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仮面ライダーAP

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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
  第7話 広がる災厄

 ――2016年8月24日。
 東京都青梅市某所。

 奥多摩町からやや離れたこの街は、穏やかでのどかな都市ではあるものの――やはり日本最大の都市である東京の一部というだけあり、建物と人に溢れた街並みを持っている。

 この街を二つに隔てる大きな川を眺めながら――黄昏時の歩道を、二人の少女が歩んでいた。

「お姉様。今日は何を買われたのですか?」
「ふっふーん。今日はドライフルーツデース! ディナーのあとのティータイムが楽しみネー!」
「ふふふ。あまり食べ過ぎては、お身体に障りますよ?」
「いつの世も、スイーツは別腹ネ! 我が頼もしき妹も、カレーを用意して待ってマース!」
「私は少々不安ですけど……あのお姉様のカレーは……」

 頭に二つのお団子を結った、ブラウン色のロングヘアー。その長髪を靡かせて、長女は天真爛漫な笑みを浮かべる。そんな姉を、隣を歩く妹は微笑ましげに見守っていた。

 帰国子女ゆえか特徴的な言葉遣いではあるものの、長女はその人柄から高校のクラスでは人気者であり、彼女達を含む四姉妹は半ば学園のアイドルのような扱いであった。
 黒髪のボブカットを揺らす、眼鏡をかけた長身の妹はそんな姉を暫し見つめた後――夕暮れに沈む空を見上げる。

(明日の献立、考えておかなくちゃ……)

 明日も、明後日も。平和な毎日は、必ずやってくる。当たり前の日常を、謳歌できる。
 それはこの少女に限らず、青梅市に暮らす誰もが、意識するまでもなく確信していた。

(今夜も、賑やかになりそう……)

 このあとは姉妹皆で食卓を囲み、夏休みのひと時を満喫するのだと。涼しくなる夜には、長女のティータイムに妹達で付き合うのだと。

 ――「その瞬間」が訪れる。その時まで。

「え……」
「……ん? 何デス、この音――」

 地の底から伝わるような振動音。それはやがて天地を引き裂かんとする轟音と化し、数秒と経たないうちに凄まじい揺れが姉妹を襲う。
 突破的な地震か――と、冷や汗をかきながらも、冷静さを維持しようと思考を巡らせる妹は、ここが川の近くであることにハッとなる。

「お姉様! すぐにここを離れッ――!?」
「……こ、んなの、聞いてない……デス……」

 だが。真相は、違っていた。
 この青梅市を襲った災害は、地震ではなかったのだ。今、地面が揺れているのは……とある災害の余波でしかない。

 本当の災害は。津波の如き、天を衝く濁流は。彼女達の目の前に、突如として現れたのだった。
 この地震……にも似た地面の揺れから、僅か十数秒。たったそれだけの間で――青梅市に襲い掛かる濁流は、彼女達のそばまで迫っていたのだ。

 しかし。

 彼女達の思考を停止させた、衝撃的な存在は、それそのものではなかった。

 青梅市に降り掛かる水の災厄。それが、運んできたものに――彼女達は理解が追いつかず、畏怖する。


















 ビルに張り付く、巨大な新緑の生命体。飛蝗を象った「何か」が、理性というものを感じられない複眼に、彼女達を映していた。

















「――お姉様、逃げッ……!」

 その時点で、すでに運命は決まっていた。

 恐怖に怯える暇も、絶望に打ちひしがれる暇も、正確に状況を理解する暇さえ、与えられず。何もかもわからないうちに、彼女は上体から食われていた。

「なん、デ……、なん、デ!?」

 この光景を、長女は受け入れられずにいる。だが、それを咎められる者などいない。

 今日は朝から夕方まで、友人や姉妹達と楽しく過ごし、夏休みの一日を満喫していた。男友達や女友達とプールに行ったり、ナンパされたり、軽い男はお断りと袖にしたり。
 仲間内でボウリング大会に興じたり、カラオケで盛り上がったり。周りが恋バナで盛り上がる中、恥ずかしくて入り込めなかったり。

 そんな当たり前の日常が、夏休みの日常が、今日もこれからも続いていくはずなのだ。こんな状況になるなんて、聞いていない。

 予報もなしに地震が来て、街が水に飲まれ、自分も腹まで水浸しになり――いきなり現れた怪物に、かけがえのない妹が食われた。
 この連綿と続く平和な人生の中で、どうやってそれを予感しろというのか。

「イヤ……イ、ヤ……!」

 ――これは、夢だ。今日のナンパを断ったり、昨日告白してきたサッカー部のキャプテンを振ってしまったりしたから、バチが当たってこんな悪夢を見てるんだ。
 だから、覚めれば自分は自宅のベッドの上にいるはず。今、血みどろになりながら下半身まで食い尽くされた妹も、いつものように呆れながら起こしに来るはず。そしていつものように、リビングの食卓まで半分寝ながら足を運ぶのだ。

 だから、早く覚めて欲しい。早く、解放して欲しい。誰も死んでいない世界に、自分を返して欲しい。

 その一心で、長女は両手で顔を覆う。次に目を開けたら、映っているのは見知った天井であると信じて。

 ――やがて。その間もじりじりと近づいていた巨大飛蝗は。

 動かぬ格好の餌を、頭から喰らうのだった。











 ――それから、しばらくした後。
 ほんの20分前まで、二人の美少女姉妹が歩いていた歩道の場所に……血に濡れた車が流れ着いた。そこから流れるラジオの音声だけが、水と血痕に溢れた、この街の中に響き渡る。

『本日未明、東京都西多摩郡の小河内ダムが突如決壊。大量の水が下流に流れる事故が発生しました。近隣の地域にお住まいの方々は避難を――』

『――臨時ニュースをお知らせします。現在水害発生中の小河内ダムにて、巨大な飛蝗のような怪物が現れたという通報がありました。警視庁、及び防衛省はシェードとの関連性を考慮し迅速に対応を行うと発表し、近隣の住民への避難が――』

 ◆

 ――2016年8月24日。
 東京都大田区東京国際空港。

 「羽田空港」の通称で広く知られる、日本を代表する空港の一つである。夜の帳が下りていたこの当時、ライトアップされた滑走路には231便の旅客機が着陸する予定だ。

 ……そして同機にはこの時。ある高校生の一団が搭乗していた。

「先輩って、ほんと愛想悪いですよねー。だから彼氏いたことないんでしょ」
「……彼氏がいないのは、あなたも同じでしょう」
「んなっ! わ、私はただ、好きな人が出来たら自分から告白するって決めてるだけで――って、うるさいうるさいっ!」
「……うるさいのはあなたよ」

 ある高校の女子弓道部。その夏合宿の帰りである彼女達の最前列の席で、隣り合わせに座っている二人の部員が小競り合いを続けていた。
 冷静沈着で人望の厚い部長と、次期部長でありながら血気盛んで、先輩との衝突が絶えない部のエース。そんな二人の舌戦に、後方座席の部員達は顔を見合わせて苦笑いを浮かべている。

 艶やかな黒髪をポニーテールに纏めた美女は、緑色のツインテールを揺らして憤慨する後輩を冷めた目で見遣る。だが、一見すれば冷徹に見えるその眼差しの奥に、穏やかな温もりが灯っていることは後輩自身も知っていた。
 ただ、それをひた隠しにする姿勢が気に食わないだけなのだ。

 部長自身も、後輩が部活の後に居残り練習を夜遅くまで繰り返し、血の滲むような努力の果てにエースとなった背景を知っている。だからこそ次期部長に指名したし、その実力と人柄は誰よりも買っていた。

 その裏返しである厳しい態度が、こうして当の本人からの反発を招いてもいるのだが。
 それでもなんだかんだで恋バナに花を咲かせているということは、彼女達の仲を示しているようにも伺えた。

「あの二人、相変わらずよね〜……」
「せっかくあたしらが色々お膳立てしてやったのに、結局いつも通りじゃん……」

 今回の夏合宿は全国大会に向けた追い込みが主目的であるが、共同生活を通じて彼女達の仲を取り持とうという部員達の試みも含まれている。
 部員達の誰もが、そうして二人の和解を願っていたのだが――追い込みはともかく、そちらの方は今ひとつだったようだ。相変わらずの喧嘩ばかりな二人に、部員達も苦笑いを浮かべざるを得ない。

「だ、だいたい私だってまだ本気出してないだけだし! 先輩こそ、そんな態度で居続けてたら一生彼氏出来ずにアラサー入りよ!」
「……頭に来ました。私も告白なら何度もされている。浴塗れの男に興味がないというだけよ。あなたなら簡単に引っかかりそうだけれど」
「んなっ、なんですってぇ〜!」

 その間に二人の口論は続いていた。これ以上(主にエースの方が)ヒートアップすると他の乗客にも迷惑になりかねない。見兼ねた部員達が、宥めようと席から立つ――その時だった。

「――だから彼氏が出来たら、私のところまで連れて来なさい。あなたに見合う男かどうか、審査してあげる」
「え……?」
「部のエースが悪い男に騙されて活動を疎かにされるようになったら、部員全体の士気に関わるもの」

 突然声色を穏やかな色に変え、煽るような口調から諭すような口調に切り替えた部長の貌に、エースは戸惑ったような表情で口ごもる。優しげな心遣いを包み隠さない、という何より強烈な不意打ちに攻勢を封じられたようだ。

「……なんか、ズルいよ。先輩」
「何が狡いのかしら」

 本当は優しいくせに、それを全く態度に出さず厳しい顔しか見せない。だからこちらも、それをわかっていても反発してしまう。
 そうやって反抗している最中に、いきなりストレートな気遣いを言葉にされたりしたら、どうしたらいいかわからなくなってしまう。

 ――そうして、いいように振り回されていることが何より気に食わない。本当に、嫌な先輩だ。

「……ばか」
「なにが馬鹿なのかしら?」
「独り言ですっ」

 そんな胸中が、態度に滲み出たのか。エースは緑色のツインテールをふわりと靡かせ、すとんと席に座り込む。いつまでも素直じゃない後輩の、そんな姿を物静かな部長はじっと見つめていた。
 彼女達の遣り取りが穏やかなものになる光景を見遣り、部員達は互いに顔を見合わせると、ふわりと微笑を浮かべて引き下がって行く。お邪魔虫にはなるまい、という彼女達なりの心遣いであった。

 ――きっと空港に着いて解散する頃には、二人の距離も縮まっていることだろう。後ろから彼女達を見守っていた部員の誰もが、そんな展望を夢想していた。















 ――が。

 機内に突如訪れた不自然な揺れが、そのイメージを吹き飛ばす。いきなり発生した異常事態に、女子弓道部のみならず乗客全てが目を剥いた。

『乗客の皆様にお知らせします。只今、羽田空港にて発生した非常事態を受け、本機の着陸先を中部国際空港に変更することとなりました。乗客の皆様には大変ご迷惑を――』
「着陸先を変更って……どういうこと!?」
「なに? なんなの? わたしたち、帰れるんじゃないの?」
「おい、どういうことなんだ! 説明しろ!」
「お客様、落ち着いてください!」

 次いで、機内に緊迫した声色のアナウンスが流れ込む。その内容に乗客達は騒然となり――弓道部員達にも緊張が走った。

「中部国際空港……? 妙ね。羽田に降りられないとしても、すぐ近くに成田空港もあるはず。どうしてわざわざ、そんな遠くまで……」
「せ、先輩! あれ!」
「……!?」

 そんな中、比較的冷静に事態を観察していた部長は、黒のポニーテールを揺らして逡巡する。その時、エースが突如大声を上げた。
 緑色のツインテールを振り乱し、動揺の色を声に滲ませる彼女。どんな土壇場でも大胆不敵に的を射抜いてきた普段の彼女からは、想像もつかないほどの狼狽えようだった。
 そんなエースの姿に、部員のみならず部長までも目を剥く。どんな時でも気丈さを忘れなかった彼女らしからぬ姿に、ただならぬ異常性を感じたのだ。

「キャアアアァア!」
「な、なによあれ……! どうなってるのよ!」

 さらに、エースと同じ光景を窓から見つけた他の乗客達にも衝撃と焦燥が迸る。ざわめきを広めているその「光景」を確かめるべく、部長は身を乗り出して窓を覗く。













 ――そして。

 あるはずのない水嵩が、羽田空港を侵食している「光景」を、目撃するのだった。

「な……!」
「羽田が……冠水、してる……」

 色鮮やかなライトアップに彩られた、東京の夜景が待っているはずだった。羽田に降りたら、派手に打ち上げてこの合宿を締めくくるはずだった。

 しかし羽田の滑走路は水浸しになり、何機かの旅客機は海上に浮かされ、沖合いへと流されている。その向こうに広がる都市からはあるはずの輝きが失われており、代わりにライトを照らしたヘリが群れを成して飛び交っていた。
 到底、円満に解散できる状況ではない。それどころか、無事に着陸できるかも危うい。果たして、中部国際空港まで燃料が持つだろうか。

「成田空港に降りられないのは、これが理由……なのね。確かにこの状況じゃあ、成田も……」
「ちょ、ちょっと先輩! 冷静に分析してる場合!?」
「こんな時だからこそ、迂闊に騒いで二次災害が起こることを避けるべきよ。ただでさえ、機体が瀬戸際なのかも知れないのだから」
「せ、先輩……」
「さぁ、あなたも狼狽えてる暇があるなら早く周りの乗客達を宥めなさい。スチュワーデスだけに任せていては駄目」
「わ、わかってるわよ……それくらい」
「いい? 時期部長なら、少々のことで動じてはならないわ。部員はみんな、あなたを見ているのだから」
「……こんなの全然『少々』じゃないわよ、ばか……」

 こんな異常窮まりない状況でも、冷静さを失わず部員達を騒動から守ることを心掛けている。そんな部長の頼もしい姿に、エースは思わず頬を赤らめるのだった。
















 ――その時。

「……ねぇ、見てあれ! 何か……何かいる!」
「何かって何だよ!?」
「知らないわよ!」

 状況が、動いた。

 乗客の一人が窓から指差した先――水没寸前の羽田空港から、さらに奥に伺える都市部。水浸しにされたその街道に、不自然な水飛沫が上がっていた。
 水を切る「何か」が、水中に潜んで羽田に近づいている。だが、その「何か」は鮫など遠く及ばないほどの大きさであった。

 しかし都市を侵している水嵩は、鯨が自在に泳げるほどの深さではない。自衛隊のヘリにライトで照らされている「何か」は、鮫でも鯨でもないシルエットを持っていた。

「なんなの、アレ……! こ、こっちに……羽田に来てる!」

 231便の乗客から見て、手前の方向へと「何か」は直進している。その進路上には、羽田空港――そのターミナルがあった。

「待って……! あそこに人! 人がいっぱい……!」

 新たに何かを見つけた乗客が指差した先。その場所――ターミナルの屋上には、大勢の民間人が集まっていた。
 この未曾有の大水害を受け、高所へ逃れようと急いだ人々が集中しているのだろう。身なりのいいスーツ姿の男性や、若い女性のグループなど、そこにいる人々の容貌は様々だ。
 この非常時においては正しかったのかも知れないが、水嵩はターミナル屋上に届くギリギリまで高まっている。水没は、時間の問題だ。

 そこには多数の救助ヘリも集まり始めているが、果たして間に合うかどうか……。

「……! お、父さん……!? お母さん……!?」
「なんですって!?」
「お父さん! お母さんっ!」

 すると、パニック寸前の乗客達を懸命に抑えていた弓道部のエースが、その足を止めて窓の向こうを凝視する。その口から出た言葉に、部長も思わず反応した。

 ――そう。ターミナル屋上に避難していた人々の中には、彼女の両親も含まれていたのだ。合宿を終えた愛娘を出迎えるため、ここまで駆けつけて来たところで水害に遭遇したのだろう。
 予想だにしない最悪の形で、合宿以来の再会となってしまった。

 さらに。

 この水害の猛威に震える、彼らを含むターミナル屋上の避難民に――水中の「何か」は、なおも急速に接近している。













「だっ――だめえぇえぇえぇえぇえッ!」

 そこから予想される展開。どれだけ頭で否定しても、脳裏に焼き付いて離れないその展開を拒むように。エースは髪を振り乱し、必死に叫ぶ。

 だが、水中から天を衝く水飛沫を上げて飛び出した、その「何か」――即ち巨大飛蝗は、彼女の命を削るような絶叫も、切実な願いも、容易く踏みにじっていく。

「な、なんだよあれぇえぇえ!?」
「きゃあぁあぁ! ひ、人が、人がぁあぁああ!」

 巨大な下顎が、ターミナル屋上を削りながら建物を両断していく。その直線上にいた人間は残らず餌食となり――辛うじて逃れた人々も、谷折りにされた折紙のようにひしゃげた屋上から、次々と海中に滑り落ちて行った。

「ぁ、あぁあ……い、いやっ……」

 エースはそれを、ただ見ているしかなかった。間一髪生き延びながら、悲鳴を上げて滑り落ちていく母を。咄嗟に妻を助けようと手を伸ばし、道連れとなる父を。
 散り散りに水底へと沈む生き残りに狙いを定めた巨大飛蝗が、急旋回して両断されたターミナルに迫る光景を。

「いやぁあぁあぁああッ!」

 文字通り、一人残さず。

 ひしゃげたターミナルの残骸だけを除く全てを喰らい尽くした巨大飛蝗の身体が、その僅かな足場に乗り上げ、勝鬨の如き咆哮を上げるまで。

 エースは涙も鼻水も溢れさせながら、泣き崩れるより他なかった。周りの部員はもとより、部長ですら掛ける言葉を見つけられず、立ち尽くしている。

「ぶ、部長……」
「……くッ」

 自分を迎えに来た両親を、目の前で食われた彼女に、何と言って励ませばいいというのか。どう取り繕えばいいのか。

「ねぇ……やだ! こっち見てる!」

 その沈痛な静寂を破るように、乗客の一人が悲鳴を上げる。二つに割れた羽田空港ターミナルに立つ、巨大飛蝗は咆哮を終えたのち――紅く鈍い輝きを放つ複眼を、231便に向けていた。

 231便と巨大飛蝗には、まだかなりの距離がある。とはいえ、相手は常識を遥かに超えた怪物であり、少なくとも見た目はジャンプ力が売りの飛蝗。
 この距離でも一飛びで食いついて来る可能性は、誰もが予感していた。あり得ない、とは誰も言い切れない。
 今の状況がすでに、常識というものを根刮ぎ崩壊させているのだから。

 ――その時。

「あ……あれ見ろよ!」

 何かに気づいたらしく、状況の変化を見つけた男性客がある方向を指差した。
 さらなる脅威が近づいているとでも言うのか。他の乗客達は絶望を滲ませた眼差しで、男性客が指差した先を見遣る。

「あれは……!」

 だが。次にそれを目にした乗客達が漏らしたのは、絶望の声ではなかった。

 浸水が激しい街道の中、僅かに水嵩が浅い道を通りながら急速に接近する――赤いバイク。そのシルエットは闇夜の中でも、乗客達には輝いて見えていた。

 そのバイクを駆る、命知らずな一人の男は。

「追い付いたッ……!」

 胸の傷に走る激痛も、滴る鮮血も、物ともせず。決死の形相で、ワインボトルをベルトに装填するのだった。

「もう……もう、これ以上は、絶対にッ!」
『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「変身ッ!」
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 そして素早くレバーを倒し、ワインボトルの紅いエネルギーを漆黒の外骨格へ循環させ――仮面ライダーAPへと変身する。

「お、おい! 仮面ライダーじゃないか!? あれ!」
「本当か!? ライダーが来てくれたのかっ!?」

 その光景を見つけた231便の人々は、仮面ライダーが現れたことに歓声を上げるのだった。

「ハ……ッ、ハァッ……!」

 ――すでに彼が、半死半生の身であることも知らずに。
 
 

 
後書き
 巨大飛蝗の犠牲になっている人々は、あくまで何の力も持たない一般人。異世界の誰かと似ているけど、似ているだけの別人。という設定です。
 ちなみに怪獣(?)が自分で壊したダムの水に流される、というくだりは「ゴジラ対メガロ」を参考にしました。その映画でも小河内ダムが破壊されています。 
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