉に置き換えても、何の違和感もない。
遠く離れていても、近くに感じている。
例え触れ合う事が出来なくても、心はずっと繋がってる。
目の前で次なる術を撃ち出そうとする二人を遠く見つめ、
シャナを取り巻く鎖は半分以下に収縮、
描く軌跡も球から頭上の輪へと換わった。
鉄壁の防御はあくまで勝利の為、
炎弾の高熱を弾き返した力は既に鎖の内部へと存分に撓め込んである。
掴みを残して、やがて灼煉の色彩を灯す黄金長鎖。
“攻撃は最大の防御” 然り転じて 『防御こそ最大の攻撃』
鉄壁の包囲網を如何に攻略するかと試みる相手の虚を衝く、攻防一体の戦陣。
繰り出されるは他の武器だが、本来愛刀を介して射出される業故に
こう呼ばせて戴こう。
疾風閃迅。融空の灼牙。
『贄殿遮那・火車ノ太刀/熔斗』
遣い手-空条 シャナ
破壊力-A+++ スピード-A++ 射程距離-A+++
持続力-C 精密動作性-B 成長性-C
左肩口を前に、やや仰け反って投擲体勢に入った “車の構え” から、
体幹の捻りを加えた膂力と共に撃ち出される飛斬月。
「オッッッッラアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」
総数三千廻転以上の遠心力で加速された黄金長鎖の月輪は、
猛烈な火噴きを鳴動し死界への扉を開いた。
「くぅっ――!!」
「ひゃっ――!?」
意識の虚を突かれたとはいえそこは一流の遣い手、
初見の業でも木偶のように直撃コトはなく
ソラトは跳躍、ティリエルは蔓を織り込んだ柵で月輪に対応する。
が。
グァジュヴァアアアァァァァッッッッッッ!!!!!!
天賦の才で回避したソラトとは裏腹に、
ティリエルの展開した防御網(植物特有の弾性により宝具の一撃すら防ぎきる)は
内部の水分ごと灰も残さず蒸発した。
そして、無論、遮蔽物なき煉灼の月輪は、
そのまま瞠る眦も上がっていない少女の躰を、
微塵の容赦もなく穂揃殺ぐ。
「ぁ――」
可憐なる肢体、その惨状をティリエルが認識する間なく
視界は炎で真紅く染まった。
「ティリエル!!」
打ち棄てられたフランス人形の如く、
二つに別れて堕ちていく実妹にソラトは宙空で届かない手を伸ばす。
幾ら治癒の自在法が在ろうとも、 『この場合』 ソレは関係ない。
しかし、仮にティリエルが無傷の状態であったとしても、
彼が次の事態に反応出来たかどうかは疑問である。
なぜ、なら。
「え――」
信じられないもの、というより存在し得ないモノを視る眼でソラトは呟いた。
ティリエルに追いすがろうとしていた彼が
ふと右側に視線を向けたのは(微かな音、熱気、色々あろうが)
『何となく』 としか言い様がない。
しかしソコに在る筈のないモノを視た時、
人が心中を見透かされた瞬間と同様
生物の活動は停止しその身体は硬直する。
ズァギャアアアアアアアァァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!
わざわざ確認するまでもなく、ティリエルを屠った灼煉の月輪は
彼女の躰を突き抜けて遙か後方へと消え去った、その筈だった。
しかし実際には眼を凝らさねば視認出来ないほどの
小さな点となった位置で蛇行して折れ曲がり、
元の場所へと戻ってきていたのだった。
嘗て中世、ネアポリスという小国の処刑執行官、王族護衛官が
「鉄球」 に用いていた技術(後者の方がその練度は顕著である)
特殊な例でなくとも狩猟や儀式に同様の術を使っていた歴史が人間には在る。
幼い紅世の徒であるソラトがソレを知らないのはある意味必然、
纏った甲冑ごとティリエルと同様に半身を轢き断たれたのは至って当然。
凄まじい殺傷力を暗幕に、相手の意表を突く奇巧も織り交ぜた異例の業
ソレが 『贄殿遮那・火車ノ太刀/熔斗』
ソレを生み出せし存在は正に、炎を自在に万化させる 『紅の魔術師』
バジュッ! という相殺音を伴って(受け止める掌は炎気で覆われている)
鎖は持ち主の手に戻った。
役目を終えて急速に冷えていく鎖面が、少女の面影を映す。
「……」
しかし、シャナは特に深い意図が有って、この業を遣ったわけではなかった。
ただ預かったもの、大切なモノを在るべき場所に返す為、
自分の手元から決して離さないと強く誓約しただけだった。
その選択は、おそらく肯。
半身を断たれ、炎に包まれながら手を重ねて堕ちていく
二つの存在がソレを顕している。
即座に広範囲で、大きく立ち上がる 『光の柱』
「――ッ!」
しかし、数が減っている、5本ではなく4本。
それでも充分に、流れる光の波は瀕死の双児を癒していくが
そんなコト気にもならないほどに、シャナの裡で炎が光と共に燃え上がった。
輝く光炎、その中心で浮かび上がる存在。
「止められない……止まらない……」
アイツと共に戦う、アイツと共に駆ける、『わたしたちの道』
だから!
「誰にも!! 邪魔はさせないッッ!!」
背で燃え盛る双翼、靡く炎髪、煌めく灼眼を、
手にした黄金の鎖が鮮やかに彩った。
逆水平に構えた指先が、狂いなく世界の果てを貫いた。
←TOBE CONTINUED…
後書き
はい、どうも、こんにちは。
最初は特に疑問も無く原作準拠で描いていた「彼」ですが、
(○タレにハメられ屠殺の~でヤられてるヤツ(しかもガ○ロ○)
「強い」と想えと言われても(ワタシは)無理・・・・('A`))
承太郎相手では三下のままというワケにはいかないのでブースト掛けます。
理想はワムウのように強く誇り高く大塚 明夫サンの声が似合うキャラに
仕立てるコトです。
今後の彼の成長に御期待ください。
ソレでは。ノシ
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