Sword Art Rider-Awakening Clock Up
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
軍の意向
ギルド血盟騎士団が最強の座を不動のものにしたのは1年以上も前のことである。
その頃から、《伝説の男》ことギルドリーダー《ヒースクリフ》はもちろん、サブリーダーのアスナもトップ剣士として名を知られ、《閃光》の2つ名をアインクラッド中に轟かせていた。更にレベルが上昇し、細剣使いとしてスキル構成の完成を見たアスナの対一般モンスター戦闘を、キリトは初めて間近で見た。
2人は現在、74層迷宮区の最上近く、左右に円柱の立ち並んだ長い回廊の中間地点。
おりしも戦闘の真っ最中、敵は《デモニッシュ・サーバント》の名を持つ骸骨の剣士。身長2メートルを超えるその体は不気味な青い燐光を纏い、右手に長い直剣、左手に円形の金属盾を装備している。当然だが筋肉など一欠けらもないが、恐ろしい筋力パラメータを持った厄介な敵であるが、アスナはその難敵をむこうに1歩も引かなかった。
「フルルルグルルル!」
異様な雄叫びと共に、骸骨の剣が青い残光を引きながら立て続けに打ち下ろされた。四連続技《バーチカル・スクエア》。数歩下がった位置からキリトがハラハラしつつ見守る中、アスナは左右への華麗なステップでその攻撃全てを避けきってみせた。
例え2対1の状況とはいえ、武器を装備した相手だとこちらが2人同時に打ちかかれる訳ではない。システム的には不可能ではないが、眼にも留まらぬ高速で刃が飛び交う間合いに味方が接近していると、お互いの技を邪魔しあってしまうデメリットのほうが大きい。そこで、パーティーでの戦闘では、高度な連携が要求される《スイッチ》というテクニックが用いられる。
四連撃最後の大振りをかわされたデモニッシュ・サーバントが、わずかに体勢を崩した。その隙を見逃さずアスナは反撃に転じた。
白銀にきらめく細剣を中段に次々と突き入れる。見事に全弾ヒットし、骸骨のHPバーが減少する。一撃のダメージは大きいとは言えないが、何しろその手数が凄まじい。
中段の突きを三連撃させたあと、ガードが上がり気味になった敵の下半身に、一転して切り払い攻撃を往復。次いで斜めに跳ね上がった剣先が、白純のエフェクト光を撒き散らしながら上段に二度突きの強攻撃を浴びせる。
なんと八連続攻撃だ。確か《スター・スプラッシュ》という名のハイレベル剣技である。もともと細剣と相性が悪い骸骨系モンスターを相手に、その切っ先を的確にヒットさせていく技量は尋常ではない。
骸骨のHPバーを三割削った威力もさることながら、使用者を含めたそのあまりの華麗さにキリトは思わず見とれた。剣舞とはまさにこのことだ。
放心したキリトに、まるで背中に眼がついてるかのようなアスナの声が飛んだ。
「キリト君、スイッチ行くよ!」
「お、おう!」
慌てて剣を構え直す。同時に、アスナは単発の強烈な突き技を放った。
迷宮の中に光源は存在しないが、周囲は不思議な淡い光に満たされて視界に不自由することはない。
薄青い光に照らし出される回廊の様子を、注意深く観察してみる。
下部では赤茶けた砂岩でできていた迷宮だが、登るにつれていつの間にか素材が濡れたような青味を帯びた石に変化してきていた。円柱には華麗だが不気味な彫刻が施され、根元は一段低くなった水路の中に没している。総じて言えば、オブジェクトが重くなってきているのだ。マップデータの空白部分も後わずかである。キリトの直感が正しければ、この先には多分……。
回廊の突き当たりには、灰青色の巨大な2枚扉が待ち受けていた。全てがデジタルデータで造られたこの世界だが、その扉からは何とも言い難い妖気が湧き上がっているように感じられてならない。
2人は扉の前で立ち止まると、顔を見合わせた。
「……これって、やっぱり……」
「多分そうだろうな……ボスの部屋だ」
アスナはギュッとキリトのコートの袖を掴んだ。
「どうする……?覗くだけ覗いてみる?」
強気なその台詞とは裏腹に、声は不安を色濃く滲ませている。先ほどまで、エレスと対面してた時のようだった。正直、キリトもこういうシチュエーションは怖いと見える。
「……ボスモンスターはその守護する部屋からは絶対に出ない。ドアを開けるだけなら多分……だ、大丈夫……じゃないかな……」
自信のないその語尾には説得力がまるでない上、アスナをトホホという表情で応じさせる。
「一応転移アイテム用意しといてくれ」
「うん」
頷くと、スカートのポケットから青いクリスタルを取り出した。キリトもそれにならう。
「いいか……開けるぞ……」
右腕をアスナに引っ張られたまま、キリトは結晶を握り込んだ左手を鉄扉に掛けた。現実世界なら今頃手の平が汗でびっしょりだろう。
ゆっくりと力を込めると、キリトの身長の倍はある巨大な扉は思いがけず滑らかに動き始めた。一度動き出した後は、こちらが慌てるほどのスピードで左右の扉が連動して開いていく。キリトとアスナが息を詰めて見守る中、完全に開ききった大扉はズシンという衝撃と共に止まり、内部に隠していたものをさらけ出した。
……と言っても内部は完全な暗闇だった。2人の立つ回廊を満たす光も、部屋の中までは届かないらしい。冷気を含んだ濃密な闇は、いくら眼を凝らしても見透かすことはできない。
「………」
キリトが口を開こうとした瞬間、突然入り口からわずかに離れた床の両側に、ボッと音を立てて2つの青白い炎が燃え上がった。思わず2人は、カリスの時のように同時にビクリと体を竦ませてしまう。
すぐに、少し離れた場所にまた2つ炎が灯った。そしてもう一組。更にもう一組。
ボボボボボ……という連続音と共に、、たちまち入り口から部屋の中央に向かって真っ直ぐに炎の道が出来上がる。最後に一際大きな火柱が吹き上がり、同時に奥行きのある長方形の部屋全体が薄青い光に照らし出された。かなり広い。マップの残り空白部分がこの部屋だけで埋まるサイズだ。
アスナが緊張に耐えかねたように、キリトの右腕にギュッとしがみついた。だがキリトにもその感触を楽しむ余裕など微塵もない。なぜなら、激しく揺れる火柱の後ろから徐々に巨大な姿が出現しつつあったからだ。
見上げるようなその体躯は、全身縄のごとく盛り上がった筋肉に包まれている。肌は周囲の炎に負けぬ深い青、分厚い胸板の上に乗った頭は、人間ではなく山羊のそれだった。
頭の両側からは、ねじれた太い角が後方にそそり立つ。眼は、これも青白く燃えているかのような輝きを放っているが、その視線は明らかにこちらにひたと据えられているのがわかる。下半身は濃紺の長い毛に包まれ、炎に隠れてよく見えないがそれも人ではなく動物のもののようだ。簡単に言えば、悪魔の姿そのものである。
入り口から、奴のいる部屋の中央まではかなりの距離があった。にも関わらず俺達2人は、竦んだように動けなかった。今までそれこそ無数のモンスターと戦ってきたが、悪魔型というのは初めてだ。色々とRPGでお馴染みと言ってよいその姿だが、こうやって直接対面すると、体の内側から湧き上がる原始的な恐怖心を抑えることができない。
恐る恐る視線を凝らし、出てきたカーソルの文字を読む。【The Gleameyes】、間違いなくこの層のボスモンスターだ。名前に定冠詞がつくのはその証である。グリーム・アイズ……輝く眼、という意味だ。
そこまで読み取った時、突然青い悪魔が長く伸びた鼻面を振り上げ、轟くような雄叫びを上げた。炎の行列が激しく揺らぎ、ビリビリという振動が床を伝わってくる。口と鼻から青白く燃える呼気を噴出しながら、右手に持った巨大な剣をかざし、真っ直ぐこちらに向かって、地響きを立てつつ猛烈なスピードで走り寄ってきた。
「うわああああ!」
「きゃああああ!」
2人は同時に悲鳴を上げ、クルリと向き直ると全力でダッシュした。ボスモンスターは部屋から出ない、という原則を頭ではわかっていても、とても踏みとどまれるものではない。鍛え上げた敏捷度パラメータに物を言わせ、キリトとアスナは長い回廊を疾風の如く駆け抜け、遁走した。
キリトとアスナは迷宮区の中ほどに設けられた安全エリアを目指して一心不乱に駆け抜けた。
安全エリアに指定されている広い部屋に飛び込み、並んで壁際にズルズルとへたり込む。大きく一息ついてお互い顔を見合わせると。
「……ぷっ」
どちらともなく笑いがこみ上げてきた。冷静にマップなりで確認すれば、やはりあの巨大悪魔が部屋から出てこないのはすぐにわかったはずだが、どうしても立ち止まる気にはならなかったのだ。
「あはは、やー、逃げた逃げた!」
アスナは床にペタリと座り込んで、愉快そうに笑った。
「こんなに一生懸命走ったの、すっごい久しぶりだよ。まぁ、わたしよりキリト君のほうが凄かったけどね!」
「………」
否定できない。憮然としたキリトの表情を眺めながら散々クスクス言い続けたアスナは、ようやく笑いを収めると。
「……あれは苦労しそうだね……」
と表情を引き締めた。
「そうだな。パッと見、武装は大型剣1つだけど、特殊攻撃ありだろうな」
「前線に堅い人を集めてどんどんスイッチして行くしかないね」
「盾装備の奴が10人は欲しいな……」
「盾装備、ねえ」
アスナは意味ありげな視線をキリトに向けた。
「な、なんだよ?」
「キミ、なんか隠してるでしょ」
「いきなり何を……」
「だっておかしいもん。普通、片手剣の最大のメリットって盾を持てることじゃない。でもキリト君が盾持ってるとこ見たことないし。わたしの場合は細剣のスピードが落ちるからだし、スタイル優先で持たないって人もいるけど、キミの場合はどっちでもないよね。リズに作らせた《ダーク・リパルサー》も使ってないようだし。……怪しいなぁ」
図星だった。確かに俺には隠し事がある。しかし今まで一度として人前では使ったことがない。どうにか誤魔化そうと脳裏で必死に言葉を探し回る。
「そ、それだったら《ネザー》だって盾持ってないじゃないか」
と言って数秒後。
「……あ、そうだった」
「忘れてたのかよ!」
と思わず叫んでしまった。しかし、それがアスナのおとぼけではないと気づくのにも少々遅れてしまった。
スキル情報が大事な生命線だということもあるし、またその技を知られることは、キリトと周囲の人間との間に更なる隔絶を生むことになるだろうと思ったからだ。
だが、まあ、この女になら……知られても、構わないだろうか……。
そう思って口を開こうとした途端。
「まあ、いいわ。スキルの詮索はマナー違反だもんね」
と笑われてしまった。機先を制された格好でキリトをつぐむ。アスナは視線をチラリと振って時計を確認し、眼を丸くした。
「わ、もう3時だ。遅くなっちゃったけど、お昼にしようか」
「なにっ」
途端に色めき立つキリト
「て、手作りですか」
アスナは無言ですました笑みを浮かべると、手早くメニューを操作し、白革の手袋を装備解除して小ぶりなバスケットを出現させた。この女とコンビを組んで確実に良かったことが、少なくとも1つはあるな、と不埒な思考を巡らせた瞬間、ジロリと睨まれてしまう。
「……なんか考えてるでしょ」
「な、何も。それより速く食わせてくれ」
むー、という感じで唇を尖らせながらも、アスナはバスケットから大きな紙包みを2つ取り出し、1つをキリトに手渡した。慌てて紙包みを開けると中身は、丸いパンをスライスして焼いた肉や野菜をふんだんに挟み込んだサンドイッチだった。胡椒に似た香ばしい匂いが漂う。途端にキリトは猛烈な空腹を感じて、物も言わず大口を開けてかぶりついた。
「う……美味い……」
二口三口と立て続けに齧り、夢中で飲み込むと素直な感想が口をついて出た。アインクラッドのNPCレストランで供される、どこか異国風の料理に外見は似ているが味付けが違う。ちょっと濃い目の甘辛さは、紛れもなく2年前まで頻繁に食べていた日本風ファーストフードと同系列の味だ。あまりの懐かしさに思わず涙が溢れそうになりながら、キリトは大きなサンドイッチを夢中で頬張りつけた。
最後の一欠片を飲み込み、アスナの差し出してくれた冷たいお茶を一気に煽ってキリトはようやく一息をついた。
「お前、この味どうやって……?」
「1年の修行と研鑽の成果よ。アインクラッドで手に入る約100種類の調味料が味覚再生エンジンに与えるパラメータを全部解析して作ったの。こっちがグログワの種とシュブルの葉とカリム水」
言いながらアスナはバスケットから小瓶を2つ取り出し、片方の栓を抜いて人差し指を突っ込んだ。どうにも形容しがたい紫色のドロリとした物が付着した指を引き抜き、言う。
「口開けて」
ポカンとしながらも、反射的にあんぐりと開けたキリトの大口を狙って、アスナがぴんと指先を弾いた。ドロピシャッと飛び込んできた雫の味に、キリトは心底驚愕した。
「……マヨネーズだ!!」
「で、こっちがアビルパ豆とサグの葉とウーラフィッシュの骨」
もう1つの小瓶に入った液体の弾が命中した。その味に、キリトは先刻を大きく上回る衝撃を感じた。
「こ、この懐かしい味は……醤油だ!!」
感激のあまりに思わず眼を見開いた。その顔にアスナがふふふと手を口元の当てながら笑った。
「さっきのサンドイッチのソースはこれで作ったのよ」
「……すごい。完璧だ。お前これ売り出したらすっごく儲かるぞ」
正直、俺には昨日のラグー・ラビットの料理よりもこのサンドイッチのほうが美味く感じられた。
「そ、そうかな」
アスナは照れたような笑みを浮かべる。
「いや、やっぱりダメだ。俺の分がなくなったら困る」
最後の一言に呆然としたアスナは。
「意地汚いなあもう!気が向いたらまた作ってあげるわよ」
と小声で付け足した。
こんな料理が毎日食えるなら節を曲げてセルムブルグに引っ越すかな……アスナの家の側に……などと不覚にも考え、危うく実際にそれを口にしかけた時。
不意に下層側の入り口からプレイヤーの一団が鎧をガチャガチャ言わせながら入ってきた。
2人は瞬間的にパッと離れて座り直す。
現れた6人パーティーのリーダーを一目見て、キリトは肩の力を抜いた。リーダーらしき男は、この浮遊城でもっとも古い付き合いのプレイヤーだった。
「おお、キリト!しばらくだな」
キリトだと気づいて笑顔で近寄ってきたリーダーと、腰を上げて挨拶を交わす。
「まだ生きてたか、《クライン》」
「相変わらず愛想のねえ野郎だな。今日は珍しく連れがいるの……か……」
荷物を手早く片付けて立ち上がったアスナを見て、刀使いは額に巻いた趣味の悪いバンダナの下の眼を丸くした。
「あー……っと、ボス戦で顔を合わせてるだろうけど、一応紹介するよ。こいつはギルド《風林火山》のクライン。で、こっちが《血盟騎士団》のアスナ」
キリトの紹介にアスナはちょこんと頭を下げたが、クラインは眼の他に口も丸く開けて完全停止した。
「おい、何とか言え。ラグってんのか?」
肘で脇腹を突ついてやるとようやく口を閉じ、すごい勢いで最敬礼気味に頭を下げる。
「こっ、こんにちは!!ク、クライン24歳!!独身!!恋人ぼしゅぅー……!!」
どさくさに紛れて口走るクラインの台詞が終わる前に、脇腹に強めのパンチを叩き込んだ。キリトの拳に吹き飛ばされたクラインは少し離れた地面に倒れ込んだ。
その途端、後ろに下がっていた5人パーティーメンバーがガシャガシャ駆け寄ってきて、険しい表情でキリト逹を取り囲んだ。キリトはアスナを庇うように身構える。5人パーティーとキリトとの間にしばし沈黙が走るが、数秒が経って《風林火山》のメンバー5人全員が感激といった表情を作り、アスナに向かって一斉に叫んだ。
「「「「「ア、アスナさんじゃないですか〜!!」」」」」
全員が一斉に声を上げた。
「お会いできて嬉しいです!」
「血盟騎士団のアスナさんですよね!?」
「俺以前からファンなんです!」
「どうか俺と握手してください!」
「いや、俺と!」
5人全員が我先にと口を開いてアスナに近づこうとする。アスナがそんな状況に少々戸惑う中、キリトはまるで有名な大スターを守る警備員のように体全体を使ってガードした。
ガードしながら振り返ると、アスナに向かって言った。
「……ま、まあ、悪い連中じゃないからな。リーダーの顔はともかく」
と言った途端、今度はキリトの足をクラインが思い切り踏みつけた
「痛!ク、クライン……」
「へへへ、さっきのお返しだ。誰の顔がなんだって……」
その様子を見ていたアスナが、我慢しきれないという風に体を折るとくっくっくっと笑い始めた。クラインは照れたようなだらしない笑顔を浮かべていたが、突然我に返ってキリトと肩を組むと、アスナから背を向けて小声で聞いてきた。
「ど、どういうことだキリト?」
「ああ、えっと……」
返答に窮したキリトの傍らにアスナが進み出てきた。
「こんにちわ。しばらくこの人とパーティー組むのでよろしく」
とよく通る声で言った。俺は内心で、えっ今日だけじゃなかったの!?と仰天し、クライン達が表情を落胆と憤怒の間で眼をまぐるしく変える。
それだけでなく。
「「「「「え〜〜!」」」」」
とクライン逹《風林火山》のメンバー全員が一斉にガッカリとした表情を浮かべた。
やがてクラインがギロッと殺気充分の視線をキリトに向け、歯軋に乗せて唸った。
「キリト、てんめぇ……!」
これはタダでは解放されそうにない、と俺が肩を落としたその時。
「その辺にしろ」
と聞き覚えのある声が《風林火山》のメンバー逹の後ろから響いた。声に反応した全員が振り向くと、そこに立っていたのは、紺色の髪に、赤い瞳、フードを被った、キリトもよく知る少年だった。
「おお、そうそう。こいつも一緒だった」
クラインは今更思い出したように、一番後ろの位置にいた控えめな俺を眼で指した。
俺の姿を捉えたキリトは驚き、自分の《索敵》スキルに反応しなかったことを思い返した。クライン逹を止めていたせいで気づけなかっただけだと思うが、俺が風の如く現れ、風の如く消え去るのはいつものこと。もう慣れてしまったのだろう。今更驚きようもなかった。そう自分に言い聞かせたキリトは在り来たりの質問をした。
「ネザー、クラインと一緒に攻略しに来たのか?」
「いや、クラインとそのギルドメンバーとは、この迷宮区で鉢合わせただけだ」
キリトは、「そうなのか?」とクラインに訊いた。
「おう、本当だぜ。まったく思いがけない出会いをしちまったっぜ。どうせなら美人な女性と出会いたかったぜ」
と、クラインの冗談なのか願望なのかわからない台詞を聞いて、俺1人を除いた全員が苦笑いをした。
その時。
先ほどクライン達がやってきた方向から、新たな一団の訪れを告げる足音と金属音が響いてきた。やたらと規則正しいその音に、アスナが緊張した表情でキリトの腕に触れ、囁いた。
「キリト君、あれ!」
ハッとして入り口を注視すると、果たして現れたのは者達は、俺が先ほど森で見かけた《軍》の重装部隊だった。クラインが手を上げ、仲間5人を壁際に下がらせる。例によって二列縦隊で部屋に入ってきた集団の行進は、しかし森で見た時ほど整然とはしていなかった。足取りは重く、ヘルメットから覗く表情にも疲弊の色が見て取れる。
安全エリアの、俺達とは反対側の端に舞台は停止した。先頭にいた男が「休め」と言った途端、残り11人が盛大な音と共に倒れるように座り込んだ。男は、仲間の様子に眼もくれずにこちらに向かって近づいてきた。
よくよく見ると、男の装備は他の11人とはやや異なるようだった。金属鎧も高級品、胸部分には他の者にはない、アインクラッド全景を意匠化したような紋章が描かれている。
男は俺達の前で立ち止まると、ヘルメットを外した。歳は30代前半といったところだ。ごく短い髪に角張った顔立ち、太い眉の下には小さく鋭い眼が光り、口元は固く引き結ばれている。ジロリとこちらを睥睨すると、男は先頭に立っていた俺に向かって口を開いた。
「私は《アインクラッド解放軍》所属のコーバッツ中佐だ」
なんと。《軍》というのは、その集団外部の者が揶揄的につけた呼称のはずだったが、いつから正式名称になったのだろう。その上《中佐》と来た。俺は嫌気をさしながら、「ネザー。ソロだ」と短く名乗った。
コーバッツは軽く頷き、横柄な口調で訊いてきた。
「キミらはものこの先も攻略しているのか?」
「……こいつに訊け」
俺は面倒事を押し付けるように、後ろに立っていたキリトを指差す。
キリトは嫌々といった感じで仕方なく面倒事を引き受けた。
「……俺は、ボス部屋の手前まではマッピングしてある」
「うむ。では、そのマッピングデータを提供してもらいたい」
当然だ、と言わんばかりの男の台詞に俺も少なからず驚いたが、後ろにいたクラインはそれどころではなかった。
「な……て……提供しろだと!?てめえぇ、マッピングする苦労がわかってんのか!?」
胴間声で喚く。未攻略区域のマッピングデータは貴重な情報だ。トレジャーボックス狙いの鍵開け屋の間では高値で取引される。
クラインの声を聞いた途端、コーバッツは片方の眉をピクリと動かし、グイッと顎を突き出すと。
「我々はキミら一般プレイヤーのために戦っている!」
大声で張り上げた。続けて。
「諸君が協力するのは当然の義務である!」
「なら自分でマッピングしろ」
と俺が言うが、相手は聞く耳を持たない。
傲岸不遜とはこのことだ。ここ1年、軍が積極的にフロア攻略い乗り出してきたことはほとんどなかった。
「ちょっと、あなたねえ……」
「て、てめぇなぁあ……」
左右から激発寸前の声を出すアスナとクラインを、キリトは両手で制した。
「よせ。どうせ街に戻ったら公開しようと思っていたデータだ、構わない」
「おいおい、そりゃあ人が好すぎるぜキリト」
「マップデータで商売する気はないよ」
言いながらトレードウィンドウを出し、コーバッツに迷宮区のデータを送信する。コーバッツは表情1つ動かさずそれを受信すると、「協力に感謝する」と感激の気持ちなど欠片も無さそうな声で言い、クルリと後ろを向いた。その背中に向かって俺が声を掛ける。
「お前らじゃボスに挑むのは無理だ。呆気なく殺られるのが眼に見えてる」
コーバッツはわずかにこちらを振り向いた。
「……それは私が判断する」
ボスに挑むつもりだと悟ったキリトが退き止めようと声を掛ける。
「さっきボス部屋を覗いたけど、生半可な人数でどうにかなる相手じゃない。仲間も消耗してるみたいじゃないか」
「……私の部下はこの程度で音を上げるような軟弱者ではない!」
部下、という所を強調してコーバッツは苛立ったように言ったが、床に座り込んだままの当の部下達は同意しているようには見えなかった。
「貴様ら、さっさと立て!」
というコーバッツの声にノロノロと立ち上がり、二列縦隊に整列する。コーバッツは最早こちらには眼もくれずその先頭に立つと、片手を上げてサッと振り下ろした。12人はガシャリと一斉に武器を構え、重々しい装備を鳴らしながら進軍を再開した。
見かけ上のHPは満タンでも、SAO内での緊迫した戦闘は眼に見えぬ疲労を残す。現実の世界に置き去りの肉体はピクリとも動いていないはずだが、その疲労感はこちらで睡眠・を取るまで消えることはない。俺が見たところ、軍のプレイヤー逹は慣れぬ最前線での戦闘で限界近くまで消耗しているようだった。
「……大丈夫なのかよ、あの連中……」
軍の部隊が上層部へと続く出口に消え、規則正しい足音も聞こえなくなった頃、クラインが気遣わしげな声で言った。まったく……呆れるほどのお人好しだ。理解に苦しむ。
「いくらなんでも、ぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」
アスナもやや心配そうだ。確かにあのコーバッツという奴の言葉には、どこか無謀さを予期させるものがある。
「……一応様子だけでも見に行くか?」
キリトが言うと、アスナとクライン、そしてクラインの仲間5人も相次いで首肯した。俺はしばらく迷ったが、賛成多数ということで同意した。そんな俺を見てキリトが「どっちがお人好しなんだが」と苦笑しながらも、キリトは肚を決めていた。ここで脱出して、あとからさっきの連中が未帰還だ、などという話を聞かされたら寝覚めが悪すぎる。
手早く装備を確認し、歩き出そうとした俺の耳に__。
背後でアスナにヒソヒソ話しかけるクラインの声が届いた。性懲りもなくまた、と呆れかけたが、言葉の内容は予想外のものだった。
「あー、そのぉ、アスナさん。ええっとですな……あいつ、キリトのこと、よろしく頼んます」
「え?」
「キリトの奴、口下手で、無愛想で、戦闘マニアですが、根はいい奴なんすよ。そのため結構無茶することもありやして。まあ、ともかく、よろしく頼んます」
キリトはビュンッとバックダッシュし、クラインのバンダナの尻尾を思い切り引っ張った。
「な、何を言っとるんだお前は!」
「だ、だってよう」
刀使いは首を傾けたまま、ジョリジョリと顎の無精ヒゲを擦った。
「おめぇがネザー以外の誰かとコンビ組むなんてよう。例え美人の色香に惑ったにしても大した進歩だからよう……」
「ま、惑ってない!」
言い返したものの、クラインとその仲間5人そして何故かアスナまでもがニヤニヤと俺を見ていた。当然ネザーも見ていたが、ニヤニヤではなく普段通りの冷徹な顔だった。おまけにアスナがクラインに、任されました、などと言っている声まで聞こえた。
ずがずがとブーツの底を鳴らし、キリトは上階に続く通路へと脱出した。
ページ上へ戻る