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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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タブーの在所~小さいおじさんシリーズ13

何処の桜が開花したとか、西の方で花散らしの雨だとか、そんな時候の話題がニュースを賑わす今日この頃。東京の桜はまだぽつりぽつりだが、弱い雨に晒されている。時折テレビに映る満開の桜を今日も眺めている、3人の小さいおじさん達。
俺の四畳半は、最近はほぼ毎日、このおっさん達に占拠されている。
「面白い、ものですね。この桜という植物は、この国のほぼ全域に植えられ…一斉に咲き、散るそうですよ」
白頭巾が興味深げに画面を眺める。
「直接見てみたい、ものですなぁ」
無理。
「只の花だ、あんなもの。馬鹿の一つ覚えのように同じ花を何万本も…この国の人間が考えることは分からん」
つまらなそうに呟いて豪勢が茶を呷る。今日のお茶請けは『ハーベスト セサミ』らしい。まさかの東ハト。大家の息子の差し入れだ。
「そんなものより…この胡麻の量を見よ!なんたる贅沢、これぞ王者の餐よ!」
「おぉ…同じ重さの黄金と等しい価値があるというのに…あの男、これを贖うのにどれだけの黄金を費やしたのやら」
「はははは…こんなに一度に胡麻を食べたら我らは昇仙してしまうのではないか?」
これ見よがしに豪快に頬張る豪勢とは対照的に、端正は恐る恐る、大事そうに口に運ぶ。胡麻一粒たりとも落とさない。
「三国時代、胡麻は貴重品だったんですよ!」
大家の息子が得意げに眼鏡をいじる。
「胡麻の品種改良がなされていなかったから、一つの苗からいくらも収穫できなかったんです!今じゃなんも珍しくない一般的な薬味ですけどね!」
さっきまで楽しそうだったおっさん達が黙り込む。こいつ驚異的に空気読めないな…。
「――実際のところ、この国で胡麻は所詮、グラム100円程度で贖える料理素材のようです。この部屋にでさえ、胡麻の油のみを絞って瓶に詰めた『胡麻油』が常備されている…そんな程度の」
「なんと!?この部屋にすら『ごま油』が!?」
「左様…この部屋にさえ常備されているのだから、恐らくほぼ全国民の台所に『ごま油』があると考えて間違いありますまい」
「ぐぬぬ、有難みが消し飛んだわ」


―――こいつら、俺の部屋を『貧困世帯』の基準とみなしてやがる。


「王者の餐といえば」
…こらっ、俺たちは居ないことになっているんだと何度言えば分かるんだお前は。出禁にすんぞ。
「古代中国の紂王や桓公は、蒸した新生児を食したといいますね」
「おいやめろ」
おっさん達が急に静まり返る。…まずい、やめろと必死に目配せするが、眼鏡は気にせず笑顔で地雷原に踏み込んでいく。
「中国では昔から、人肉食に対するタブーが薄かったらしいんですよ!その傾向は比較的近代まで変わらなかったみたいで、近いとこだと文化大革命の頃、殺した人を腑分けして食べたという話はあまりにも有名で」
眼鏡、地雷原で意気揚々とスキップし始めた。おいやめろ、おっさん達の表情が見えない。これ怖い。
「関羽が呂蒙に討たれたとき、その遺体を一時的に引き取ったのは何と!!」
「っこら―――!!!」
俺は眼鏡に飛びかかって口をふさいだ。眼鏡はもごもご云いながら咳き込む。うっわ汚ねぇ、唾が飛ぶし掌が濡れるし最悪だ。
「なっ何すか!!俺はただ三国志のオモシロ豆知識を」
「お前まじで出禁にするぞ!?」
この期に及んで全く空気を読まないとは…学生怖ぇ。いや、俺学生の頃こんなだったか?


お前が何を得意がっているのか知らんが吉川英二の三国志読んでる連中には『古代中国では有名武将は遺体を塩辛にされて争奪戦になる』はデフォなんだよ!!


「中国の食はとても広い裾野を持っております…今ほど一般的ではなかったにせよ、胡麻や生姜なども食されておりました」
ハーベストを頬張りながら、白頭巾が呟く。よし、上手いぞ。うまく人肉をスルーして胡麻の話につなげた。
「ときにこの国では『中国人は二本足のものは親以外は何でも食う』などと云われておりますな」


何故そこに戻した!?


「―――いやしかし、云われる程一般的ではない。わざわざ屠ってまで食ったのではなく、非常食的な色合いが」
端正が控えめにフォローに回る。
「非常食としては一般的。我が主も逃避行のさなか、身を寄せた家主に人肉を振る舞われております」
ぶっちゃけたなぁ…有名な話だが。
「うちの王忠も、食ったという話だなぁ…後々までうちの丕に揶揄われ続けたようだが」
若い頃、飢えのあまりに人肉を食べた武将のことか。確かに後々まで曹丕がわざわざ墓を掘り返して馬の鞍に髑髏をくくりつけたりして揶揄ったという逸話が残っている。自分とこの武将を馬鹿にするためだけに他人の墓を暴くあたり、人肉食云々以前に日本とは随分倫理観に違いがありそうな……。
「紂王を始めとする『悪食家』はさておき、余程のことがない限り、貴人は人肉を食さないものでした。しかし」
すっと羽扇で口元を隠す。…厭な予感がしてきたぞ。こいつが羽扇の陰に隠れる時はロクな事が起こらない。
「人気の高い武将が死ぬと、その体は塩漬けにされて配られました。その体の一部を口にすることで、その偉大さにあやかろうという、一種のファン心理でしょう。私には測り兼ねる風習でございましたが」
くくく…と羽扇の陰から忍び笑いが漏れる。


「―――貴人が人肉を口にする、数少ない機会の一つ、でございましょうね」


「ま…待て!!!」
端正が割って入った。豪勢はもう黙りこくったまま、ぴくりともしない。
「正直な話をするぞ…この辺うろうろしている連中は多かれ少なかれ『そういうこと』になっている。分かるな?」
うろうろしている連中ってアレか、小さいおじさんの愉快な仲間たちのことか。
「くっくっく…」
「卿らのような『丞相』格は五体満足で葬られただろうがな、武将はそうはいかない。人気が高ければ高いほどな。恐らく俺も、葬られる時は…」
ごにょごにょと言葉を濁して、端正はちらちらと周囲を見渡す。
「だから稀にいるのだ。俺に出会うと妙に気まずげにする輩が。…こんなことになると分かっていれば、遺言しておくべきだったな、我が身を食わせることまかりならぬと」
「ほほう、なるほど」
白頭巾はふっと眉をひそめると、ちらりと豪勢に視線を送った。


「関羽殿と顔を合わせるのは、実は気まずいのですな」


俺の四畳半が水を打ったように静まり返った。
「関羽殿が討たれ、その遺体を魏が預かり…我が国に還って来たのは塩漬けになった首だけ。ご遺体がどのような状況になったのかは、当時の慣習よりお察し致します。猛将として知られた関羽殿のこと…さぞかし、ファンも多かったことでしょう」
「おい、卿、もうその辺で」
「……丞相、貴方もでしょう?」
……うわ、この野郎、とうとう踏み込みやがったよ。
「生前あれだけ欲した名将。その遺体に全く未練がなかったとは…云いますまいな」
こいつは本当にいつもいつも…。くっくっく…と羽扇の陰でほくそ笑む白頭巾の傍らに、すっと豪勢が立った。


「―――何が、悪い」


豪勢は羽扇をむしり取り、白頭巾の襟首を掴みあげた。
「あの男は!!綺羅星のごとき名将を苦もなく手に入れておきながら…こんな…こんっな頭でっかちの糞頭巾なんぞに目移りして関羽殿を僻地に置きっぱなしにしおって…!!徐州太守だと!?そんなの馬超か張飛でも置いとけばよかったのだ!!」
一応って感じで白頭巾の嫁が槍を持って出てきたが、何となく遠巻きに様子を見ている。…最近調子こいてるから豪勢のグーパン一撃くらいはいっかな…という感じにも見える。いいぞ、嫁。
「生きている間に余のものに出来なかったのだ!遺体くらい余のものにして何が悪い!?」
え?え?これ俺たち普通に聞いてていい話?元凶の眼鏡をちらっと見ると、泣きそうな顔で豪勢と玄関を交互に見ている。…チキンかよふざけんな。この事態を招いた責任は取ってもらうぞ。俺は奴の二の腕をぐっと掴んだ。この状況で置き去りにされてたまるか。
「こっこれで関羽殿は余のものだ…そう思って何がおかしい!?とうとうあのインチキ蓆売りから関羽殿を奪ってやった!関羽殿は永遠に余のものだと……」
激高していた豪勢がふいに、あんぐりと口をあけて凍りついた。俺は反射的に『いつもの』襖に目をやる。


キレイな髭のあんちくしょうが、のっそりと立ち尽くしているではないか。


「わっ…ど、どうするのだ卿、本人ぞ、本人出て来たぞ!!」
「いっいやいやいや、その関羽殿…」
関羽は巨体をもじもじと動かし、髭の下の頬?らしきところを赤らめた。うっわなにこの名将きもいんですけど。
「丞相殿…某にそのような懸想を…」
「えっ……」
「しかし私は衆道には心得のない身……」
豪勢の顎がガクンと落ちた。…俺も概ね、同じような顔をしていたのだろう。
「ちょ、関羽殿、違、それは誤解…余は純粋に優秀な武将としての!」
豪勢が一歩進むと、関羽はじりり、と二歩程、襖の奥に下がった。


「丞相殿が望むような…そのような穴の持ち合わせはござらぬ!御免!!」


そう叫ぶと青龍偃月刀を翻し、関羽は襖の奥へと消えた。
「違う!そうじゃない!!関羽殿―――!!!」
豪勢の必死の絶叫もむなしく、関羽が戻ることはなかった。
「例え衆道のケがあったとしても…ヒゲの豪傑は好まんわい…」
後に残るのは崩れ落ちた豪勢と、体をくの字にしてすごい笑いながら崩れ落ちる白頭巾。…豪勢が気の毒過ぎて居たたまれない。
「…おい、お前んち行っていいか」
俺は逃げることにした。眼鏡もいくらかホッとした顔で立ち上がった。
「はぁ…茶菓子くらいならありますが…」
端正もゆるりと立ち上がり、まだ笑いこけている白頭巾の脇腹をフルスイングで蹴り飛ばすと、粛々と俺のカバンによじ登り、入り込んだ。…そうか、こいつも居たたまれないか。白頭巾の嫁も、いつの間にか消えていた。俺は端正が入ったカバンをそっと持ち上げると、静かに…部屋をあとにした。
 
 

 
後書き
次回更新は、再来週の予定です。 
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